「どういう、こと・・・・・?」
「こんな、ことが・・・・・」
アリーゼさんとリオンさんの困惑の声が聞こえる。
「────ヘルメス様、これはどういう事ですか?」
「・・・・・・」
アンドロメダさんの声が、とても遠くにあるような気がする。
それくらい、僕には『現実』が飲み込めなかった。
───だって、アルテミス様が二人いる。
片方は苦しそうに胸元を押さえて、僕達のそばに。
もう片方は、まるで眠っているかのように、水晶の中に。
理解しがたい『現実』が、転がっていた。
「討ってくれ・・・・」
「え?」
「頼む・・・討ってくれ、オリオン。手遅れになる前に・・・・・」
───手遅れ?
『アンタレス』の水晶に、貴方と似た姿の女性がいるのに?
だって、明らかに瓜二つで。
他人の空似なんかじゃないことは、『何故か』わかる。
無関係なんかじゃない筈のそれを、討つ?
理解が、追いつかない・・・・・・
「何で───」
疑問が口について出ようとした、その時。
───『光の矢』が、降ってきた。
「─────え」
恐らくは、『アンタレス』が起こしたであろう現象。
それは昨日の夕方頃にみた『光の矢』。
でも、それには昨日までは感じなかった『力』が、はっきりと感じられた。
「『神の力』・・・・・?」
アルテミス様と、アルカナム。
結びつきそうで、結びついてはいけないものを前に。
炎雷の盾を貼ることすらできず、僕はそばにいたアルテミス様を庇うことしかできなかった。
────
「・・・・・・・・・」
気づいたら、上を見上げていた。
視線の先は遺跡の天井ではなく、空が見えていた。
天井がなくなっているのか、はたまた『アンタレス』が壊したのか。
「大丈夫、か・・・・・?」
呆然とそれを見ていると、アルテミス様が覗き込んできた。
その顔は先ほどよりも苦痛に歪んでいなくて、だからこそ僕は苦しい。
だって、この人に──『真実』を聞かなきゃ、いけないから。
それが凄く、怖いから。
「大、丈夫・・・・・じゃ、ないかも・・・しれません」
「なら、回復薬を飲んでくれ。時間がないんだ」
頑張って言った冗談も、軽くいなされる。
『道化』にすらなれない僕は、上体を起こして。
先ほどアルテミス様が『門』を開ける際に見えたエンブレムそっくりのものが印字された旗が、目に入った。
驚いて周囲を見渡すと────『血』。
「───────────────」
倒れ伏す
それは人の形をしていて。
血の気が、とうに失せていて。
───頭に、フラッシュバックする。
お義母さんの、姿が───
「オリオン!」
「!」
慌てた様子のアルテミス様に、僕は手のひらを握られていた。
その手から伝わる温もりを頼りに、僕は深呼吸をした。
鉄臭い匂いがしても取り乱さないように、心臓の辺りをギュッ、と握りしめて。
痛いくらいに暴れまわる心臓が落ち着くように、呼吸だけに集中する。
しばらくして、ようやく落ち着いた。
「ありがとう、ございます・・・・・すみません」
「いいんだ。貴方が無事なら」
僕は頑張って心の準備をして。
『死』を、直視した。
血塗られた彼女達には、もう命の反応はなく。
すでに事切れていることが、分かってしまった。
「この、人達は・・・・・」
「────私の、眷属達だ」
「────」
分かりきっていたことを、現実として突きつけられた。
・・・・・・心臓が五月蝿い。
痛いくらいに早鐘を打つ心臓は、僕の血管に穴を開けそうなほどに熱い。
「『アンタレス』に取り込まれた私は、私からチカラを奪った怪物がこの子たちを殺すのを、見ていることしかできなかった」
そう言って、アルテミス様はそのうちの一人の頬を撫でた。
愛しいものにするように、悲しそうに。
───私から、チカラを奪った?
