セイアの遺産 ユリゾノロボG-SF   作:ヒオルカ

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中編:襲来、ユリゾノロボG-SF

 

 

かつて暗殺から逃れるため死の偽装を行った時、それによって悲しみに塗れ涙を溢す彼女たちの姿を、実際に私は見たことがない。

 

桐藤ナギサはティーパーティーの長として、ひいては友を守護するため鉄の仮面を被って戦った。

聖園ミカは壊れた心を取り繕うため、魔女のベールで全身を覆わんとした。

 

故にあの悪夢は私の妄想だと言える。

深層心理が私の不安を汲み取って形成した幻。より簡単に言ってしまえば......私は彼女たちに泣いて欲しくないのだ。

 

ああ、百合園セイアが死んだ。悲しいが、彼女が遺した遺産があるから大丈夫だと――しかし、困ったことにそう思ってもらえるような何かを私は持ち合わせていない。

だからこそ、リオの言葉には驚かされた。私が死んでも、私が居ればいいのだ。 

 

私はリオから設計図と紹介状を受け取り、それをミレニアムサイエンススクールの部室棟へと持ち込んだ。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

「なるほどね」

 

ミレニアム随一の技術者集団『エンジニア部』の部長、白石ウタハが設計図を見ながら呟く。

このままリオに製作を依頼しても良かったのだが、その際にデカグラマトン探知システムが警報を鳴らした。

急ぎのものではないし、キヴォトスの危機と比較して優先されるべき事項では当然ない。

 

よってリオの紹介のもと、エンジニア部へと足を運ぶことになった。

 

「できそうかい?」

「ああ、流石会長だ。ただちょっとデザインが奇抜だからそこら辺は弄るとしよう。製造目的として、人に見えなければいけないからね」

 

どこからか、他のエンジニア部員も集まってくる。

皆一様に設計図を眺め議論を交わす姿を見て、少し羨ましいものを感じてしまう。

我々が同じ目標に向かって顔を突き合わせたことなど、片手で数えられるほどしかないだろう。

 

「しかし生半可な再現ではすぐ見抜かれてしまうから、素材に極めてこだわる必要がある。そうなると必然的に材料費が嵩んでしまうんだが、どうかな?」

 

その点に関してもリオから聞き及んでいる。

若干いやらしさを感じながらも、先ほどリオに提示した倍額......つまりは私が今自由に使えるお金のほとんどを提示した。

特に躊躇もない。碌に使われず彼女たちへ渡るお金が、形を変化させるだけなのだから。

 

「おお、これだけあれば十分だとも。とりあえず似せるのは前提として、他に何か要望はあるかい?」

「要望か......」

 

私の代替品に望むこと。製造目的を鑑みれば、より彼女たちに不安をかけない機能があればなお良いだろう。

結局のところ、特にナギサが気に掛けるのは私の体調面である。この身にミカほどの頑強さが備わるとすれば、そうそう心配されることもないはずだ。

 

「可能な限り強く頑丈にしてくれ。病弱だなどと言われないくらいにはね」

 

 

 

    *

 

 

 

エンジニア部に設計図を渡して一ヶ月ほど。

 

再度訪問した部室の真ん中には、既に私と同サイズのアンドロイドが鎮座していた。彼女たちの常識はずれな技術力には目を見張るばかりである。

 

「随分早いな」

「何事も一番時間が必要なのは設計なんだ。ソレさえはっきりしてしまえば、後はひたすら手を動かすだけさ」

 

あっという間に完成したその姿は、まさに私としか表現できないものだった。直立する無表情のソレは、予備の制服を着せて頭部の電灯を光らせれば、見分けがほとんどつかないだろう。

 

「『ユリゾノロボG-SF』。如何かな」

 

先月計測した通りの身長に、腰まで伸びた髪。

尻尾に耳に、隅から隅まで綺麗に再現されている。

手を握ってみてもやはり人間の手だ。ロボット特有の関節も巧妙に隠されており、実際の人間が扮装していると言われても信じ込んでしまいそうなほど。

 

「G-SFというのは?」

「『グレート・セクシーフォックス』」

「気に入った」

 

ふと脳裏に浮かんだ電子の歌姫も、このように人と見紛うほど精巧なボディを持っていた気がする。

それと似たような技術が使われているのだろうか。

 

......いや気のせいだ。どうやら過去に予知夢か何かで見たものを勘違いしていたようで、今現在において我らがキヴォトスにそのような歌姫は存在していない(ガチャで引けていない)。あまりにも残念ながら。

