男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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75話 夏祭り

 8月16日。

 

 日が傾き始めた頃、俺は祭り会場の最寄り駅へ向かっていた。

 

 今夜は、いつものメンバーで夏祭りへ行くことになっている。

 

 夏休みに入ってから全員で集まる機会は何度かあったが、祭りへ行くのは今日が初めてだ。

 

 駅前へ着くと、待ち合わせ場所にはすでに直樹と大輔が来ていた。

 

「お、叶多」

 

「二人とも早いな」

 

「俺は今来たところ。直樹はもっと前からいたけど」

 

「待たせるよりはいいからね」

 

 直樹は、いつもと変わらない穏やかな様子で答える。

 

 二人とも浴衣ではなく、俺と同じように普段より少し整えた私服姿だった。

 

「女子は浴衣で来るんだよな?」

 

 大輔が駅の入口へ視線を向けた。

 

「そう聞いてるけど」

 

「浴衣って、普段と結構雰囲気変わるよな」

 

「そうだな。髪も上げたりするだろうし」

 

「海のときとは、また違いそうだよな」

 

 水着姿はすでに見ているが、浴衣となれば印象はまるで違うだろう。

 

「楽しみだな」

 

「素直だな」

 

「別にいいだろ。夏祭りなんだし」

 

 大輔はそう言いながら、もう一度駅の入口へ目を向けた。

 

「直樹は気にならないのか?」

 

「みんながどんな浴衣を選んだのかは、少し気になるかな」

 

「相変わらず無難だな」

 

「じゃあ、大輔は誰の浴衣が一番気になるの?」

 

「そこで誰か一人の名前を出せるわけないだろ」

 

「ちゃんと考えてるじゃないか」

 

「余計なこと言って、祭りが始まる前から空気悪くしたくねぇからな」

 

 大輔なりに慎重ではあるらしい。

 

「叶多はどうなんだよ」

 

「実際に見てみないと分からないだろ」

 

「まあ、それはそうか」

 

 そこで、直樹が駅の入口へ顔を向けた。

 

「来たみたいだよ」

 

 その言葉につられ、俺と大輔もそちらを見る。

 

 改札から流れてくる人の間に、浴衣姿の4人が見えた。

 

 先頭を歩く千夏は、明るい赤を基調にした浴衣を着ている。髪も普段とは違う形にまとめ、花を模した髪飾りをつけていた。

 

 その隣にいる瑞葉は、淡い水色の浴衣姿だった。柔らかな色合いが、瑞葉の穏やかな雰囲気によく合っている。

 

 七瀬さんが着ているのは、朝顔の模様が入った紺色の浴衣だ。歩く速度も表情も普段とあまり変わらないが、いつもより少し大人びて見えた。

 

 最後に歩いている神崎さんは、白地に紫色の花が描かれた浴衣を身につけている。長い髪を上げ、涼しげな髪飾りを挿していた。

 

「お待たせー」

 

 こちらに気づいた千夏が、笑顔で手を振る。

 

「そんなに待ってないよ」

 

「よかった。着付けに思ったより時間かかっちゃって」

 

「みんな、よく似合ってるな」

 

 俺がそう言うと、千夏が嬉しそうに笑った。

 

「本当?」

 

「ああ。普段と雰囲気が違って新鮮だよ」

 

「えへへ。ありがと」

 

 千夏は満足そうに髪飾りへ触れた。

 

 瑞葉も嬉しそうに微笑み、七瀬さんは小さく頷く。

 

「ありがと」

 

 そう答えた七瀬さんは、すぐに祭り会場がある方角へ視線を向けた。

 

「屋台、もう出てる?」

 

「会場に着けば並んでると思うぞ」

 

「フルーツ飴、あるかな」

 

「七瀬さん、それ目当てで来たのか?」

 

「半分くらい」

 

 大輔の問いに、七瀬さんは真顔で答えた。

 

「祭り自体は半分なのかよ」

 

「フルーツ飴もお祭りの一部だから」

 

「そういう計算でいいのか?」

 

 二人のやり取りを聞きながら、ふと隣を見る。

 

 直樹はまだ何も言わず、神崎さんの姿を見ていた。

 

 普段の直樹なら、すぐに何か言葉をかけそうなものだが、珍しく反応が遅れている。

 

「直樹君?」

 

 神崎さんが少し不安そうに名前を呼んだ。

 

「……ごめん。見とれてた」

 

「えっ?」

 

「浴衣、すごく似合ってるよ。いつもと雰囲気が違って、綺麗だと思う」

 