なら、ここにいるのは──
「───貴方は、一体・・・・・?」
僕の疑問に、アルテミス様は、答えた。
「私は、女神アルテミスが召喚した『矢』に残留する意思───女神の、残り滓だ」
心が、強く引っ掻かれたかのように、甲高く、不快な音を立てた気がした。
嘘だと思いたかった。
けれど、『何故か』───『矢』から伝わる意思のようなものが、彼女の言葉を肯定しているような気がした。
・・・・・彼女が言ったことが本当なら、敵は『神の力』を扱うモンスター。
それが本当なら、いくらアリーゼさんやリオンさんのような第一級冒険者だとしても、太刀打ちできない。
一方的に、殺されるだけだ。
けど、それなら同じ神の力で──
「無理だ」
「っ」
僕の心を読んだかのような言葉に、固まる。
彼女の双眸は、こちらの目を真っ直ぐに射抜いていた。
「『アンタレス』───いや、『
「ぇ──」
──それじゃあ、『アンタレス』は。
「『アンタレス』は、神の力を持っておきながら、神の力で滅ぼせない・・・・・?」
コクリ、とアルテミス様が頷いて───頭が真っ白になる。
第一級冒険者でも太刀打ちできないモンスターに、神の力が通用しない。
そんな存在を、一体どうやって───
『その『槍』で、『アンタレス』を打つ────』
────────
「アルテミス、様」
「・・・・・・・・・・・・ああ」
「もしかして、なんですけど」
「・・・・・・ああ、そうだ。貴方の、考えている通りだ」
「───────」
つまり。
つまり。
つま、り。
僕が背負う
さっき召喚した、と言っていた『矢』だとしたら。
この『矢』の担い手に選ばれた、僕が────
「────────嫌だ!!!」
理解した途端、僕はみっともなく叫んだ。
喉に力が入って、シャクリ上がるのを止められない。
涙が出そうになるのを、堪えられない。
捻じ曲げられない『現実』を、受け入れられない。
だって、それは。
認められない、そんなの。
分からない。
分かるわけがない。
分かりたくなんか───ない。
「オリオン・・・・・」
「僕が!貴方、を・・・・・・・・殺す・・・ことなんて・・・・・できわけ、ありません!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「僕にっ!!殺せって・・・・・・・・そんなの!・・・・・そんなの・・・・・・っ」
『矢』で『アンタレス』を殺す。
でも、『矢』でただ『アンタレス』を殺すだけなら──それでアルテミス様を助けられるなら、ここまで神々が僕に向けていた『悲しみと悔恨の目』の説明がつかない。
つまり、僕が、アルテミス様を───
「───そうだ、オリオン。貴方が考えている通り、貴方がその理を捻じ曲げる『矢』を使って、『アンタレス』に取り込まれた私ごと───」
───その時、地面が揺れた。
パラパラ、と礫が崖を転がってくる。
『嫌な存在感』が近寄ってくる。
僕はその事実に震えることしかできなくて。
ただ、ソレが上から降ってくるのを、見ていることしかできなかった。
『──────ギギギギ』
歯ぎしりの音だろうか。
不快感のするする音が、僕たちに向けられた。
そして、感じるのは純粋なまでの『殺意』。
こちらを獲物と捉えて、その怪物は絶望という顎を振りかざす。
(──────)
告げられた『現実』。
向けられている『殺意』。
何もできない『僕』。
それらが押し寄せてきて、僕という存在を飲み込もうとしている。
それで巻き込まれるのが僕だけなら、何も言わない。
──それでも、駄目だ。
──この人だけは、見捨てたくない!
「ち、くしょおおぉぉぉぉおお!!!」
「オリオン!」
駄々をこねる子供みたいに、みっともなく叫び散らしながら、僕は走り出した。
『矢』を地面に深々と突き刺して、僕はロングナイフと短杖を即座に抜き放ち、炎雷を纏う。
爆発的な加速をもって接近しながら、僕は短杖に蓄力を開始する。
─────■■に、なりたい。
やはり聞き慣れないノイズを無視して、か細く鳴り響く鐘の音すらも気にせず、僕は短杖に延々と炎雷を発動しては注ぎ込む。
その作業を続けながら『アンタレス』の体を駆け巡り、僕は剣閃を放つ。
炎雷による加速を利用し、さらには遠心力をも利用した回転斬りが、『アンタレス』に放たれて───
ガキン!という甲高い音を立てて、『殻』に阻まれる。
その後も何度も、何度も斬りつけても、『殻』にすら傷一つつくことなく。
いくら攻撃をしても、ただ時間が過ぎるだけで。
このまま行くと、僕は死ぬ。
だから───
リィィン、という一際強い鐘の音が鳴り響く。
───一分の蓄力。
僕は即座に、短杖を『敵』に向けた。
狙いは蠍側の顔の部分にある『目』。
そこを焼けば、視界を失った『アンタレス』相手に時間が稼げるはず。
「────ブラスト!!」
僕の叫びに応えるように、炎雷の砲撃が叩き込まれた。
可能な限り細く、圧縮されたそれに内包された力は、僕が現状打てる最大火力。
(これで、少しは────)
そう思っていた僕が、見たのは。
『──────ギギッ』
傷一つ存在しない『目』だった。
瞼を閉じた様子はない。
神の力を使った様子もない。
つまり───素で、耐えられた。剥き出しの粘膜を狙ったのに。
凍りつくように動けなくなった僕を、まるで嘲笑うかのように。