 

「性能の方はどうかな」

「なるべくご要望通りにさせてもらったよ。過去に弄ったアヴァンギャルド君の戦闘データを元に武装を調整してあるから、並の生徒では相手にならないほどの戦闘力を備えている」

 

アヴァンギャルド君は以前、あの先生が指揮する部隊を一度退けた経歴を持つ。

それほどの能力を有するデータとは、かなりの信頼性があると言って良いだろう。デザイン面で流用されている部分がないことも高評価だ。

 

「とりあえず電源を入れてみるよ」

 

ウタハ部長が背中に設けられたスイッチを押し込むと、ヘイロー風の装飾が点灯し目に光が宿る。

次いでユリゾノロボはあまりにも人間らしい動きでこちらに歩み寄り、口を開いた。

 

『やあ百合園セイア、私はユリゾノロボG-SFだ。覚えておいてくれ』

「おお、声も瓜二つだ」

 

自分と同じ姿を持つものが目の前に立つ。

かつての宇宙で、反転した自らと相対した少女も同じような感覚を抱いたのであろうか。

 

「とある筋で手に入れた超高性能AIを搭載し、君のデータを学習させてある。他にも色々な機能があって、例えばこのシマエナガ誘引モードとか」

 

音声認識か、短い電子音が鳴る。

そして十秒ほど間を置いてから、私の手の上に座っていたシマエナガがこちらを一瞥する。私が頷くと、彼はロボの肩へぴょこんと飛び移った。

 

「これは驚くべき機能だね。この子たちは、なかなか他人の上には留まらないんだ。他は先生くらいのものさ」

 

ここまで再現されてしまえば、流石のあの二人も気づかないのではないか。

期待以上の出来に圧倒される。これが私の後を継げるというのであれば、後顧の憂いも断ち切れるというもの。

 

『百合園セイア。私の行動目標を教えてくれないだろうか』

「行動目標?」

 

その姿を四方から眺めていると、ユリゾノロボが突然そう問いかけてくる。

 

「再現すると言っても、ただそう在るだけでは人とは呼べないだろう? 目標を持ってこその人生というものだからね」

 

ウタハ部長の言葉を受けしばらく考え込む。確かに、私の死後何を成すかを大まかに決めておく必要はある。

しかしトリニティの運営などは臨機応変にやってもらう他ないし、ともすれば私がコレに望むことなど一つにおいて他ならない。

 

 

「ユリゾノロボG-SF。君はナギサやミカを守り、安心させることに注力してくれ。それが君に託す唯一の望みだ」

 

 

こうして私の遺産は完成した。

死にゆくものが生者へ託す、不確実で限定された意思表示である。

 

 

 

    *

 

 

 

「ところで部長、本当に作って良かったの?」

 

満足そうに踵を返したセイアさんを見送った後、ヒビキが少し心配そうにこちらを覗き込む。

彼女の言いたいことは分かっているし、当然、その懸念についても考えた上での結論だ。

 

「そう簡単に人の代替など作れはしないのさ。しかしそういった挑戦が残した失敗という結果は、迷える者の道筋になり得る」

 

佇むユリゾノロボG-SFの姿を振り返って眺める。

当然持てる技術を全力で注ぎ込んだが、きっと想定された運用は叶わないはずだ。

 

それでもコイツは、何か大事なものをセイアさんに遺してくれる。そういった予感がある。

 

 

 

「で、本音は?」

「この間吹き飛ばした部室棟の請求がユウカから来ていてね。次に支払いが遅れたら、本気で金庫のような反省部屋にぶち込まれそうなんだ」

 

技術屋さんはお金に抗えない。

マンモス校生徒会長のポケットマネーなど尚更!

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「や、ナギちゃん」

「こんにちは、ミカさん」

 

授業終わりの放課後。

いつものようにティーパーティー会議室の扉を開くと、ティーポットを抱えたナギちゃんが私を出迎える。

普段通り、彼女が一番乗りのようだ。

 

「本日は、アップルティーなどいかがでしょう。少し珍しい種類のものが入りましたので」

「いいね。じゃあお菓子はシンプルなのが良いな」

 

少し屈んで冷蔵庫を覗くと、ラップをかけられたシフォンケーキが目に入った。

これにホイップでも乗せてしまえば、フルーティーな紅茶と仲良しになれるはず。

 

高級感をこれでもかと伝達するふわふわのケーキを切り分けながら、隣でティーポットにお湯を注ぐナギちゃんを見つめる。所作こそお茶会の準備に集中しているが、時々目線が壁掛け時計へと吸い込まれていることに気がつく。

