男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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72話 火照った頬

 昼食を終えて海の家を出ると、外の日差しは入った時よりも強くなっていた。

 

「暑っ」

 

 瑞葉が片手を額にかざす。

 

「中が涼しかったから、余計に暑く感じるね」

 

「早く海に戻ろうぜ」

 

 大輔君はそう言うと、先にレジャーシートの方へ歩き出した。

 

「食べた直後なんだから、いきなり激しく動いたら駄目だよ」

 

「分かってるって」

 

「さっきも同じようなこと言って、サーブを思いっきり外してたよね」

 

「あれは関係ないだろ」

 

 瑞葉と大輔君のやり取りを聞きながら、私たちもあとに続く。

 

 レジャーシートへ戻ると、ここあはすぐに腰を下ろした。

 

「ここあ、海に入らないの?」

 

「少し休むぅ」

 

 里穂もここあの隣へ腰を下ろす。

 

「私も少し休んでから行く」

 

「じゃあ、先に行ってるね」

 

 瑞葉はそう言って立ち上がり、直樹君と一緒に波打ち際へ向かった。

 

 大輔君も待ちきれない様子で、そのあとを追いかけていく。

 

「叶多は?」

 

「俺も行くよ」

 

 叶多が立ち上がったため、私もタオルを置いて腰を上げた。

 

「私も行く」

 

 先に向かった3人を追い、叶多と並んでもう一度海へ入る。

 

 昼前よりも水が冷たく感じられ、足首から膝へ波が当たるたびに、火照っていた身体が少しずつ冷えていった。

 

「気持ちいいね」

 

「ああ。さっきより日差しが強くなってるから、ちょうどいいな」

 

 隣を歩いていた叶多が答える。

 

 先に進んでいた直樹君たちは、腰ほどの深さまで来たところで身体を水へ浮かせた。

 

「私たちも泳ごうか」

 

「そうだな」

 

 私と叶多も少し間隔を空け、ゆっくりと泳ぎ始める。

 

 昼食を取ったばかりなので、誰も競うような泳ぎ方はしていない。

 

 波に合わせて身体が上下する感覚が心地よく、私は瑞葉たちの少し後ろを進んでいった。

 

 しばらく泳いだところで、瑞葉が水面から顔を上げた。

 

「海で泳ぐのって、プールより疲れるね」

 

「波があるからな」

 

 大輔君も一度泳ぐのを止め、息を整える。

 

「でも、こっちの方が楽しくない?」

 

「波に揺られながら泳ぐのも、海ならではだよね」

 

 直樹君が答える。

 

 私も顔を上げると、少し離れた岸辺が見えた。

 

 思っていたより進んでいたらしい。

 

「この辺で一度戻ろうか」

 

 瑞葉の言葉に、全員が岸の方へ向きを変える。

 

 私は少し速度を上げ、叶多の隣まで追いついた。

 

「まだ疲れてない?」

 

「今のところは大丈夫だ。千夏は?」

 

「私も平気。まだ泳げるよ」

 

「無理はするなよ」

 

「分かってる。叶多もね」

 

「ああ」

 

 叶多と並んで岸へ向かう。

 

 波に身体を揺らされ、思うように一定の速さでは進めない。

 

 それでも急ぐ必要はないため、私は呼吸を整えながら、ゆっくりと腕を動かした。

 

 その時、右のふくらはぎに小さな違和感が走る。

 

「ん……」

 

 一度脚を伸ばせば治ると思い、そのまま泳ぎ続ける。

 

 けれど、もう一度脚を動かした瞬間、ふくらはぎが強く引きつった。

 

「痛っ……!」

 

 思わず動きを止める。

 

 右脚へ力が入らなくなり、波に押されて身体が傾いた。

 

「千夏?」

 

 すぐ近くにいた叶多が振り返る。

 

「ごめん。脚、つったかも」

 

「大丈夫か?」

 

「ちょっと待てば治ると思う」

 

 両腕と動かせる方の脚だけで身体を支えようとする。

 

 けれど、次の波を受けた瞬間、体勢が大きく崩れた。

 

「千夏!」

 

 叶多がすぐに戻ってきて、私の身体を抱き寄せる。

 

 片腕が肩へ回り、もう片方の手が腰に添えられた。

 

「っ……」

 

 腰に触れられた瞬間、脚の痛みとは別の意味で胸が跳ねる。

 

「無理するな」

 

「う、うん……」

 

 叶多の胸元へ寄りかかるような格好になる。

 

 脚に力が入らない以上、離れるわけにもいかない。

 

「岸まで戻るぞ」

 

「うん」

 

 叶多は肩を抱いたまま私の身体を支え、ゆっくりと岸へ向かって進み始めた。

 

 波に揺られるたび、腰に添えられた手を意識してしまう。

 

 顔を上げると、叶多の横顔がすぐ近くにあった。

 

 その距離に、水泳の授業で顔が近づいた時のことを思い出す。

 

