「リオン!ただいま!!」
「アリーゼ・・・・・遅いです・・・」
「ごめんなさい!ちょっとベル君を手伝ってたの───よっ!!」
『────ギィィィィィ!!』
『アンタレス』との戦闘中。
ベルの元へ向かっていたアリーゼは、『作業』を終えると同時に、前線へと戻っていた。
帰還をリューへと告げれば、ボロボロとなったリューから力のない罵倒が飛んだ。
それに謝りながら、アリーゼは炎を纏った剣を振り下ろした。
もちろん、『アンタレス』はそれでは傷一つつかない。獄炎にも似た紅い炎は殻に焦げも与えられず、また熱も通せない。
それでも───『アンタレス』は数十Cだけ、後方へ飛ばされた。
「やっぱり重いわね・・・・・・!」
「そんなものを少しだけとは言え吹き飛ばしておいて、よく言う────!私では怯ませることすら困難だと言うのに───!」
「しょうがないわ!リオンは軽いもの!!あ、体重の話じゃないわよ?攻撃の話!!」
「わかっています!そもそも、この状況でそのようなことは気にしません!?」
悲鳴にも似たリューの絶叫が、遺跡内部に木霊する。
そんな騒がしい二人だったが、それでも攻撃の手を止めないのは流石というべきか。
「アリーゼッ!クラネルさんは!?」
「今は準備中!ちょっと他の方法で足掻きたいみたいだから、もうちょっと付き合って!!」
「は?────いや、待ってください!『槍』は!一体なにが────」
「『槍』以外の方法も試したいんだって!だからほら、頑張りなさい!」
「しかし!私はもうげんか───」
「大丈夫よ!ほら、彼女もいることだし!」
「どうして・・・どうして・・・・?私はどうしてここに・・・・?」
「ちゃんと前を見てください、アンドロメダ!危ないです!!」
───死んだ魚のような目をしたアスフィも、戦闘に参加していた。
本来は神二柱の護衛であるはずの彼女は、前線へと戻るアリーゼによって捕まったのだ。
無理やり連れてこられた形であるのにも関わらず、次々と的確に爆炸薬を投げつけては『アンタレス』の動きを阻害しているのは流石と言うべきか。
時には『アンタレス』の足元を爆発させて体勢を崩し。
時には視界を奪う。
正確かつ的確な狙いは、例え『アンタレス』本体にダメージはなくても、動きを奪う。
焔を纏った剣。その間を縫うように投げつけられる瓶。風の光球。
三人はそれぞれの武器を扱いながら『アンタレス』を怯ませ、隙を作り出し、『アンタレス』を
巧みな連携を駆使して尽く動きを阻害してくる存在を前に、『アンタレス』は『光の矢』を放つことにした。───それが三人の狙いだとも知らずに。
一瞬で怪物の目元に青白い光が集まり、それを天へと───
「ぁあああ!」
───向けた途端、アリーゼが渾身の振り下ろしを敢行。
それは『アンタレス』の頭部を強打し、彼女よりも巨大なモンスターの顔を下───地面へと向けさせる。
それによって発生する、『光の矢』の強制失敗。
青白い光が地面を爆発させ、それが怪物へと跳ね返る。
『──────ガァァァァ!!』
悲鳴をあげる怪物。
誘爆をさせられた事実を前に、怒りを抱く『アンタレス』に───
ゴォォォン、ゴォォォン───
───大鐘楼の音色が、聞こえた。
怪物を含め、その場の全ての存在がその音の出処を伺う。
そこには───白光を纏った剣を構えた、ベル・クラネルが存在していた。
────
(────英雄に、なりたい)
怪物が気づくより前。
少年は希う。
胸を焦がすは『憧憬』。
体を動かすは『女神の救命の想い』。
そして───『英雄願望』。
一度蓋をし、心の内側で燻ぶっていた、その願望を。
たった一神を助けるために、今回に限り───解放する。
───彼が握る手には、一振りの『魔剣』。
そこに、少年は意思を集める。
(背中が、熱い)
恩恵を刻まれた背中が発熱している。
けれど、それは火傷をするほどではなく。むしろ、少年には主神───ミアハが何時もの優しい笑みを浮かべて背中を押しているように感じられた。
胸中に主神への感謝の念を浮かべながら、より強く憧憬を燃やす。
既に『準備』が完了している『魔剣』は、内包されている『力』をわずかに漏れ出している。
