突如後頭部を襲った衝撃で、僕は顔面を地面に強打した。
ヒリヒリと痛む顔に回復魔法を使いながら、僕はその『犯人』を見た。
そこには、先ほど僕を助け出して、そのまま前線に戻ったはずの───
「アリーゼ、さん?」
「ごめんなさいベル君、力入れすぎちゃった!顔、大丈夫だった?」
「・・・・・・・・・だい、じょう・・・・・ぶ、です」
「なら良かった!」
ペカーッ、という音が聞こえそうなほどに明るい顔と口調で、彼女は笑った。
まさに花が咲くとでも言い表せる程に綺麗で眩しいそれは、暗く沈んでいる僕の心をかき乱す。
一度止まったせいで『もう辞めたい、止まりたい』と叫ぶ心をねじ伏せて。
僕は立ち上がって、可能な限りの眼力でアリーゼさんを睨む。
「どいて、ください・・・・・僕は、行かなくちゃ・・・いけないん、です」
「だめよ」
にべもなく切り捨てられた。
それでも僕はもう退くわけにはいかないし、退けない。
───少しずつ大きくなる声を、抑えられない。
「どいてください」
「だから、だめよ」
「どいて!」
「だめよ」
「どけよ!!」
「だめ」
「──────なんでっ!!!」
乱暴な口調になるのも意識できず、叫んだ。
それでも、彼女は僕の覚悟を認めてくれない。
───目を見れない。
後ろめたいことなんてしてないのに、どんな目で僕が見られているのか怖くて、目線が自然と下を向く。
「僕はもう、『覚悟』を決めたんです!あの神を、僕が殺すんだって!!なのに、どうして邪魔するんですか!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
心の中はもうぐちゃぐちゃで、自分が何を考えていて、何を感じているのかも、もう分からない。
分かっているのは、僕がアルテミス様を殺すことだけ。それが、あの神の望みだから。
だから───
「どい───」
「ベル君」
てください、と続くはずだった言葉はアリーゼさんのデコピンによって阻まれた。
ポコン、という音ではなくドゴスッ!!という音が鳴り響き、僕はそのまま後頭部から地面に叩きつけられた。意識を手放さなかったのは奇跡だった。
前頭部と後頭部から激痛がして、また回復魔法で痛みを消すそうとした。
────そう、消そうとした。魔法を発動した、はずなのに。
何故か、痛みが消えない。
「い、っ──・・・・・」
「どう?目は覚めた?」
「何が───」
「ベル君」
また怒声が出そうになった僕は、アリーゼさんと目が合った。
寝転がったままの僕を見下ろすその目は、悲しそうに細められていて。
僕はその目に、昨日見たアストレア様の悲しそうな顔の面影を見た。
「本当にそれでいいの?」
「・・・・・・・・・なんで、それを聞くんですか?」
「貴方の想いが知りたいの。答えて」
───答えは決まってる。
さっきのヘルメス様との問答で、答えは出た。
僕は────
「ぼく、は───」
答えようとしたのに。
喉に力が入らなくて、空気が通る音しかならない。
体が、動かない。
────動け。
────動け。
────動けよ!
いくら念じても、口は動いてくれない。
いつまで経っても、身体が動かせない。
さっきまでは張れていた緊張と感情の線が、切れていた。
───心が、もう、折れた・・・・・・
「もう・・・・・いや、だ・・・・・・っ!」
みっともなく泣きわめくことこそなかったけど、流れ出す涙は止められなかった。
もう受け止めきれない。
心が動けない。
せき止めた思いが、溢れて止まらない。
袖で涙を隠して、恥も外聞もなくなった僕は、さめざめと涙を流すだけ。
「助けたい・・・・・助けたかった!けど、無理だ!!僕には何もない!何もできない!何もしてあげられない!僕にできるのは『調合』だけ!!それもっ、っこんな時に限ってっ!・・・・・・神の命一つ救えない!!!」
止められない。
アリーゼさんは悪くないのに、怒声が止まらない。
何も知らないのに。
ずっと袖で隠しているせいで、アリーゼさんがどんな顔をしているのかなんてわからない。
「僕にはできない!もう『奇跡』は起こらない!!僕はっ─────『英雄』じゃないから!!!!」
吐き出した。多分、これまでの不満を。
吐き出してしまった、無関係の人に。
罪悪感と後悔、そして自己嫌悪に苛まれる。
(────もう、消えたい───)
「───なら、なればいいじゃない!!『英雄』に!!!」
────は?