 けれど、今はあの時よりもずっと近い。

 

「痛み、ひどいか?」

 

「ま、まだ痛いけど……大丈夫」

 

「無理に動かさなくていいからな」

 

「うん」

 

 返事をするだけなのに、声が少し上ずった。

 

 少し進むと、左足の先が海底へ触れた。

 

 けれど、右脚を着こうとした瞬間、また痛みが走る。

 

「っ……」

 

「まだ無理そうだな」

 

 叶多が腰を支え直す。

 

「一度シートまで戻った方がいいね」

 

 近くまで戻ってきた瑞葉が、心配そうに私の脚を見る。

 

「ここからなら歩けると思う」

 

「本当に?」

 

「叶多につかまってれば大丈夫」

 

 口にしてから、少しだけ恥ずかしくなった。

 

 けれど、叶多は特に気にした様子もなく頷く。

 

「ああ。ゆっくり戻ろう」

 

 波打ち際まで進む頃には、脚の痛みも少しずつ弱くなっていた。

 

 それでも念のため、叶多の肩を借りたまま砂浜を歩く。

 

 レジャーシートの近くまで戻ると、ここあと里穂がこちらに気づいて立ち上がった。

 

「どうしたの?」

 

「千夏が脚をつったみたい」

 

 瑞葉が答える。

 

「大丈夫なの?」

 

「もうだいぶ良くなったよ」

 

 叶多に支えてもらいながら、レジャーシートへ腰を下ろす。

 

「ありがとう。もう大丈夫だから」

 

「まだ少し休んだ方がいいぞ」

 

「うん。そうする」

 

 叶多の腕が離れる。

 

 助けてもらっただけなのに、それを少しだけ残念に思ってしまった。

 

 しばらく座っていると、右脚に残っていた痛みもほとんどなくなった。

 

 瑞葉たちは様子を見ながら少し休んだあと、再び海へ戻っていった。

 

 叶多も何度かこちらを気にしていたけれど、もう大丈夫だと伝えると、大輔君たちのあとを追っていく。

 

 私はここあと里穂と一緒にシートへ残り、保冷バッグから取り出した飲み物を口にした。

 

「もう痛くない?」

 

 ここあが私の右脚を見る。

 

「うん。少し違和感が残ってるくらい」

 

「今日はもう泳がない方がいいんじゃない?」

 

「そうだね。しばらくは大人しくしてる」

 

 そう答えて海の方へ目を向ける。

 

 叶多は大輔君たちと少し離れた場所にいた。

 

 さっきまで腰に添えられていた手の感触を思い出し、慌てて視線を逸らす。

 

 ただ助けてもらっただけだ。

 

 そう分かっているのに、思い出すたびに胸が落ち着かなくなる。

 

「千夏、顔赤い」

 

「暑いからだよ」

 

「そっかー」

 

 誤魔化すように顔を上げると、少し離れた売店の前で、かき氷と書かれた旗が風に揺れていた。

 

「私、かき氷買ってこようかな」

 

「脚はもう大丈夫?」

 

 里穂が心配そうに尋ねる。

 

「もう普通に歩けるよ。お金もロッカーにあるし、ゆっくり取ってくる」

 

「無理はしないでね」

 

「うん」

 

「私も食べる」

 

 ここあがすぐに手を上げた。

 

「何味?」

 

「いちご」

 

「分かった。買ってくるね」

 

 私は一度更衣室のロッカーへ向かい、売店で使う分だけ取り出してから、財布を元の場所へ戻した。

 

 それから砂浜沿いの売店へ向かった。

 

 脚にはまだ少し違和感が残っていたものの、ゆっくり歩く分には問題なかった。

 

 売店の前には何人か並んでいて、かき氷の旗が潮風に揺れている。

 

 列の最後へ並び、壁に貼られたメニューを見上げた。

 

 いちご、メロン、レモン、ブルーハワイ。

 

 ここあの分は決まっているけれど、自分の分を何にするか少し迷う。

 

「いちごと、ブルーハワイを一つずつお願いします」

 

 順番が来て注文を済ませ、売店の脇へ移動する。

 

 混んでいるため、出来上がるまで少し時間がかかりそうだった。

 

「ねえ、1人?」

 

 不意に横から声を掛けられた。

 

 顔を向けると、私たちと同じくらいの年齢に見える男の人が立っていた。

 

 明るい髪に、よく日に焼けた肌。

 

 軽そうな雰囲気ではあるけれど、嫌な感じはしなかった。

 

 ただ、こうして声を掛けられるのは少し困る。

 

「友達と来てます」

 

「そっか。今は休憩中?」

 

「まあ、そんな感じです」

 

「俺も友達と来てるんだけどさ。よかったら、少し向こうで話さない?」

 

「すみません。友達を待たせてるので」

 

 そう断ると、男の人は困ったように笑った。

 

「5分だけでもさ。お願い」

 

「ごめんなさい」

 