───火の粉。
───鈴──否、鐘の音。
アリーゼの付与魔法と、ベルの回復魔法。彼らの持つ魔法を結集したもの。
二人の言う作戦とは、簡単に言えば『力技』。
ベルの『アルゴノゥト』が持つ『収束』という特性を利用した、『強大な力を内包する武器の作成』。
たった一振りで海を焼いたと謳われる『クロッゾの魔剣』。
魔導士ではないとは言え、Lv5の付与魔法。
そして───昨日、蠍達が『本能的に嫌がった』ベルの回復魔法。
すべてを結集し、融合───あえて言うのならば『調合』する。
子供でも思いつく、『作戦』とも言えないもの。
準備の段階で、手持ちのポーションをすべて使ってしまったが。
それでも。
それが、今の彼らにできる『作戦』と呼べるものだった。
(───『スキル』を攻撃に転用する時の重みが、消えてる)
リン、リン───
高らかに鳴り響く鐘の音が、鳴り響く。
まるで『鎖が解けた』かのように、なんの抑制も感じないスキルの使用感に、少年は驚く。
以前なら、それこそ鎖に繋がれたかのように重さを感じていたのだから。
だからこそ───
(───いまなら、何でもできる気がする)
───彼の心が、どんどん研ぎ澄まされていく。
スキル発動のための引き鉄を───英雄達の姿を、脳裏に浮かべていく。
(竜殺しのジェルジオ、騎士ガラード、傭兵王ヴァルトシュテイン───)
次々と浮かんでは消え行く英雄達の姿、活躍、そして──最期。
それらを思い浮かべていくごとに、『スキル』の輝きが高まっていく。
───既に、
始めは驚いたそれも、すぐに好都合に変わった。
溜めれば溜めるほどに効力が増すスキルの都合上、時間が伸びるのは喜ぶべきことだからだ。
そうこうしていると、浮かんでくる英雄の数が減り───気付けば、『英雄』の姿を思い浮かべた。
(───ザルドおじさん。料理が上手で、体が大きい僕の『家族』。武骨で、豪胆で。精一杯の愛情を注いで、僕の道を肯定してくれた人)
(───アルフィアお義母さん。何時も無表情で、乱暴で、横暴で。それでも、僕にぎこちなくても愛情を注いでくれた、大切な『家族』)
───そして。
(───そして。村へとやってきた『竜』を、たった一撃で討ち果たした『英雄達』)
───それは、二年前。
ベルが義母とおじの二人の『病』と『毒』を癒してから、ちょうど一年後。
治したばかりの頃は衰弱していた二人が、ようやく元気になってきた頃の話。
『北の谷』から飛んできた二匹の『竜』を、二人が討ち果たしたのだ。
『家族』の料理人は炎獄の一撃をもって、竜を斬殺し。
たった一人の血の繋がった『家族』は、一言をもって竜を圧殺した。
───その時だった。
少年が、自身は『英雄』の家族なのだと知ったのは。
それから『医学』の勉強の傍ら、自身が『英雄』に───戦える『英雄』になれないかを試した。
───できなかった。
いくら『家族』の言う通りに剣を、槍を、斧を振っても。才能の欠片もない。
魔法など、恩恵の無い身ではもってのほか。
───その日に、少年は『英雄への憧れ』を消した。
でも───
(───今だけは。仮初でも、惨めでも。どんな事をしてでも。一時的でも。僕は───『英雄』にならなくちゃ、いけない!!)
(───お義母さんとおじさんみたいな、『英雄』に、なりたい!!)
───その時だった。
彼の鐘の音が、その心の奥底に刻まれた大鐘楼の音へと変わったのは。
ゴォォォン、ゴォォォン───
「───お義母、さん?」
呆然と呟くベルは、すぐに『スキル』が途切れないように意識を集中する。
その音は、彼が大好きな義母の音。
(───何が起きているんだろう?)
わからない。でも、嬉しい、と。少年の心が嬉色に染まる。
【アンジェラス】でも大鐘楼の音は鳴っていたが、それでも義母の音とは違う、と何処か落胆していたから。
この重要な時に・・・・・・少年が覚悟を決めた時に鳴り出したことで、少年は義母に祝福されているように感じた。
(───僕は、『英雄』になれるかな?)
───お義母さん、おじさん、お義祖父ちゃん───おじいちゃん。
────
───そして。
ゴォォォォォン───!!
