男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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70話 夏の海へ

 8月10日。

 

 朝の駅前には、大きな荷物を持った家族連れや、海水浴へ向かうらしい学生の集団が行き交っていた。

 

 集合時間までは、まだ15分ほどある。

 

 待ち合わせ場所へ向かうと、直樹と大輔はすでに到着していた。

 

「おはよう」

 

「おはよう、叶多君」

 

「遅いぞ、叶多」

 

「集合時間より前だろ」

 

「俺たちはもっと早く来てた」

 

「大輔君が待ちきれなかっただけだけどね」

 

 直樹が穏やかに補足する。

 

 大輔の足元には、海水浴に必要なものを詰めた大きめのバッグが置かれていた。

 

「海だぞ。早く来たくなるのは普通だろ」

 

「まだ駅だけどな」

 

「気持ちはもう海にいる」

 

「身体まで置いていくなよ」

 

「それくらい分かってる」

 

 大輔はそう答えながらも、いつも以上に機嫌がよさそうだった。

 

「今日は何して遊ぶ?」

 

「着いてから決めればいいだろ」

 

「泳ぐだけじゃもったいないだろ。ビーチボールも持ってきたし、浮き輪も借りられるらしいぞ」

 

「ずいぶん準備がいいな」

 

「せっかくの海だからな。遊べるだけ遊ぶ」

 

「昼になる前に疲れ切らないようにね」

 

 直樹が笑いながら言う。

 

 話しているうちに、駅前の人混みから千夏たちが姿を見せた。

 

 瑞葉、七瀬さん、神崎さんも一緒だ。

 

「おはよう」

 

 千夏がこちらへ手を上げる。

 

「おはよう。全員そろったな」

 

「ここあを起こすのに少し時間がかかったけどね」

 

「眠いぃ」

 

 七瀬さんが気だるげな声を漏らす。

 

「昨日、海が楽しみでなかなか寝られなかったんだって」

 

 千夏が苦笑しながら説明する。

 

「遠足前の子供みたいだな」

 

 大輔が笑う。

 

「大輔君には言われたくない」

 

「俺はちゃんと寝たぞ。しかも一番乗りだ」

 

「イベントには全力だよね」

 

 瑞葉が楽しそうに笑う。

 

 全員がそろったことを確認し、改札へ向かう。

 

 海水浴場までは電車を乗り継ぎ、そこからバスで少し移動する予定になっていた。

 

 混雑する前に乗れたこともあり、7人分の席は近い場所に確保できた。

 

 七瀬さんは座るなり、千夏の肩へ頭を預ける。

 

「ここあ、もう寝るの?」

 

「着いたら起こして」

 

「まだ乗り換えもあるんだけど」

 

「その時も起こして」

 

「分かったから、荷物は自分で持ってね」

 

「うん」

 

 返事だけはしたものの、七瀬さんはすぐに目を閉じた。

 

「本当に寝たな」

 

 向かい側に座る大輔が感心したように言う。

 

「こういう時だけ早いよね」

 

 千夏は呆れながらも、七瀬さんの頭がずり落ちないように姿勢を整えている。

 

 俺の隣には直樹が座り、その隣に神崎さんが座った。

 

 瑞葉は千夏の隣で、スマートフォンに表示した予定を確認している。

 

「向こうに着いたら、先に更衣室だよね」

 

「うん。着替えたあと、砂浜に持っていかない荷物はロッカーへ預けよう」

 

 神崎さんが答える。

 

「スマホはどうする?」

 

「私、防水ケース持ってきたよ」

 

 瑞葉が鞄の中から透明な防水ケースを見せる。

 

「じゃあ、写真を撮る時は瑞葉のを使わせてもらおうか」

 

「うん。あとでみんなに送るね」

 

「俺のはロッカーに入れとくか」

 

 大輔がスマートフォンを鞄へ戻す。

 

「落としたら大変だから、その方がいいよ」

 

「昼は海の家で食べるんだよな?」

 

 大輔がそのまま話題を変える。

 

「もう昼の話?」

 

「遊んだら腹減るだろ」

 

