セイアの遺産 ユリゾノロボG-SF   作:ヒオルカ

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後編:待たせてしまったね、私の青春

 

 

「こんにちは、先生」

 

電車に揺られること数十分、辿り着いたシャーレの門を叩くと、中からくぐもった返答が聞こえてくる。

鍵も閉まっていない扉を開けると、書類の山でヒラヒラと振られる手だけが生えていた。

 

腕を掴んで勢いよく引っ張ると、宙に舞う紙束と共にその全身が顕になる。

書類に埋もれていたその人こそ、シャーレの先生だ。

 

「相変わらずのようだね」

「助かった......ありがとう、セイア」

 

私が当番に向かうと、二回に一回はこうして救出から入ることになる。

あれほど自身の将来について考えたが、一番死に近いのはこの人ではないかとも思う。

 

「さて、まずはその書類を片付けてしまおうか」

 

足元の紙を何枚か拾い、机でトントンと叩いて整理する。

死は大袈裟でも、働きすぎで体調を崩さないかという点は、彼と関わりのある全生徒が心配するところだろう。

 

「良いのかい? 今日は当番じゃないけれど」

「ああ。早めに終わらせて、二人でゆっくり読書と洒落込もうじゃないか」

 

現在活躍中のユリゾノロボによって、おそらくこれから自由な時間が増えるだろう。

そうすればきっと、先生の負担を減らせるはず。彼の寿命を延ばす一助にもなると良いのだが。

 

 

しばらくは、書類にペンを走らせる音だけがシャーレに響く。

先生はふと日付を確認するためカレンダーを見た時、思いついたようにこう問いかけてきた。

 

「そういえばセイア。今日は確か定例会の日じゃなかった?」

 

先生は定例会の日程を知っていたようだ。どうせミカが話の種に使ったのだろう。

 

「問題ないよ、今日は代理を置いてきたからね」

「代理?」

 

私はここ一週間ほどの出来事を先生に語った。

 

楽園の崩壊と再生を経て、自らの死後について考えを巡らせるようになったこと。そして、調月リオの影響を受け自らの分身を遺産とする計画を立てたことを。

 

彼はどんな話も真剣に耳を傾けてくれる。

時たまユリゾノロボのスペックや追加するべき変形機構についての話に大きく逸れたが、ここでは割愛させていただこう。

 

「まあ要するに、身体的にも完璧な百合園セイアが出来上がったというわけさ。私の代わり、いやそれ以上の役割を果たしてくれるだろう」

「いや、セイアの代わりにはならないんじゃないかな」

 

長々と話した内容の総括をして紅茶のお代わりを淹れようと立ち上がった時、先生はキッパリとそう言い切った。

珍しい彼のはっきりとした否定に、思わず数度瞬きをする。

 

「どうしてかな。エンジニア部とリオは相当な実力を持つ技術者だと認識しているが、それでも足りないと思うのかい?」

「きっと完璧な性能だろうし、とても役に立つロボットに仕上がっているとは思うけど。それでも誰かという存在の代替にはならないよ」

 

そう言うと先生は、デスクの鍵付き棚を開けて一枚の何かを取り出す。

 

「それは......大人のカードか。それも彼方の世界のものだね」

「そう。私があの日、もう一人の私に託されたものだ」

 

煤だらけなカードの隣に、もう一枚の綺麗なカードも置かれる。

 

「カードを二枚持つ、並行世界ほどの近しさを持つ彼と私。それでももう一人のシロコは、あの先生と私を同一視はしないんだ」

 

次に振り返った先生は、後ろの棚から一枚の巻物を取り出す。

見覚えのあるそれは確か、百鬼夜行の預言者『クズノハ』が先生へ宛てた伝言だ。

 

「シロコを色彩の影響から戻すために私はクズノハを探したけれど、肝心の彼女はその必要を感じていなかった。それはきっと彼女が、姿や性質を変質させずとも、自分や誰かがそこに在った事実だけで十分だと考えていたから」

 

彼は少し遠い目をしながら、それらをもう一度大事そうにしまい込んだ。

 

