そうじゃないから、ここまでヘルメス様に辛辣なんですね。
まあ一番の理由は、「ベルにいらんこと吹き込んで不幸にしそうだから」なんですが。
信用?信頼?ありませんよそんなの。
ヘルメス様がお義祖父ちゃんに連れ去られたあと。
暫く呆然としていた僕は「行くぞ、オリオン」というアルテミス様の声に再起動。
このまま行ってもお義祖父ちゃんやヘルメス様からの追及があるんじゃないか、と思っても、結局は先ほど見られたわけで。
観念した僕は、処刑に赴く死刑囚の面持ちで、一階のリビングへと向かった。
「来たか」
「や、やあ・・・ベル君、アルテミス・・・」
───何かヘルメス様が疲れた顔をしている。まるで長時間お説教をされたかのように。
逆にお義祖父ちゃんは悠々と紅茶を飲んでリラックスしてる。
テーブルの上には四人分のお菓子類と紅茶も用意されていて、ティーカップからは湯気を昇らせていた。
(ヘルメス様に何したの、お義祖父ちゃん・・・)
そう思いつつも、取り敢えず椅子に座る。
前にお義祖父ちゃん、その右隣にヘルメス様。僕の右隣にアルテミス様が座っている。
お義祖父ちゃんの背が低いため、こうやって見るとこの中でお義祖父ちゃんが一番年下に見える。絶対に口には出さないけど。
暫く気怠そうな顔をしていたけど、気を取り直したのか、ヘルメス様も姿勢を正した。
「さて。情報交換、と言いたいんだが・・・何から話したものか」
「すまないフォス。実はこの『氷の鳥』が何なのか、どのくらいで着くのかも含めて説明していないんだ。説明、頼めるかい?」
「・・・・・・・・・はあ。ベル、神アルテミス。そこからでいいか?」
「は、はい!」
「頼む」
そうか、と呟くと、お義祖父ちゃんは口を湿らせるために一旦紅茶を口にした。
「まず、この氷の鳥は『魔法』だ」
「魔法?」
アルテミス様の疑問の声に、お義祖父ちゃんは頷く。
「ベルは知っているが、私の魔法は『氷を精製、及び操る魔法』だ」
「コレを利用してこの鳥と家を作り、あとは操作して空中を移動している。実際には飛んでおらず、空中を横移動しているだけだが」
「つまりだ。私がここにいられるのも、既に『ルートを固定』し終わり、後は時が来るまで待つだけだからだ」
「・・・・・・それなら、なぜ鳥の形を?言ってはなんだが、それをするくらいなら『家』だけにして、魔力を節約すればいい」
「何を言っている?かっこいいだろう、鳥」
「お義祖父ちゃんは変なところで拘りがあるので、あんまり気にしないでください・・・」
お義祖父ちゃんの本気で分からない、という顔にアルテミス様が固まる。
僕は何とかフォローする術はないか、と思ったけど、結局特に見つからず。
ひとまず、お義祖父ちゃんはこういう人なんです、と言うことしかできない。
「まあまあ、取り敢えず概要は分かったと思うし」
「ヘルメス、お前は黙っていろ。お前が喋ると場がややこしくなる」
「・・・・・・わ〜、辛辣ーー。しょうがないけどさ」
お義祖父ちゃんがにべもなくヘルメス様のフォローを切り捨てる。
───もしかしてお義祖父ちゃん、ヘルメス様のこと嫌いなのかな・・・?
「とにかく。この『魔法』で・・・・・・そうだな、今の速度感なら二日で目的地まで辿り行く。本来は十日かかるところをここまで短縮できるんだ、上々だろう。それに──」
ヘルメス様とアルテミス様を見て、お義祖父ちゃんは面倒そうな表情を隠さない。
「さすがにこれ以上の速度を出したら、ベルはもちろんだが──神二人の安全も保証できない」
「安全って・・・こんなに揺れも何もないのに?」
僕の問いを聞いた途端、お義祖父ちゃんは無言になった。
まるで言ったら何かを失うような顔をしている・・・ような、気がする。
───何だろう・・・・・・?