「まだ遊んでもいないけど」

 

「先のことを考えてるんだよ」

 

「宿題もそれくらい先のことを考えればいいのに」

 

 千夏に言われ、大輔が露骨に顔をしかめた。

 

「海へ行く日にまで宿題の話をするなよ」

 

「ちゃんと進んでるなら言わないよ」

 

「進んでるって」

 

「どれくらい?」

 

「……それなりに」

 

「全然進んでなさそう」

 

「夏休み中に終わる計算だ」

 

「へぇ、梅原君、計算できたのね」

 

 神崎さんが、わざとらしく感心したように言う。

 

「……いや、これでもAクラスなんで」

 

 大輔は小さく肩を落とし、そのまま窓の外へ顔を向けた。

 

 電車が進むにつれ、建物の多かった景色が少しずつ変わっていく。

 

 やがて、窓の向こうに青い海が見えた。

 

「おい、海が見えてきたぞ」

 

 大輔が少し弾んだ声で窓の外を指さす。

 

「分かってるよ。ちょっと声大きい」

 

 神崎さんに言われ、大輔が周囲を見回した。

 

「悪い。ついな」

 

 そう言いながらも、窓の外を見る顔は嬉しそうだった。

 

 まあ、大輔の気持ちも分からなくはない。

 

 日差しを受けた海面は明るく輝き、遠くには小さな船も見えた。

 

 駅を降りてバスへ乗り換え、しばらくして海水浴場へ到着する。

 

 バスを降りた瞬間、潮の匂いを含んだ風が頬を撫でた。

 

 目の前には、白い砂浜と広い海が続いている。

 

「着いた!」

 

 大輔が嬉しそうに声を上げる。

 

「やっと海だな」

 

「朝からずっと楽しみにしてたもんね」

 

 瑞葉が笑う。

 

「今日は遊べるだけ遊ぶぞ」

 

 海水浴場には、すでに多くの人が集まっていた。

 

 砂浜には色とりどりのパラソルが並び、波打ち際からは子供たちの声が聞こえてくる。

 

 俺たちは更衣室の前で男女に分かれた。

 

「着替えたら、あそこの時計の下で集合ね」

 

 千夏が入口近くにある大きな時計を指さす。

 

「分かった」

 

「男子は早いだろうから、先に場所を探しておいて」

 

「任せろ」

 

「大輔君だけじゃなくて、叶多と直樹君にも言ってるからね」

 

「俺もちゃんと手伝うって」

 

 千夏たちは女子更衣室へ入り、俺たちも反対側の入口へ向かった。

 

 更衣室で水着に着替え、脱いだ服や財布、スマートフォンなどの貴重品をコインロッカーへ入れる。

 

 砂浜へ持っていくのは、タオル、飲み物、レジャーシートと遊び道具だけだ。

 

 スマートフォンは瑞葉のものだけを防水ケースへ入れて持ち出し、ほかはロッカーへ預けることになっていた。

 

 着替えを終えた大輔が、俺と直樹を交互に見た。

 

「叶多、服の上から見るよりしっかりしてるな」

 

「そうか?」

 

「もっと華奢だと思ってた」

 

「別に鍛えてるわけじゃないけどな」

 

 俺は細身ではあるが、痩せすぎているわけではない。

 

 ただ、毎日部活で身体を動かしている直樹と並べば、体つきの違いは分かりやすかった。

 

「直樹は完全に運動部って感じだな」

 

「毎日練習してるからね」

 

「俺と叶多は普通なのに、直樹だけ明らかに違うな」

 

「別に比べなくてもいいだろ」

 

「並ぶと気になるんだよ」

 

「海へ泳ぎに来ただけなんだから、気にしなくていいと思うよ」

 

 直樹が苦笑する。

 

 着替えを終えた俺たちは、先に砂浜へ出た。

 

 人の流れから少し外れた場所を探し、持ってきたシートを広げる。

 

 その上へタオルや飲み物をまとめて置き、時計の下へ戻った。

 

 女子たちはまだ来ていない。

 

 時計の下で待っていると、大輔が周囲を確認してから声を落とした。

 

