「はい、お疲れさまでした」
花城先生が名簿を閉じる。
「一度に全員を覚えるのは難しいと思いますが、これから毎日顔を合わせます。少しずつ話していってください」
「それでは、続けてクラスの委員を決めます」
花城先生が黒板へ向き直り、新たに文字を書き始めた。
『学級委員長』
『体育委員』
『図書委員』
『保健委員』
『美化委員』
「今決めるのは、この五つです。それぞれ一人ずつ。文化祭などの実行委員は、必要になったときに改めて決めます」
教室が少しざわつく。
男子たちは周囲の様子を窺い、女子たちも黒板へ視線を向けていた。
「まずは学級委員長。希望者はいますか?」
「はい」
花城先生が言い終えた直後、迷いのない声が上がった。
手を挙げたのは神崎里穂だった。
背筋を伸ばし、周囲から視線を向けられても動じていない。
「私がやります」
堂々としたものだ。
自己紹介のときにも感じたが、人前に立つことには慣れているらしい。
「ほかに希望者はいますか?」
花城先生が教室を見回す。
新たに手を挙げる者はいなかった。
俺も立候補するつもりはない。
生徒会に入るつもりなら、クラスの委員まで引き受けるのは避けた方がいいだろう。
「では、学級委員長は神崎さんにお願いします」
「分かりました」
里穂は当然のように頷いた。
自信はあるが、嫌々引き受けたようには見えない。
責任のある立場を進んで引き受けられるのは、素直にすごいと思う。
「次は体育委員です。希望する人――」
「はい!」
今度は花城先生が言い終えるより早く、勢いよく手が上がった。
高瀬明日香だ。
「私がやります!」
「ですよね」
花城先生は最初から予想していたように頷いた。
趣味は筋トレ。
中学生の頃からボディビルに取り組み、高校ではジュニア大会優勝を目指している。
明日香以外に適任者がいるとは思えない。
「ほかに希望者は?」
誰も手を挙げない。
というより、明日香と争う理由がないのだろう。
「では、体育委員は高瀬さんで」
「はい! 頑張ります!」
明日香は嬉しそうに拳を握った。
委員の仕事というより、これから運動できることを喜んでいるようにも見える。
その後、図書委員には田村悠人、保健委員には坂井蒼真、美化委員には石川湊が立候補した。
特に揉めることもなく、委員はあっさりと決まった。
「決まるのが早くて助かりました」
花城先生は満足そうに黒板を見上げた。
「委員になった皆さんは、今日の放課後に一度だけ職員室へ来てください。詳しい仕事について説明します」
「はい」
委員に決まった五人から返事が上がる。
「ほかの皆さんも、全部を委員に任せきりにしないように。クラスの仕事は全員で協力してくださいね」
普段は少し気の抜けた雰囲気の花城先生だが、こういうところはきちんとしている。
「以上です。ちょうどいい時間ですね」
その言葉とほとんど同時に、ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴った。
「それでは、次の授業の準備をしてください」
花城先生が教室を出ていく。
張り詰めていた空気が緩み、教室が再び騒がしくなった。
「里穂ならやると思った」
隣で千夏が何気なく呟いた。
「向いてそうだな」
「うん。仕切るの得意だし、仕事もちゃんとやるから」
千夏の口調には、里穂への信頼が感じられた。
見た目や第一印象だけでは分からないものが、これから少しずつ見えてくるのだろう。
俺は机の中から教科書を取り出した。
ほどなくして1時間目の教師が教室へ入ってくる。
最初の授業は数学だった。
「それでは、教科書の6ページを開いてください」
教師の声とともに、教室中で一斉にページをめくる音が響く。
入学して最初の授業だ。
中学の内容を軽く復習するところから始まるのかと思っていたが、その考えはすぐに改めることになった。
教師は基礎を簡単に確認すると、そのまま高校の範囲へ入っていく。
説明も板書も速い。
さすがは聖凰学園。
油断していれば、あっという間に置いていかれそうだ。
もっとも、今日扱う範囲には事前に目を通してある。
教師の説明を聞きながら、要点をノートへまとめていく。
俺は天才ではない。
一度聞いただけで、すべてを理解できるような頭は持っていない。
だからこそ、予習と復習は欠かさない。
授業中は余計なことを考えず、教師の説明へ集中した。
やがて、1時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。
「今日はここまで。次の授業までに、例題をもう一度確認しておくように」
教師が教室を出ると、張り詰めていた空気が緩んだ。
教科書を入れ替えたり、席を立って身体を伸ばしたりと、クラスメイトたちが慌ただしく動き始める。
「叶多、字綺麗だね」
隣から声がした。
千夏が俺の開いたままのノートを覗いている。
「そう?」
「うん。すごく見やすい」
「ありがとう」
そう答えながら、千夏のノートへ目を向ける。
黒板の内容だけでなく、教師が口頭で補足した部分まで短くまとめられていた。
「千夏も、ノートをまとめるの上手いな」
「授業速かったからね。後で分からなくならないように書いといただけ」
「それでも見やすいよ」
「じゃあ、お互いノートには困らなそうだね」
「休んだときは頼らせてもらうよ」
「いいけど、叶多も見せてね」
「もちろん」
そんな話をしているうちに、廊下から次の教師がやって来るのが見えた。
俺たちは会話を切り上げ、それぞれ次の授業の準備を始めた。