男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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73話 紅茶が冷めるまで

 夏休みも半ばを過ぎた午後。

 

 窓の外では、強い日差しを避けるように、通りを歩く人々が建物の影へ寄っていた。

 

 冷房の利いた店内には静かな音楽が流れ、時折、食器の触れ合う小さな音が聞こえてくる。

 

 私はカップを持ち上げ、紅茶を一口飲んだ。

 

 向かいの席では、佳乃がコーヒーへ口をつけている。

 

「やっぱり、ここは落ち着くね」

 

「ああ。夏休み中でも、それほど騒がしくない」

 

「がっせー、静かな店好きだよね」

 

「わざわざ騒がしい場所で話す必要はないだろう」

 

「それはそうだけど」

 

 佳乃は小さく笑い、窓の外へ目を向けた。

 

 今日は生徒会の用事があって集まったわけではない。

 

 昼食を一緒に取ったあと、しばらく街を見て回り、午後3時を過ぎた頃にこの喫茶店へ入った。

 

 学校で顔を合わせる機会は多いが、休日に二人で出かけることも珍しくはない。

 

「二学期に入ったら、また忙しくなるね」

 

「文化祭があるからな」

 

「今年も企画書、多そう」

 

「クラスと部活動だけでも相当な数になる。内容だけでなく、使用場所や備品の重複も確認しなければならない」

 

「貸し出す備品や、再利用できる飾りの整理も必要だよね」

 

「ああ。文化祭実行委員会にも、早めに確認してもらう必要がある」

 

「桜庭と鷹取がまとめてる臨時予算の案も、二学期最初の会議で確認するんだっけ」

 

「部活動向けのものだから、文化祭のクラス予算とは別だ。申請できる金額の上限と審査基準をまとめてもらっている」

 

「一年生の三人もいるけど、今年も大変そうだね」

 

「仕事を分担できる相手が増えたのは助かる。だが、その分、生徒会として対応できる範囲も広がるからな」

 

「がっせーなら、余裕ができた分だけ仕事を増やしそうだもんね」

 

「必要なことだ。三人とも任せた仕事はきちんとこなしている。文化祭でも十分に力になってくれるだろう」

 

 槻山、鷹取、石倉。

 

 三人とも生徒会へ加わってから、それぞれの担当で経験を積んでいる。

 

 上級生役員の助言が必要な場面はまだあるが、以前より任せられる仕事は増えていた。

 

「がっせー、もう二学期の仕事を考えてるんだ」

 

「始まってから慌てても遅いだろう」

 

「休みの日まで会長だね」

 

「佳乃も副会長だろう」

 

「今日はただの友達としてお茶しに来たの」

 

「それは分かっている」

 

「じゃあ、仕事の話はここまで。せっかくだし、何か甘い物でも頼もうかな」

 

 佳乃は楽しそうに笑うと、テーブルの端に置かれていたメニューを手に取った。

 

「がっせーは?」

 

「私は紅茶だけでいい」

 

「気になるのない?」

 

「そうだな……」

 

 佳乃が開いたメニューへ目を向ける。

 

 季節の果物を使ったタルトや、アイスクリームを添えたワッフルなど、午後の時間に合わせた品がいくつか並んでいた。

 

「このタルト、おいしそうじゃない?」

 

「佳乃が食べたいのなら頼めばいい」

 

「がっせーも一口食べる?」

 

「最初から分けるつもりなのか?」

 

「一人で食べてもいいけど、せっかくだから」

 

「なら、少しだけもらおう」

 

「珍しく素直だね」

 

 佳乃は満足そうに笑い、店員を呼んだ。

 

 注文したのは、季節の果物を使ったタルトだった。

 

 しばらくして、季節の果物を使ったタルトが運ばれてきた。

 

 佳乃は店員へ礼を言うと、フォークでタルトを半分に切り分ける。

 

「本当に半分もいらないぞ」

 

「一口って言っても、どのくらいか分からないでしょ」

 

「明らかに一口ではないだろう」

 

「残ったら私が食べるから大丈夫」

 

 佳乃はそう言って、小さな取り皿へ切り分けたタルトを載せ、私の前へ置いた。

 

 断るほどの量でもない。

 

 フォークで果物と生地を一緒に切り取り、口へ運ぶ。

 

「どう?」

 

「おいしいな。果物の酸味と甘さのバランスがいい」

 

「でしょ?」

 

 佳乃は満足そうに笑い、自分の分のタルトを一口食べた。

 

「そういえば、がっせーは夏休み、何してるの?」

 

