男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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69話 桃と紅茶と友人たち

 8月8日。

 

 昨日、姫岡さんから借りたゲーム機は、今も俺の部屋に置いてある。

 

 帰宅してから『アンビバレンス・リバーサル』を少し進めてみたが、思っていた以上に面白かった。

 

 現実の街で手がかりを集め、それをもとに鏡の向こう側にある反転世界を調べていく。

 

 まだ序盤しか遊んでいないものの、姫岡さんが勧めてくれた理由は少し分かった気がする。

 

 それとは別に、昨日のことを思い返す。

 

 前髪が左右へ流れ、普段は隠れている姫岡さんの顔を初めてきちんと見た。

 

 目が綺麗で、かわいいと思ったから、そのまま口にした。

 

 ただ、姫岡さんは随分と恥ずかしそうにしていた。

 

 少し直球に言いすぎただろうか。

 

 とはいえ、褒めること自体は悪くないはずだ。

 

 からかったわけでも、思っていないことを言ったわけでもない。

 

 わざわざ謝る方が、かえって姫岡さんを困らせる気もする。

 

 そんな昨日のことを時々思い出しながら、俺はいつものようにカフェで働いていた。

 

 昼の混雑が落ち着き始めた頃、カウンターの奥から宗一郎さんに声をかけられる。

 

「槻山君、桃のパンナコッタはあといくつある?」

 

 冷蔵庫の中を確認する。

 

「6個です」

 

「もうそれだけか。今日は少し多めに用意したんだけどね」

 

 宗一郎さんは注文票を見ながら、嬉しそうに笑った。

 

 先日試作した桃と紅茶のパンナコッタは、8月に入ってから夏季限定の新メニューとして店に並んでいる。

 

 ミルクのパンナコッタに、桃のコンポートと紅茶のジュレを重ねたグラスデザートだ。

 

 上には薄く切った生の桃を飾り、仕上げにレモンの皮を少しだけ削っている。

 

 涼しげな見た目も好評らしく、注文する客は予想していたより多かった。

 

「今日も売り切れそうですね」

 

「そうだね。今から追加で作るのは難しいから、残り6個で終了かな」

 

「固める時間が必要ですからね」

 

「明日の分は、もう少し増やしてみようか」

 

「桃の状態を見てから決めた方がいいと思います。柔らかいものが多いと、飾りに使える分が足りなくなるので」

 

「分かった。青果店にも相談しておくよ」

 

 夏休みに入ってからは、平日でも昼過ぎまで客足が途切れない。

 

 今日は桃と紅茶のパンナコッタだけでなく、ハンバーグやパスタの注文も多かった。

 

 空いた皿を下げるためにホールへ出たところで、入口のベルが鳴る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 いつものように声をかけ、入口へ顔を向けた。

 

 そこに立っていた顔ぶれを見て、思わず足を止める。

 

「……みんな?」

 

「お疲れ、叶多」

 

 千夏が楽しそうに手を振った。

 

 その隣には、瑞葉、直樹、大輔が並んでいる。

 

「どうしたんだ、4人そろって」

 

「俺が誘った」

 

 大輔が得意そうに胸を張る。

 

「叶多のところでハンバーグ食おうって、グループに送っただろ?」

 

「仕事中だから見てないよ」

 

「そうだと思った」

 

 スマートフォンを確認できるのは、休憩時間か仕事が終わったあとだ。

 

 今の時間に送られても、気づけるはずがなかった。

 

「今日は4人なんだな」

 

「うん。里穂は今日は来ないって」

 

 千夏が答える。

 

「七瀬さんは?」

 

「家で宿題を進めるって言ってたよ」

 

「へえ」

 

 直樹が感心したように頷き、そのまま大輔へ視線を向ける。

 

「大輔君も見習った方がいいんじゃない?」

 

「なんで俺に飛んでくるんだよ」

 

「宿題、進んでるのか?」

 

 俺も尋ねる。

 

「やってはいるぞ」

 

「その言い方、あんまり進んでなさそうだな」

 

「うるせえ。まだ夏休みは残ってるっての」

 

「最後に慌てるなよ」

 

「分かってるって」

 

「それじゃあ、4名様でよろしいですか?」

 

「急に店員へ戻ったな」

 

「仕事中だからな。こちらへどうぞ」

 

 店の奥にある4人掛けの席へ案内し、人数分のメニューを置く。

 

「注文が決まったら呼んでくれ」

 

「あ、待って」

 

 離れようとしたところで、千夏に呼び止められた。

 

「これ、前に来た時はなかったよね?」

 

 千夏が指さしているのは、メニューへ新しく加わった写真だった。

 

