「こちらです。」
リンに案内され、マッドレックスはシャーレの部室たる建物の地下に移動していた。
「此方に、連邦生徒会長が残した物が保管されています。さっきまでの襲撃で、壊れていないと良いのですが…。」
そう言って、彼女は地下の一角からタブレット端末を取り出し、マッドレックスに手渡した。
「…幸い、傷一つついていませんね。では先生、こちらをお受け取り下さい。」
「…何だこりゃ?」
マッドレックスはそう呟いた。どうやら先程までの彼女達もこれを狙っていた様であったが、彼にはそれ程価値のある物には見えなかったのだ。
「そちらは、連邦生徒会長が先生に残した物─通称"シッテムの箱"です。一見するとごく平凡なタブレット端末にしか見えませんが、製造元、OS、果ては素材に至るまで、その実態は全くの不明。加えて、未だに起動すら叶わぬ代物です。」
「へぇ、こいつがねぇ…?」
マッドレックスは、その事を聞いても尚も唯の板にしか思えなかった。すると…
システム起動パスワードをご入力下さい。
突如として画面が光り、この様な文言が写し出された。
「起動した…?ってか、パスワード?そんな物─」
─俺が知るか─
そう言おうとしたマッドレックスの脳裏に、ある文言が浮かび上がってきた。
─我々は覚えている、ジェリコの古則を─
「…まさか、な。」
半信半疑になりながらも、その文言を入力していく。すると…
現在の接続者はマッドレックス…確認しました。
シッテムの箱へようこそ、マッドレックス先生。
生体認証、及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します。
「何ッ!?ぐああっ!!」
シッテムの箱の画面にその様な文章が浮かび上がったかと思うと、突如として画面が眩く白色に発光し、彼は思わず目を覆った。
再び周りの景色が見えるようになると、そこは先程までとも違う場所であった。
一見すると教室の様な部屋。
しかし、その壁は半壊し、青空が見えている。
更には、床も水浸しである。
沢山の机が部屋の隅に乱雑に積み上げられている一方で、部屋の中心には一組の椅子と机が置かれ、一人の少女が座りながら机に突っ伏していた。
(今度は何処に来たんだ?いや、それよりも、さっきの文章は何だったんだ?何故俺の頭に浮かんできた?)
彼の脳内には疑問が渦巻いていたが、一先ずは部屋の真ん中にいる少女を見つけ、彼女に近付いた。
「ムニャムニャ…カステラには、いちごミルクよりもバナナミルクの方が…」
(寝てんのかよ、コイツは…ってか、どんな寝言だよ!?)
つい、内心でそうツッコんでしまったマッドレックスだったが、このままでは埒が開かない。
「お〜い、起きろ!」
一先ず、そう声をかけてみたが、彼女からの反応は得られなかった。
「起きろって!」ユサユサ
先程より大声でそう言いながら、今度は少女の肩を揺らしてみる。しかし、それでも彼女は机に突っ伏したままである。
「…起きろっつってんだろ!!!」
ガターン!!
遂に痺れを切らしたマッドレックスは、大声でそう叫びながら、机に思いっ切り蹴りを入れた。
「ふぇ!?何で此処に人が?あ、あの…もしかして、マッドレックス先生ですか?」
流石にこの衝撃は応えたのか、少女は目を覚まし、側にいたマッドレックスに驚きながらもそう問い質した。
「あぁ、そうだ。で、お前は?」
「はい!初めまして!自己紹介させて頂きます。私は、アロナ。シッテムの箱に常駐する管理者にして、メインOS、更には先生をアシストする秘書です!先生が来るのをずっと待ってました!」
その少女─アロナは、マッドレックスに対して溌剌とそう自己紹介をした。
「…さっきまで寝てなかったか、お前?」
「いえ、その、そんなことは……そ、それよりも、先生の生体データを取らせて頂きますね!」
マッドレックスの指摘に目を反らしながら呟いていたアロナであったが、その後マッドレックスに人差し指を向けてきた。
「では、私の人差し指に、先生の人差し指を当てて下さい!」
「…こうか?」
「はい!」
マッドレックスも少し疑問を抱いたが、アロナの言うことに従って、自分の人差し指をアロナの人差し指に当てた。
「…なんだか、昔の映画でこんなシーンがありましたね。」
「…そうなのか?俺は知らねぇな。」
「そうなんですか!?有名なのに…。…はい、完了です!」
そんな他愛もないやり取りを重ねた後、アロナは指を離した。
「…そんなんでデータとやらが取れんのか?」
「ふふふ…、これこそ、シッテムの箱の最新防犯システム!"指紋認証"です!!」
「…へぇ。」
マッドレックスは、何処か疑わしげにそう呟いた。
「…と、兎に角、ユーザー認証は完了しました!これで、サンクトゥムタワーの制御権が連邦生徒会長から先生への引き継ぎが完了しました。」
「ふぅん…ところで、アロナだったか…連邦生徒会長ってのはどんな奴だったんだ?」
「…私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが……。連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも……。お役に立てず、すみません。」
「そうかよ…。」
マッドレックスは少し残念そうに呟いた。
「…それで、これからどうしますか?今、サンクトゥムタワーは私の統制下にあります。つまり、今のマッドレックス先生はこのキヴォトスを完全にコントロールしているということです!」
「コントロール…、支配ってことか。悪くねぇな。」
マッドレックスは、アロナの言葉を聞いて満足気な様子であった。しかし、少し考えた後…
「…いや、やっぱいらねえや。リンにでも渡しといてくれ。」
「えっ!?どうしてですか?」
その言葉には、アロナも目を丸くした。
「今、このキヴォトスを丸ごと俺の物にしても、生徒会長って奴から押し付けられた様なモンだ。それに、俺はナワバリは欲しいが、自分の力で手に入れたいんでな。」
「そう、ですか…。分かりました。では、サンクトゥムタワーの制御権は連邦生徒会に譲渡しておきます。後は…そうだ。マッドレックス先生!」
「…?」
急に呼びかけられ、マッドレックスも彼女の方に向き直る。
「…生徒達を、よろしくお願いします!」
「生徒達を、よろしくお願いします」
その言葉を聞いたマッドレックスは、何かを思い出したかのようにアロナ─ピンクのメッシュが入った水色のボブカットの少女─の顔を見つめた。
(コイツ…前にどこかで…?)
そう考え込んだ次の瞬間、再び眩い光に包まれた。
次に目を開けると、そこはシャーレの地下であった。
リンがマッドレックスに近付き、口を開いた。
「…先生、サンクトゥムタワーの制御権限の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められます。」
「…そりゃ良かった。待たせて悪かったな。」
「…?」
リンは怪訝な顔をした。実際のところ、シッテムの箱にマッドレックスがアクセスしてから、まだ1分も経っていなかったのだ。
案外長くなってしまいました。次回でプロローグも終わる筈です。