順番が回ってくると、大輔はたこ焼きを一舟買った。
「熱そう」
七瀬さんが隣から覗き込む。
「できたてだからな。少し待った方がいいぞ」
「分かった」
そう答えたものの、七瀬さんの視線はたこ焼きから離れない。
「そんなに見ても冷めねぇぞ」
「分かってる」
「本当か?」
大輔は苦笑しながら、爪楊枝で一つ持ち上げた。
「ほら。これなら少し冷めてるだろ」
「ありがと」
七瀬さんは受け取ると、何度か息を吹きかけてから口へ運んだ。
「熱い?」
「ちょっと」
「だから言っただろ」
「でも、おいしい」
「ならいいけど」
そう言って大輔も一つ口へ入れた直後、顔をしかめる。
「はふはっはっはふ……んく……あっつぅ!」
「大輔の方が駄目じゃん」
千夏が笑う。
「思ったより熱かったんだよ」
「だから少し冷ましてから食べればよかったのに」
「腹減ってたんだから仕方ねぇだろ」
「それは自業自得だな」
「叶多まで言うなよ」
大輔が不満そうに言う横で、七瀬さんはたこ焼きへもう一度視線を向けていた。
「もう一個食べるか?」
「いいの?」
「一個だけって言ってたけど、別にいいよ」
「食べる」
大輔から受け取ったたこ焼きを、七瀬さんは今度は十分に冷ましてから口へ運ぶ。
どこか満足そうな表情を見る限り、かなり気に入ったらしい。
俺たちもそれぞれ食べたいものを買い、屋台の脇に設けられた休憩スペースで軽く腹を満たした。
食べ終えて通りへ戻ると、さっきよりも人が増えていた。
「次、射的行こ」
千夏が先ほど見つけた屋台を指さす。
「よし行こう」
大輔もすぐに応じる。
「何で勝負する?」
「景品に当てた数でいいんじゃね?」
「落とせなくても?」
「そこまでやると、勝負にならねぇかもしれないだろ」
「確かに。じゃあ当てた数ね」
「いいぜ」
話はすぐにまとまったらしい。
俺たちも二人について射的の屋台へ向かう。
棚には菓子や小さな玩具、ぬいぐるみなどが並んでいた。
「じゃあ、私はあれ」
千夏が指したのは、棚の中央に置かれた小さな菓子箱だった。
「お菓子狙うのか?」
「取れたら食べられるし」
「急に現実的だな」
「景品なんだから、欲しいもの狙えばいいでしょ」
「それもそうか」
千夏は店員からコルク銃を受け取ると、早速菓子箱へ狙いを定めた。
一発目。
コルク弾は菓子箱の横を通り過ぎる。
「あー」
「惜しい」
「今の全然惜しくねぇだろ」
「大輔、うるさい」
「勝負だからな」
続く二発目は菓子箱に当たり、少しだけ揺れる。
三発目も当たったが、結局棚から落ちることはなかった。
「難しい」
「次は俺だな」
大輔が自信ありげに銃を受け取る。
「何狙うの?」
「あの箱」
一番上の棚に置かれた、大きめの菓子箱を指す。
「落ちなさそう」
「当てりゃいいんだろ。勝負は当たった数なんだから」
「最初から落とすの諦めてない?」
「取れたらそれが一番だろ」
大輔は構わず狙いを定めた。
一発目。
コルク弾が箱の端へ当たり、景品がわずかに揺れる。
「よし、一発」
「まだ一発だけね」
二発目は箱の横を通り過ぎた。
「あー、外した」
「うるせぇ。まだある」
三発目。
今度は箱の中央へ当たったものの、景品は少し揺れただけだった。
「二発か」
「私も二発だったから、引き分けだね」
「景品落とせなかったのまで同じかよ」
「そこは勝負に入れてないでしょ」
「まあ、そうだけどよ」
二人が言い合っていると、隣で瑞葉が小さく笑った。
「楽しそうだね」
「瑞葉もやる?」
「私?」
「ああ。さっきぬいぐるみ欲しいって言ってただろ」
