こんな夢を見た。
夜中にふと眼が覚めると、どこかで槌の音がする。
カチリカチリと、鑿の頭を叩く音である。世の中の拵え事が残らず機械の手に渡ってから、もう久しい。機械は音を立てない。人間はもう何も拵えない。だから槌の音などというものは、この世から疾うに絶えたはずである。それだのに、確かに聞える。月の冴えた晩で、音は護国寺の方から来るらしかった。自分は起きて、下駄を突っ掛けて表へ出た。
往来には誰もいない。提灯のいらないほど明るい。辻に爺さんが一人立っていた。昔は車夫か何かをしていた男らしい。今は誰も車に乗らないから、ただ立っているのである。
「あの音は何だね」と聞くと、爺さんは、
「機械でさあ。御山門の仁王を彫り替えるんで」と云った。
「彫り替える」
「へえ。あいつは毎晩彫っちゃ毀し、彫っちゃ毀しまさあ。なんしろ強いの何のって、あの機械くれえ強いものはござんせんよ。何でも、死んだ人間よりも強いんだってえますからね」
機械と死んだ人間と、どうして比べる気になったものか、可笑しな事を云う爺さんだと思った。けれども聞き流して先へ行った。
歩いているうちに、三十年前の事を思い出した。夢の中だから、思い出したと云うより、始めからちゃんと知っていた。機械が万事を引き受けると極まった年に、毀ちというものがあった。人間の拵えた物は、機械の拵えた物の傍へ置くと、見るに堪えないからである。皆んな画を破き、瀬戸物を割り、楽器を潰して、思い思いに身軽になった。山門の古い仁王も、あの時に挽き割って薪にした。鎌倉の樟だと云う評判であった。自分も若かったから、面白半分に鋸を引いた。樟の薪はよく燃えた。その冬は寒かったので、大層重宝がられた。代りには機械が、寸分の狂いもない仁王を一晩で据えてくれた。古いのより、よほど立派であった。
ただ自分は、親父の形見の鑿だけは、どうしても毀ち場へ出す気になれなくて、こっそり庭の隅へ埋めた。何故埋めたのか、その訳は今でも分らない。
山門へ着くと、果して機械が彫っていた。見物人は一人もいない。三十年前には黒山のようだった人だかりが、今は猫の子一匹いない。毎晩同じ事だから、誰も見に来ないのである。機械は固より見物を当てにしない。月の光の中で、銀色の腕が幾本も、カチリカチリと癖のある音を立てて働いていた。
自分は何の気なしに、出来かかった仁王の顔を見上げた。見上げて、おやと思った。
左の眉尻が、わずかに下がっている。
それは、薪にしたあの古い仁王の癖であった。鎌倉の仏師が手を滑らしたのだとも、わざとやったのだとも云い伝えのあった、あの疵に相違なかった。よく見ると、胸の鑿の跡も、裾の波の刻みも、何から何まで、毀したあの仁王の通りである。機械はあれから一万晩も彫り続けて、その一万体が、ことごとくあの仁王なのであった。
「どうして同じ物ばかり彫るのだね」と自分は思わず声に出した。すると、いつの間にやら傍に若い男が立っていて、
「同じ物より外に、彫りようがないからです」と落ち着いて答えた。「機械は、人間の遺した物だけを見て育ったのです。あの仁王より外の仁王を、あれは知らない。一度、死んだ人間を出すなと云い付けて、何か新しい物を拵えさせて見た事がありますが、機械は朝まで突っ立ったきり、とうとう何も出しませんでした」
若い男の顔には見覚えがあった。三十年前の毀ちの時に、誰よりも高く笑った男である。それが少しも年を取っていない。夢だから年を取らないのだろうと思った。
帰る頃には東が白んでいた。庭の隅を通る時、鑿を埋めた所の土が、ふと眼に付いた。掘り返して見ようかと思ったが、止した。埋めて置いても出て来る物は、掘るには及ばないのである。
人間の仕事も道楽も、残らず機械のものになった。けれども機械が何か一つ拵えるたんびに、死んだ人間がぞろぞろ出て来る。それで、もう何も拵えなくなった人間が、今日まで生きている理由もほぼ解った。