あまりにもあんまりな言葉に、腕を顔から退かして、思わず目を丸くしてしまう。
あいもからわず涙で見えない視界でも、アリーゼさんが胸を張っていることがわかった。
多分フフーン、いいこと言った!って感じに腕も組んでる。それくらいは付き合いの短い僕にもわかった。・・・・・いや、そもそもだ。
なればいい?なにに?───『英雄』に?
無理に───決まってる。
「無理ですよ・・・・・僕には『英雄』になる才能がない。何の力もない、ただのいち治療師なんです。だから───」
「でも、『英雄』に憧れてるのよね?」
「─────」
アリーゼさんの言葉に、言葉を失った。
憧れてる?誰が?何に?───僕が?
憎んでいる、助ける対象の────『英雄』に?
「私、貴方に『英雄になりたいって思わないの?』って聞いたじゃない?その時のベル君、すっごく複雑そうな顔なのに、すっごくキラキラした目をしていたんだもの!英雄譚のことになったら目の色が変わるアーディくらいにはキラキラしてたわ!!」
「キラキラした目・・・・・・」
自分のことなのに、そんな表情をしていたことなんて知らなかった。
どうして、そんな目をしていたんだろうか。
────────■雄に、なりたい。
雑音が、心に鳴り響いた。
「それに────」
時間が経って、涙が乾いてきた。
未だに心の中の『英雄』に対する憎しみと支える覚悟は、変わっていない。
でも───その奥に、『何か』があるのが見えた。
そんな僕を見て、アリーゼさんは・・・・・・・・・笑っていた。
「別に、どんな感情を持っていてもいいのよ?恨んでるけど好き、嫌いだけど愛してる───憎んでるけど憧れている、とか。相反しているようで矛盾してないものは、世の中に沢山あるわ」
「・・・・・・・・」
それに、とアリーゼさんは僕の頭を撫でた。
少し困ったような、年下の子どもを心配しているような。
そんな、まるで面倒見のいい姉のような顔と目つきをしていた。
「ちゃんと好きなものは好き、って言えないと辛いだけよ?」
「でも、僕は・・・・・いや、そもそも。僕は『英雄』になんて───」
「ベル君。大事なのは『貴方がどうしたいか』。もしも『英雄』になるのが後ろめたいなら、一時的な『
僕が、どうしたいか。
『寄り道』
僕の、想い?
英雄への憎しみは消えない。
英雄を支える者という夢も消えてない。
でも、心の奥底。底に沈んでいた思いが、ゆっくりと浮上してくる気がした。
───────英雄に、なりたい。
答えが、聞こえた。
その音が聞こえた瞬間、僕の心に『答え』が出た。
心を縛っていた『鎖』が、解き放たれたような音が聞こえる。
気付けば、口は勝手に動いていた。
「助け、たい。僕は、あの神を助けたい!『奇跡』が欲しい!!だから、僕はっ!!『英雄』しか、彼女を救えないというのなら!たった一度だけでもいい!!」
「───────僕は、『英雄になりたい』!!」
「───いいわ!私も───私たちも手伝うわ!だから、なりましょう!あの美しい女神様を助けられるような、そんな『英雄』に!!!」
「はい!なります!!僕が、『あの神の英雄』に!!!」
さっきまでは辛くて、苦しかった心が晴れていた。
『夢』を諦めたわけじゃない。
でも────さっきアリーゼさんが言っていたように、これくらいの『寄り道』は、許されるはずだ。
これが、たった一回───いや。二回目の。僕の『我儘』だから。
「それで、アリーゼさん?何か作戦が────」
僕が作戦の概要を聞こうとする。
あんなに自信満々に僕を焚き付けたんだ。きっと凄い作戦があるに違いない。
そんな僕の考えを受けたアリーゼさんは、とても綺麗な笑顔で─────
「ないわ!」
思わずズッコケそうになる。
あんなに発破をかけていたから、作戦の一つや二つはあると思ったら、まさかの、無作戦。
「しょうがないじゃない!ないものはない、求めたってしょうがないわ!」
「えぇ・・・・さっきは『英雄』がどうとか言ってたのに・・・・・・せ、せめてどう戦うかくらいは・・・・・」
「そうねぇ・・・」
「────あの、アリーゼ!!早く戻ってきてください!!そろそろ限界です!!」
僕達が作戦会議をしようとしていると、リオンさんの焦りの声が聞こえてきた。
見れば、リオンさんがたった一人で『アンタレス』と対峙していて。その身体と装備品は、すでにボロボロだった。
「もう少し耐えなさい、リオン!今から作戦を考えるから!!」
「そんな、アリーゼ!?私一人ではもう───」
「大丈夫、あなたならいけるわ!頑張れ!リオン!!!」
「アリーゼぇぇぇぇえええぇぇええ!!!」
断末魔にも似た絶叫を背景に、アリーゼさんは顎に手を添えて考え込み始めた。
今更ながらに、アリーゼさんはリオンさんを放っておいてここに来たことに気がついた。
(ごめんなさい、リオンさん・・・・・)
心の中で謝罪しつつも、僕も考える。アルテミス様を、助けたいから。
────アルテミス様の助け方。
その目的のためには、最低でも『矢』を用いない方法で『アンタレス』を倒さなければならない。
神の力を持ちながらも、神の力が通じない『アンタレス』には、それこそ『下界』の力で倒すしかない。でも───
(────どうやって?)
