アルテミス様は何と言ったのだろうか。
英雄が───憎い?
何故そんなことを言うのだろうか。
僕は、僕の、『家族』は───『英雄』なのに。
「な、なんで───」
「貴方の心・・・・・白く透明に輝く、美しい魂。そこに──大きな『傷』が、ある」
「心・・・・魂?傷って・・・・・一体何のことを───!?」
僕思わず取り乱す。
自分でもわからないほどに、心から響き渡る『音』。
───■■に、な■■■。
それが、とても・・・不快だった。
「貴方の『英雄』という言葉──いや、違うな。より正確に言うのなら、その周囲・・・・・あるいは『背景』。何があったのかは知らないが・・・・貴方は『英雄に関すること』を、『憎んでいる』」
「────ッ!?」
何かを言わなければならないのに。
反論しなきゃ、僕の『家族』が貶されるのに。
───言葉が、出ない。
「オリオン」
「ッ」
あんなに心を穏やかにしてくれた声が、今は僕の心をかき乱す『雑音』に聞こえる。
僕の家族を貶す『刃』に見える。
「貴方の言う『英雄』とは、一体何だ?」
「英雄、は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕は─────何も、言えなくなった。
『寝起き』とは違って、口は動く。
体も、同じく。
『英雄』を家族に持つ者として、何かを言わないといけないのに。
心の何処かで、何かが軋みを上げていて。
───僕の全てを、雁字搦めにしている。
────■■に、なりたい。
不快なまでに鳴り響くノイズに、僕の心が引っ掻き回される。
そんな僕を─────アルテミス様は、抱き締めた。
「ぇ?」
思わず漏れた声は、自分でも信じられないほどに情けない。
それでも、この神の胸から伝わる『振動』が。
安心できるものだと、伝えてくるようで。
「すまない、オリオン。まさか、ここまで貴方のことを傷つけるとは・・・・・思っても見なかった」
「・・・・・・・・・傷付いてなんか、いません」
「そうか・・・すまない」
僕の強がりを見抜いているかのように。
アルテミス様は、僕の髪を撫でた。
───その撫で方に、『既視感』。
「そうだな・・・・・貴方の『家族』について、教えてくれないか?」
「え?────どうして、急に?」
「ヘルメスから聞いてな。貴方の家族は、とても凄い冒険者だったのだと。・・・・・・・・名前や『二つ名』については、教えてくれなかったが」
ヘルメス様・・・・・・お義母さんとおじさんのこと、知ってるんだ。
でも、うん。そりゃそうだよね。
お義祖父ちゃんと知り合いなんだもん。お義母さんとおじさんのことくらい知ってるよね。
・・・・・・・・・・・・・・・、
「僕の、家族は・・・・・・今は居なくなっちゃったおじいちゃんが一人と、フォスお義祖父ちゃん。そしてザルドおじさんと───アルフィアお義母さんの四人なんです」
「四人・・・・・父親は?」
「えっと・・・・・僕の生みの親は、二人とも既に亡くなってて・・・」
「なに?だが、先ほどはお母さん、と・・・」
その言葉に、ああそうか、とようやく何に疑問に思っていたのか、腑に落ちた。
「実は、アルフィアお義母さん、って呼んでるんですけど・・・その人は、僕の本当のお母さんのお姉さんなんですけど・・・伯母さん、って呼ばれるのが嫌、ってことで、そう呼んでるんです」
「そうなのか・・・・・それは、しょうがないな。とても繊細な問題だ」
意味を理解したのか、アルテミス様は苦笑を浮かべた・・・気がする。
・・・・・どうしてだろう。
今までは誰かに言わないようにしていたことも、この神にはスラスラと言葉になる。
「それで・・・おじさんと、お義母さん何ですけど。この二人が、オラリオの『冒険者』だったんです」
「そうか」
「凄い冒険者だった、ってお義祖父ちゃんが言ってたんですけど・・・・・・僕にとっては、二人は大切な『家族』なんです」
「そうか・・・・・・」
僕の頭を撫でるアルテミス様の手つきが、どんどん優しさに満ち溢れていく。
その事に気恥ずかしいやら、嬉しいやらで僕の心が解れていく。
───言葉が、止まらない。
「おじさんは、凄い料理が上手で。オラリオで外食をした時なんて、おじさんの料理の足元にも及んでなくて。凄くガッカリしたのを覚えてます」
「そうなのか。それは、一度でもいいから食べてみたいな」