「なあ」

 

「どうした?」

 

「お前ら、女子の水着、気にならないのか?」

 

「気にならないとは言ってないよ」

 

 直樹が穏やかに答える。

 

「だよな。俺だけじゃないよな」

 

「どうして確認するんだよ」

 

「だって、普段は制服だぞ。今日は水着なんだぞ」

 

「海へ来てるんだから当然だろ」

 

「そういう話じゃない」

 

 大輔はもどかしそうに首を振った。

 

「この世界で、同じ学校の女子4人と海に来る機会なんて、そうそうないだろ」

 

「それは確かに珍しいね」

 

「ほら、直樹は分かってる」

 

「でも、じろじろ見るのは失礼だと思うよ」

 

「そこは分かってるって。ただ、楽しみにするくらいはいいだろ?」

 

「口に出さずに待ってればいいんじゃないか?」

 

「叶多は落ち着きすぎなんだよ」

 

「騒いでも早く着替え終わるわけじゃないだろ」

 

「それはそうだけどさ」

 

 大輔は女子更衣室の入口へ目を向け、すぐに視線を戻した。

 

「とにかく、変な顔するなよ」

 

「それ、俺が言おうとしてたんだけど」

 

「俺は大丈夫だ」

 

「今の時点で一番怪しいよ」

 

 直樹に言われ、大輔は不満そうに口を尖らせた。

 

 しばらく待っていると、女子更衣室の方から千夏たちが歩いてきた。

 

 普段とは違う姿に、自然と視線が向く。

 

 瑞葉は落ち着いた色合いの水着を選んでおり、普段の穏やかな雰囲気によく合っている。

 

 七瀬さんは飾りの少ないシンプルな水着で、眠そうな表情もいつもと変わらない。

 

 神崎さんもすっきりしたデザインで、落ち着いた印象によく似合っていた。

 

 最後に、千夏へ目を向ける。

 

 明るい色の水着は、活発な千夏によく合っている。

 

 4人の中では発育がよく、水着になると普段よりも女性らしい体つきが目立って見えた。

 

「みんな、似合ってるな」

 

「ありがとう、叶多」

 

 瑞葉が嬉しそうに笑う。

 

「ありがとー」

 

「ありがとうございます」

 

 七瀬さんと神崎さんも続いた。

 

 その隣で、千夏が俺の顔を見上げる。

 

「私は?」

 

「千夏も似合ってるよ。明るい色が千夏らしいと思う」

 

「……そっか」

 

 短く答えた千夏の口元が、少しだけ緩んだ。

 

「……海に来てよかった」

 

 隣で大輔が小さく呟く。

 

「まだ何もしてないだろ」

 

「もう十分価値がある」

 

「梅原君、あんまりじろじろ見ないでくださいね」

 

 神崎さんが釘を刺す。

 

「なんで俺だけ?」

 

「下心が透けて見えてるんだよ」

 

 瑞葉が苦笑しながら補足する。

 

「仕方ないだろ。女子4人と海なんて、普通は一生に一度あるかどうかだぞ」

 

「言いたいことは分かるけどね」

 

 直樹が苦笑する。

 

「だろ? 叶多と直樹が落ち着きすぎなんだよ」

 

「だからって、じろじろ見ていい理由にはならないだろ」

 

「正論で返すなよ」

 

 大輔が不満そうに口を尖らせる。

 

「とりあえず、荷物のところへ行こうか」

 

 瑞葉に促され、俺たちは先ほど広げたシートへ戻った。

 

 それぞれ荷物のそばへ腰を下ろしかけたところで、千夏が俺たち3人の腕や肩へ目を向ける。

 

「そういえば、男子3人は日焼け止め塗った?」

 

「まだだな」

 

「今日は少し曇ってるし、平気じゃないか?」

 

 大輔が空を見上げる。

 

「薄い雲くらいじゃ、紫外線はほとんど減らないよ。海は水面や砂浜からの反射もあるから、普段より焼けやすいんだから」

 

「詳しいな」

 

「海へ来るなら、それくらい調べるでしょ」

 

