ただ、原作とは違って純朴で人の良さそうな風貌の彼がそのまま医療系ファミリアに行ったことで、賭けもなにも発生せず。
よかった、彼が冒険者にならなくで・・・と、思っていたら。
なんと数週間後にはあらまびっくり、彼そっくりの人相の人物が12階層で見かけた、なんて目撃情報が出回るようになりました。
エイナは叫んだ。
ギルド本部。
朝から正午の間、人々が各々の準備や情報の入手等の理由で集まる中。
ギルドの受付嬢の一人──半妖精の女性、エイナ・チュールはいた。
次から次へと来る書類に人。
捌いた先から追加されていく終わりのない作業に、さすがの彼女も辟易としてきた。
そんな彼女のもとに、能天気な声がかかる。
「エイナー、そっちはどう?」
「ミィシャ・・・職務中だよ?」
いいじゃん別に〜。
そうぶーたれる同僚にため息をつきながら、質問に答える。
「一応、今日中には終わりそうだけど・・・」
「え〜?そんなわけないよ〜・・・だって、こーんなにあるんだよ?」
ほらほら!と自身の机に積まれた書類の山──エイナも同量渡されたが、もうすでに半分になっている──をポンポン、と叩く。
大事な書類なんだから叩かない、と注意しながら作業を続ける。
今にも忙殺されそうな程の仕事を抱えながらも、エイナの作業スピードは落ちない。
そんな中でもつい考えるのは、ちょうど一カ月ほど前にここへ訪れた少年のことだ。
「そういえば、エイナー?あの子、最近来ないね?」
「あの子って・・・ベルくんのこと?」
「そうそう」
うんうん、と頷くミィシャに、エイナは首を傾げる。
はて、彼はそんなにギルドへ来るような人物だったろうか、と。
──ベル・クラネル。
つい一カ月前に眷属登録をしてきた、白髪紅目の少年。
彼は医療系ファミリア所属のため、ここへ来るのはそれこそランクアップした時か、あるいは──殉職した時くらいのはずだ。
そう疑問に思うエイナに、ミィシャは間延びした声を掛ける。
「あの子さ、最近噂の『鐘兎』くんなんだよね?ここ3日は目撃情報とか聞かないから、どうしたんだろう?って思ってさー」
「そのくらいなら普通だと思うけど・・・あの子は冒険者じゃなくて、あくまでも医療系ファミリア所属なんだし・・・」
「でもさー、噂が本当なら、もう『12階層』まで行ってるんでしょー?いくら治療師でパーティを組んでるからって、さすがに危ないかなぁって思うんだけど・・・」
「それは・・・」
そうだ。
彼は医療系ファミリア所属ではあるのだが、実際は本職の冒険者ほどではないけれど、ダンジョンには潜る。
それも一カ月前は恩恵すら得ていなかったのだ。
さすがに無茶をしすぎだ、と怒ったことすらある。
考えないようにしていたことを掘り起こされ、さらにはそれを自覚したことでエイナの中に不安が募る。
(ベル君、大丈夫だよね・・・?)