「はい。僕もアルテミス様に、食べさせてあげたいです」
「・・・・・・・・・・・・そう、だな」
それ以降も、言葉が弾んで。
おじさんが食費を無駄遣いして、お義母さんとお義祖父ちゃんに怒られた話しとか。
おじさんの『アドバイス』を元に、お義母さんに『膝枕』をしてあげたら、おじさんが引っ叩かれた話しとか。
次々と溢れてくる『思い出』に、口が止まらない。
永遠にも感じられる程に語り尽くして────お義母さんの時になって、言葉に詰まった。
「僕の、お義母さん、なんですけど・・・・・・」
「ああ」
「凄く神経質な人なんです。少しでも『雑音』をあげたら、叩いてくるくらいに」
「そう、なのか?」
「はい。酷い乱暴な人でしょう?ちっとも笑わないし、目は瞑ったままだし・・・・・お仕置きも、厳しかったですし」
「・・・・・それは、凄いな」
アルテミス様が困っている様子に、僕は思わず苦笑する。
改めて羅列すると、お義母さんが酷い人のように思えてしまう。
それでも─────
「それでも、大好きな『家族』なんです。ぎこちないけど、優しく僕を撫でてくれて。いつもチョロチョロとはしゃぎ回る僕の手を握ってくれて、危険から守ってくれて」
「・・・貴方は『家族』が大好きなんだな、オリオン。貴方が愛されているのは、あのエルフの義祖父を見ればわかる」
「───はいっ!」
家族を褒められて、僕は嬉しくて。
夜中であることも忘れて、大きな声で返事をしてしまう。
その後も、話は続いて。
お義母さんと風呂に入る時に、おじいちゃんが乱入しようとして、家がおじさんとおじいちゃん諸共吹き飛んだ話とか。
おじいちゃんが僕に何事かを──今は覚えていない──を教えようとした時に、「ベルの教育に悪い」と言って、山の向こうへと吹き飛ばした話とか。
他にも色々な話しをして────お義母さんとおじさんの事で、切っても切り離せない、『あの話』になった。
「お義母さんと、おじさんは・・・・・凄く、『弱っていた』んです」
「・・・・・・弱っていた?」
「はい」、という返事は、自分でも驚く程に低い声だった。
「おじさんは、体が内側から腐っていく『毒』に侵されていて・・・・・お義母さんは生まれつきの『病』で、凄く苦しそうに何度も、何度も咳き込んでいたんです」
「・・・・・・」
頭を撫でていた手が、僕の背中に回る。
それほどまでに、僕は酷い状態なのだろうか。
「最初に、おじさんが、突然倒れ込んで。ベッドから出られなくて、苦しいのに。「美味しい料理を作ってやれなくて、ごめんな」、なんて。僕はおじさんに、元気でいてほしいだけなのに」
無意識のうちに、アルテミス様の背に、僕も手を回した。
掌に力が入るのを、止められない。
それでも、アルテミス様は何も言わず、僕を撫でてくれる。
「お義母さんは・・・・・いつも、咳き込んでいるのを『隠そうとする』んです。僕には見せないように、分からないようにして」
「・・・・・・」
「そして、普通に立っているだけで、苦しそうにするようになった時・・・・・『あの日』が、やってきたんです」
「・・・・・『あの日』?」
僕はそれ以降の言葉が、出てこない。
否、言える。言えはするんだ。
ただ───その時の『僕の心の声』が漏れそうで。溢れそうで。
それを抑え込むのに、必死で。
それでも、この神には、言わなきゃいけない気がして。
僕は、そのまま───吐露した。
「『あの日』・・・・・・・・僕が、七歳の時。僕の目の前で、お義母さんが・・・・・・倒れたんです」
「・・・・・・・・・・・・」
「僕は、何もできなくて。何をすればいいのか、分からなくて。ただ、お義母さんが血溜まりに沈んでいるのを、見ていることしか、できなくて・・・・・」
しゃくり上がりそうになる喉に、力を込めて抑え込む。
震える体を、アルテミス様を支えにして、押さえる。
ここまで来たら、最後まで──言おう。
「その日から、僕は───『医学』の勉強を、始めたんです」
「『医学』・・・・」
コクリ、と頷く。
例え見えていなくても、動きから分かるだろう、と。
「村の人達に頼み込んで、『医学書』・・・主に『薬学』の本ですね。それを読み込んで、おじさんとお義母さんを、『治療』してやる!って意気込んでたんです・・・・・馬鹿みたいでしょう?普通なら、間に合うはずないのに」
「オリオン・・・」