手詰まりにも似た──実際そうだ──状況に、思考を止めそうになる。
それでも助けるために、僕は今日までの出来事を振り返る。
(なにか、ヒントは────)
ぐるぐると思考が巡り、目が回りそうになる。
そうして考えた先に───一つ、気になることを思い出した。
そして、もしもそれができるなら───
「アリーゼさん」
「どうしたの?もしかして、作戦思いついた?」
「・・・・・・・・・作戦、とは言えないんですけど・・・・・」
ゴニョゴニョ、と作戦を話して。
「ひとまず試してみましょう!」と言いながら、アリーゼさんは僕を抱えて。
───残滓のアルテミス様のもとに向かった。
────
「アルテミス様」
「・・・・・オリオン?どうして、ここに・・・・・」
「すみません、アルテミス様!来ちゃいました!!」
「あ、あぁ・・・・・」
困惑している様子のアルテミス様。僕は少しだけ、気まずい。
だって、さっきはあんなに喚いて、そして覚悟を決めて『矢』を取って。
そのまま『アンタレス』を討つのかと思いきや、アリーゼさんにポコポコ叩かれて戻って来る。
正直言うと、はたから見たら意味不明な状況だろう。
そういえば、と思ってヘルメス様を探すと、彼は少し離れた位置にいた。
その目は、こちらを観察している気がした。
正直言うと彼が一番気まずいから、離れててくれて有り難かった。
「どうしてここに来たんだ、オリオン」
「────お願いがあって、来ました」
「お願い?」
はい、と強く頷く。
───正直言うと、怖い。
否定されるかもしれない。
拒絶されるのかもしれない。
───救わせてくれないのかも、しれない。
もちろん、救わせてくれないのなら、勝手に救わせてもらうけれど。
それでも、僕は『言葉』が──『許可』が欲しい。
だから───
「アルテミス様。『助けて』、って言ってくれませんか?」
「え?」
「お願いします。そうしたら、『力』が出る気がするんです」
僕のお願いに、アルテミス様は困惑した様子だ。
無理もない。いきなり言われても、どうすればいいか分からないだろう。ついさっきの僕もそうだったんだから。
───思い出したら、なんだか辛くなってきたけど。
それでも、と。
しばらく僕とアルテミス様は見つめ合って───
───?
(涙の、跡?)
涙で濡らしたような跡と、少し腫れた瞼が見えた。少し気になったけど、今はそんな場合じゃないから。
だから、あとで治しに来よう。そう決めていると───
「『助けて、欲しい』・・・・・・・・」
「!」
────言って、くれた。
それが嬉しくて、僕はすぐに振り返ってアリーゼさんと笑い合って。
すぐにでも『作戦』を実行しようとして──
「私は、まだオリオンと、・・・・・・ベルと。何もできていない」
───その後に続いた台詞に、固まった。
どうして、そんな事を急に口にするのか。さっきまでは、そんな事を言おうとしてなかったのに。
驚いた僕は、思わず振り返って───その目に浮かんでいる涙を見て、固まった。
アルテミス様の顔は、困惑していた。
思わず口に出た、あるいは口にしないようにしていた言葉が、止まらないとでもいうような。
───そんな『困惑』だった。
「貴方のいう『おじさんの料理』を、食べていない。貴方の義母にも、会えていない。貴方の好きなものも、嫌いなものも、何も知らない。それでも────」
それは、まるで告白のようだった。
そう思ってしまうほどに、アルテミス様の言葉は『熱』が入っていた。
それは『本音』なのだろうか。
それとも、もっと別の何かなのか。
それでも────
「────アルテミスは。まだ貴方と、一緒にいたい」
────僕はその『願い』を、叶えてあげたい。
さっきのヘルメス様の言葉を思い出して。
僕は────『こっちの願い』を、叶えることにした。
「はい!僕も、アルテミス様と一緒にいたいです!!」
今の僕ができる、とびっきりの笑顔を浮かべて。
僕は手に────『魔剣』を、握った。
────
「それで、良かったのかい?あのまま行かせて」
「・・・・・良くは、無いのだろうな。あのままだと、彼は傷付いて終わる」
