水の掛け合いを終えたあと、私たちは一度海から上がった。
大輔君がビーチボールを抱え、砂浜に設置された簡易ネットへ目を向ける。
「せっかくだし、ビーチバレーやろうぜ」
「7人だけど、どうするの?」
瑞葉が尋ねる。
「3対3で、ここあに審判をやってもらえばいいだろ」
大輔君が言うと、ここあは少し考えてから頷いた。
「動かなくていいならやる」
「審判もちゃんと見てないと駄目だぞ」
「見てるぅ」
「本当かな」
私は苦笑する。
「じゃあ、チーム分けしようか」
グーとパーで分かれた結果、私と叶多、大輔君の3人と、直樹君、瑞葉、里穂の3人に分かれた。
「向こう、強くない?」
大輔君が直樹君たちを見る。
「運動部は直樹君だけだろ」
「その1人が強そうなんだよ」
「こっちも人数は同じなんだから、頑張ろうよ」
私はネットの前へ移動する。
ここあはネット脇の日陰へ立ち、ビーチボールを受け取った。
「始めるよぉ」
「ここあ、ちゃんと点数数えてね」
「たぶん大丈夫」
「たぶんじゃ困るんだけど」
「じゃあ、最初はこっちからね」
瑞葉がボールを受け取り、ネットの向こう側へ移動する。
「いくよー!」
軽く放たれたボールが、弧を描いてこちらへ飛んできた。
「俺が取る!」
大輔君が前へ出て両腕で受ける。
けれど、ボールは思った以上に高く跳ね、そのまま後ろへ飛んでいった。
「叶多!」
「ああ」
叶多が追いかけ、落ちる寸前でどうにか打ち上げる。
「千夏、頼む!」
「任せて!」
私はボールの下へ入り、両手で相手側へ押し返した。
勢いはなかったものの、ネットを越えたボールが里穂の前へ落ちていく。
「危ない」
里穂が慌てて両腕を出す。
受けたボールは横へ逸れたが、直樹君がすぐに回り込んで拾い上げた。
「瑞葉!」
「うん!」
瑞葉が打ち返したボールは、私たちのコートの奥へ飛んでくる。
「大輔君、後ろ!」
「分かってる!」
大輔君が振り返って追いかけたものの、あと少しのところで届かず、ボールが砂の上へ落ちた。
「向こうに1点」
ここあが指を一本立てる。
「今のは取れただろ、大輔」
「無茶言うな。思ったより砂に足を取られるんだよ」
「まだ始まったばかりだよ」
私がボールを拾い、大輔君へ渡す。
「次はこっちのサーブだよね?」
「うん。大輔君が落としたから、大輔君」
「そういうルールだったか?」
「今決めた」
「勝手に決めるなよ」
文句を言いながらも、大輔君はネットの前へ立った。
「今度こそ決める」
「普通に入れてよ」
「分かってるって」
大輔君がボールを高く放り、勢いよく手を振り抜く。
ボールはネットを越えたものの、そのまま大きく右へ逸れて砂浜へ落ちた。
「外ぉ」
ここあが間延びした声で告げる。
「今の入ってないか?」
「全然入ってないよ」
「風だな」
「そんなに吹いてないけど」
瑞葉が笑いながらボールを拾いに行く。
「梅原君、力を入れすぎじゃない?」
里穂にまで言われ、大輔君は悔しそうに頭をかいた。
「次は絶対入れる」
「その前に、また向こうのサーブだよぉ」
「分かってるよ」
試合は思っていたよりも接戦になった。
直樹君はどこへ飛んでもすぐに追いつくし、瑞葉も安定して返してくる。
里穂は慣れていないようだったけれど、丁寧にボールをつないでいた。
対するこちらは、大輔君が勢いだけで打って失敗することも多かったものの、叶多がその分を無難に拾ってくれている。
「千夏、そっち!」
「うん!」
直樹君が返したボールへ向かって踏み込む。
両腕で受けたボールは高く上がり、叶多の方へ飛んでいった。
「叶多、お願い!」
「ああ」
叶多が打ち返したボールを、瑞葉が拾う。
そこから何度かボールが行き来し、最後に瑞葉が返した一球が、私と叶多の間へ落ちてきた。
「俺が取る!」
「私が取る!」
同時に踏み込み、肩がぶつかった。
「わっ」
足元の砂に取られかけたけれど、どうにか踏みとどまる。
「悪い。大丈夫か?」
「うん。私もちゃんと見てなかったから」
叶多と顔を見合わせ、どちらからともなく少し笑う。
その間に、ボールが私たちの足元へ落ちた。
「叶多君たちの失点」
ここあが淡々と告げる。
「今のは仕方なくない?」
「落ちたから駄目ぇ」
「審判が厳しいな」
叶多が苦笑しながらボールを拾う。
「次はちゃんと声を掛けよう」
「そうだな」
それからは互いに声を掛けながら動くようになり、さっきよりもボールがつながるようになった。
「叶多、前!」
「ああ!」
「大輔君、そっち!」
「任せろ!」
大輔君が打ち返したボールが、今度はきれいに相手側の中央へ落ちる。
「こっちに1点」
「よし!」
大輔君が拳を握る。
「今のはちゃんと入ったな」
「最初からこうするつもりだったんだよ」
「さっき外したのは?」
「あれは調整だ」
「便利な言葉だね」
瑞葉が呆れたように笑った。
それから何度か点を取り合い、試合は最後まで接戦になった。
「次で最後にしようぜ」