「そうだけど……射的はやったことないんだよね」
「俺もほとんどないよ」
「叶多君はやらないの?」
千夏が振り返る。
「せっかくだし、やってみるか」
店員からコルク銃を受け取り、棚の景品を見渡す。
「何狙うの?」
「瑞葉が小さいぬいぐるみ欲しいって言ってたから、取れそうなのを狙ってみるよ」
「えっ、本当に?」
「さっきそう言っただろ」
棚の端に、小さな猫のぬいぐるみが置かれている。
「あれならいけそうかな」
「頑張って、叶多君」
瑞葉に言われ、猫のぬいぐるみへ銃口を向ける。
祭りの射的なんてほとんどやったことはないが、狙った場所へ当てるだけならそこまで難しくはなさそうだ。
一発目。
コルク弾がぬいぐるみの下側へ当たり、少しだけ傾く。
「一発!」
千夏がすぐに数える。
「勝負してるわけじゃないぞ」
「でも今のところ一発」
「好きに数えてくれ」
二発目も近い場所へ当たった。
ぬいぐるみがさらに傾き、棚の端へ寄る。
「二発!」
「叶多、普通に上手くね?」
「たまたまだよ」
最後の一発。
少しだけ狙いをずらして撃つと、コルク弾がぬいぐるみの端へ当たった。
そのまま景品が棚から落ちる。
「おお!」
「取れた!」
大輔と千夏が同時に声を上げた。
「3発全部当てて、景品まで取るのはずるくない?」
「ずるくはないだろ」
「俺らの勝負に途中参加してたら叶多の勝ちだったな」
「参加してなくてよかったよ」
店員から小さな猫のぬいぐるみを受け取り、そのまま瑞葉へ差し出す。
「はい」
「えっ、本当にくれるの?」
「そのつもりで狙ったからな」
瑞葉は少し驚いたあと、両手でぬいぐるみを受け取った。
「ありがとう、叶多君」
「ああ」
瑞葉は嬉しそうに猫のぬいぐるみを眺めている。
気に入ってくれたなら、取れた甲斐はあったらしい。
ふと横へ視線を向ける。
直樹と神崎さんは、二人で景品の棚を眺めていた。
「直樹君はやらないの?」
「神崎さんが欲しいものがあるなら、やってみてもいいかな」
「私が?」
「うん」
神崎さんは少し考えるように棚へ視線を巡らせる。
「そうね……」
その目が、小さな和柄の巾着の前で止まった。
「あれは少し気になるかしら」
「じゃあ、狙ってみるよ」
「取れるの?」
「やってみないと分からないね」
「なら期待しておくわ」
神崎さんはそう言いながら、どこか楽しそうだった。
直樹も店員から銃を受け取る。
一発目は巾着の横へ外れた。
「あら」
「思ったより難しいね」
「無理しなくてもいいのよ?」
「まだ二発あるから」
二発目は巾着の端へ当たり、少しだけ位置がずれた。
「惜しい」
「次で落ちるといいんだけど」
直樹は少し構え直し、最後の一発を撃つ。
弾は巾着の下側へ当たり、そのまま棚から落ちた。
「取れた」
「本当に取ったのね」
直樹は店員から受け取った巾着を、そのまま神崎さんへ差し出した。
「はい」
「……私にくれるの?」
「欲しいって言ってたから」
「そう」
神崎さんは巾着を受け取り、しばらく手元で眺める。
「ありがとう。大事にするわ」
「そこまで大げさなものじゃないよ」
「直樹君が取ってくれたんだから、私にとっては別よ」
「……そっか」
直樹が少しだけ目を瞬かせる。
神崎さんはそれ以上何も言わず、巾着を大切そうにバッグへしまった。
そのとき、祭り会場に設置されたスピーカーから放送が流れ始める。
『本日の花火大会は、予定どおり午後7時30分より開始いたします――』
周囲から歓声が上がる。
スマートフォンで時刻を確認すると、開始まではまだ少し時間があった。