「俺は日焼け止め持ってきてないぞ」

 

「僕も忘れたな」

 

「俺もだ」

 

「3人とも?」

 

 千夏が呆れたように息をつく。

 

「仕方ないな。私たちのを貸してあげる」

 

「助かるよ」

 

 千夏から日焼け止めを受け取り、それぞれ腕や脚、顔へ塗っていく。

 

 自分で塗れる部分は済ませたが、背中の中央までは手が届かなかった。

 

「直樹、背中を頼んでもいいか?」

 

「いいよ。僕の方もあとでお願いしていい?」

 

「ああ」

 

 直樹と互いに届かない部分を塗り合う。

 

 大輔も加わり、男子3人は借りた日焼け止めを順番に使った。

 

 女子たちは更衣室である程度済ませていたらしく、塗り残した部分を確認している。

 

「これで大丈夫そうだね」

 

 神崎さんが全員を見回す。

 

「海へ行く前に、飲み物の場所だけ確認しておきましょう」

 

 神崎さんがシートの端へ置いた保冷バッグを示す。

 

「遊んでいる途中でも、ちゃんと水分を取ること」

 

「神崎さん、先生みたいだな」

 

「倒れてからでは遅いですから。みんな、ちゃんと休憩してくださいね」

 

「それもそうだな」

 

「じゃあ、そろそろ行こうぜ」

 

 大輔が海へ目を向ける。

 

「うん。行こうか」

 

 俺たちは荷物を置いた場所を離れ、そろって波打ち際へ向かった。

 

 足元へ押し寄せた海水に触れた瞬間、大輔が肩を跳ねさせる。

 

「冷たっ!」

 

「いきなり入るからだよ」

 

「夏の海なのに冷たいじゃねえか」

 

「水なんだから、最初は冷たく感じるだろ」

 

 俺も足を入れる。

 

 確かに最初は冷たかったが、少し歩けばすぐに慣れそうだった。

 

 直樹は迷うことなく先へ進み、瑞葉と神崎さんもそのあとを追う。

 

 千夏は七瀬さんの手を引いていた。

 

「ここあ、行くよ」

 

「ここでいい」

 

「足しか入ってないでしょ」

 

「海には入ってる」

 

「せっかく水着に着替えたんだから、もう少し入ろうよ」

 

「波、強いぃ」

 

「まだ膝にも届いてないから」

 

 七瀬さんは渋々といった様子で、千夏に引かれながら海へ入っていく。

 

「叶多、何してるんだよ!」

 

 大輔の声が聞こえた次の瞬間、両手ですくわれた海水がこちらへ飛んでくる。

 

 肩から胸元にかけて、冷たい水が勢いよくかかった。

 

「いきなり何するんだ」

 

「海へ来たら、こうするだろ」

 

「そういうことなら」

 

 足元の水をすくい、大輔へ返す。

 

「おい、量が多い!」

 

「先にやったのは大輔だろ」

 

「叶多君、結構容赦ないね」

 

 直樹が笑う。

 

「直樹も笑ってないで手伝えよ」

 

「分かったよ」

 

 直樹は足元の水をすくい、大輔へ掛け返した。

 

「おい、2人がかりは卑怯だろ!」

 

「先に仕掛けたのは大輔君だからね」

 

 大輔が負けじと水を掛け返す。

 

 直樹が身体をずらしたことで、その後ろにいた瑞葉へ水がかかった。

 

「きゃっ。やったなー」

 

 瑞葉は笑いながら水をすくい、そのまま大輔へ掛け返した。

 

「うわっ!」

 

 大輔も負けじと水を返す。

 

「ちょっと、こっちまで飛んできたんだけど!」

 

 巻き込まれた千夏も水をすくい、大輔へ掛け返した。

 

 そこへ神崎さんも加わり、あっという間に全員を巻き込んだ水の掛け合いになる。

 

 七瀬さんだけは少し離れたところに立ち、自分の近くへ水が飛んできた時だけ、控えめに掛け返していた。

 

 結局、誰が誰を狙っているのか分からなくなるまで水を掛け合い、全員が頭から海水を被ることになった。

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