『アンタレス』はゆったりとした動作で、僕へ向けて、その人一人分は優にある大きさの鋏を──振り下ろした。
避けないといけない。直撃してはいけない。
そう警鐘を鳴らす頭に対し───
「─────、ゲ、ホッ」
重すぎる『スキル』の代償、そして反動。
突っ走った結果に与えられる、当たり前の末路。
それでも、何とか後退しようと───
「──────ガ、ァぁ」
叫び声を上げなかったのは奇跡だった。・・・・・逆に言えば、そこまでが、奇跡だった。
力任せに振り下ろされただけの鋏は、体格差もあってかなりの重量を持つ。
そんなものが、第一級冒険者ですら太刀打ちできないモンスターの力で振り下ろされた。
だから。
───避けきれなかった左腕が切り落とされたのも、当然の結果だ。
「オリオン!」
アルテミス様の声が聞こえる。でも、返事はできない。
切り落とされたのは、咄嗟に動かせた左腕だけ。でも、身体には左肩から右腰までの大きな裂傷ができていた。
自分の体から流れ出る『血』に、僕は血の気が引いて──トラウマが蘇りそうになるのを、堪えることしかできなくて。
先ほど振り下ろされた方とは別の鋏が見えても、何の反応もできない。
鋏が振りかぶられても、蠍が不快なまでの嘲笑の声をあげても。
心臓は、もう早鐘は打たなかった。
僕自身の、死相が見えたから。
だから、僕に迫るもう片方の鋏の振り下ろしを────
「────【炎華】!!」
───紅い華が、反らした。
その華は綺麗な赤い髪をしていて、いつの間にか僕のことを抱えていた。
間近に迫っていた『死』が取り上げられたことに、僕は安堵することすらできなかった。
ただ──『英雄』みたいだな、としか思えなかった。
──────■■に、なりたい。
(五月蝿いなあ・・・・・・)
「【花開け】!───【アガリス・アルヴェシンス】!!」
超短文詠唱によって顕現した炎の付与魔法によって加速したアリーゼさんは、そばに転がっていた僕の左腕を拾いながら後退した。
僕は助けられたというのに、それを他人事のように見ていることしかできない。
やがて、アリーゼさんが後退をやめると、そこにはヘルメス様とアンドロメダさんの姿が。
アリーゼさんは僕をそこに置くと、直ぐ様『アンタレス』の元へと向かっていった。
「みな、ざ、・・・・・」
「しゃべらないでください。今繋げます」
アンドロメダさんが、先ほど受け取っていた僕の左腕をくっつけて、万能薬を振りかけた。
傷が治る時特有の痛みに悶えながらも、予想よりは痛みがない。
アドレナリンで馬鹿になっているのかな、と僕がボンヤリと考えていると───ヘルメス様が、その目を鋭くした。
「どうして、無闇に『アンタレス』に突っ込んでいったのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
答える気力が、ない。
僕にはもう、何もできない。
体も、傷も癒えた。後は『意思』さえあれば動ける。でも、肝心のそれが動くことを拒んでいる。
嫌に静かな心臓が、僕の心をかき乱す。
「あれはもう、オレ達───神々ですらどうしようもない。『矢』で貫く以外の選択肢がないんだ。分かるだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・分かりたく、ありません」
やっと出せた声は、自分でも情けないほどに小さく、掠れている。
分かってる。
今すぐにでも『アンタレス』を討たないと、それこそ村への被害が出る。
今この時にも誕生しているだろう『アンタレス』の『眷属』たちが、世界を蹂躙してしまうだろう。
それでも────
力が入らない全身にムチ打って何とか視界を動かし、僕は『アンタレス』の姿を見た。
リオンさんとアリーゼさんが何とか抑え込んでいるけど、それも何時まで持つかわからない。
吹き荒れる炎や風の光球が、『アンタレス』の動きを阻害している。
目で追うのも難しく、激しい戦闘を見て。
僕は、さらにその上にある───『結晶』の中を、もう一度見た。
あいも変わらずにそこに存在し続ける彼女は、まるで僕の力不足を嘆いているかのように瞼を閉じている。
・・・・・・・・・いや。本当に嘆いているのは、僕自身か。
「ここに────」
────『英雄』がいたら。
その言葉は口に出ることはなかった。
それでも、皆察してしまったんだろう。
皆の雰囲気が沈痛なものになるのを、僕はもう気にすることもできない。
────できない。
何度考えても、僕は『できない』以外の結論が出せない。
アルテミス様に、僕はよりにもよって『お義母さん』の面影を重ねてしまった。
その似ている『死相』に、触れてしまった。
だから、彼女を殺すということは───
───僕が、お義母さんを殺すのと同義だ。
我ながら突飛した発想だとは思うけど、でも全部、僕にとっては事実だ。
これは、ある意味では、アルテミス様自身を観れていなかった僕への、罰なのかもしれない。
いっそ、このまま。
(消えてしまいたい─────)
─────さっきの攻撃で、死ねていればよかったのに。
不謹慎極まりない事を考える僕の耳に────ヘルメス様の言葉が、聞こえた。
「全く・・・・・本当は言いたくなかったんけどね。仕方ない───恨むなよ、フォス」
「・・・・・?」
どうして、お義祖父ちゃんの名前が?