「似ているな、自分より良いじゃないか、そう思ったとしても......必ずどこか自分とは違う部分があって、その違いは誰にも模倣できたりしないよ」

 

にこりと一つ微笑みを添えながら彼は私の頭に優しく触れる。

こそばゆい感覚と温かみは、無理やりぼかした憂いを優しく掬い上げてしまう。

 

「それでも、代わりが必要なんだ。私が彼女たちよりも長生きをする確率は決して高くない。その時彼女たちがどれほどの奇行に走るかを、君もよく知っているはず......」

 

言い訳がましく口をついて出た言葉を飲み込むことができない。

私は未だ、先日の悪夢に魘されているんだ。脳裏に焼きついた彼女たちの泣き顔をなんとしても食い止めたくて。

 

「セイアは、二人のことが心配なんだね」

 

その言葉に眉を顰める。私が彼女たちを心配している?

 

「それは違う、心配しているのはナギサさ。私が外出するのを悉く止めようとして、護衛を付けろだのGPSを持てだの鬱陶しいんだ」

 

心配度と比例する紅茶の消費量を見れば一目瞭然で、このままではカフェイン中毒を引き起こして病院に担ぎ込まれるのも時間の問題だ。

 

「ミカも表面上飄々としているけれど、共に歩道を歩く時必ず自分が車道側に立つんだ。お姫様に憧れているくせにあまりにも生意気だとは思わないか?」

 

未だ彼女を取り巻く環境には悪い風が吹いたままだ。

ミカは意識するしないを問わず、私に僅かな遠慮を孕んで生きている。それは彼女にとって、あまりにも似つかわしくない振る舞いだと言える。

 

「二人はセイアが心配だし、セイアも二人の心配が心配なんじゃないかな」

「......心配が、心配」

 

納得のいかない先生の言葉を咀嚼して、少し自らを見つめ直す。

もしや私も小うるさい彼女たちと同じように、心配を患っていたのだろうか。しかしそれでは堂々巡りで、今までを放り捨て振り出しに戻ることになる。

 

解決策を失って困惑する私の瞳に、彼はもう一度笑いかけた。

 

「心配のない人生なんて存在しないと思う。人と人が繋がる限りは」

「では、考えるだけ無駄だと?」

 

先生は首を振る。

 

「心配をして、安心を感じる。大事な物を得て、大事な物を失う。喜びを得て笑い、悲しみを知って泣く。その道筋を経て、君たちの青春は成るんじゃないかな」

 

「そしてきっと。その役目は何者でもない、君以外にはできないよ」

 

......私にしか、できないこと。本当に私の上位互換となったユリゾノロボが不可能で、私にしか成し得ないことがあるとしたら。

 

それはきっと、勿体ないことだ。彼はそう言いたいのだろうか。

 

 

突然ポケットの携帯端末がモモトークの通知を鳴らす。引き戻されたかのように画面を見ると、発信元はウタハ部長だった。

メッセージを開くと、やけに淡々とした報告だけが記載されている。

 

「......先生、どうやらユリゾノロボがトリニティで暴走しているらしい。私は行かなければ」

「そういえば、セイアが来る前にエンジニア部から荷物が届いたんだ。超お急ぎ便でね」

 

そう言うと先生は玄関先の大きなダンボールを開封する。

中から姿を見せたのは、純白。そして関節部分を煌めかせる金色......

 

 

翼の姿をしたその機体には、正式名称を告げる文字――

Gravity Shift Flightpack(GSF)』が刻まれていた。

 

 

「『ユリゾノ専用 重力制御式フライトパック』だって。これならトリニティまでひとっ飛びじゃないかな」

「随分都合の良い機械が届けられたものだ」

 

これは、謀られたと言って良いだろう。

思ったよりもあの部長は切れ者で、機械だけでなく人の心にまで精通していると見える。

 

 

シャーレを出てGSFを背負う。とりあえず一通り説明書を読みはしたが、訓練飛行をする時間的余裕はなく、普段のドライブのようにはいかなそうだ。

 