 

これは今に始まったことではなく、エデン条約関連の事変が収束してからずっとこの調子である。

 

「あの、ミカさん。セイアさんをお見かけしてはいませんか」

 

あの事件以降、ナギちゃんはセイアちゃんを視界に収めていない状況において、心配性が加速するようになった。

隠すのが上手なので他生徒にバレるほどではないけれど、幼馴染の私から見ればかなりの変化だ。

 

「いやぁ、見てないけど」

 

勿論その原因の大部分を占めるのは私だという事実は重々承知しているし、本当に申し訳なく思っている。

けれどセイアちゃんもセイアちゃんで、怪我の回復以来その行動がいささかアグレッシブになったと感じられる。

 

ミレニアムEXPOに行ってくると言われた時の彼女は、その心配度と比例するように紅茶消費マシーンと化していた。その様子は案外面白かったけれど、こうも続くとやっぱり申し訳なさが勝ってくるというもの。

 

「定例会まであと少しですが、様子を見に行きましょう」

「心配しすぎだって」

 

業務で忙しく碌に会えていなかった私たちは、事件後にそれを改善するため定例会を毎週金曜日に設けることとした。定刻まで残り十分を切っているけど、未だセイアちゃんは姿を見せない。

 

「やはりミカさんをセイアさんの部屋に住まわせるという案を、提出するべきだと思うのですが」

「冗談でしょ」

 

襲撃犯と被害者をなにゆえ同居させようというのか。

外面的にもまずあり得ないけど、正直セイアちゃんと同じ屋根の下とか普通にごめん被りたい。彼女の失われた能力のように、二十四時間小言を聞かされて気が狂う未来を見通すことさえできる。

 

ウロウロかつよそ見をしながらでも出来上がった、淹れたてのアップルティーに口をつける。あまりにも完璧な仕上がりに、万の回数こなしたナギちゃんの反復作業による職人技を感じて少しため息をつく。

 

「ちょっとトリニティの監視カメラを見てきます」

「どうしたもんかなぁ」

 

そうこうしているうちに時計の長針は真上を向く。

 

いよいよもって部屋を飛び出そうとするナギちゃんを押し返すかのように、ドアノブががちゃりと捻られた。

 

「やあ。遅れてしまってすまない」

 

聞き慣れた声がする。ようやくセイアちゃんが到着したようで、とりあえず今日はナギちゃんもこれ以上暴走することなく終えられそうだ。一安心。

 

 

と、思ったのだけど。

 

「......ねえ、セイアちゃん」

「何かなミカ。百合園セイアだよ」

 

馴染みがあったのは声だけのようで、シルエットを見ると私の知っているそれではない。

 

例えるなら都市伝説のイエティ。

それくらいには白い毛皮か何かでモコモコな物体がセイアちゃんの声を出していた。

 

「今日さ、シマエナガ多くない?」

 

セイアちゃんの手のひらには普段、一匹のシマエナガがちょこんと乗っかっている。

今日はその記憶と大きく乖離しているようで、目を凝らせば眼前の毛玉はそのシマエナガの集合体。およそ身体の八割をホワイトで埋め尽くしている。

確かに以前数匹のシマエナガが庭にいたのを見たことがあるし、一匹でないことは知っているけど。ここら一帯のが大集合でもしているの?

 

「そういう日もあるということさ。この姿は君たちにとって見慣れないかもしれないが、私たちはこういった相互不理解を打破するためこうして集まっているのではないかな」

 

ややこしく回りくどいこの言い様はまさしく彼女そのものだし、隙間から生えている黄色い耳と尻尾も鑑みて総合的にセイアちゃんなんだけど、この姿に驚愕することを相互不理解のせいにされるのはちょっと腑に落ちない。

 

「大丈夫なのでしょうか。もはや鳥の巣にされてはいませんか?」

「問題ないよナギサ。むしろ今の私は弾力装甲を体現していると言っても過言ではない」

 

過言だと思うし、それ鳥を盾にしてない? 同じ翼を持つものとして若干の憤りを感じる。

違和感まみれの私をよそに、結局彼女は極めてモコついたまま席に着いた。

 

 

「では、定例会を始めようか」

 

 

 

   *

 

 

 

「シマエナガって、一匹ではなかったんだね」

 

