男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

76 / 77
76話 花火の夜に

 順番が回ってくると、大輔はたこ焼きを一舟買った。

 

「熱そう」

 

 七瀬さんが隣から覗き込む。

 

「できたてだからな。少し待った方がいいぞ」

 

「分かった」

 

 そう答えたものの、七瀬さんの視線はたこ焼きから離れない。

 

「そんなに見ても冷めねぇぞ」

 

「分かってる」

 

「本当か?」

 

 大輔は苦笑しながら、爪楊枝で一つ持ち上げた。

 

「ほら。これなら少し冷めてるだろ」

 

「ありがと」

 

 七瀬さんは受け取ると、何度か息を吹きかけてから口へ運んだ。

 

「熱い?」

 

「ちょっと」

 

「だから言っただろ」

 

「でも、おいしい」

 

「ならいいけど」

 

 そう言って大輔も一つ口へ入れた直後、顔をしかめる。

 

「はふはっはっはふ……んく……あっつぅ!」

 

「大輔の方が駄目じゃん」

 

 千夏が笑う。

 

「思ったより熱かったんだよ」

 

「だから少し冷ましてから食べればよかったのに」

 

「腹減ってたんだから仕方ねぇだろ」

 

「それは自業自得だな」

 

「叶多まで言うなよ」

 

 大輔が不満そうに言う横で、七瀬さんはたこ焼きへもう一度視線を向けていた。

 

「もう一個食べるか?」

 

「いいの?」

 

「一個だけって言ってたけど、別にいいよ」

 

「食べる」

 

 大輔から受け取ったたこ焼きを、七瀬さんは今度は十分に冷ましてから口へ運ぶ。

 

 どこか満足そうな表情を見る限り、かなり気に入ったらしい。

 

 俺たちもそれぞれ食べたいものを買い、屋台の脇に設けられた休憩スペースで軽く腹を満たした。

 

 食べ終えて通りへ戻ると、さっきよりも人が増えていた。

 

「次、射的行こ」

 

 千夏が先ほど見つけた屋台を指さす。

 

「よし行こう」

 

 大輔もすぐに応じる。

 

「何で勝負する?」

 

「景品に当てた数でいいんじゃね?」

 

「落とせなくても?」

 

「そこまでやると、勝負にならねぇかもしれないだろ」

 

「確かに。じゃあ当てた数ね」

 

「いいぜ」

 

 話はすぐにまとまったらしい。

 

 俺たちも二人について射的の屋台へ向かう。

 

 棚には菓子や小さな玩具、ぬいぐるみなどが並んでいた。

 

「じゃあ、私はあれ」

 

 千夏が指したのは、棚の中央に置かれた小さな菓子箱だった。

 

「お菓子狙うのか?」

 

「取れたら食べられるし」

 

「急に現実的だな」

 

「景品なんだから、欲しいもの狙えばいいでしょ」

 

「それもそうか」

 

 千夏は店員からコルク銃を受け取ると、早速菓子箱へ狙いを定めた。

 

 一発目。

 

 コルク弾は菓子箱の横を通り過ぎる。

 

「あー」

 

「惜しい」

 

「今の全然惜しくねぇだろ」

 

「大輔、うるさい」

 

「勝負だからな」

 

 続く二発目は菓子箱に当たり、少しだけ揺れる。

 

 三発目も当たったが、結局棚から落ちることはなかった。

 

「難しい」

 

「次は俺だな」

 

 大輔が自信ありげに銃を受け取る。

 

「何狙うの?」

 

「あの箱」

 

 一番上の棚に置かれた、大きめの菓子箱を指す。

 

「落ちなさそう」

 

「当てりゃいいんだろ。勝負は当たった数なんだから」

 

「最初から落とすの諦めてない?」

 

「取れたらそれが一番だろ」

 

 大輔は構わず狙いを定めた。

 

 一発目。

 

 コルク弾が箱の端へ当たり、景品がわずかに揺れる。

 

「よし、一発」

 

「まだ一発だけね」

 

 二発目は箱の横を通り過ぎた。

 

「あー、外した」

 

「うるせぇ。まだある」

 

 三発目。

 

 今度は箱の中央へ当たったものの、景品は少し揺れただけだった。

 

「二発か」

 

「私も二発だったから、引き分けだね」

 

「景品落とせなかったのまで同じかよ」

 

「そこは勝負に入れてないでしょ」

 

「まあ、そうだけどよ」

 

 二人が言い合っていると、隣で瑞葉が小さく笑った。

 