そんなお義祖父ちゃんの様子に何を思ったのか。ヘルメス様が追い打ちをかける。
「それで?どうしてアストレアの眷属達の護送に手間取ってたのかな?」
「・・・・・・・・・・・・」
ヘルメス様の問いに、お義祖父ちゃんは押し黙る。
言ってはいけないことを黙っているかのように。
「頼む、理由くらいは知りたい。出立時刻に遅れそうになった私達を棚に上げてしまうが・・・・・・・・・事態は一刻を争うのに、どうして遅れたのか。私は知りたい」
ヘルメス様の問いにも、アルテミス様の懇願にも答えず。
お義祖父ちゃんは暫く顔を伏せて、カップを揺らす。
紅い液体がユラユラと揺れ、その水面にお義祖父ちゃんの顔を──ものすごく苦々しげに眉間にしわを作った表情を、映し出す。
ややあって重々しく、言いたくなさそうに、誰にも聞こえないほどに小さな声で答えた。
「嘔吐だ・・・・・・」
「え?なに?」
「もう少し大きな声で頼む」
「──────【アストレア・ファミリア】の娘達が、速度に耐えきれなくて・・・・・・嘔吐、した」
「ぇ゙」
正面からは表情を伺えないお義祖父ちゃんから告げられたことに、僕は小さい悲鳴を上げた。
あまりの事実に、お義祖父ちゃんが言いたくなさそうだった理由がよくわかった。
そりゃそうだよね、言ったらその人達の尊厳が破壊されるんだもん。言えるわけがない。
「仕方がなかったんだ・・・神アルテミスが言うように、急いでいたから数時間で着くよう、全力を出したんだ・・・・・・そうしたら第一級冒険者ともあろう者達が、急に吐き出して・・・・・・」
「それどころか、吐いたせいでハイになったのか、それともヤケになったのか・・・『アリーゼ・ゲローヴェル』やら『ゲロジョウノ・ゲロヤ』、『リュー・ゲロン』やらと揶揄し合って笑い出して・・・」
「第一級冒険者をなんだと思ってるの!?それに、それ以上言ったら乙女の尊厳がなくなっちゃうからもうやめよう!!?」
怖かった・・・と肩を震わせて抱きしめながら言うお義祖父ちゃんの言葉に、僕は震えた。
身内がやらかした事象に、僕の中で正義の派閥に対する申し訳なさが上がった。
「何ということでしょう。世界の危機に立ち上がった『星の乙女達』が、自分達の吐瀉物に溺れているではありませんか」などと嘆くヘルメス様と、自身の体の前で十字を切って祈るアルテミス様。
どちらもお義祖父ちゃんを責めないのは、それほどまでに一刻を争う事態であった証左なのか。
(もしも【アストレア・ファミリア】に会ったら、謝ろう・・・)
まだ戦いの舞台に入ってすらいないというのに、僕はここから先に行くのが怖くなってきた。
────
それは、話し合いが始まる十数分前。
フォスに連れられたヘルメスが、テーブルに座らされ、連れてこられる際にぶたれた鼻を押さえていた。
「痛いじゃないかフォス・・・あれくらいは許容範囲内だと思うけど?」
「黙れ。あの子にとって、医療行為以外での初めての女性との接触だ。それを妨害するというのなら、お前を始末するぞ」
「わあ、義孫煩悩・・・・・・」
茶化すような男神の口調に、フォスが思わず腕を上げる。
それに怯え、ヘルメスは口を閉じた。
『雑音』が消えたことを確認して、フォスは改めて紅茶の準備を始めた。
ポットからもくもく、と湯気がのぼる中。
男神は軽薄だった笑みを真剣なものに変え、それまで噤んでいた口を開いた。
「気づいているんだろ?俺がベル君に『本当のこと』を話していないのは」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ヘルメスの言葉に反応せず、小さなエルフは紅茶だけでなくお菓子類の準備も始めた。
───その顔から表情を消しながら。
「このままいけば、ベル君は『神々』が引いた線路の上をただ歩くだけになる。そうなったら、彼が────」
「いったん黙れ。お前が喋るほどに事態が面倒なことになる。何度も同じことを言わせるな」
とりつく島もない、と言った様子のフォスに肩を竦め。男神は押し黙った。
そうこうして数分が経ち。