ミレニアムの部室棟で、モニターを覗き込みながらウタハ部長が呟く。ユリゾノロボに搭載された目線カメラからも、機体が毛玉まみれになっていることが分かる。

よく誤解されるが、あのシマエナガたちは決して飼っているわけではない。どこからともなく飛来して、いつの間にか私の手を占拠しているだけなのだ。

 

「すまないセイアさん。誘引効果がいささか強過ぎたようで、周辺のシマエナガを根こそぎ連れてきてしまったようだ」

「伝え忘れていた私の落ち度さ。まあ、誤魔化せているし大丈夫ではないかな」

 

彼女たちに少し訝しげな表情で見られはしたが、流石ミレニアムの高性能AIだ。

するりと追及を躱しその後は違和感なく百合園セイアを演じきっている。

 

談笑するユリゾノロボとティーパーティー。

 

定例会において、学園に関する重要事項を話し合うことはない。これはあくまで我々の相互不理解を解消することが目的のお茶会である。従って、ユリゾノロボが学園の機密を知らずとも会話に参加することが可能だ。

 

順調な定例会をモニター越しに観察していると、携帯端末がピコンと通知を鳴らす。モモトークを開き差出人の欄を確認すると、そこには先生の文字が記載されていた。

 

「『珍しい小説を掘り出したから、よければ今度読みに来ない?』......ふむ」

 

私と先生はよくお互いに本を読み合う仲で、こうした誘いも度々ある。普段は予定の調整をつけて一週間ほど後に訪問するのが通例であったが、今この誘いが来たのは良い機会だとも考えられた。

 

「ウタハ部長。どうやら順調のようだし、ここは任せても良いかい?」

「おや、お出かけかな」

 

先生へとメッセージを返す。『今度と言わず、今からお邪魔しても構わないかい?』と。

 

 

「実は隠していた製造目的があってね。こうして余計な心配をかけず外出するためでもあるのさ」

 

 

 

    *

 

 

 

定例会が始まって十分ほど。

私たちは普段通り近況について話し合っていた。大事なことから小さなことまで、より多くのことを伝えるための会。

 

最初こそ平和に進んでいく会話も、数分経てばナギちゃんの心配攻撃が始まるのはこの定例会ではよくあることだ。

 

「そう心配そうな顔をしないでくれ」

 

それにしても、なんだか今回のセイアちゃんは余裕だ。普段はもっと鬱陶しそうな顔をするのに。

 

「しかしこの間、シャーレ当番で一度戦闘に巻き込まれたと聞き及んでいます。というかセイアさんはどうして前衛(ストライカー)なのでしょうか」

 

正直言ってそれは私も疑問に思っている。

トリニティへの報告書で私も確認したが、セイアちゃんは何故かガッツリ前に出てハンドガンを撃ちまくっていた。

 

あれを読みひっくり返ったナギちゃんの写真を待ち受けにしているのは秘密だ。

 

「少し逸ってしまっただけさ。しかしナギサに心配をかけ続けるのも良くないな」

 

そう言うと彼女はするりとナギちゃんに近づき腰に手を回す。あれ?

 

「実はねナギサ。君の忠告を受け入れるべきだと感じるようになってきたんだ」

「もふ......せ、セイアさん?」

 

顔を近づけてナギちゃんの瞳を覗くセイアちゃん。

まるで少女漫画のような仕草だけど、シマエナガ塗れのせいでイマイチ決まっていない。

 

「外の業務は控えめにして、君の言う通り内勤に集中することにしたよ」

「ほ、本当ですか!」

 

なんと、急な心変わりだ。

何か彼女の心を変えるような出来事でも起こったのだろうか。

 

やっぱり違和感があるけど、その言葉を聞き明るくなったナギちゃんの声色を聞くとどうにも指摘しづらい。

まあ私だって心配をしていないわけではないし、無茶をしないと言うのであれば良いことかも。

 

「それと、君の提案通り今日からミカと寝ることにするよ」

「ああ、良かったです!」

 

そうそう、今日からセイアちゃんと一緒に――

 

 

「ちょいちょい! 待った!」

 

 

慌てて二人の間に割って入る。

この狐は気でも触れたのか、理解しがたい一言を放った。

 

「この定例会が終わったら荷運びを手伝わせてくれ。私の身体が完治していること......いや、以前より遥かにパワーアップしているということを理解してもらうためにね」

「いやいや一緒に住まないから! その案は却下したでしょ?」

 

流石に黙っていられる範疇ではない。

一体何があったらそのような決定を下すことになるんだろう。まさかまだ色彩とかいうのに当てられた影響が残っているんじゃなかろうか。

 