「楽しそうだね」

 

「瑞葉もやる?」

 

「私?」

 

「ああ。さっきぬいぐるみ欲しいって言ってただろ」

 

「そうだけど……射的はやったことないんだよね」

 

「俺もほとんどないよ」

 

「叶多君はやらないの?」

 

 千夏が振り返る。

 

「せっかくだし、やってみるか」

 

 店員からコルク銃を受け取り、棚の景品を見渡す。

 

「何狙うの?」

 

「瑞葉が小さいぬいぐるみ欲しいって言ってたから、取れそうなのを狙ってみるよ」

 

「えっ、本当に?」

 

「さっきそう言っただろ」

 

 棚の端に、小さな猫のぬいぐるみが置かれている。

 

「あれならいけそうかな」

 

「頑張って、叶多君」

 

 瑞葉に言われ、猫のぬいぐるみへ銃口を向ける。

 

 祭りの射的なんてほとんどやったことはないが、狙った場所へ当てるだけならそこまで難しくはなさそうだ。

 

 一発目。

 

 コルク弾がぬいぐるみの下側へ当たり、少しだけ傾く。

 

「一発!」

 

 千夏がすぐに数える。

 

「勝負してるわけじゃないぞ」

 

「でも今のところ一発」

 

「好きに数えてくれ」

 

 二発目も近い場所へ当たった。

 

 ぬいぐるみがさらに傾き、棚の端へ寄る。

 

「二発!」

 

「叶多、普通に上手くね?」

 

「たまたまだよ」

 

 最後の一発。

 

 少しだけ狙いをずらして撃つと、コルク弾がぬいぐるみの端へ当たった。

 

 そのまま景品が棚から落ちる。

 

「おお!」

 

「取れた!」

 

 大輔と千夏が同時に声を上げた。

 

「3発全部当てて、景品まで取るのはずるくない?」

 

「ずるくはないだろ」

 

「俺らの勝負に途中参加してたら叶多の勝ちだったな」

 

「参加してなくてよかったよ」

 

 店員から小さな猫のぬいぐるみを受け取り、そのまま瑞葉へ差し出す。

 

「はい」

 

「えっ、本当にくれるの?」

 

「そのつもりで狙ったからな」

 

 瑞葉は少し驚いたあと、両手でぬいぐるみを受け取った。

 

「ありがとう、叶多君」

 

「ああ」

 

 瑞葉は嬉しそうに猫のぬいぐるみを眺めている。

 

 気に入ってくれたなら、取れた甲斐はあったらしい。

 

 ふと横へ視線を向ける。

 

 直樹と神崎さんは、二人で景品の棚を眺めていた。

 

「直樹君はやらないの?」

 

「神崎さんが欲しいものがあるなら、やってみてもいいかな」

 

「私が?」

 

「うん」

 

 神崎さんは少し考えるように棚へ視線を巡らせる。

 

「そうね……」

 

 その目が、小さな和柄の巾着の前で止まった。

 

「あれは少し気になるかしら」

 

「じゃあ、狙ってみるよ」

 

「取れるの?」

 

「やってみないと分からないね」

 

「なら期待しておくわ」

 

 神崎さんはそう言いながら、どこか楽しそうだった。

 

 直樹も店員から銃を受け取る。

 

 一発目は巾着の横へ外れた。

 

「あら」

 

「思ったより難しいね」

 

「無理しなくてもいいのよ?」

 

「まだ二発あるから」

 

 二発目は巾着の端へ当たり、少しだけ位置がずれた。

 

「惜しい」

 

「次で落ちるといいんだけど」

 

 直樹は少し構え直し、最後の一発を撃つ。

 

 弾は巾着の下側へ当たり、そのまま棚から落ちた。

 

「取れた」

 

「本当に取ったのね」

 

 直樹は店員から受け取った巾着を、そのまま神崎さんへ差し出した。

 

「はい」

 

「……私にくれるの?」

 

「欲しいって言ってたから」

 

「そう」

 

 神崎さんは巾着を受け取り、しばらく手元で眺める。

 

「ありがとう。大事にするわ」

 

「そこまで大げさなものじゃないよ」

 

「直樹君が取ってくれたんだから、私にとっては別よ」

 

「……そっか」

 

 直樹が少しだけ目を瞬かせる。

 

 神崎さんはそれ以上何も言わず、巾着を大切そうにバッグへしまった。

 

 そのとき、祭り会場に設置されたスピーカーから放送が流れ始める。

 

