皇帝(一般TS転生者) 作:ルドルフ応援隊下っ端
三十五年余りの人生の終わりは、あまりにも唐突で、あまりにも間抜けだった。
休日、日々の激務に疲れ果てた俺は、癒しを求めて地方の観光牧場を訪れていた。競馬で重賞を勝った馬もいるような、人気のあるところだ。
「お馬さん可愛いなぁ、もう仕事やめて牧場で働きたいなぁ」
なんて現実逃避しながら、飼育員の案内で馬を撫でようとしたその時だった。
何が琴線に触れたのか、撫でていた馬がびっくり仰天するほどの横蹴りを放ったのだ。
弾丸のごとく放たれたそれは俺の顔面に吸い込まれるようにジャストミートした。
――――あ、これ死んだ。
骨みたいな何かが砕ける音とともに、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
◆
――――お?何か急に視界が開けて……
「おぎゃあ!」
……うん?声が出た。しかも視界が明るく――――
「まぁ!目を開いたわ」
見知らぬ誰かが上から俺の顔を覗き込む。
一体何が?と混乱する俺。睡眠不足で劣化した頭を回転し考える。そして俺は赤ん坊になったことを自覚した。
そう理解した瞬間、俺のテンションは宇宙を彷徨う猫のようになった。は?これ転生?うそん。
この世界は俺がもといた世界なのか、と目をきょろきょろと動かす。
そして見てしまった。鮮明になった母親の頭に生えている特徴的な耳。
ま、まさか俺……ウマ娘の世界に転生したのか?!
自分の体に意識を向けると、小さな尻尾の感覚があった。つまり、俺はウマ娘の世界に転生した上、ウマ娘になったということか。
これは……前世の社畜とは540度真逆の人生になるねぇ。そうだ。うん。そうに違いない。
これからは上司にこき使われることもない。休日の話し相手が人工知能や馬であることもない。ゆっくりと生き、のんびりと過ごせるのだ。うひゃあ、やったぁ。俺は前世で裏切られた勝利の女神に土下座した。
ありがとうさんきゅ……。
ここからはフリーダムな人生を謳歌してやろう、そう思った。
だがまさにその時だった。
ガララ、とローラーの音と共に病室のドアが開く。
「おめでとう」
そう言いながら入ってきた人物に、俺は目を見開いた。
緑色の短いジャケットに、スーツのような服を纏った黒髪。エメラルドのような目が俺を見た。
……待て。待て待て。
あの恰好に、漂うオーラ。俺には見覚えしかない。当時海外など視野にも入っていなかった中、海外に単騎挑戦し、凱旋門にも出た時代を築いた伝説的な存在。
……うん、スピードシンボリじゃないですか。うれしいけど何故いるの?
出産おめでとうなんていう相手は相場が決まっているよね。ね。
嫌な汗を流す俺の頬を、母親らしきウマ娘は愛おしそうに撫でながらスピードシンボリに微笑みかけた。
「ええ、ありがとう、この子はきっと歴史に名を刻むわ」
それを聞いたスピードシンボリは確かにな、と傍の椅子に腰かけた。
「頑張ったな、スイートルナ」
……ゑ?
スイートルナ。それにスピードシンボリ。
この二つのピースが、俺の脳内に予想だにしない可能性を生み出した。
まさか俺、シンボリルドルフ……とかじゃ、ないよな?
◆
時は経ち、ダイジェスト一年。俺はふと鏡に映る自分の姿を見た。
ダークブラウンに染まった髪に、一本の流星のごとき白髪。
……はい。シンボリルドルフでけた。ノシ。
まだ小さいながら、その姿は前世のウマ娘で見たシンボリルドルフそっくり。嬉しい、とかそれ以前の問題である。
しかし何よりも恐ろしいのは既に立ち歩きができるようになっている点である。わざわざ努力などしてもいないのに立って、しかも普通に歩けるのである。
普通はつかまり立ちくらいのはずである。恐ろしい!
一歳児に与えられるべきではない豪華なシャンデリアの照らす大きな部屋で、傍にはメイドまで控えている。
なんだよこの緊張感……今の俺はさながらこれから肉になる牛の気分だった。無我の境地に達していると、コンコンと部屋の扉が叩かれる。
「ルナ、元気?」
入ってきたのは我らが母親スイートルナだ。ウマ娘が故に衰えの少ないその体は、文字通り今だにスイートである。
母親は微笑みながら俺を抱っこする。これは見せしめか?
「凄いわ、もう歩けるそうじゃない。流石は私の子」
嬉しそうに笑うスイートルナ。しかしどこか上品でお嬢様らしさがある。ウマ娘ではシンボリ家は名家だ。メジロなどと双璧を成すくらいなのだから。
スイートルナは俺の様子を見ながらよくメイドと会話をしている。俺と同い年のシンボリのウマ娘が生まれただとか、俺の父親がどうだとか。俺をどう育てるか、とか。
「私はこの子にシンボリ家の名に恥じないウマ娘になって欲しいと思ってるの」
「まぁそれはいいですね。一歳で普通はできないはずなのに歩けるほどですから、きっと歴史に名を残しますよ」
残さんでよろしい。はい解散。残ったら休めないだろぉ。
……というわけにもいかず、どうやら俺のこの先はきっちぃ教育で決定した。
せめて前世のブラック環境よりかマシであることを願って。
◆
更に時が経つこと5年。記憶と大人相応の判断力があるから思うのだが、赤子の時は非常に暇である。別にいいのだけれども、食って寝、食って寝。それ以外やることがないのである。これが嬉しいのはよほどの勇者だけだ。
しかし、 6歳にもなれば世界はガラリと変わる。まずきっちぃ教育が始まった。帝王学とか今の時代いらないだろ、とも思ったが長い物には巻かれろ精神で耐えた。
そしてウマ娘だから勿論、走ることも始めた。
地域の同い年くらいのウマ娘と走ったりする。のだがここで問題が生じた。流石はシンボリルドルフの体と言うべきか、まだ本格的に鍛えてもいないのに年上のウマ娘にも簡単に勝ててしまった。毎レース後悲壮感漂うウマ娘たちを見送らねばならないのは心が痛んだが、手を抜くほど腐ってはいない。
「あ、ルドルフが来たぞ……!」
「あっちに行って遊ぼう……?」
果たして俺は一人ぼっちになった。誘おうと思っても脱兎のごとく逃げられるのである。露骨も露骨。もし俺がピュアな小学生なら確実に病んでいるだろう。病みってヤミーってね。
閑話休題。ぼっち症候群だった俺には些細なことだ。隅っこで大人しく本を読むに限る。勿論読むのはサイコロ本。究極で完璧だ。
「……なぁ、走ろうぜ?」
「うん? ああシリウスか。いいよ」
そんな中、よく誘ってくるウマ娘がいた。俺と同じシンボリ家のウマ娘シリウスシンボリだ。子供ながらにカッコイイ恰好をしながら俺の前に仁王立ちする。なお話す際は私にするようゴリゴリに矯正された。
「絶対に勝ってやるからな」
「それは楽しみだ」
「負けないからな」
ドサッとサイコロ本を傍に置き立ち上がる。俺は子供には優しいのだ。
「―――――――クソっ!また負けた!」
「フフ、私に勝つのはまだまだ先になりそうだねシリウス。カツでもどうだい?とね」
勝負というのは、真剣にやるものである。