「それでも、頑張って勉強を続けて・・・・・一年後、くらいですかね。・・・・・村の少し外れに、薬草が成っているのを見た、っていう話しが出て。僕は、無謀にも・・・村の外に、出たんです」
「それは・・・・・危険ではないか?いくら都市外とはいえ、八歳の子ども一人では・・・」
アルテミス様の心配の声に、僕は苦笑する。
どう考えても危険すぎるその時の自身の行動に、あの時は全く違和感や危機感を持っていなかったな、と。
───そのおかげで、『あの出会い』があったのだとしても。
「そして、案の定ゴブリンに襲われたんです。手に持つ木製の斧に、何度もポカポカ殴られて、血まみれになって・・・・・その『血』で、お義母さんが倒れた時のことを思い出して、身体から力が抜けて・・・もっとボコボコにされて。散々でした」
「───その時、でした。颯爽と現れた小さなエルフが、僕を助けてくれたんです」
「次々とゴブリンを氷漬けにして、目にも留まらない速さで僕のそばに来て。慣れた手つきで、僕の怪我を治していって」
「その人物は・・・・・貴方の、義祖父か」
はい、と頷く。
僕とお義祖父ちゃんの出会いは、その時に訪れた。
もちろん、後からお義母さんやおじさん、それとお義祖父ちゃんに怒られたけど。
それでも───
「そこから、お義祖父ちゃんが僕の『師匠』にもなって。お義母さんやおじさんの事を診ながら、僕に『医学』を教えてくれたんです」
「義祖父が『師匠』か。不思議な関係だな」
「そうだと思います。それでも、お義祖父ちゃんは凄くて。覚えが悪い僕に、専用の記憶術とか、勉強の仕方を教えてくれて。どんどん知識と知恵をつけていったんです」
そこで区切って、気づく。
いつの間にか僕の話になっていることに。
それでも、紡ぐ言葉が止まらない。・・・・・・最後まで、言おう。
「そして───そこから、三年後。『奇跡』が起こって───」
「───僕が作った『薬』が、二人の『死毒』を、『病魔』を。『治した』んです」
アルテミス様が、息を呑んだのが伝わった。
この人も気づいているんだろう。
おじさんとお義母さんは、オラリオの『冒険者』だった。
つまり───医神に診てもらわない筈がない、と。
「だから、『奇跡』なんです。発展アビリティの『調合』も無い、何より恩恵を持たないただの少年が、『医神』すらも成し得なかった『病』と『毒』の『完治』をやってのけた。そんなの、普通は有り得ない。人によっては───僕を、『医学の英雄』と呼ぶそうです」
「でも、僕は────『英雄』には成れません。だって、僕は『癒しをもたらした者』だから」
そこまで言って、僕は顔を上げた。
もう『月』は隠れておらず、アルテミス様の顔が見えた。
驚きに目を見開いている彼女の、その『瞳』の、奥。
言うなれば、隠されている────嘆きと、悲しみ。
気高さを感じられる彼女が抱えるそれを見て───ようやく、理解した。
性格は似てない。言ったら、二人とも怒るかもしれない。
顔も似てない。二人とも、別方向に美人だから。
それでも、手つきや『感情』が、何故か───お義母さんに、似ている気がした。
「僕は───『血』が許せません。それは、『人』を苦しめる」
「僕は───『英雄』が、許せません。そのせいで・・・・・おじさんは、『毒』に侵されて。お義母さんは、『病』がスキルにすら現れて───ずっと、苦しむことになった挙げ句。とあるモンスターとの戦いで・・・・・その病状を、悪化させた」
口が、怨嗟の声を出す。大好きだった筈の『英雄』へ、憎しみを口にする。
───『英雄』は好きだ。
彼らの勇姿は、姿は。僕達に『力』をくれるから。
───『英雄』が嫌いだ。
彼らは『苦しみ』を隠そうとする。見せようとしない。
僕に────素直に救わせて、くれない。
そんな家族の姿に似ているアルテミス様が───『死相』を見せる彼女が、許せなくて。悲しくて。
僕は────
「アルテミス様」
「なんだ?」
「膝枕させてください」
「そうか、膝──────ぁ、え?膝、枕?????」
───気づけば、『膝枕』を提案していた。
◯ベル君が英雄を嫌う理由
・義母とおじさんが苦しむ理由を作ってしまったから
・ベルにとって『英雄』である二人が、傷を隠すから
・こちらが手を伸ばすまで、頼ってくれないから
それでも『英雄』は大好きなんです。
拗らせてますね。