『本日の花火大会は、予定どおり午後7時30分より開始いたします――』

 

 周囲から歓声が上がる。

 

 スマートフォンで時刻を確認すると、開始まではまだ少し時間があった。

 

「もうそんな時間なんだ」

 

 瑞葉が空を見上げる。

 

 日が落ち、空には夜の色が広がり始めていた。

 

「そろそろ場所探した方がいいかもね」

 

「この人の数だと、遅くなると見える場所なくなりそうだな」

 

「じゃあ行こ」

 

 千夏の言葉に全員が頷く。

 

 俺たちは屋台の並ぶ通りを抜け、花火を見る場所へ向かうことにした。

 

 花火を見る場所へ向かう人の流れは、屋台の並ぶ通りよりもさらに多かった。

 

 少し進むだけでも前の人との距離が縮まり、浴衣姿の女子たちは歩幅を小さくしている。

 

「思ったより混んでるね」

 

 千夏が周囲を見ながら言う。

 

「はぐれないようにした方がいいな」

 

「一応、何かあったら連絡ね」

 

「ああ」

 

 人の流れに合わせながら、川沿いに設けられた観覧場所へ向かう。

 

 少し先には開けた場所が見えていたが、すでに多くの人が集まり始めていた。

 

「この辺でも見えそうじゃない?」

 

 瑞葉が空を見上げる。

 

「前に高い建物もないし、十分だと思う」

 

「じゃあ、ここにしよっか」

 

 通路から少し外れた場所を見つけ、俺たちはそこで花火が始まるのを待つことにした。

 

 まだ開始までは少し時間がある。

 

 大輔は先ほど買った飲み物へ口をつけ、七瀬さんは屋台で追加したぶどう飴を眺めていた。

 

「また買ったのか?」

 

「いちごはもう食べたから」

 

「そういう問題か?」

 

「味が違う」

 

「まあ、そうだけどよ」

 

 大輔は呆れながらも、それ以上は何も言わなかった。

 

 その横では、瑞葉がさっき射的で取った景品を眺めている。

 

「瑞葉、それ結構かわいいね」

 

 千夏がぬいぐるみを覗き込む。

 

「うん。気に入った」

 

 瑞葉は俺が取った小さな猫のぬいぐるみを手にして、嬉しそうに笑った。

 

「叶多君、ありがとう」

 

「気に入ったならよかったよ」

 

「いいなぁ。私も次は絶対何か取る」

 

「さっき大輔と引き分けだっただろ」

 

「だから次は勝つの」

 

「まだ続けるつもりなのか?」

 

「もちろん」

 

 千夏は当然のように答えた。

 

 そのとき、少し離れたところにいた神崎さんが直樹へ声をかける。

 

「直樹君」

 

「どうしたの?」

 

「少し歩かない?」

 

「今から?」

 

「花火が始まるまで、まだ時間あるでしょ」

 

「それはそうだけど」

 

 神崎さんは一度こちらを見た。

 

「すぐ戻るわ」

 

「分かった。始まりそうになったら連絡するよ」

 

「お願い」

 

 俺が答えると、神崎さんは小さく頷いた。

 

 直樹は少し不思議そうにしていたが、そのまま神崎さんと二人で人の少ない方へ歩いていく。

 

 その後ろ姿を見送っていると、千夏が俺の隣で小さく息を吐いた。

 

「里穂、行ったね」

 

「ああ」

 

 さっきからの様子を考えれば、ただ散歩したいだけではない気がする。

 

 俺がそう思うくらいには、今日の二人は分かりやすかった。

 

 とはいえ、わざわざ追いかけるようなことでもない。

 

「戻ってくるまで待ってればいいだろ」

 

「うん」

 

 千夏もそれ以上は何も言わなかった。

 

 俺たちはそのまま花火の開始を待つ。

 

 しばらくすると、周囲の照明が少し落とされ、会場のざわめきが大きくなった。

 

『間もなく、花火大会を開始いたします』

 

 放送が流れる。

 

「そろそろだね」

 

 瑞葉が空を見上げた。

 

「直樹たち、まだ戻ってないぞ」

 

 大輔が周囲を見回す。

 

「連絡してみる」

 

 スマートフォンを取り出そうとしたところで、画面が震えた。

 

 直樹からだった。

 

『少し遅れる。先に見てて』

 

 それだけの短いメッセージだった。

 

「直樹から?」

 

「ああ。少し遅れるって」

 

「じゃあ、二人は別の場所で見るのかな」

 