───
一分の制限がかけられていた頃の、およそ十倍もの時間がかけられた蓄力。
まさに今出せる全力や限界を超えた、『武器の創造』。
その手に『白く染まった魔剣』を手に、ベルは全力で走り出した。
動きは鈍重極まる。
そもそもが一度左腕を切り落とされ、さらには彼を奮起させるためとは言え、アリーゼがポコポコ叩いたのだ。
それに加え、チャージの段階で行われたポーションをすべて使った、限界までの『魔法』の連続行使。
体力も精神力も、どちらも限界を迎えそうになっている。
それでも立って走ることができているのは、女神を助け出すという意思の表れか。
「アリーゼさん!」
「リオン、アスフィ!動きを奪うわよ!!」
「簡単に、言ってくれますね───!」
「ああ、もう!!やってやりますよ!!」
「アンドロメダ!ヤケになっていませんか!?」
ベルの声を受け、アリーゼが指示を出す。
彼女達も疲れているだろうに、次々と連携を駆使して『アンタレス』の動きを阻害していく。
炎を纏った剣が、『アンタレス』の右の脚を。
木刀の連撃と魔法が、『アンタレス』の左脚。
爆発する瓶が、『アンタレス』の視界を。
自身を支える脚と敵を見据える目を叩かれた『アンタレス』は、無様にも地面に倒れ、悶えている。
そんな『アンタレス』の元へ───ベルが、辿り着いた。
ベルは一瞬、体が震えた。
───もしもこれが通じなかったら、『矢』を使うしかない。
その『現実』が、一瞬の躊躇いを生んだ。
先ほどの絶望と悲しみを思い出した少年は、しかしすぐに、それを『燃料』へと変える。
(アルテミス様を、助ける!だから!!)
「──────勝負だ」
ベルと、怪物。
二人の『戦い』が、幕を開けた。
「──────『炎月』!!!!」
鍛冶師が教えてくれた『銘』を呼びながら、白く染まった事で三日月のように見える『魔剣』を。
『アンタレス』の頭部へと、振り下ろした。
上限を超えて強化された『斬撃』は、蠍の殻を砕き、背中の中ほどまで───人型の付け根まで大きな亀裂を生み出し、その奥の漆黒の『肉』が覗き見える。
そして、『魔剣』から
刀身どころか柄までもが粉微塵に砕けながらも、『魔剣』は担い手が願う事を遂行しようと、自身の役割を全うする。
魔剣内部には、限界を超えて魔法が溜め込まれていた。
炎、浄化、音、回復。
それらすべてを『アンタレス』を討伐し、『アルテミス』を助け出すために『調合』した。
故に、最初に吹き荒れるは『浄化の焔』。
すべてを浄化せん、と吹き荒れるそれは、女神を喰らった『怪物』に余すことなく襲いかかる。
もはや『アンタレス』の姿は炎に飲み込まれて、見えない。
強大な力を前に、『アンタレス』はすぐにその『魔法』から抜け出そうと、その巨体に力を込める。
───しかし。
ゴォォォン、ゴォォォン───
『ギィァァァァ!!?』
それを、炎の次に現れた
鳴り響く音による攻撃は、怪物の『殻』を、そしてその内部の『肉』を攻め立てる。
さらにはその亀裂から、焔が侵入しては内部を焼こうとする。
焔と同じく『浄化』の力を混ぜられた音は、『浄化の鐘』へと成り果てていた。
『────ギィィィイィィィィイ!!!』
不快なまでの叫びを上げる蠍は、すぐにそれを耐える方へとシフトした。
アルテミスの矢の発動に注いでいた『神の力』を含め、全ての『力』を防御へと回す。
───しかし。
さらには。
「────あぁぁぁぁぁぁ!!!」
今もなお吹き荒れ、鳴り響く焔と音の嵐の中。
───白髪の少年が、飛び出てくる。
そして、ゴォォォン───、という音が轟くと共に、彼は
───一分の、蓄力。
再び鳴り響く、大鐘楼。
その一撃を与えた途端、『亀裂』が『アンタレス』の人型の中ほどまで届いた。
怪物に脅威を与える『魔法』は、少年には『治癒』の祝福を与えた。
故に───
「まだだあぁぁぁぁぁあ!!!」
体力も精神力も尽きかけた少年の
そして再び打ち鳴らす、大鐘楼。
ゴォォォン───という音と共に、少年は回転し再び切り払う。
それは、浄化魔法を込めて一秒の蓄力をした一撃。例え傷は与えられずとも、『浄化の鐘』を打ち鳴らすことこそに意味がある。