 透明なグラスの中に、白いパンナコッタ、琥珀色の紅茶のジュレ、淡い桃色の果肉が重なっている。

 

「桃と紅茶のパンナコッタ?」

 

 瑞葉が料理名を読み上げる。

 

「ああ。今月から出してる夏限定のデザートだよ」

 

「おいしそうかも」

 

「桃とパンナコッタだけだと甘さが続くから、間に紅茶のジュレを入れてるんだ」

 

「へえ。ちゃんと考えられてるんだね」

 

 瑞葉が感心したようにメニューの写真を見る。

 

「まだ残ってる?」

 

「ああ。あと6個あるよ」

 

「じゃあ、私これにする」

 

 千夏が先に決める。

 

「私も食べてみたいな」

 

 瑞葉も続いて頷いた。

 

「大輔は?」

 

「……まあ、せっかくだし頼むか」

 

「最初から食べたそうだったよね」

 

「うるせえ。限定メニューなら味は確かめたいだろ」

 

「じゃあ、直樹は?」

 

「僕も頼むよ」

 

「それじゃあ、4人ともこれで決まりだね」

 

 千夏が満足そうにメニューを閉じる。

 

 俺は注文用の端末を構えた。

 

「デザートは全員、桃と紅茶のパンナコッタでいいんだな?」

 

「うん」

 

「お願いします」

 

「分かった。食事の方は?」

 

「俺はハンバーグな。頼んだぞ」

 

 大輔がすぐに言う。

 

「ああ」

 

「僕もハンバーグにするよ」

 

 直樹が続く。

 

「私はナポリタンにしようかな」

 

「じゃあ、私はオムライス」

 

 瑞葉と千夏もそれぞれ注文を決めた。

 

「ハンバーグが2つ、ナポリタンが1つ、オムライスが1つ。それと、桃と紅茶のパンナコッタが4つでいいんだな?」

 

「うん」

 

「お願いします」

 

「分かった。少し待っててくれ」

 

 注文を端末へ入力し、4人の席を離れる。

 

 厨房へ戻ると、宗一郎さんが仕込み台の向こうから顔を上げた。

 

「知り合いだったのかい?」

 

「はい。学校の友達です」

 

「そうだったんだね」

 

「ハンバーグが2つ、ナポリタンが1つ、オムライスが1つです。それと、桃と紅茶のパンナコッタを4つ」

 

「パンナコッタも頼んでくれたんだ」

 

「メニューを見て気になったみたいです」

 

 宗一郎さんは嬉しそうに頷く。

 

「それじゃあ、食事のあとに出せるようにしておこうか」

 

「はい」

 

 俺は手を洗い、注文の調理へ取りかかった。

 

 まずはハンバーグを焼く。

 

 すでに成形しておいた肉だねを冷蔵庫から取り出し、熱したフライパンへ並べる。

 

 表面へ焼き色をつけたあと、火を弱めて中までじっくり熱を通していく。

 

 隣のコンロでは、ナポリタンに使う麺を温める。

 

 玉ねぎ、ピーマン、ソーセージを炒め、ケチャップを加えて酸味を飛ばした。

 

 別のフライパンでは、オムライス用のチキンライスを仕上げる。

 

 昼の混雑は落ち着いていたものの、ほかの注文も入っている。

 

 宗一郎さんと手分けしながら、順番に料理を仕上げていった。

 

「槻山君、ハンバーグの方はどう?」

 

「もうすぐです」

 

「じゃあ、僕がナポリタンを盛りつけるよ」

 

「お願いします」

 

 焼き上がったハンバーグへソースをかけ、付け合わせと一緒に皿へ盛る。

 

 続いて、薄く焼いた卵でチキンライスを包んだ。

 

 4人分の料理がそろうと、ホールの店員が順番に運んでいく。

 

 俺も最後に残ったハンバーグとオムライスを持って、4人の席へ向かった。

 

「お待たせしました。ハンバーグです」

 

「来た来た!」

 

 大輔が嬉しそうに身を乗り出す。

 

 直樹の前にもハンバーグを置く。

 

「直樹もハンバーグだったな」

 

「うん。前に大輔君がおいしそうに食べてたからね」

 

 千夏の前へオムライスを置くと、彼女は卵の表面を見て目を輝かせた。

 

「綺麗」

 

 瑞葉も自分のナポリタンを受け取りながら、オムライスへ視線を向けている。

 

「叶多が作ったの?」

 

「ああ。ハンバーグとオムライスは俺が担当したよ。ナポリタンは宗一郎さんと一緒に作った」

 

「じゃあ、いただきます」

 