「たぶんな」

 

 ちょうどその瞬間、夜空へ一筋の光が昇っていく。

 

 少し遅れて、大きな音が響いた。

 

 開いた花火が夜空いっぱいに広がり、周囲から一斉に歓声が上がる。

 

「わあ!」

 

 千夏が顔を上げた。

 

 赤や青の光が次々と夜空へ咲き、そのたびに周囲が一瞬だけ明るく照らされる。

 

 俺も空を見上げながら、直樹たちのことを少しだけ考えた。

 

 あの二人なら、たぶん大丈夫だろう。

 

 ☆

 

 何発目かの花火が上がった頃、スマートフォンがもう一度震えた。

 

 今度は直樹からではなく、神崎さんからだった。

 

『花火が終わったら戻るわ』

 

 短い文面だけだったが、いつもの神崎さんにしては珍しく、最後に笑顔のスタンプが添えられている。

 

「里穂から?」

 

 千夏が尋ねる。

 

「ああ。終わったら戻るって」

 

「そっか」

 

 千夏はそれだけ言うと、再び夜空へ顔を向けた。

 

 俺もスマートフォンをしまう。

 

 花火はまだ続いている。

 

 大きなものが開くたび、隣にいる千夏や瑞葉たちの表情が明るく照らされた。

 

 七瀬さんはぶどう飴を食べる手を止めて、珍しくじっと空を見上げている。

 

 大輔も今は屋台のことを忘れたように、黙って花火を眺めていた。

 

 最後に何発もの花火が連続して打ち上がる。

 

 夜空が一面の光に覆われ、大きな音が何度も響いた。

 

 やがて最後の光が消えると、周囲から拍手が起こった。

 

「終わっちゃった」

 

 千夏が少し名残惜しそうに言う。

 

「結構あっという間だったな」

 

「見てると早いよね」

 

 人の流れが動き始める前に、俺たちはその場で直樹たちを待つことにした。

 

 数分ほどして、人混みの向こうから二人の姿が見える。

 

「あ、来た」

 

 瑞葉の声に、全員がそちらを見る。

 

 直樹と神崎さんが並んで歩いてくる。

 

 ただ、行く前とは少し様子が違った。

 

 神崎さんは直樹のすぐ隣を歩き、その手は直樹の手とつながれている。

 

「……おお」

 

 大輔が思わず声を漏らした。

 

 七瀬さんも、ぶどう飴を持ったまま二人を見ている。

 

 千夏は一瞬目を丸くしたあと、すぐに何かを察したようだった。

 

 俺も二人の手元を見て、おおよその事情を理解する。

 

「おかえり」

 

「ただいま」

 

 直樹は少し照れたように笑った。

 

 神崎さんはいつものように澄ました表情を作っているものの、頬が少し赤い。

 

「それって……」

 

 瑞葉が二人の手元を見ながら尋ねる。

 

 神崎さんは一瞬だけ直樹を見た。

 

 それから少しだけ顔を逸らし、

 

「……付き合うことになったわ」

 

 小さく、けれどはっきりとそう言った。

 

「えっ」

 

「私と、直樹君が」

 

「おお……」

 

 大輔が驚いたように声を漏らす。

 

 直樹は隣で少し照れたように笑っていた。

 

「おめでとう、里穂」

 

 千夏が真っ先に言う。

 

「……ありがとう」

 

 神崎さんはまだ少し恥ずかしそうにしながら答えた。

 

「直樹も、おめでとう」

 

「ありがとう、叶多」

 

「マジか……おめでとう」

 

「ありがとう」

 

「……ありがと」

 

 七瀬さんも二人を見比べ、小さく頷いた。

 

「おめでと」

 

「ありがと、ここあ」

 

 神崎さんはそう答えながらも、直樹の手を離そうとはしなかった。

 

 その姿を見る限り、詳しい事情を聞かなくても結果は十分に分かる。

 

 今日の二人を見ていて、なんとなくそういう雰囲気は感じていた。

 

 それでも、本当に付き合うことになったと聞けば少し驚く。

 

 どうやら、俺が思っていた以上に二人の距離は近かったらしい。

 

 それ以上、誰も詳しく聞こうとはしなかった。

 

 今はただ、二人が嬉しそうにしているならそれでいい。

 

 俺たちは再び人の流れに合わせて、駅へ向かって歩き始めた。

 

 今年の夏祭りは、どうやら直樹と神崎さんにとって、いい思い出になったようだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。