「もうそんな時間なんだ」
瑞葉が空を見上げる。
日が落ち、空には夜の色が広がり始めていた。
「そろそろ場所探した方がいいかもね」
「この人の数だと、遅くなると見える場所なくなりそうだな」
「じゃあ行こ」
千夏の言葉に全員が頷く。
俺たちは屋台の並ぶ通りを抜け、花火を見る場所へ向かうことにした。
花火を見る場所へ向かう人の流れは、屋台の並ぶ通りよりもさらに多かった。
少し進むだけでも前の人との距離が縮まり、浴衣姿の女子たちは歩幅を小さくしている。
「思ったより混んでるね」
千夏が周囲を見ながら言う。
「はぐれないようにした方がいいな」
「一応、何かあったら連絡ね」
「ああ」
人の流れに合わせながら、川沿いに設けられた観覧場所へ向かう。
少し先には開けた場所が見えていたが、すでに多くの人が集まり始めていた。
「この辺でも見えそうじゃない?」
瑞葉が空を見上げる。
「前に高い建物もないし、十分だと思う」
「じゃあ、ここにしよっか」
通路から少し外れた場所を見つけ、俺たちはそこで花火が始まるのを待つことにした。
まだ開始までは少し時間がある。
大輔は先ほど買った飲み物へ口をつけ、七瀬さんは屋台で追加したぶどう飴を眺めていた。
「また買ったのか?」
「いちごはもう食べたから」
「そういう問題か?」
「味が違う」
「まあ、そうだけどよ」
大輔は呆れながらも、それ以上は何も言わなかった。
その横では、瑞葉がさっき射的で取った景品を眺めている。
「瑞葉、それ結構かわいいね」
千夏がぬいぐるみを覗き込む。
「うん。気に入った」
瑞葉は俺が取った小さな猫のぬいぐるみを手にして、嬉しそうに笑った。
「叶多君、ありがとう」
「気に入ったならよかったよ」
「いいなぁ。私も次は絶対何か取る」
「さっき大輔と引き分けだっただろ」
「だから次は勝つの」
「まだ続けるつもりなのか?」
「もちろん」
千夏は当然のように答えた。
そのとき、少し離れたところにいた神崎さんが直樹へ声をかける。
「直樹君」
「どうしたの?」
「少し歩かない?」
「今から?」
「花火が始まるまで、まだ時間あるでしょ」
「それはそうだけど」
神崎さんは一度こちらを見た。
「すぐ戻るわ」
「分かった。始まりそうになったら連絡するよ」
「お願い」
俺が答えると、神崎さんは小さく頷いた。
直樹は少し不思議そうにしていたが、そのまま神崎さんと二人で人の少ない方へ歩いていく。
その後ろ姿を見送っていると、千夏が俺の隣で小さく息を吐いた。
「里穂、行ったね」
「ああ」
さっきからの様子を考えれば、ただ散歩したいだけではない気がする。
俺がそう思うくらいには、今日の二人は分かりやすかった。
とはいえ、わざわざ追いかけるようなことでもない。
「戻ってくるまで待ってればいいだろ」
「うん」
千夏もそれ以上は何も言わなかった。
俺たちはそのまま花火の開始を待つ。
しばらくすると、周囲の照明が少し落とされ、会場のざわめきが大きくなった。
『間もなく、花火大会を開始いたします』
放送が流れる。
「そろそろだね」
瑞葉が空を見上げた。
「直樹たち、まだ戻ってないぞ」
大輔が周囲を見回す。
「連絡してみる」
スマートフォンを取り出そうとしたところで、画面が震えた。
直樹からだった。
『少し遅れる。先に見てて』
それだけの短いメッセージだった。
「直樹から?」
「ああ。少し遅れるって」
「じゃあ、二人は別の場所で見るのかな」
「たぶんな」
ちょうどその瞬間、夜空へ一筋の光が昇っていく。
少し遅れて、大きな音が響いた。