 直樹は照れ隠しをするでもなく、素直にそう伝えた。

 

 神崎さんは目を見開いたまま、一瞬言葉を失う。

 

「そ、そう。ありがとう」

 

 どうにか返事をしたものの、頬にははっきりと赤みが差していた。

 

 普段の神崎さんなら、褒められても当然とばかりに受け止めそうなものだが、直樹が相手だと勝手が違うらしい。

 

 その様子を見ていた千夏が、面白そうに口元を緩める。

 

「直樹君、里穂を見たときだけ止まってなかった?」

 

「……そう見えた?」

 

「見えた」

 

「なら、たぶんそうなんだと思う」

 

「認めるんだ」

 

「神崎さんの浴衣が、思っていた以上に似合ってたからね」

 

「ちょっと、直樹君」

 

 神崎さんは咎めるように名前を呼んだが、本気で嫌がっているようには見えなかった。

 

 むしろ、口元が緩みそうになるのを堪えているように見える。

 

「何か変なこと言ったかな?」

 

「そういうことを、みんなの前で何度も言わないで」

 

「ごめん」

 

「謝らなくてもいいけど……」

 

 神崎さんは歯切れ悪く答え、直樹から視線を逸らした。

 

 隣では、大輔が感心したように頷いている。

 

「なるほど。ああ言えばいいのか」

 

「大輔が同じことを言っても、同じ反応になるとは限らないぞ」

 

「分かってるよ。今のは直樹にしかできねぇ」

 

「僕は思ったことを言っただけだけど」

 

「それを真顔で言えるのがすげぇんだよ」

 

「そうかな」

 

 直樹は、よく分からないというように首を傾げる。

 

「そろそろ行こっか。ここあがもう待ちきれなさそうだし」

 

 千夏に言われて見ると、七瀬さんは祭り会場へ向かう案内表示をじっと確認していた。

 

「まだ会場にも着いてないぞ」

 

「着いたら最初に探す」

 

「そんなに食べたいのか?」

 

「うん」

 

「分かった。見つけたら最初に寄ろうぜ」

 

 大輔がそう答えると、七瀬さんは満足そうに小さく頷いた。

 

 俺たちは浴衣姿の4人と合流し、祭り会場へ向かって歩き始めた。

 

 駅前から祭り会場までは、歩いて10分ほどだった。

 

 会場へ近づくにつれて、浴衣姿の人や家族連れが増えていく。

 

 やがて、通りの両側に並ぶ提灯の明かりと、いくつもの屋台が見えてきた。

 

 焼きそばやたこ焼きの匂いが風に乗って漂い、遠くからは太鼓の音も聞こえてくる。

 

「人、多いね」

 

 千夏が周囲を見回しながら言った。

 

「まだ花火の時間までは結構あるのにな」

 

「もっと遅くなったら、さらに混みそう」

 

「先に屋台を見て回った方がよさそうだな」

 

 そう話している間にも、七瀬さんは並んでいる屋台の看板へ視線を走らせていた。

 

「フルーツ飴、あった」

 

 七瀬さんが少し先を指さす。

 

 透明な飴で包まれたいちごやぶどう、みかんが並ぶ屋台だった。

 

「本当に最初に見つけたな」

 

「探してたから」

 

 七瀬さんは迷うことなく屋台へ向かう。

 

 大輔もその後ろをついていった。

 

「七瀬さん、何にするんだ?」

 

「いちご」

 

「即決かよ」

 

「決めてたから」

 

 七瀬さんは、串に刺さったいちご飴を一つ受け取った。

 

 赤いいちごの表面を透明な飴が覆い、提灯の明かりを受けてつやつやと光っている。

 

「大輔は買わないの?」

 

「俺は最初から甘いのはいいかな。腹に溜まりそうだし」

 

「いちごなら、そんなに大きくない」

 

「そういう問題じゃないって」

 

 七瀬さんは気にした様子もなく、いちご飴へ小さくかじりついた。

 

 硬い飴が砕ける音がする。

 

「どう?」

 

「おいしい」

 

「それだけか?」

 

「甘くて、いちごが少し酸っぱい」

 

 七瀬さんはもう一口食べると、どこか満足そうに目を細めた。

 

 大輔もその様子を見て、少しだけ口元を緩めている。

 

「次は何食べる?」

 

「もう次の話かよ」

 

「大輔も何か食べたいでしょ」

 

「まあ、たこ焼きか焼きそばは食いたいけど」

 

「じゃあ探す」

 

「七瀬さんが仕切るのか」

 

 二人は屋台を見比べながら、少し先へ歩いていく。

 