「やれやれ。仲を深める行為に外野を気にする必要があるとは思えないな。むしろそういった悪影響を払拭するためには、我々の親密さを見せつけることこそが解決の第一歩となり得るのさ」

「え? いやぁその、そうかもしれないけど」

 

急に恥ずかしいことを言うものだから言葉に詰まってしまう。確かにセイアちゃんはオブラートに包むことのないお喋りでその名を轟かせているけれど、こっち方面で言われるのは不意打ちだ。

 

「良かったですセイアさん。ミカさんが側に居れば安心ですね」

 

さっきまでのハの字眉から一転してニコニコ笑顔のナギちゃん。この提案に違和感を持っているのは私だけのようだし、このままではあれよあれよとベッドインだ。そんな絶望の未来が到来する前に、どうにかして食い止めなきゃいけない。

 

それを除いてもなんだか彼女の様子が変だし、とにかく会議室に釘付けにして説得を行う必要がある。

 

「定例会はこのくらいにして、そろそろミカの部屋に向かうとしようか」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 

席を立ち部屋を出ようとする彼女の腕をとっさに掴む。

 

 

「へぶっ!?」

 

そう思って軽く踏ん張った私の脚は、掴んだ彼女の強力な推進力によってたたらを踏む。

結果私は勢いのままフローリングと熱烈なチッスをすることになった。

 

「廊下が濡れていたのでしょうか......後で清掃業者の方に連絡をしなければなりませんね」

 

何が起こったのか。当然決して滑って転んだわけではない。

私の引き止める力を、彼女が一切意に介すことなく前進した結果である。

 

まさか私があのセイアちゃんに力負けをしたとでも? 

勿論本気で引っ張ったわけじゃないけど、とにかく流石にこの変化は、体調だとか心変わりなどというレベルでは説明できない事象だ。

 

「やれやれ。相変わらず慌て者だが、そういった点は君を構成する大事な要素でもある。怪我をしないようにだけは気をつけたまえよ」

「は?」

 

おまけにこの言い草だ。以前の彼女であれば粗忽だの軽率だの減らず口を叩きつけてくるはずなのに、あまりにも様子がおかしすぎる。

 

 

とにかく立ち上がってもう一度セイアちゃんを観察する。

まとわりつくこのシマエナガたちを全部引き剝がせば何か判明するだろうか?

 

「さあ行きましょうミカさん。荷運びは勿論、色々決めることがありますから」

 

当事者でないくせにやる気満々のナギちゃんは置いておいて、なんとかこの違和感を払拭したい。

今度はしっかりと地面を踏み締めてからセイアちゃんへと手を伸ばす。

 

「ふふ。手を取って歩きたいとは、やはりお姫様のように扱われたい願望の表れかな。もしくは周りへの仲良しアピールの一環というアイデアか」

「ふっ!」

 

右手は彼女を、左手は柱を引っ掴む。そのまま万全の態勢で、振り返って前進しようとする彼女に合わせて全力で踏ん張る。この状態のセイアちゃんは公共の場で何をやらかすか分かったものじゃない。

 

「ぐっ! ぎぎぎ......」

「ミカ? 今日は一段と照れ屋さんだが、私たちの将来にとって重要な日だからね」

 

あまりにも信じがたい。

とてつもない負荷が私の両腕にかかっているけれど、彼女は涼しい声色を保ったままだ。性格や言動を差し置いても、私と同程度のパワーを備えている目の前の存在。

 

 

疑念は確信へと変わる。コイツは『百合園セイア』じゃない!

 

 

「あの、お二人とも?」

 

コレがナギちゃんの言い付けをよく守るせいで、彼女はこの違和感に気づかない。相手の足が徐々にこちらへ動いているのを見るに、幸いにも全力であれば出力としてこちらが上回っているようだ。このまま少しずつ部屋に引っ張り込めば......

 

「ミカ、離したまえ。でなければ」

「えっ」

 

その一言で不意にも身体が一瞬固まってしまう。

離さなければ何だというのか。目の前の存在がセイアちゃんの名を語る不届きものだということは十分に承知している。

 

 

『ミカ、君のせいで──』

それでもその姿で、その声で、そんなことを言われると......