 千夏がスプーンを入れる。

 

 俺は4人が食べ始めたのを確認し、厨房へ戻った。

 

 仕事中なので、いつまでも席のそばにいるわけにはいかない。

 

 その後もいくつか注文をこなし、空いた皿を下げる。

 

 しばらくして4人の食事が終わる頃、冷蔵庫からパンナコッタを取り出した。

 

 白いパンナコッタの上に、崩した紅茶のジュレと桃のコンポートを重ねる。

 

 薄く切った生の桃を飾り、仕上げにレモンの皮を少しだけ削った。

 

「これで4つだね」

 

 宗一郎さんが並んだグラスを見て頷く。

 

「はい」

 

「せっかくだから、槻山君が持っていったらどうかな」

 

「俺がですか?」

 

「友達なんだろう? 感想も聞いてきてほしいな」

 

「分かりました」

 

 4つのグラスをトレーへ載せ、席まで運ぶ。

 

「お待たせしました。桃と紅茶のパンナコッタです」

 

「わあ」

 

 千夏が声を上げた。

 

「思ってたより綺麗だね」

 

 瑞葉もグラスを横から眺める。

 

 透明な器の中で、白いパンナコッタと琥珀色のジュレ、桃の淡い色が層になっていた。

 

「それじゃあ、食べてみてくれ」

 

「叶多は戻らなくていいの?」

 

「今は少し落ち着いてるから、感想を聞いてきていいって言われたんだ」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

 千夏がスプーンを入れ、パンナコッタとジュレ、桃を一緒にすくう。

 

 一口食べたあと、目を見開いた。

 

「おいしい」

 

「本当?」

 

「うん。桃は甘いけど、紅茶のところはさっぱりしてる」

 

 瑞葉も続けて口へ運ぶ。

 

「香りがいいね。パンナコッタも柔らかいから、全部一緒に食べやすい」

 

「そこは意識して調整したんだ」

 

「調整した?」

 

 直樹がスプーンを止める。

 

「これ、叶多君も作るのに関わったの?」

 

「ああ。最初の案を出して、宗一郎さんと一緒に試作した」

 

「そうだったんだ」

 

 千夏が改めてグラスへ目を向ける。

 

「先に言ってくれてもよかったのに」

 

「聞かれなかったからな」

 

「普通は少しくらい自慢するだろ」

 

 大輔がパンナコッタを食べながら言う。

 

「店の商品なんだから、俺一人で作ったわけじゃないよ。それで、味はどうだ?」

 

「うまい」

 

「それだけ?」

 

「うまいものはうまいでいいだろ」

 

「大輔君らしいね」

 

 直樹が笑う。

 

 その直樹のグラスは、4人の中で一番早く減っていた。

 

「直樹、食べるの早くないか?」

 

「甘いものは別腹だからね」

 

 直樹は平然と答え、残っていた桃をスプーンですくった。

 

「そういえば、遅くなったけど、県大会ベスト8おめでとう」

 

「ありがとう」

 

「俺は合宿中で応援に行けなかったけど、結果を見た時は驚いたよ」

 

「応援のメッセージも送ってくれたし、それで十分だよ」

 

「本当にすごかったよ」

 

 瑞葉が当日のことを思い出したように言う。

 

「直樹君、何本もシュート決めてたし」

 

「先輩たちが作ってくれた場面で打っただけだよ」

 

「またそうやって控えめに言う」

 

 千夏が苦笑する。

 

「最後の試合も、あと少しで追いつけそうだったよね」

 

「うん。でも、相手の方が一枚上だったかな」

 

「それでも1年でスタメンに出て、県大会ベスト8まで行ったんだろ?」

 

 大輔が口を挟む。

 

「十分すごいって」

 

「本当に余裕はなかったんだけどね」

 

「直樹君はいつもそう言うよね」

 

 瑞葉に言われ、直樹は少し困ったように笑った。

 

「……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「次の大会も応援に行くから」

 

「次はもう少し余裕を持ってプレーできるように頑張るよ」

 

 その時、厨房の方から宗一郎さんに呼ばれる。

 

「槻山君、そろそろお願いできるかな」

 

「はい」

 

 返事をして、4人へ向き直る。

 

「悪い。仕事へ戻るよ」

 

「うん。ごちそうさま」

 

「パンナコッタ、おいしかったよ」

 

「宗一郎さんにも伝えておく」

 

「叶多にも言ってるんだけど」

 

 千夏にそう言われ、少しだけ返事に困った。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 千夏が満足そうに笑う。

 

 俺は空になった皿をトレーへ載せ、厨房へ戻った。

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