まるで竜巻のように回転し、再び蓄力の解放。
鳴り響く、大鐘楼。
『──────────』
そのような連撃を叩き込まれている『アンタレス』は、もはや叫び声すらも出せない。
罅はほぼ全身にまで及び、焔は燃え移っていない箇所は外と内を含めて何処にもない。
自身の存在そのものを傷つけるかのような『魔法』達による攻撃は、『アンタレス』に着実に『響いて』いる。
自身に届くはずのない存在からの攻撃によって傷つけられている現実に、『アンタレス』が遅ればせながら戦慄する中。
突然。
────『アンタレス』の漆黒の身体が、鈍色へと変化した。
「────なにあれ?」
思わずといったように呟いたアリーゼの言葉は、その場の全ての者たちの代弁でもあった。
理解不能な状況下でも、しかし少年はそれが目に入っていないかのように『攻撃』を続ける。
「────せ」
打ち鳴らされる、大鐘楼。
───身体が、鈍色から鼠色へ。
「────えせ」
大鐘楼の音色が響く。
『アンタレス』の外骨格と同じように、彼が握る短剣にも罅が走る。
───鼠色から薄鈍色へ。
「───返、せぇぇえぇえぇええええ!!!」
魂の叫びを上げながら、ベルはもう一度短剣を振るう。
そして、再び攻撃のために回転し、遠心力を込めた一撃を叩き込もうとした───その時。
それまで動きを止めていた『アンタレス』が、その鋏を持ち上げた。
「不味、い────!」
アリーゼ達が焦ったところで、もう遅い。
距離や位置的にも、彼女達が少年の元へと辿り着くまでの間で、『アンタレス』が少年を真っ二つに切り捨てるだろう。
誰もが少年の『死』を悟る中。
当の本人は、一切避ける気配を見せず。
そのまま先程までの焼き増しのように、白く染まった短剣を振るう。
「オリオン!!」
アルテミスもがベルの死を予見し、悲鳴にも近い叫びを上げる中。
───鋏を含めた、蠍の半身が凍りついた。
パキリ、パキリと空気との温度差によって氷が悲鳴を上げる中。
それを予見していたかのように、あるいは信じていたかのように。躊躇いなく、ベルは短剣を振り下ろした。
音が重なり、今日一番の重奏音となる。
ゴォォォン──、という大鐘楼の音色と共に甲高い金属音が鳴り響き、少年の手にある短剣が砕け散った。
それを気にすることなく、少年はその深紅の瞳でもって、眼前の敵を睨む。
───『アンタレス』の身体は、純白に変わっていた。
焔と鐘の音、全てが収まる。
あとに残ったのは氷に覆われた『純白の蠍』と、『白髪の少年』。
先程まで鳴り響き、吹き荒れていた全てがまるで夢だったかのように『静寂』に包まれていた。
強いて音と言えるものがあるのならば、それは少年の荒い呼吸くらいか。
誰もが一人と一匹に意識を集中させる中。
『アンタレス』の身体が、
「─────────は?」
それは男神のものだっただろうか。それとも女神の残滓のものか。
いずれにしても、それはその場にいる全員の心の内を表していた。
体の端から中央へと向けて、ゆっくりと存在が薄くなる中。
少年はフラフラでありながらも。真っ直ぐに、ゆっくりと『アンタレス』へと近づいていく。
少年が『アンタレス』の目の前にたどり着いた時には、怪物の体はその殆どが光に溶けており。残るは人型と『水晶』、鋏だけとなっている。
ベルはそれを視界に収めると、何も言わずに両手を広げた。
そして─────
「かえし、て───」
『──、─』
ベルがかすれた声で呟くと、『アンタレス』の体が彼の方へと傾く。
その姿は、見る人によっては謝罪をしているようにも見えただろう。
残った身体で少年を押し潰すのか、と周囲が走り出そうとした、瞬間。
────女神を閉じ込めていた『水晶』が、砕けた。
ベルはそのまま、落ちてきたアルテミスを受け止めた。
「───ごめんね。さようなら」
何処か憐憫の情を思わせる顔をした少年が、そう呟くと。
ようやく『アンタレス』の姿が、全て
かの蠍が残したものは、氷の中に閉じ込められているかのように存在している、純白の鋏と。
「────おかえりなさい、アルテミス様」
───犠牲にならなかった、月女神だけだった。
代償は、既に支払った───