大輔君が息を弾ませながら言う。
「今、何対何だっけ?」
瑞葉がここあへ尋ねると、ここあは少し間を置いた。
「たぶん同点」
「たぶん?」
「途中までは数えてたぁ」
「審判の意味ないじゃん」
「最後に取った方が勝ちでいいよ」
「急に雑になったな」
叶多が苦笑する。
結局、ここあの言うとおり、最後の一点を取った方が勝ちということになった。
「絶対取るよ!」
私は腰を落とし、ネットの向こう側を見る。
瑞葉のサーブがこちらへ飛んできた。
「大輔君!」
「任せろ!」
大輔君が受けたボールを、叶多が高く打ち上げる。
「千夏!」
「うん!」
落ちてきたボールを相手側へ返す。
里穂が両腕で受けたものの、ボールは少し横へ逸れた。
「直樹君!」
「届くよ」
直樹君がすぐに回り込み、片手で高く打ち上げる。
瑞葉がそれをこちらへ返し、ボールはネット際へ落ちてきた。
「叶多、前!」
「ああ!」
叶多が手を伸ばす。
けれど、ボールは指先をかすめ、そのまま砂の上へ落ちた。
「向こうの勝ちぃ」
ここあが片手を上げる。
「あー、惜しかった!」
私は落ちたボールを見下ろした。
「悪い。もう少しだったんだけどな」
「叶多のせいじゃないよ。今のは取りにくかったし」
「直樹がいる方が強いって言っただろ」
大輔君が不満そうに口を尖らせる。
「人数は同じだったよね?」
「だから余計に納得いかない」
「どういう理屈だよ」
叶多が笑う。
試合を終えた頃には、足や腕に砂がまとわりつき、身体にもうっすらと汗をかいていた。
「一回、海で砂を流そうよ」
瑞葉の言葉に従い、私たちは再び波打ち際へ向かう。
足元へ寄せる波の中にしゃがみ込み、腕や脚についた砂を洗い流した。
「お腹空いたぁ」
ここあが海の家の方へ目を向ける。
「審判しかしてないだろ」
「見てるだけでも疲れる」
「点数も途中から数えてなかったじゃん」
「それはそれ」
ここあが気にした様子もなく答える。
海水浴場の案内所に掛けられた時計を見ると、もう昼を少し過ぎていた。
「先に昼飯にするか」
叶多の言葉に、全員が頷く。
レジャーシートへ戻ってタオルで身体を拭き、近くの海の家へ向かった。
店内は海水浴客で賑わっていたが、少し待つと奥の長いテーブルへ案内された。
壁には料理の写真と一緒に、焼きそばやカレー、ラーメン、海鮮丼といったメニューが並んでいる。
「俺は焼きそばだな」
叶多はほとんど迷わずに決めた。
「海の家なら、やっぱり焼きそばだろ」
大輔君もメニューを閉じる。
「大輔君も同じなんだ」
「俺は大盛りだけどな」
向かい側では、直樹君と瑞葉が揃ってカレーを選んでいた。
「2人とも同じなんだね」
「こういうところのカレーって食べたくならない?」
瑞葉が言うと、直樹君も頷く。
「僕も同じ理由かな」
「私は海鮮丼にする」
里穂はメニューに載っている写真を見ながら答えた。
「千夏は?」
「私は……冷やしうどんにしようかな」
ビーチバレーで身体が熱くなっていたため、冷たいものがちょうどよさそうだった。
「ここあは?」
「フランクフルトと焼きとうもろこし。あとポテト」
「結構頼むね」
「ポテトはみんなで食べる」
「まあ、最悪残しても俺が食べるから、任せとけ」
大輔君が言うと、ここあはすぐにメニューを閉じた。
「じゃあ頼む」
「決断早いな」
注文を終えてしばらくすると、最初に大皿のポテトが運ばれてきた。
ここあは皿をテーブルの中央へ押し出す。
「みんな食べていいよぉ」
「ここあが最初に食べないの?」
「食べる」
そう言いながら、ここあはすぐに一本つまんだ。
私たちもそれぞれ手を伸ばし、料理が届くまでの間にポテトをつまんでいく。
「海で食べると、普通のポテトも美味しく感じるね」
瑞葉が言う。
「食べる場所や周りの景色、そのときの気分なんかで、同じものでも味の感じ方が変わることがあるからな」
叶多がポテトを一本つまむ。
「コンテクスト効果ってやつだ」
「急に難しい言葉が出てきた」
大輔君が眉を寄せる。
「簡単に言えば、海でみんなと食べてるから、いつもより美味しく感じるってことだよ」
「なるほどな」
大輔君は頷き、もう一本ポテトを取った。
「つまり、海で食うポテトは美味い」
「まあ、そういうことだな」
話しているうちに、それぞれが頼んだ料理も順番に運ばれてきた。
叶多と大輔君の前にはソースの香りが立つ焼きそばが置かれ、直樹君と瑞葉の前にはカレー、里穂の前には海鮮丼が並ぶ。
ここあはフランクフルトと焼きとうもろこしを交互に見て、どちらから食べるか真剣に迷っていた。
「そこまで悩むこと?」
「最初が大事」
「何が違うの?」
「気分」
結局、ここあはフランクフルトから手をつけた。
私も冷やしうどんを一口食べる。
冷たい麺が火照った身体に心地よく、思っていた以上に箸が進んだ。
窓の外には、さっきまで遊んでいた海が広がっている。
昼食を終えたら、もう一度みんなで海へ戻る予定だった。