そのエイナの不安が届いたのか。
はたまた偶然か。
──件の少年が、姿を現した。
「こんにちは、エイナさん」
「あ、ベル君!こんにちは」
話題にしていた少年が現れたことで一瞬だけ声が上ずるが、すぐに平静を装う。
あどけない微笑みを浮かべた少年の表情は、どこか浮かれたような、嬉しそうな顔だった。
「ベル君、いいことでもあった?」
「え?わかりますか?」
「うん、すごく」
あれー?と首を傾げる少年に微笑みを浮かべながら、ようやく業務的な会話を始める。
「それで、何かあったの?」
「えっと、ですね・・・」
恥ずかしいのか、少しもじもじとしている少年。
その顔には誇らしさやら、その奥側になぜか怒られるのが怖い、というよくわからない感情が混合していた。
ミィシャはすぐには雑談ができないことに気づき、書類を手に机から立ち上がっていた。
「実は、つい先日。Lv2になったんです!」
バサバサバサッ、と。
つい先ほど書類を手に持っていた少女が、それを手から落とした。
エイナから少年が医療系ファミリアに入った、だとか。
あとは素材を手に入れるために、ダンジョンに潜るようになった、だとか。
そういった近況を聞いていたミィシャは、知っている。
何だったら、先ほど話していた中でも言っていた。
──少年がつい『一カ月前』に、始めて恩恵を得たことを。
「──────ん?」
聞き間違いかな?聞き間違いであってくれ。
そう願うエイナに、聞こえなかったと思ったのだろう。
ベルはもう一度、今度はゆっくりと言った。
「実は、三日前に、Lv2に、なったんです!」
──今度こそ。
エイナは、これが現実であることを悟った。
少年が嘘をつけない性質だと知っている。
だからこそ、信じられない。
──現在のLv2へのランクアップ期間の最短は、かの『剣姫』の1年だ。
それが、一カ月の記録に塗り替えられる?
誰の?・・・目の前の、純朴な、少年の??
「????????」
────エイナは エルフに あるまじき 思考停止を 行った。
────しかし こうかが なかった
一瞬意識が遠のき、謎の声が聞こえた。
とりあえず詳しい話を聞こうと、少年を個室の方へ連行した。
────
「それで、ベル君?詳しく、説明してくれる・・・・・・?私は今、冷静さを欠こうとしてるの・・・・・・」
「何でそんなに怖い顔してるんですか・・・・・・?」
本気でわからない、という顔をするベル。
エイナが恐ろしい──魔王みたいな──表情になるのは当然だろう。
そもそも、一ヶ月でLv1からLv2でランクアップするのが意味がわからない、が・・・・・・少年が嘘をつけない性質だと知っているエイナは、ランクアップが嘘でないことは分かる。
それ故に、だ。
──もしも本当にランクアップしたというのならば、相当危険な『冒険』をしたに違いない、と。
「それでぇ?一体、どんな『冒険』をしてきたのかなぁ・・・?お姉さんに教えてくれないかなぁ!?」
「何でそんなに凄んでくるんですか!?」
ひえー!?と恐怖の声を上げながら、少年は報告する。
問い:現在の到達階層と、到達した日を教えてください
回答今は12階層ですね。だいたい三週間前には行ってました。
いきなりエイナは挫けそうになる。
──なんで!?なんでそんな、駄目な方に思い切りがいいの!!??
そう叫びそうになる心をぐっと堪えながら、質問──尋問ともいう──を続ける。
問い:討伐したモンスターの数や、種類を大まかでいいので教えてください
回答:普段はオークやインプの相手をしていて・・・大体それぞれ500は倒して・・・ウォーシャドウもそれくらい・・・上層は一桁の階層ではもっと・・・あとは、3日前に11階層に出てきたミノタウロスも倒しました
スゥーーーーーーーーーーーッ!!
正気を疑う内容に、思わず大きな音を立てて息を吸う。
──なんでなんでなんで!!??恩恵を得てから一カ月の冒険者の所業じゃない!!??そもそも──
ミノタウロス。
中層に出現するモンスターの中でも、特に危険性の高い存在。
それこそ、経験豊富な上級冒険者でも殺される可能性を持ったモンスターに、一人で?挑んだ?