「行ってらっしゃい。怪我をしないようにね」

「心配をありがとう、先生。君もあまり根を詰めないようにしてくれ」

 

首輪型の制御ユニットに軽く指を当てると、軽快な軌道音と共に......見上げる空に似通った、オーロラの翅が形成されていく。

こうして翼を手にすると、なんだかあの二人に近づいたような、そんな感覚を持ったことに驚いた。もっとも、彼女たちのそれとは比べ物にならないほどの性能を誇る代物だがね。

 

そんなことを考えているうちに、私の身体は静かに宙へと舞い上がった。

ぎらつく太陽を背に姿勢をなんとか整えて、徐々に加速していく。

 

 

「ユリゾノ専用機、使いこなしてみせるさ」

 

 

未だ見えぬ解決の糸口。

しかし数刻前とは違う私を引っ提げて、今こそ私は百合園セイアとしてトリニティに戻るとしよう。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「セイアさん」

「何かな」

 

ミネ団長とミカさんがもみくちゃになっていくのを眺めながら、横に佇む彼女に声をかけた。

袖から機関銃のようなものを取り出しつつそう返事する彼女。照準はミネ団長に向けられているように見える。

 

「今ミカさんが貴方に銃を向けた理由に、心当たりはおありですか?」

 

彼女は一瞬動きを止める。こちらを向くことなく、相変わらず聞き慣れた声で答えを返す。

 

「さて、しかし安心してくれたまえ。一発や二発であれば、成長した私にとって大したダメージにはならないよ」

 

カチカチと、その機関銃へ弾丸が装填される音が響く。

 

私はその銃身をとっさに掴んだ。

 

「ナギサ、放してはくれないか。このままではミカが怪我をしてしまうかもしれない」

「貴方は、セイアさんではないのですね」

 

そう呟くと、彼女はゆっくりと銃口を降ろしこちらを向く。

シマエナガから覗くソレを初めてしっかりと捉えた時、その瞳に私の知る百合園セイアは存在していなかった。

 

なんと愚かなことか。

ミカさんがセイアさんに銃を向けるという事態が発生するまで、偽物とすり替わっていたセイアさんに気づかないなんて。

 

 

『聖園ミカと、桐藤ナギサ。ターゲット二人に正体を気づかれてしまっては、もはや隠す必要もありませんね』

 

私の目を曇らせていたのは、あの日の絶望と焦燥感。

私の言うことを聞き入れ、あまつさえミカさんと張り合うほどの丈夫な身体を持つその存在は、抱え込んだ不安の凹凸にピッタリとはまり込んでしまった。目の前の違和感を、私は私の望む百合園セイアの幻影に包んで隠した。

 

「何が目的なのですか。一体セイアさんをどこに?」

『......了解』

 

何かを小声で呟いたソレは、次にこちらを向いて口を開く。

そして高らかにこう宣言した。

 

 

『私はユリゾノロボG-SF(グレート・セクシーフォックス)。ティーパーティーに扮して油断を誘い、トリニティ総合学園を破滅に追いやるハイパー・テロリズムアンドロイドです』

 

 

直後、偽セイアさんのスカートや袖から爆音と共に炎が噴射された。

今トンチキなネーミングを聞いた気がするけれどおそらくそれどころではない!

 

『今こそ哀れなる愚鈍な茶しばき部(ティーパーティー)に魔王の鉄槌を!』

「茶しばき部!?」

 

みるみるうちにユリゾノロボなる存在は空へ上昇していく。

時計塔ほどの高さに到達するとホバリングを始め、腕を変形させ大型の銃を作り上げた。

 

『電磁砲チャージ開始。完了次第発射し、トリニティ総合学園を焼け野原にします』

 

光を帯びた銃口が、この大地へと向けられている。

私はすぐさま無線で通信を送り、ティーパーティー寮の地下に隠されたL118牽引式榴弾砲を地上へ呼び出した。

 

「ほら後ろ見てよミネ団長! セイアちゃんがロケットで空飛んでるって!」

「何をふざけたことを! そんなわけないでしょう!」

 

