男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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8話 手作り弁当

 午前の授業は、その後も滞りなく進んだ。

 

 授業の速度は速かったが、事前に予習していたおかげで、今のところ問題なくついていけている。

 

 そして4時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。

 

「今日はここまで。次回までに、教科書の問題を解いておくように」

 

 教師が教室を出ていく。

 

 それまで静かだった教室が、一気に騒がしくなった。

 

 昼休みだ。

 

 弁当を取り出す者。

 

 友人同士で机を寄せる者。

 

 食堂や購買へ向かうため、急いで教室を出ていく者。

 

 俺は鞄の中から弁当箱を取り出した。

 

 一人暮らしを始めたばかりとはいえ、昼食を毎日買うつもりはない。

 

 外食ばかりでは金もかかるし、栄養も偏りやすい。

 

 何より、自分で作った方が好みのものを食べられる。

 

 弁当箱の蓋を開ける。

 

 鶏肉の照り焼き。

 

 だし巻き卵。

 

 きんぴらごぼう。

 

 ほうれん草のおひたし。

 

 彩りにミニトマトと茹でたブロッコリーを添え、ご飯には白胡麻を振ってある。

 

 特別豪華なものではない。

 

 朝でも無理なく作れる、一般的な和風弁当だ。

 

「え、それ叶多が作ったの?」

 

 隣から声が聞こえた。

 

 振り向くと、千夏が俺の弁当箱を覗き込んでいた。

 

「そうだよ」

 

「自己紹介で料理できるって言ってたけど、想像してたより本格的」

 

「これくらいなら普通の弁当だろ」

 

「普通ではないと思うけど」

 

 千夏は自分の昼食を机へ置くと、改めて俺の弁当へ視線を落とした。

 

「盛り付けも綺麗だし、色のバランスもいい」

 

「よく見てるな」

 

「写真撮るの好きだから、見た目は結構気にするよ」

 

 そう言って、千夏はスマートフォンを取り出した。

 

「写真撮ってもいい?」

 

「弁当を?」

 

「うん。美味しそうだし、普通に映えそう」

 

「別に構わないよ」

 

「ありがと」

 

 千夏は弁当箱へカメラを向ける。

 

 一枚撮って終わりかと思ったが、少し角度を変え、机の上に置かれていたペンケースを端へ寄せ、何度か画面を確認していた。

 

 思っていたより本格的だ。

 

「これ、SNSに載せてもいい?」

 

「別に構わないけど」

 

 千夏は撮った写真を確認すると、満足そうに頷いた。

 

「うん。いい感じ」

 

「弁当より写真の方が気になってないか?」

 

「食べる前に写真撮るのは大事でしょ」

 

「冷めないうちに食べる方が大事だと思うけど」

 

「そこは価値観の違いだね」

 

 千夏は平然と答えた。

 

 自分の弁当箱を開きながらも、視線は時折こちらへ向いている。

 

「そんなに気になる?」

 

「だって美味しそうなんだもん」

 

「味見する?」

 

「いいの?」

 

 千夏が少しだけ目を丸くした。

 

「食べたいなら」

 

「食べたい」

 

 即答だった。

 

 俺は弁当箱の蓋へ、だし巻き卵を一切れ取り分けた。

 

「どうぞ」

 

「ありがと」

 

 千夏は箸で卵を持ち上げ、そのまま口へ運ぶ。

 

 一度、ゆっくりと噛む。

 

 そして、目を見開いた。

 

「……何これ」

 

「だし巻き卵だけど」

 

「それは見れば分かるよ」

 

 千夏はもう一度味を確かめるように噛み、こちらを見た。

 

「すごく美味しい」

 

「それならよかった」

 

 素直に褒められると、やはり嬉しい。

 

 料理は食べてもらって初めて完成する。

 

 美味しいと言ってもらえることは、料理を作る側にとって何よりの喜びだった。

 

「卵はふわふわだし、味もしっかりしてるのに濃くないし……どうやって作ったの?」

 

「出汁を入れて、固くなる前に巻いてるだけだよ」

 

「その『だけ』が絶対難しいんだけど」

 

 千夏は呆れたように笑った。

 

「こっちも美味しいよ。照り焼きは今日の自信作だ」

 

 俺は鶏肉の照り焼きを一切れ、弁当箱の蓋へ取り分ける。

 

「まだもらっていいの?」

 

「遠慮しなくていいよ」

 

「じゃあ、いただきます」

 