「あー、もしかして、彼氏と来てるとか?」

 

「それは――」

 

「悪いけど、その子は俺の連れなんだ。他を当たってくれ」

 

 後ろから聞き慣れた声がした。

 

 振り返ると、叶多が売店の前に立っていた。

 

「叶多?」

 

「俺も少し休憩しようと思ってな。ソフトクリームを買いに来たら、千夏が見えた」

 

 叶多はそう答えてから、男の人へ視線を戻した。

 

 男の人は私と叶多を交互に見る。

 

「彼氏くん?」

 

「そうだ」

 

 叶多は迷うことなく答えた。

 

 その一言に、胸が大きく跳ねる。

 

「なんだ、そういうことか。悪かったな」

 

 男の人は軽く片手を上げた。

 

「彼女、かわいいから大事にしろよ」

 

「ああ」

 

「じゃあ、お幸せに」

 

 そう言い残し、男の人は少し離れたところにいる友達の方へ戻っていった。

 

 叶多はその背中を見送ってから、私へ顔を向ける。

 

「大丈夫だったか?」

 

「う、うん。嫌な人ではなかったけど……助かった。ありがとう」

 

「ならよかった」

 

 叶多はそれだけ答えると、売店のメニューへ目を向けた。

 

 さっきの言葉を気にしている様子はない。

 

 けれど、私は簡単には切り替えられなかった。

 

 気づいてしまったから。

 

 私は、叶多のことが好きなんだと。

 

 そう認めた途端、これまで曖昧だったものが一つにつながっていく。

 

 水泳の授業で顔が近づいた時に、妙に落ち着かなかったこと。

 

 今日、水着を褒められて嬉しかったこと。

 

 脚をつった私を支えてくれた腕が離れた時、残念に思ったこと。

 

 そして今、叶多が彼氏だと答えたことを、嬉しいと思っていること。

 

 全部、理由は同じだった。

 

「千夏?」

 

 名前を呼ばれ、はっとして顔を上げる。

 

「どうした?」

 

「な、何でもないよ」

 

「そうか?」

 

 叶多が不思議そうにこちらを見る。

 

 気持ちに気づく前なら、普通に見返せていたはずなのに、今は目を合わせているだけで落ち着かない。

 

「いちごとブルーハワイ、お待たせしました」

 

 ちょうど売店から声を掛けられ、私は逃げるようにそちらを向いた。

 

「ありがとうございます」

 

 出来上がったかき氷を二つ受け取る。

 

 両手に一つずつ持ってみたものの、山盛りの氷が崩れそうで歩きにくい。

 

「片方持つよ」

 

 叶多が手を差し出した。

 

「じゃあ、ここあの分をお願いしてもいい?」

 

「ああ」

 

 いちごのかき氷を渡すと、叶多は落とさないよう慎重に受け取った。

 

「ソフトクリームはいいの?」

 

「これを置いてから、また買いに来るよ」

 

「ごめんね」

 

「謝ることじゃないだろ」

 

 叶多は何でもないことのように答え、レジャーシートの方へ歩き始める。

 

 私はその隣へ並んだ。

 

 さっきまでと同じ距離のはずなのに、叶多がすぐそばにいることを意識してしまう。

 

 好きだと気づいただけで、こんなにも変わるものなのだろうか。

 

「脚はもう平気か?」

 

「うん。歩くくらいなら大丈夫」

 

「ならいいけど、今日はもう泳がない方がいいな」

 

「そうする。さすがにまたつったら怖いし」

 

「その方がいい」

 

 叶多がこちらの歩調に合わせ、少しゆっくりと歩いてくれる。

 

 以前なら、優しいなと思うだけだった。

 

 今はそれだけで、胸が少し温かくなる。

 

 レジャーシートへ戻ると、ここあが私たちの持っているかき氷を見て身体を起こした。

 

「いちご」

 

「はいはい。ちゃんと買ってきたよ」

 

 叶多がここあへかき氷を差し出す。

 

「ありがとう、叶多君」

 

「ああ」

 

 ここあは満足そうに受け取ると、すぐにスプーンを氷へ差し込んだ。

 

「叶多君も一緒だったの?」

 

 里穂が尋ねる。

 

「ソフトクリームを買いに来てたの」

 

「結局、買ってないけどな」

 

「私のかき氷を持ってくれたから」

 

「あとで買ってくるよ」

 

 叶多はそう答え、再び売店の方へ向かおうとする。

 

「叶多」

 

「ん?」

 

「さっきは、本当にありがとう」

 

 脚をつった時のことも、ナンパから助けてくれたことも。

 

 どちらへのお礼なのかは、あえて言わなかった。

 

「気にするな」

 

 叶多はいつものように答え、そのまま売店へ歩いていく。

 

 遠ざかる背中を見送りながら、私はブルーハワイのかき氷を一口食べた。

 

 冷たいはずなのに、火照った頬はなかなか冷めてくれなかった。

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