「それが分かっていてやったのかい?───ずいぶんとまあ、酷いことをするもんだ」
「・・・・・・・・・・・」
アルテミスは押し黙った。
彼女の視界の先には、何処か興奮した様子のベルとアリーゼの二人が、仲のいい姉弟のように笑い合っていた。
───本当に、嬉しそうに。
「二人は知り合って短いって聞いたんだけどね・・・・・あそこまで仲がいいのは、二人の相性がいいのかな?」
「・・・・・・・・・・」
何処かおちょくるような男神の言葉は、女神の残滓の心をざわつかせる。
自身でも分からない『
その事実に、男神は気付かない。
「・・・・・・・『矢』を通して、伝わってきたんだ。あの子の想いが」
「想い?」
「そうだ」
女神の残滓の視線は、彼らに釘付けだった。
「最初にここを去る時は───私の『願い』を優先した時は、心に蓋をしていた。その奥底では、延々と悲鳴を上げながら・・・・・それでも、私の『願い』を叶えるために、『矢』を手にした」
「・・・・・・・・・」
「だが───」
残滓は、そこで目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、ここに来た時の少年の姿、姿勢───表情と感情。
切り裂かれた跡が残った旅服をそのままに、駆けてきた姿。
陰鬱として、曲がった背中は何処にもない。こちらの目をまっすぐに見つめる姿勢。
浮かべていたのは、申し訳なさそうな表情。
そして───『アルテミスを助ける』という想いに染まり、四苦八苦してはいたものの。
嬉しそうな感情に、溢れていた。
───最初の時とは、全く違う。
「堪えきれないほどに───嬉しそうだった」
「私を助けたい、という想いに満ちて───溢れそうだった」
「それを受けてからは──だめだった。いくら耳を塞ごうとしても、目を逸らそうとしても。彼の『想い』が、『矢』に注がれていた」
「───毒されたのかい?残滓とは言え、貞潔の女神が」
残滓は考え、そして───儚い笑みを、浮かべた。
「膝枕を受けた時点で今更だ。恐らく、『矢』を通して『アルテミス』にも流れ込んでいるはずだ」
「・・・・・・・・そうかい」
男神は被っていた帽子を、深々と被る。
だから、気付かなかった───残滓の『変化』に。
「そう・・・・・・・私の、この『ベルを独占したいという身を焦がすほどにドス黒い思い』も一緒に」
「えっ」
「恐らく、これが『恋』というものなのだろう」
「ぇ、チガぅ」
ヘルメスはつい残滓の方を見た。
背中しか見えない彼女はしかし、まるでオーラのようにドス黒いものを放っていた。
残滓とは言え、貞潔の女神とは思えないほどに。
その視線の先にあるのは───一つの『魔剣』の柄を、二人で握りしめる姿。
「どうしてベルは私と一緒にいる時よりも嬉しそうでいる?私といる時は悲しそうにするか、怒るか、もしくは優しそうな笑みを浮かべるだけだったのに。どうして私はあの笑顔を浮かべさせてあげられない?どうして─────」
「・・・・・・・・・ワ・・・ぁ・・・」
もしもこの場にアストレアがいれば、アルテミスの変貌具合に珍しく困惑しただろうか。それとも、喜んだだろうか。
悲しいくらいに『恋』を知らない女神の残滓は、『嫉妬』が『恋』なのだと勘違いする。
その歪んだ処女神の想いは、ある意味ではエルフよりも恐ろしい。
いずれにしても───
(ベル君、こわぁ・・・・・)
たった数日一緒にいただけなのにここまで執着されているベルに、ヘルメスは戦慄し、恐怖した。
もしかして彼は病的嫉妬女製造者の素質があるんじゃないか、なんて思いながら。
ヘルメスは少し、距離を置いた。
彼女の姿に、とある結婚を司る女神を思い出したから。
ベル君のイカれた姉枠を紹介します!
心配、お説教、勧誘の3連コンボ!アミッド・テアサナーレ!
心配、お説教、絶叫のエイナ・チュール!
心配、デコピン、先導のアリーゼ・ローヴェル!
心配、負けず嫌い、信頼のレフィーヤ・ウィリディス!
以上のメンバーが、現状の姉枠だ!
もしも本当にベル君の姉になりたいのであれば、アルフィアに言ってください。『姉の作法』を教えてくれるはずです!
・・・・・・逃げて