困惑する僕に、ヘルメス様はゆっくりと口を開いた。
「『もし、英雄と呼ばれる資格があるとするならば──』」
「ぁ──」
その時、僕は頭が鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
顔を上げて、ヘルメス様の顔をもう一度見た。
風貌は全く違う。あの人は逞しい髭が生えていた。
声も違う。あの人はこんなに若々しい声じゃない。
それでも、懐かしい声が。とっくに聞くことがかなわなくなった声が、その言葉に重なって聞こえた。
「『剣を執った者ではなく、盾をかざした者でもなく──』」
───僕は、その部分を覚えていなかった。
だって、僕が覚えているのは───
「『癒しをもたらした者でもない』」
───そう。僕は、ここだけを覚えていた。
既に他者に癒しをもたらした僕は、英雄になんて───
「『己を賭した者こそが、英雄と呼ばれるのだ』」
「──────、」
───己を賭した者?
何だそれは。
だって、そんなの。
───まるで、覚悟を持った人であれば。
───誰でも英雄になれるみたいじゃないか。
「ベル君。これは俺がある男から聞いた持論だ。もちろん、これに今の君が同意するのかは、正直わからない。だけど───」
ヘルメス様の眼が、僕の眼を真っ直ぐに見た。
そこには、抑えきれない悲しみの念と、どうしようもない現実への憤怒が込められていた。
「これがもしも世界の真理なのだとしたら───アルテミスも、『英雄』と呼べるんじゃないか、ベル君?」
「──────ぇ」
ありえないほどに小さくか細い自分の声に、何も思うことができない。
───ヘルメス様は何が言いたいんだろう。
アルテミス様が英雄?
何を言っているのだろうか。
アルテミス様は、神様で。
あの人は、ただ膝枕に顔を真っ赤にするような、ただの──
「己を犠牲にして、世界を救おうとする。彼女のその在り方は、『英雄』のそれと同じだ」
それに、と。
ヘルメス様が、何処か意地悪な笑みを浮かべた。
───いや。これはわざとで、本当は悲しみをたたえている。
「君は『英雄を支える者』を目指しているんだろう?なら、彼女の『想い』を───
─────『君を傷つける前に殺して欲しい』、っていう『英雄』の願いを。『英雄を支える者』である君が、叶えてやって欲しい」
瞬間。
パリン、という音を立てて、僕の心が深く割れた気がした。
僕は、それまで視線を向けていなかった方を──残滓のアルテミス様を、見た。
その顔は悲しみに染まっていて、僕の『血』を見て、さらに悲しみを深くしている。
悲しみと怒りに震える腕には、僕が地面に突き刺した『矢』が、握られていた。
───同じだ。
僕が人の『血』を、『死』を嫌うように。
この人だって、僕みたいな人間の『血』を──『死』を。嫌うに、決まってる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わ、かり・・・・・・・・・まし、た」
立ち上がった。
フラフラで、みっともなくボロボロで。ともすれば、すぐにでも死にそうな顔をしながら。
そんな僕を見て、ヘルメス様は少し遠ざかった。
僕はアルテミス様から『矢』を受け取って、力の限りに握りしめて──────『敵』を、見据える。
『水晶』に入っているあの人を。
僕みたいな『非英雄』では救えない、『英雄』を。
───まるで、『世界に殺される英雄』みたいだ。
そんな馬鹿みたいな思考を、頭を振って追い出す。
───違う。
───だって、殺すのは───『僕』だ。
もう一度アルテミス様の方へ目を向け。その姿を見ると、殺したくない念が浮かび上がる。
膝枕をした思い出が、蘇る。
そうした感傷を、もう一度頭を振って、無理やりに抑えつけて。
───そうして。
僕はあの人を『討つ』ために、炎雷を───
「ストーーーップ!!」
「────ヘブッ!?」
───纏う前に、突然僕の後頭部を、誰かが叩いた。