 

 

 

「君の綺麗な手が傷ついてしまうよ」

「はぁ!?」

 

思いもよらぬ方面から飛び込んできた衝撃によってさらに力が入った途端、左手の支えが脆く崩れるのを感じる。

 

要するに力の入れ過ぎで柱が粉々に壊れた。

 

頼りを失った私は、その反動でセイアもどきと共に音速で吹き飛び、建物を貫通して外へと飛び出すこととなった。

 

「セイアさん!?」

 

青ざめた顔をしつつ三階から身を乗り出すナギちゃんを尻目に、私たちは二転三転したのち体勢を立て直す。奴は埃を払うと、相も変わらず私へ微笑みを向け続けている。

 

彼女そっくりな姿を使ってティーパーティーに潜り込み、コイツは一体何をしようというのか。本物のセイアちゃんはどこだ。

 

「貴方、本当に誰なの!」

「君たちの大親友、百合園セイアだとも」

 

涼しげな表情を崩さないコイツと数秒睨み合っていると、どこからか地響きと共に大きな音が聞こえてくる。

耳をピクリと動かした奴は、睨み合いの姿勢を止めて今しがた飛び出した建物を眺めた。

釣られて私もそちらを見ると、地響きの発生源がまさにその建物であることに気づく。

 

 

「ナギちゃん危ないッ!」

 

先ほど私たちが飛び出した時の衝撃か、建物が崩壊しかけている。肝心のナギちゃんは辺りを見回すばかりで気づいていない。

 

「きゃっ!?」

 

ぱきりと一際大きな破裂音と共に、一階が崩れ始めた。地面を蹴って走り出すけれど間に合いそうもない......!

 

必死に駆ける私の脇を、誰かの手がすり抜けていった。

 

 

「任せたまえ」

 

誰かの手、というかセイアちゃんの手が。

 

より正確に言うならば彼女の『両手だけ』がワイヤーと共に射出され、救出対象を絡め取って建物の崩壊から引き出した。

 

しゅるしゅると引き寄せられたワイヤーとナギちゃんは、そのまま私の後方にいるセイアもどきの腕に、何事もなかったかのように収まった。

 

「怪我はないかい」

「あ、ありがとうございますセイアさん......」

 

 

 

「ロボじゃんねコレーッ!」

 

 

 

思わず大声を上げる。

 

扮装し潜り込んだゲヘナかアリウス残党ではないかと予想していたけれど、先生が趣味で集めているような変形ロボットの類だなんて質の悪い冗談だ!

 

「今の見たでしょナギちゃん、人間じゃないって!」

「えっと......すみません、崩落の途中で何が何だか」

 

メカなセイアちゃんはゆっくりとナギちゃんを降ろし、余裕の表情を向ける。

 

「二人とも無事で何より。人生において危険はないに越したことはないというものだね」

「その通りです」

 

もうナギちゃんは駄目だ。極めて心配の必要がなさそうなセイアちゃんに盲目となっている。

ここ最近で一番安堵した顔をしている彼女には非常に申し訳ないけれど、今私が動かなければ他に誰が動けるというのか。どうして今更、よりによって私にトリニティの命運が託されているんだ。

 

いよいよもって、銃を取り出す。

 

「み、ミカさん!?」

「セイアちゃんを返して」

 

照準がゆらゆらして定まらない。

再び、今度は自らの手でセイアちゃんに銃を向けるような状況に追い込まれるとは思っていなかったけど、躊躇っている時間はない。

 

というか大量のシマエナガが邪魔で撃てない。そういった意味でもコイツは、人間の心など持ち合わせていないのだろう。

 

「待ってください、ミカさん!」

 

ナギちゃんが声を張り上げる。ごめん、それでも私はこの引き金を引かなきゃいけない!

 

「あの、後ろに......」

 

 

その言葉を聞いて少し振り向く。視界の端に映ったのは、蒼い羽。

 

 

「ティーパーティーの建物が崩壊したと聞いて、急ぎ駆けつけてみれば」

 

いつの間にか私の背後で仁王立ちをしていたその人影。それは『蒼森ミネ』その人だった。

 

血の気がサーっと引いていく。

彼女は勘違いからあらぬ方向へ全力疾走することに定評がある救護マシーンだ。私がセイアちゃんそっくりなソレに銃を向けているこの状況、彼女がどう判断するかなんて言葉にするまでもない。

 

「こ、コレには事情があるんだけどぉ......」

「私は悲しいです。しかし何度道を外れようとも更生の機会は与えられるべきだと考えております。どのような生徒であっても、私が辛抱強く手助けいたしましょう」

 

スピンコックの音が鳴り響き、団長の瞳が私をバッチリ射抜く。

終わった。

 

 

「救護開始ッ!」

「もーっ! セイアちゃん早く帰ってきてよぉ!」

 

 

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