スゥーーーーー・・・・・・
「なる、ほど・・・ね?納得、納得?」
「あの、エイナさん。ソレ以上息を吸うと、過呼吸なっちゃうかも──」
「─────誰のせいだと思ってるのかなぁ!!!!????」
「ひぃっ!!?」
──思わず大声を出した彼女を責めるものはいるだろうか?いや、いない。
それほどまでに、常識はずれなのは少年だ。
「そもそも、どうして君はモンスターとそんなに戦ってるのかな!!??治療師何じゃないの?医療系ファミリアじゃないの!!??」
「えっと・・・一応これでも、恩恵を得る前から『護身術』くらいは教えてもらってて・・・」
「そういう問題じゃないんだよ!??そもそも、ミノタウロスと戦ったのもよく分からないし、それに勝ったのも意味が分かんなーい!!?????」
うわーん!と泣き出しそうなほどの大声を出しつつ、髪を振り乱す。
その狂乱ぷりを見て、本当に申し訳なさそうに目を伏せる少年。
しょぼん、と顔を伏せる兎を彷彿とさせるそれは、エイナの心をさらにかき乱す。
──暫くして。
ようやく落ち着いてきたのか、スゥーーーっふぅーーっ・・・スゥーーーっふぅーーっ・・・、と何度も深呼吸を繰り返す。
尚もバクバクとしている心臓を無理矢理落ち着けつつ、とりあえず話を続ける。
「それで、ええと・・・今回ここに来たのは、その報告のため?」
「はい。発展アビリティとかも、一つしか出ませんでしたし」
「へぇ・・・」
発展アビリティ。
恩恵を得た人がランクアップした際に発現する可能性のある、『基本アビリティ』──「力」「耐久」「器用」「敏捷」「魔力」の5つ──以外のアビリティ。
『基本アビリティ』とは違い、より特殊性や専門性の高いアビリティが出るのだ。それこそ、「調合」や「魔導」など。
「それで?何が出た・・・とかは、聞かないほうがいいのかな?」
「えっと・・・・・・」
「?」
なるべく笑顔を浮かべつつ、首を傾げる。
少年は言いにくそうな、でも言ったほうがいいような・・・と、迷った表情を浮かべていた。
「まあ、冒険者のステイタスについて調べるのは規則違反だし・・・言わなくても大丈夫だよ?」
「・・・いえ、大丈夫です。言います」
「・・・・・・そっか」
──信頼されている。
そう感じる少年の言葉に嬉しいような、危うさを感じるような。
そんな微妙な感情を表に出さないように気をつけつつ、少年を待つ。
今度は少年がエイナの真似をするかのように、深く、深く深呼吸をしている。
やがて決心がついたのか、すこしキリッとした目になる。
「僕の発言した発展アビリティは、「神秘」なんです!!」
「そっか、「神秘」・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
──おかしい。
少年から聞こえた言葉に、思わず耳を疑う。
本日何度目だ、という誰かの声が聞こえたが、それは目の前の少年のせいだそうに違いない。
仕方がないので、もういちどもう一度聞く。
「もう、一回言ってくれる?よく聞き取れなくて」
「「神秘」です!」
「もう一回」
「え?え、と・・・・・・・・・「神秘」、です」
まるで告白を何度も聞き返す少女──それ以上のドキドキを添えて──のように数回聞き直して、ようやく事実を飲み込む。
──嘘だちょっと吐き出してる。なんか胃のあたりがキリキリする。
深く、深くもう一度深呼吸をして、ようやく顔を上げた。
「本当、なんだね?」
「はい!」
「そっかぁ・・・・・・・・・」
もしもこれがバレれば少年は人攫いにあってしまうだろう。
同じく「神秘」を発現したものはいる。
だが、その人物はヘルメス・ファミリアの「万能者」であったり、それこそ少年の所属ファミリアの商売敵たるディアンケヒト・ファミリアの「戦場の聖女」など、団長ないし重要な人物が殆ど。
それ故に、団員達が守ったり、人々からの信頼を得ている等により、攫われる事態にすら発展しないことがほとんどだ。
だが、少年の場合は違う。
いかにLv2になったとしても、少年がどれほど強いのかをエイナは知らない。
所属ファミリアも・・・とても申し訳ないが、明らかな極貧ファミリア。
護衛も何も雇えたものでもないし、団員もナァーザとベルの二人しかいない。
──絶対に漏らすわけには行かない。
そう決意を新たに、とりあえず少年にはお説教をした。
少年が彼女の背後に、数日前の怒れる少女の姿を見た少年は震えることしかできなかった。
なんかここ数話は怒られてばっかりですね。かわいそ