開いた花火が夜空いっぱいに広がり、周囲から一斉に歓声が上がる。
「わあ!」
千夏が顔を上げた。
赤や青の光が次々と夜空へ咲き、そのたびに周囲が一瞬だけ明るく照らされる。
俺も空を見上げながら、直樹たちのことを少しだけ考えた。
あの二人なら、たぶん大丈夫だろう。
☆
何発目かの花火が上がった頃、スマートフォンがもう一度震えた。
今度は直樹からではなく、神崎さんからだった。
『花火が終わったら戻るわ』
短い文面だけだったが、いつもの神崎さんにしては珍しく、最後に笑顔のスタンプが添えられている。
「里穂から?」
千夏が尋ねる。
「ああ。終わったら戻るって」
「そっか」
千夏はそれだけ言うと、再び夜空へ顔を向けた。
俺もスマートフォンをしまう。
花火はまだ続いている。
大きなものが開くたび、隣にいる千夏や瑞葉たちの表情が明るく照らされた。
七瀬さんはぶどう飴を食べる手を止めて、珍しくじっと空を見上げている。
大輔も今は屋台のことを忘れたように、黙って花火を眺めていた。
最後に何発もの花火が連続して打ち上がる。
夜空が一面の光に覆われ、大きな音が何度も響いた。
やがて最後の光が消えると、周囲から拍手が起こった。
「終わっちゃった」
千夏が少し名残惜しそうに言う。
「結構あっという間だったな」
「見てると早いよね」
人の流れが動き始める前に、俺たちはその場で直樹たちを待つことにした。
数分ほどして、人混みの向こうから二人の姿が見える。
「あ、来た」
瑞葉の声に、全員がそちらを見る。
直樹と神崎さんが並んで歩いてくる。
ただ、行く前とは少し様子が違った。
神崎さんは直樹のすぐ隣を歩き、その手は直樹の手とつながれている。
「……おお」
大輔が思わず声を漏らした。
七瀬さんも、ぶどう飴を持ったまま二人を見ている。
千夏は一瞬目を丸くしたあと、すぐに何かを察したようだった。
俺も二人の手元を見て、おおよその事情を理解する。
「おかえり」
「ただいま」
直樹は少し照れたように笑った。
神崎さんはいつものように澄ました表情を作っているものの、頬が少し赤い。
「それって……」
瑞葉が二人の手元を見ながら尋ねる。
神崎さんは一瞬だけ直樹を見た。
それから少しだけ顔を逸らし、
「……付き合うことになったわ」
小さく、けれどはっきりとそう言った。
「えっ」
「私と、直樹君が」
「おお……」
大輔が驚いたように声を漏らす。
直樹は隣で少し照れたように笑っていた。
「おめでとう、里穂」
千夏が真っ先に言う。
「……ありがとう」
神崎さんはまだ少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「直樹も、おめでとう」
「ありがとう、叶多」
「マジか……おめでとう」
「ありがとう」
「……ありがと」
七瀬さんも二人を見比べ、小さく頷いた。
「おめでと」
「ありがと、ここあ」
神崎さんはそう答えながらも、直樹の手を離そうとはしなかった。
その姿を見る限り、詳しい事情を聞かなくても結果は十分に分かる。
今日の二人を見ていて、なんとなくそういう雰囲気は感じていた。
それでも、本当に付き合うことになったと聞けば少し驚く。
どうやら、俺が思っていた以上に二人の距離は近かったらしい。
それ以上、誰も詳しく聞こうとはしなかった。
今はただ、二人が嬉しそうにしているならそれでいい。
俺たちは再び人の流れに合わせて、駅へ向かって歩き始めた。
今年の夏祭りは、どうやら直樹と神崎さんにとって、いい思い出になったようだった。