「特別なことはしていない」

 

「学校説明会以外で全然会ってないから、何してるのかなって」

 

「家の用事を済ませたり、本を読んだりしている」

 

「どんな本?」

 

「今読んでいるのは海外の推理小説だ」

 

「また難しそうなの読んでるね」

 

「推理小説だと言っただろう。専門書ではない」

 

「チェスもしてる?」

 

「ああ。時間があるときにな」

 

「休みの日まで頭を使うんだ」

 

「好きでやっていることだ。勉強とは違う」

 

「本当にいつもどおりだね」

 

「趣味を休みごとに変える人間の方が珍しいだろう」

 

「そういう意味じゃないって」

 

 佳乃は苦笑しながら、タルトを一口食べた。

 

「出かけたりはしてないの?」

 

「出かけてはいる」

 

「誰と?」

 

「一人のこともあれば、家族と一緒のこともある」

 

「男の子とは?」

 

「ないな」

 

「そっか」

 

 佳乃はそう答えると、何かを考えるようにフォークを止めた。

 

「このままだと、今年も彼氏できないんじゃないの?」

 

 唐突な言葉に、カップへ伸ばしかけていた手が止まった。

 

「急に何の話だ」

 

「がっせーの夏休みの話。男の子と出かける予定もないんでしょ?」

 

「ああ」

 

「それだと、彼氏ができるきっかけもないじゃん」

 

「……そうかもしれないな」

 

 私が認めると、佳乃は意外そうに目を瞬かせた。

 

「ずいぶん素直に認めるね」

 

「事実だからな。交際している相手はいないし、今のところ、そうなる予定もない」

 

「でも、恋人を作る気はあるんだっけ?」

 

「高校にいる間に、将来を考えられる相手が見つかるのであれば、それに越したことはない」

 

 佳乃はフォークを皿へ置き、こちらを見つめる。

 

「がっせーなら、声をかければ喜ぶ男の子は多いと思うよ」

 

「天ヶ瀬家の娘に近づきたい者なら、いくらでもいるだろうな」

 

「全員が家目当てってわけじゃないでしょ」

 

「そうかもしれない。だが、私は榊のようにモテないからな」

 

「それは比べる相手が悪いよ」

 

「同じ女子であることに変わりはない」

 

「琴姫は男子との距離の詰め方が上手すぎるの。がっせーだって、十分人気はあるでしょ」

 

「遠巻きに見られることを、人気があるとは言わないだろう」

 

 榊の周囲には、いつも男子がいる。

 

 本人から積極的に声をかけることもあれば、相手の方から近づいてくることも多い。

 

 誰に対しても思わせぶりでありながら、決して踏み込ませすぎない。

 

 あのような振る舞いを好ましいとは思わないが、異性の関心を引くことに関して、榊が私より上であることは否定できなかった。

 

「がっせーの場合、話しかける前に緊張されてるだけだと思うけど」

 

「結果として誰も近づいてこないなら、同じことだ」

 

「自分から行けばいいじゃん」

 

「それが簡単にできれば苦労はしない」

 

「誰に声をかけたらいいか分からないの?」

 

「ああ」

 

 男子と話す機会がまったくないわけではない。

 

 だが、誰が交際相手としてふさわしいのか、誰なら私自身を見てくれるのかまでは分からない。

 

「今の目標は、将来婚約者になってもらえる相手を見つけることだ」

 

「いきなり婚約者なんだ」

 

「付き合うだけで終わる相手を探しても仕方がないだろう」

 

「高校生の恋愛としては、かなり重い気がするけど」

 

「将来を考えられない相手と交際する方が、私には理解できない」

 

「がっせーらしいね」

 

「褒めているのか?」

 

「半分くらいは」

 

 佳乃は残っていたタルトを一口食べると、考えるようにフォークを止めた。

 

「同じ学年なら、真壁君は?」

 

「真壁か」

 

「仕事もできるし、面倒見もいいでしょ。がっせーも信頼してるし」

 

「仕事仲間としては信頼している。だが、交際相手として考えたことはない」

 

「じゃあ、三年の先輩は? 去年の生徒会で一緒だった人とか」

 

「卒業が近い相手では、今から互いを知る時間が短いだろう」

 

「好きになったら時間なんて関係ないと思うけど」

 

「私は将来、婚約者になってもらえる相手を探しているんだ。慎重になるのは当然だろう」

 

「それなら、後輩は?」

 

「後輩?」

 

「うん。年下だから駄目ってわけじゃないでしょ」

 