照準を覗き込み狙いをつけるも、ある障害によって射撃が行えないことに気がつく。

 

「このまま撃てば、シマエナガさんたちが怪我をしてしまいます......!」

 

ユリゾノロボにまとわりつくシマエナガさんは空中でも離れるそぶりを見せない。しかしこのままではチャージが完了し、かつての『通功の古聖堂』がこのトリニティで再現されてしまう。

 

「一体どうすれば......」

 

 

照準から目を離し、空を見上げたその瞬間。

一筋の光がこちらへと飛び込んできた。

 

 

空を飛ぶ金色の、よく見知った人が私のすぐ横を通り過ぎていく。

不時着したそれは、そのまま盛大に転んで速度を維持したまま外壁にぶつかり停止した。

 

「......まあ専用機と言えど初乗りだ。こんなものだろう」

「まさか、セイアさん!」

 

土埃を払いながら立ち上がりこちらを見つめるその姿は、あのロボと同じ見た目した少女。

おそらく、きっと、本物のセイアさんだ。

 

「セイアちゃんが二人いるって! お願いだからあっち見てよ!」

「救護ォ!」

 

目の前のセイアさんに対して......一体あのロボットは何者なのか、そのメカニカルな飛行装備は何なのか、沢山聞きたいことはある。

しかし、口をついて出る言葉は一つだった。

 

「良かったですセイアさん。ご無事で」

「......心配をかけたね」

 

少し微笑みながらため息をついた彼女は、振り返って天を見上げた。

 

「色々説明したいことはあるが時間がない。合図をしたらナギサ、榴弾砲を撃ってくれるか」

「分かりました、お任せください」

 

再び彼女は、どこまでも眩しい青空へと飛び立っていく。

その小さな背中はなんだか数日前より頼もしく思えて、私の心配をほんの少しだけ掬い取っていくのでした。

 

 

 

    *

 

 

 

ナギサに無線機を手渡してから再び上昇しつつ、エネルギーチャージを続けるユリゾノロボを見上げる。

 

トリニティに戻って早々こんな状況とは。しかし、既にあれを討ち倒す算段はついている。

そのスペックが私の知る通りであれば、並大抵の攻撃では有効打にならないはずだ。とにかく大きな火力が必要で、そして私はその象徴たるおてんば娘を身近に置いている。

 

その姿を捉えたのち急降下し、彼女へと手を伸ばす。

 

「ミカ、掴まれ!」

 

その声を聞いた彼女は、何故か取っ組み合っているミネをなんとか引き剥がし私の手を掴む。

 

 

そして二人、空へと舞った。

 

 

「うわわ......っていうかセイアちゃんあれ何! どうするの!」

「落ち着いてくれ。奴を墜とすには君の並外れたパワーが必要だ」

 

ミカを抱えたまま高度を上げていき、とうとうユリゾノロボと対峙する。蒼天の空に浮かぶ二つの金色は、太陽光を反射しその宙域を輝かせた。

 

『来ましたね、セイア』

「来たとも。そして私と戦うこともインプット済みかな」

 

ウタハ部長を信頼するならば、相手もこうなることを予見していたはずだ。

しかしその銃口から覗く光は本物で、一度発射されてしまえば大惨事を引き起こすことは自明である。

 

『病弱な方のユリゾノが、私に追いつけますか』

 

挑発するようにそう告げたユリゾノロボは加速を始める。

 

奴がばらまくサブアームの機関銃をどうにか回避し、こちらも必死に加速し喰らい付かんとする。通常の加速ではその背に届きそうにない。

 

「どうすんのセイアちゃん、このままじゃ......!」

 

作戦はとうに決まっている。

私はこの機体が完成するまで、彼らについての情報を製作者に伝えていなかった。それが奴の隙となるのだ。

 

ブーストを最大にし、進路変更の制御が効かないスピードまで加速する。あの賢いロボは瞬時に双方の速度を計算し、衝突を避けるため方向転換するはずだ。

 

そしてロボと私がすれ違うその瞬間、私は一つ指を鳴らす。

 