「置いていかれるぞ」

 

 俺が声をかけると、大輔が振り返った。

 

「分かってるって。先に店見てるだけだよ」

 

「迷子にならないでね」

 

 瑞葉が笑いながら言う。

 

「俺たちを子供扱いするなよ」

 

「ここあは食べ物見つけると、そのまま行っちゃうから」

 

「迷ってない。目的地に向かってるだけ」

 

 七瀬さんは淡々と答え、またいちご飴をかじった。

 

 全員で並んで歩きながら、屋台を順番に見ていく。

 

 射的、金魚すくい、輪投げ。食べ物以外にも、祭りらしい店がいくつも並んでいた。

 

「あとで射的やりたい」

 

 千夏が景品の並ぶ屋台を見ながら言った。

 

「何か欲しいものあるのか?」

 

「今は特にないけど、せっかくだしやってみたい」

 

「俺もやる」

 

 大輔がすぐに反応する。

 

「景品取れる自信あるの?」

 

「やる前から負けること考えるやつがいるかよ」

 

「そういう人ほど外すんだよね」

 

「火野さん、言ったな?」

 

「じゃあ勝負する?」

 

「いいぜ」

 

 二人は早くも張り合い始めていた。

 

「叶多君もやるよね?」

 

「見てるだけでもいいけど」

 

「そこは参加してよ」

 

「分かったよ」

 

 千夏が満足そうに笑う。

 

 その横で、瑞葉も景品を眺めていた。

 

「瑞葉は何か欲しいものある?」

 

「小さいぬいぐるみなら、少し欲しいかも」

 

「じゃあ、取れたら瑞葉にあげるよ」

 

「本当に?」

 

「ああ。取れればだけど」

 

「じゃあ、ちょっと期待しておこうかな」

 

 瑞葉は控えめに笑った。

 

 その少し後ろでは、直樹と神崎さんが並んで歩いている。

 

 しばらくすると、神崎さんが直樹の方へ少しだけ身を寄せた。

 

「直樹君」

 

「どうしたの?」

 

「さっき、浴衣が似合ってるって言ってたわよね」

 

「うん」

 

「なら、もう少しくらいちゃんと見てもいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「せっかく選んできたんだから」

 

 神崎さんはそう言って、少しだけ袖を広げてみせる。

 

「……そういうことなら」

 

 直樹は改めて神崎さんの浴衣へ視線を向けた。

 

「やっぱり似合ってると思うよ」

 

「そう」

 

「ならいいわ」

 

 神崎さんは前を向いたが、表情はどこか嬉しそうだった。

 

 直樹は、歩く速度を神崎さんに合わせている。

 

 その様子を見ていた千夏が、俺のすぐ隣まで近づいてきた。

 

「あの二人、今日ちょっと違わない?」

 

「神崎さんの浴衣を褒めてから、少し意識してる感じはするな」

 

「やっぱりそう見えるよね」

 

「でも、前から仲はよかっただろ」

 

「そうだけど、今日はもっと分かりやすいっていうか」

 

 千夏は声を抑えながら、楽しそうに二人の様子を眺めている。

 

「見すぎると気づかれるぞ」

 

「叶多君も見てるじゃん」

 

「千夏が話を振ったからだろ」

 

「そうだけど」

 

 千夏は小さく笑い、再び俺の隣へ並んだ。

 

 そのとき、少し先を歩いていた七瀬さんが足を止める。

 

「たこ焼き」

 

「見つけたのか?」

 

「うん」

 

 七瀬さんが指した先には、湯気を上げるたこ焼きの屋台があった。

 

 すでに何人か並んでいるが、それほど待たずに買えそうだ。

 

「大輔、食べるんでしょ」

 

「食うけど、七瀬さんはもういちご飴食べたばっかだろ」

 

「一個もらう」

 

「俺が買う前提なのかよ」

 

「駄目?」

 

 七瀬さんがわずかに首を傾げる。

 

 大輔は一瞬言葉に詰まったあと、視線を逸らした。

 

「……一個くらいならいいけど」

 

「ありがと」

 

 七瀬さんはいつもと変わらない調子で答えた。

 

 大輔は何か言いたそうにしていたが、結局そのまま列へ並ぶ。

 

「大輔、顔赤くない?」

 

 千夏が小声で言う。

 

「暑いんだろ」

 

「本当に?」

 

「本人に聞いてみればいい」

 

「それは可哀想だからやめとく」

 

 千夏は笑いを堪えながら、大輔の後ろへ続いた。

 

 俺たちもその列へ並び、最初の屋台料理を買うことにした。

 

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