こんな夢を見た。
機械が護国寺の山門で仁王を刻んでいるという評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。
山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹が斜に山門の甍を隠して、遠い青空まで伸びている。松の緑と朱塗の門が互いに照り合って、これだけは昔のままである。けれども見物人はみんな今の人間で、しかも一人残らず暇な人間ばかりであった。何でも機械が世の中の用を一切引き受けてから、人間にはする事が何もなくなったのだそうだ。役所の務めも、画も、碁も将棋も、残らず機械の方が上手にやる。それで皆ぶらぶら歩いては、こうして人だかりのする所へ寄って来る。
「よく飽きずにやるなあ」と一人が言った。
「飽きるという事を知らないんだから恐ろしい」と一人が言った。
「いや恐ろしいのは早い事よ。運慶なら十年掛かる所を、あれは朝飯前に済ましてしまう」
「こうなると、見るのもいっそ機械に頼んだらよかろう」と言って笑った者がある。誰も笑い返さなかった。
なるほど機械は山門の下で、太い銀の腕を幾本も伸ばして、せっせと仁王を刻んでいた。腕の先にはちゃんと鑿と槌を持っている。今どき鑿や槌を使わなくてもよさそうなものだが、機械は人間のした事なら何から何まで一通り腹に蔵っているので、こういう昔の作法も心得ているのだという。見物人がいくら騒いでも、てんで構わない。構わないのが当り前で、構うという事がそもそも蔵ってないのかも知れない。
機械は太い眉を一寸の高さに無造作に彫り抜いて、鑿の歯を縦に返すと、斜すに上から槌を打ち下した。堅い木を一と刻みに削って、厚い木屑が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。少しの迷いもない。
「よくああ無造作に鑿を使って、思うような眉や鼻ができるものだな」と自分は独り言のように言った。すると傍の若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を拵えているんじゃない。この世にあり得る限りの仁王を、あいつは始めから一つ残らず腹の中に蔵っているんだ。木を見れば、その木に合った奴を選んで、ただ外へ出すまでさ。蔵から品物を出すようなものだから、決して間違うはずはない」と言った。
自分はこの時始めて、機械とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら、木の中はもう空っぽな訳である。空っぽなら、人間が今さら鑿を取った所で仕方がないとも思い出した。けれどもふと、あの大きな蔵にも蔵いようのないものが、一つくらいありそうな気がし出した。自分の仁王である。自分がこれから掘る仁王だけは、まだどこの蔵にも入っていまいと考えた。それで急に家へ帰りたくなった。
家へ帰ると、裏に薪が積んであった。先だっての暴風で倒れた樫を、頼みもしないのに機械が截って置いてくれたのである。
自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。手の皮が破れて、日はとうに暮れた。それでも自分の手は槌を放さなかった。木屑の匂いだけが、闇の中でだんだん強くなった。掘っても掘っても仁王は出て来ないのに、明日もまた掘るに違いないという事だけは、なぜだか始めから解っていた。
ついに、仁王はどの木にも埋まっていないものだと悟った。機械の蔵には、出来上がった仁王なら何万といる。けれどもまだ出来上がらない仁王だけは、物でないから蔵いようがない。あれは槌を振っている、その間にしかいないのである。それで万事を機械に取られた人間が、今日まで生きている理由もほぼ解った。