『......なるほど』

「そのシマエナガ誘引装置は大したものだ。もっとも、私が居ない場合に限るがね!」

 

途端にロボを覆っていたシマエナガが離れて私に鞍替えする。

 

それと共にナギサへ合図を送ると、弾力装甲を失ったロボに彼女の正確な榴弾が連続して炸裂した。破壊までは至らないが、バランスを崩したソレは減速しつつ落下を始める。

あの状態であれば、確実に最大火力を命中させられるはずだ。

 

「あとは君が決めたまえ、ミカ!」

 

地上から一直線。奴目掛けて......加速のついたまま彼女を放り投げた。

 

慌てながらも羽で姿勢を制御し、目標へと真っ直ぐ突き進んでいくその背中を見送る。

 

「もう滅茶苦茶で訳分かんないけど、とりあえずセイアちゃんを騙る偽物!」

 

加速と重力。そして聖園ミカの圧倒的パワーが合わさったその一撃は、どんな装甲だろうとその悉くを粉砕せしめる。

私たちティーパーティーが力を結集させて作り上げた昼間の流星は。

 

 

 

「覚悟ーッ!」

 

 

 

昼下がりのトリニティ、その青空に友情の花火を打ち上げたのであった。

 

 

 

 

    *

 

 

 

 

「よっと。救護の必要はありますか」

「受け止めありがとう。幸いにして被弾はなかったとも」

 

バランスを崩し不時着しようとする私を、ミネが受け止める。

案外彼女も心配の塊だったりするのだろうか。言動からそうは感じられないけれど。

 

「うぐぐ、私は誰も受け止めてくれないの?」

 

ユリゾノロボを打ち貫いたミカは、そのまま重力に従って地面に人型の穴を開けた。今はどうにか這い出て大の字になり寝転がっている。

 

「君には必要ないだろう。むしろ道路の補修業者に、この愉快な墜落跡をどう説明したものかな」

「......このトゲトゲしい感じ、やっぱセイアちゃんだ」

 

彼女はため息をつきながら、私の手を取りゆっくりと起き上がった。

 

「ミカさん! セイアさん!」

 

駆け寄るナギサには、数日前と変わらぬ心配顔が張り付いたまま。

しかしそれを鬱陶しく思う心が、親近感にも似た不思議な感情に溶かされ薄まっていく。

 

「流石の命中精度だ。助かったよ」

「その、結局あれは一体......?」

 

ナギサの一言にミカやミネ団長も頷く。

当然といえば当然で、あのやりたい放題かましてくれたロボットの説明をする責任が私に発生している。

 

どう説明したものか全く考えていなかったが、この結末へと辿り着くまで多くの出来事を経たが故に、どの道一言で話そうとも思えない。

 

「まあゆっくりと話そうじゃないか。動いて喉も渇いたし、ティーパーティーらしくお茶会をしながらでもね」

 

そう言って目を逸らしてみるが、目線の先には倒壊し瓦礫の山と化したお茶会会場があるのみ。

しばらくは別のところで寝泊まりする必要がありそうだ。当然そこがミカの部屋などでないことだけは明言しておこう。

 

「もうクタクタなんだけど。自販機でいいから飲み物買ってベンチで話してよ」

「私、ペットボトルの紅茶はちょっと......お水にしますね」

 

ミカが指差す先の、被害を免れた自動販売機。

言われるがまま前に立ちポケットを漁る。

 

 

その時ふと。

先ほど爆散したユリゾノロボに、すぐ使える金銭を全てつぎ込んでいたことに気がついた。

 

 

金銭よりも大切な気づきを得られたのだし、後悔はない。とはいえ目の前の機械にくれてやる程度も持ち合わせていないのは流石に問題があると思う。

 

「セイアちゃん、買わないの?」

「運動後の水分補給がなければ、脱水症状を引き起こすリスクがありますよ」

 

不本意だが、まあ私たちの仲だ。少しの間くらいは良いだろう。

 

「すまないナギサ。少しお金を貸しては貰えないだろうか?」

 

ミカには財布事情的に頼みづらい。

そう思って声をかけたナギサは、飲み物を買うため取り出した長財布をポトリと地面に落とした。

 

「......ナギサ?」

「セイアさんが、お金を?」

 

その端正な顔がみるみるうちに青ざめていく。

確かに他人から金銭を借りることは褒められた行為ではないが、そんな顔をされるほどだったろうか。

 

不思議がって視線を別に向けると、ミカでさえも驚愕の眼差しをこちらに向けていた。

 

「セイアちゃんがお金借りるなんて、まさか」

 

まさか?