紅茶の香りとともにフォスがキッチンから出てきた。
手際よく紅茶とお菓子が並べられ、小さなお茶会のような様相へと様変わりした。
男神は真っ先にお菓子を食べ、紅茶を飲んだ。
普段であればこのような行儀の悪いことはしないのだが、その菓子類を作ったのがフォス──もっと言うのなら『ザルド』に料理を教わった者が作ったもの。
絶品極まるそれを口にしないのはもったいない、とヘルメスは次々と口の中に放り込んでは味わう。
───その時。
それまでは一切喋ろうとしなかったフォスが、口を開いた。
俯きがちの顔からは、表情が伺えない。
「お前の言う通りだ。確かに私は、お前が説明不足であることを察した上でベルを連れ出した。そこに間違いはない」
まさか答えが得られるとは思っていなかったヘルメスが目を見開いた。いや、それだけではない。
───つまりは、
そう目で訴えるヘルメスの方など見ずに、フォスは続けた。
「お前の考えている通りだろう。私はこれから待ち受ける『現実』を前に、あの子が傷つくと分かったうえでここまでやって来た」
「・・・・・・・・・どうしてか、尋ねてもいいかな?」
「・・・・・・・・・さてな」
答えになっていない返答をし、フォスは紅茶を口に含んだ。
顕になった表情は、後悔しているようにも、怒っているようにも───喜んでいるようにも見える。
その表情を見たヘルメスが何を言えばいいのか困る。
(いっそ恨み言を言われたほうがマシだな、これは)
そう考える程に、フォスの反応や表情は予想外だった。
「だが────」
そこで言葉を切ったフォスは、ヘルメスの目を見た。
そこに浮かんでいた表情は──笑み、だった。
「私は・・・・・・これから待ち受けることが、それほど悪いことにならないと思っている」
「・・・・・・・・・・・・は?」
間抜けな声を出す程に、フォスが言ったことは的外れだった。
何を言っているのだろうか。
彼──ベル・クラネルは、善良な少年だ。
それくらいは見ればわかる。
誰かのために動き、誰かのために涙を流せる、極々普通の──『運命』に選ばれてしまっただけの、ただの『少年』だ。
なにより、『医療系ファミリア』に所属している彼にとって。
これから待ち受ける『現実』は、受け入れがたいものであることは明白だ。
───それなのに、何故・・・・・・・?
「・・・・・・どうしてそう思ったのか、聞いても?」
「そうだな・・・・・・占いでも、勘でも、どちらでもいい。ただ私がそう思ったから。それだけだ」
「・・・・・・そうか」
───その言葉に、ヘルメスは内心で嘲笑う。
何を言っているのだろうか。
何を宣っているのだろうか。
これから待ち受けるものに対して───自分はこんなにも『嫌な予感』がするというのに。
───ヘルメスは落胆した。
神々が認めた反則は、この程度のことも分からないのか、と。
───だが、しかし。
そこでふと、ヘルメスは思い出す。
そういえばミアハも危機感を持っていなかったな、と。
アストレアも危機感を抱いている現状において、『光』を見いだしている者が二人もいる。
───それは偶然だろうか?それとも───
「まあ、安心しろ」
「?・・・・・・何をだい?」
何のことか分からないヘルメスに、フォスはその顔に笑みを──ヘルメスのような軽薄な笑みを浮かべた。
「もしもあの子が心に傷を負うことがあれば、あの『四人』にちゃんと報告はするが───私も一緒に制裁されてやる。死なば諸共、とも言えるが」
「・・・・・・・・・勘弁してくれ・・・」
あの四人が、きみに対してそんなこと出来るわけがないだろう、と。
ヘルメスは内心で一人ごちた。
◯フォスお義祖父ちゃん
・ベル君の恋人撲滅委員会副会長
・ベル君がもしも恋人を連れてくるのなら、割とこの人を先に落とさないといけません
・この人とアルフィアのタッグが成立すれば、例えザルドであろうと・・・・・・それこそベルが会ったことのないヘラであろうと一方的にボコります。言葉でも、肉体的でも
・実はアルフィアは攻略不可能ボスですが、こっちは攻略可能ボス