「それはそうだが」

 

「槻山君とか」

 

「槻山か?」

 

 いくつか名前を挙げていた中で、槻山だけはすぐに否定する言葉が出てこなかった。

 

「真面目で成績もいいし、料理もできる。生徒会の仕事だって、がっせーがかなり信頼してるでしょ」

 

「ああ。確かに、槻山は好ましい男性だと思っている」

 

「おっ、素直に認めた」

 

「否定する理由がないからな。仕事に対して真面目で、任せたことは確実にこなす。周囲への気遣いもできるし、必要以上に女子へ媚びることもない」

 

「それに、お弁当を作ってもらったときも嬉しそうだったよね」

 

「あれは本当においしかったからな。料理の腕も確かなものだった」

 

「人柄も問題なし?」

 

「ああ。信頼できる相手だ」

 

「それなら、婚約者候補としても悪くないんじゃない?」

 

「条件にも人柄にも、問題はない」

 

「やっぱり、前から槻山君のことを少し気にしてたんじゃない?」

 

「そう見えたか?」

 

「うん。槻山君のことになると、評価がやけに具体的だから」

 

 言われてみれば、槻山については仕事の能力だけでなく、普段の振る舞いや周囲への接し方まで、思いのほか細かく覚えている。

 

 生徒会長として一年生役員を見ていただけだと思っていたが、ほかの二人について同じように語れるかと問われれば、少し自信がなかった。

 

「優良物件なんだから、声をかけてみればいいじゃん」

 

「おそらく、槻山は候補にならない」

 

「どうして?」

 

「すでに親しい女子がいる可能性が高いからだ」

 

「槻山君に彼女がいるの?」

 

「分からない」

 

「分からないのに、候補から外すの?」

 

「家の手伝いでゲームショウへ行ったときに見かけたんだ。一年の女子生徒と二人で来ていた」

 

「そうだったんだ」

 

 佳乃は初めて聞いたように目を瞬かせた。

 

「休日に二人で出かける程度には親しいということだ。交際している可能性もあるだろう」

 

「でも、友達かもしれないよ?」

 

「その可能性もある」

 

「なら、彼女だと決まったわけじゃないじゃん」

 

「決まってはいない。だが、相手がいるかもしれない男子へ、こちらから声をかけるつもりはない」

 

「本人に聞いてみたら?」

 

「何と聞くんだ」

 

「ゲームショウに一緒にいた子って、彼女なのかって」

 

「もし彼女ならば、そんなことを尋ねるのは気まずいだろう」

 

「彼女じゃなかったら?」

 

「それでも、交友関係を探るような質問を突然するのは不自然だ」

 

「気になってるから聞いたって言えばいいじゃん」

 

「余計に聞けなくなるだろう」

 

「がっせー、時には自分からアタックしないと、彼氏なんてできないよ」

 

「分かってはいる」

 

「本当に?」

 

「頭ではな」

 

「そこまで分かってるなら、あとは行動するだけじゃん」

 

「それが簡単にできれば、最初から困ってなどいない」

 

 佳乃はコーヒーへ口をつけた。

 

「それに、私のような不器用な女を選ばなくとも、槻山ならほかにいくらでも相手を見つけられるだろう」

 

「うーん。私は、がっせーにも十分可能性はあると思うけどなぁ」

 

「そうだとしても、休日に二人で出かけるほど親しい女子がいることは確かだ。それだけで、こちらから近づかない理由にはなる」

 

「本人に確認する気はないの?」

 

「ない。二人の関係へ踏み込む理由がないからな」

 

「慎重すぎると思うけどなぁ」

 

「婚約者になってもらう相手を探しているんだ。曖昧な状態のまま近づくつもりはない」

 

「でも、それだと勘違いしたまま終わるかもしれないよ?」

 

「そのときは、縁がなかったということだろう」

 

 私がそう答えると、佳乃は呆れたように息を吐いた。

 

「がっせーって、変なところで諦めがいいよね」

 

「無理に割り込もうとしないだけだ」

 

「その判断が正しいといいけど」

 

「何が言いたい」

 

「別に。あとで後悔しても知らないよってこと」

 

 佳乃は意味ありげに笑い、残っていたコーヒーへ口をつけた。

 

 槻山が好ましい男性であることは否定しない。

 

 だが、すでに親しい女子がいるのなら、私が婚約者候補として考えるべき相手ではない。

 

 だから、槻山を候補から外すという判断は間違っていない。

 

 私はそう結論づけ、少し冷めた紅茶を口へ運んだ。

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