 

 

 

「このセイアさんも偽物です! 本物は一体どちらにいらっしゃるのですか!」

「今度は何セイアちゃんなの!? 地底人セイア!? 宇宙人セイア!?」

 

 

 

半狂乱になって暴れ回る二人。なるほど、今の表情はそういうことか。

 

「さて、面倒なことになってしまったよ」

「......まあ、皆さんの仲が悪化したわけではなくて安心しました。こちらをどうぞ」

 

ミネからスポーツドリンクを受け取る。

救護騎士団が携帯している物のようだ、ありがたい。

 

まくしたてる彼女たちを一旦置いて、私は再度GSFを起動した。たちまち視界はぐんぐんと上昇し、一面に晴れ渡る青空が広がる。

 

「私は焦りすぎていたのか」

 

あの日から燻っていた不安は、いきなり取り戻した青春に混乱し、やがて来る終焉を過度に恐れたことに原因があるのだと気づく。

しかし私は未だ高校生であり、これから私は未知なる未来を歩むのだと。遥かなる未来よりこの手の現在を大切にすれば、おのずと答えは見つかるのだと、そう賢者たちから教わった。

 

足元で繰り広げられる面倒事も、遠い将来訪れる選択も、急く必要はないのだ。

 

姿勢を変えて、当てもない空を駆け出す。

エデン条約の事変が収まり、赤い空の動乱を終えたあの時に言うべきだった言葉をようやく、口にした。

 

 

「待たせてしまったね、私の青春」

 

 

予知もお金も遺産も、その一切を失くした私は。

ようやく、私だけが描ける透明のキャンバスを手にしたのであった。

  

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『戻りましたよ』

「お疲れ様」

 

小さなローラーを転がしながら部室へと入り、傍に置いてある人型と接続、自らの身体を入れ替える。

 

「完璧な仕事だったよ、ケイ。演劇の才能がある」

「二度と関わりたくはないですね」

 

ようやく戻った体で伸びをする。

稼働データを眺めながら笑う白石ウタハは、大変満足げにしており癪に障る。

 

「以前ミレニアムに来訪した百合園セイアのデータがあるのですから、アレくらいは簡単です。しかし説明にない破壊を前提とした製品を売り付けるなど、貴方は悪辣な技術者ですね」

「私は全力を尽くしてユリゾノロボを作成した。その結果偽物だとバレてしまったのだから、後は彼女たちに必要なアフターフォローを提供したまでさ」

 

屁理屈を並べ立てられるが、実際私は彼女の倫理や百合園セイアの今後などに興味はない。

話を切り上げて本題に入るとしよう。

 

「どうです、使えそうなデータはとれましたか」

「もちろんだとも。まあ、すぐにとはいかないが......いずれはたどり着いて見せるさ。君のような、人と見紛うほどのボディにね」

 

私が『ユリゾノロボG-SF』などというふざけたロボに搭乗したのは、彼女に私やアリスのような義体への研究を進めてもらうため。

しかし此度のロボも結局は充電が必要で、味覚等もセンサーによる疑似的なものに過ぎなかった。依然この身体は未知のままだ。

 

「そうまでして求めるのは......以前報告書で見せてもらった、あの三人のためかな」

「......」

 

鋼鉄大陸に消えた三人の姉妹。彼女たちは戦いの最中、自らの役割を全うした。

 

しかしそれは私も同じで、二度と目を覚ますことのない存在だったはずのもの。それが今こうして二つの足で立っている......そんな奇跡が、もう一回くらいはあってもいいと思った。ただそれだけ。