 千夏は嬉しそうに箸を伸ばした。

 

 照り焼きを口へ運び、ゆっくりと噛む。

 

「……こっちもすごく美味しい」

 

「まぁプロ目指してるしね」

 

「絶対なれるよ」

 

 迷いのない言葉だった。

 

「ずいぶん簡単に言うんだな」

 

「だって、これだけ美味しいんだもん。なれない方がおかしくない?」

 

「ありがとう」

 

 前世では、すでに料理人として働いていた。

 

 今世でも、その経験に胡坐をかくことなく、子どもの頃から研鑽を続けてきた。

 

 もう一度、料理人としてやっていける自信はある。

 

 それでも、誰かに真っすぐ応援してもらえるのは素直に嬉しかった。

 

「将来は自分のお店とか出すの?」

 

「そこまではまだ決めてないよ。まずは、料理人として働けるだけの実力を身につけないとな」

 

「もう十分ありそうだけど」

 

「家庭で弁当を作るのと、店で金をもらって料理を出すのは別だからね」

 

「真面目だねえ」

 

「食べ物を扱う仕事だからな。適当にはできないよ」

 

 千夏は感心したように頷いた。

 

「じゃあ、叶多が店を出したら食べに行く」

 

「随分先の予約だな」

 

「常連第1号になってあげる」

 

「その頃まで覚えてたらね」

 

「覚えてるって。こんな美味しいお弁当、簡単には忘れないし」

 

 千夏はそう言って、もう一度弁当へ視線を落とした。

 

「イタリアンは、これより得意なんだよね?」

 

「一応ね」

 

「どんなの作るの?」

 

「材料と調理器具さえあればなんでも作れるよ」

 

「なんでもって、すごい自信」

 

「それだけ練習してきたからね」

 

「じゃあ、何をお願いするか考えておこうかな」

 

「それまで腕を磨いて千夏が満足できる料理を出してみせるよ」

 

「……そういうこと、普通に言うんだ」

 

「何か変だった?」

 

「別に。じゃあ、楽しみにしてる」

 

 千夏はわずかに目を逸らし、自分の昼食へ箸を伸ばした。

 

 何かおかしなことを言っただろうか。

 

 料理を振る舞う以上、相手を満足させたいと思うのは当然だ。

 

 前世でも、客に喜んでもらうために腕を磨いてきた。

 

 千夏が何を気にしたのか分からないまま、俺も弁当を食べ進める。

 

 しばらくして、机の上に置かれた千夏のスマートフォンが何度か震えた。

 

「あ、もう反応来てる」

 

「さっきの写真?」

 

「うん。どこのお店のお弁当って聞かれてる」

 

「店のものに見えるなら、悪くないな」

 

「悪くないどころか、みんな普通に信じてるよ」

 

 千夏は画面を指先で滑らせながら、楽しそうに笑う。

 

「ほら。この卵焼き食べたいって」

 

「残念ながら、もう千夏が食べたな」

 

「私が先でよかった」

 

「そこまで気に入った?」

 

「うん。お世辞じゃなくて、本当に美味しかった」

 

 迷いなく言い切られる。

 

 料理の感想として、これ以上嬉しい言葉もない。

 

「じゃあ、明日は別のものを作ってみるよ」

 

「明日も味見していいの?」

 

「まだ何を作るかも決めてないけどね」

 

「じゃあ期待しないで待ってる」

 

「期待してる人の言い方だな」

 

「あはは、ばれた?」

 

 千夏は楽しそうに笑った。

 

 入学してから、まだ二日目だ。

 

 それでも、千夏の人懐っこさと気さくな性格のおかげで、最初に話したときよりずっと自然に会話できるようになっていた。

 

 これなら、これからもっと仲良くなれそうな気がする。

 

 高校生活の滑り出しとしては、かなり幸先がいい。

 

 千夏は明るくて、自信がある。

 

 それでいて、相手への気遣いも忘れない。

 

 千夏が中等部から人気だった理由が、少しずつ分かってきた気がする。

 

 やがて昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。

 

「もう終わりか。昼休みって短いね」

 

「話してると余計に早く感じるな」

 

「それって、私と話すのが楽しかったってこと?」

 

「そういうことになるね」

 

 千夏は一瞬だけ目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。

 

「そっか。私も楽しかったよ」

 

 弁当箱を片づけながら、俺も自然と頬が緩む。

 

 最初の隣が千夏でよかった。

 

 素直に、そう思った。

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