 

彼女らの身体やこれ以外の素体は全て藻屑と消えたので、もう他に器はない。もしもあの三人が電子的に復活を果たした場合、身体を寄越せと騒ぎ立てるであろうことは、火を見るより明らかだ。

 

「......さあ。それに、私たちの体に異常が起こっても、病院に駆け込むわけにはいかないじゃないですか。スペアがあって困ることはありません」

 

実際私たちはワンオフ機な上、自分自身の構造も詳しくはない。いわば先行投資というやつだ。

 

「それもそうだ。よければ来週にでも新たな――」

「......む?」

 

ふと人の気配を感じる。これは......

 

「ケイ? 設計についての打ち合わせをしたいのだが」

「あまり急ぐ必要はないです。三ヶ月くらいかかりそうですね」

 

急速反転して裏口から部屋を出て隠れる。面倒事にこれ以上巻き込まれるのは勘弁願いたい。

 

「おや? そこまで時間はかからないさ、材料費もたんまり......」

「へえ、材料費をたんまりいただいたんですか?」

 

物陰から覗くと、いつの間にか白石ウタハの背後に青い人影があった。その人物はにこやかに彼女の肩へ手を置く。

 

「やあユウカ、何か用事かな。握力がとても強いのだけれど」

「トリニティの要人とそっくりなロボを作って潜り込ませたらしいですね」

 

なんとまあ筒抜けのようである。冷や汗全開の白石ウタハは全く後ろを振り向くことができない。

 

「さきほど先生からおかしな経費が出てきまして、なんでも百合園セイアさん風のミニチュア変形ロボットをオーダーメイドで発注したとか。問い詰めたら泣きながら話してくれましたよ」

「うん、欲張りすぎたな!」

 

いつの間に先生からそんな発注を受けていたとは。金に目がくらみ二兎を追った者は、碌な目に遭わない。

 

諦めの高笑いをしながら引きずられていく彼女を眺め、その後静けさを取り戻した部室へ戻る。

 

本当にウタハがあの反省部屋に入れられるのであれば出所まで相当時間がかかりそうだが、ゆっくり待つとしよう。

私は彼女(セイア)のように生き急いだりはしない。

 

 

ふと、床に落ちていた一枚の記録媒体が目に入る。ユリゾノロボから緊急脱出する際、ついでに持ってきた映像データだ。

メインモニターに接続された出力機器に差し込むと、映されたのはティーパーティーの二人、そしてユリゾノロボG-SF。

 

「遺産など、無駄に暇と金を余らせた者たちの遊びでしかありません。残された者は勿論、遺された物でさえ貴方の思い通りにはならない」

 

なまじ他人より金を手にするが故余計なことを考える。

時間は金では買えないというのに、既に多くある金のために時間を使う悪循環。此度の動乱によって断ち切られたか、或いは。

 

白石ウタハのキャッシュ情報をハッキングし、通販サイトに接続する。

値段を確認することなくアップルティーの茶葉とシフォンケーキを五人分注文してから、部室に背を向け歩き出す。

  

哀れにも悪魔に連行された彼女の遺産も、いっそこうして私に使われた方がまともな用途として消化されるというもの。

 

モニターでは、ユリゾノロボがティーパーティーと談笑する場面が流れ続ける。香るリンゴの香りと、ふわりとろけるクリーム......目を瞑ると、五感センサー越しの甘い記憶が蘇った。

 

「アリスもきっと、気に入ってくれるでしょう」

 

 

菓子を買い、友と囲んだ記憶。貴方が満足し得る遺産とはそれくらいのものです。

 

 

おそらくは今頃、本物もこのように。

 

 

 

 

 

『セイアの遺産 ユリゾノロボ G-SF』 おわり





次話はあとがきになります。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
良ければ感想等置いて行っていただけると、飛び跳ねて喜びます。


それから、コミックマーケット108にて、ブルアカの小説でサークル初参加させていただくことになりました。頑張って一冊作りますので、よければ遊びに来てくれると嬉しいです。
https://webcatalog.circle.ms/circle/23016172
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