書いてみたかった系の話を四つ書きました。今後もこう言った話は書いてみたいですね・・・・
本編を楽しみにしていた方たちはすみません。少しお付き合いください。
短編 その1
『街角の治療師』
「いたい・・・」
「だいじょうぶ?」
そこはオラリオ内の街中。
人が賑わい、時には怒声を、また時には感嘆のため息を。
まさに活気に満ち溢れた街の中に、似つかわしくない痛みを堪える声。
声の主は怪我をしているようで、幼いその膝に血を滲ませながら、その傷の周囲を押さえていて。
もう一人は、その痛がっている様子をまるで自分のことのように痛がり、涙を流していた。
きっかけはなんてことない、ただの衝突だった。
彼らは大好きなお母さんに『プレゼント』をあげたい、と幼いながらに『計画』を立て。
それを実行するために、こうして家を飛び出したのだ。
しかし、そんな勇敢な彼らに対して、世間は思ったよりも冷たかった。
普段は両親が手を引くことで盾となり防がれている人混みが、今は子供一人は吹き飛ばせる波となっていた。
当然、幼く小さな子供がそんなものを避けることなどできず。
こうして、怪我をしてしまったのだ。
「どうしよう・・・」
「おいしゃさまのとこにいかなきゃっ」
「でも、そしたらおかあさんのプレゼントが・・・」
「でもっ!このままだとびょうきになっちゃうよ?」
「うぅ・・・」
当初の計画が崩れ、こうして二人して大粒の涙を浮かべる。
それでも、世間は二人を手助けすることもなく。
【アストレア・ファミリア】も【ガネーシャ・ファミリア】も居ない現状で、二人を助ける存在は───
「大丈夫?」
───いた。
その『存在』は白い髪を揺らしながら、二人の前にしゃがみ込んだ。
先程まで世間の冷たさに触れていた子供たちは警戒するが、それを意に返さないかのように、少年は語りかける。
「怪我をしたの?診せて」
「ひぅっ」
「だ、だめ!」
二人の子供たちは優しく語りかける少年を前に、警戒心をあらわにした。
怪我をしたものは涙を浮かべ、もう一人は二人の間に立ち、守るかのように壁になる。
それを前にした少年は困ったような笑みを浮かべ。
それでも、優しく接する。
「僕はお医者さんなんだ。だから、君の傷を治すことができる」
「う、うそだ!だっておいしゃさまならしろいかっこうしてるはずだもん!」
「そうだ!どうせぼくらをさらうつもりなんだろ!?」
「・・・・・困ったなぁ・・・」
本当に困った少年は、仕方がないので短杖を取り出した。
その事にさらに二人が警戒心を露わにしていると───
「【アンジェラス】」
魔法の名を呼び、安らかな鈴の音色が鳴り響く。
それと同時に現れた緑色の波動が、杖の先端から飛び、そのまま怪我をした子供に着弾し。
「・・・・・・けが、なおった?」
「・・・・・うん。特に問題はなさそうだね」
突如怪我が治ったことに二人が呆然としていると、白髪の少年は怪我をしていた膝を診た。
そして問題がないことを確認すると、二人の頭を撫でた。
「よく、頑張ったね。でも、次に来る時はお父さんとお母さんと一緒に来たほうがいいよ。また怪我をしちゃうからね」
そう言うと、お礼を聞くことすらせずにまたね、と二人から離れようとする少年。
二人は気付いたら、その離れる手を掴んだ。
「おにいちゃん、その・・・・」
「なあに?」
突然手を掴まれたことなど気にせず、少年はまたしゃがみ込んで二人の目を見た。
あいも変わらず優しさを見せる少年に、二人は『お願い』をした。
「その、おかあさんに、プレゼントをあげたくて・・・・・」
「うん」
「でも、このままだと、またけがしちゃうから・・・」
「・・・・うん」
「その・・・・てつだって、ほしいの」
言いつつも、やはり不躾なお願いであることは二人もわかっているのか。
言葉尻は下がり、それに釣られるかのようにどんどん目線も下がる。
そんな二人に、少年は優しく笑った。
「いいよ。行こうか」
「・・・・いいの?」
「うん。僕も、二人の気持ちはよくわかるから」
じゃあ、行こうか、と手を差し伸べる少年に。
二人は笑顔を浮かべて、その手を取った。
────
「おとうさん、おかあさん、ただいまーーー!」
「ただいまーーー!」
「お前たち・・・!何処に行っていたんだ!?」
「お父さんとお母さんは、お前たちが心配で・・・・・!?」
お説教を始めようとする二人に、子供たちは萎縮した。
肩を縮こませ、顔は下を向く。
時刻は夕刻。既に陽は傾き、少しすれば辺りが真っ暗になることは明白な時間帯。
そんな時間帯まで帰らなかった二人に、両親は説教を───
「───どうしたんだ、それ?」
「えっ、と・・・」
「その・・・・・」
する前に、二人は子供たちが手に『箱』を持っていることに気がついた。
聞かれた子供たちもどうすればいいのか分からず、オロオロとしている。
しかし、やがて何かを決めたかのように、その箱を二人に渡した。
「これ、プレゼント・・・」
「プレゼント?」
「おかあさんに、プレゼントをかいたくて・・・」
「だからって・・・」
可愛らしい理由でこの時間まで帰らなかったことを理解した二人は、怒るべきか怒らざるべきか迷った。
暫くどちらもどうすればいいのか分からなくなり。それでも二人より長生きしている両親は、先に二人の頑張りの成果を確かめることにした。
思ったよりもしっかりとした造りの箱を開き、中を見ると・・・・・・。
「これは・・・」
「・・・薬?いや、ポーションか?」
二人が見たのは、試験管に入った薬品──ポーションだった。
不思議な色をした薬品を前に二人が驚いていると。子供たちが、口を開いた。
「その・・・さいきん、おかあさんがせきをしてることがおおいの、きになって・・・」
「ぼくたち、それをかうためにとびだして・・・」
それを聞いた両親は、さらに何も言えなくなる。
───子供たちは知らないが、母親は病気を患っている。
もちろん、それは治療できるものではあるのだが・・・生憎と、そのための治療費が高額なのだ。
そのために、二人は話し合って・・・・・結果、そのまま放置することにしたのだ。
それ故に、こうしてポーションを渡されても素直に喜べない。
ただのポーションでは、母の病気は治らないのだから。
「しかし、こんな上質そうなポーションをどうやって・・・?お前たちでは、これを買えるほどのお小遣いは・・・」
「その・・・おにいちゃんが、たすけてくれて・・・」
「・・・お兄ちゃん?」
二人が聞き出すと、何でもお医者さんを名乗る白髪の少年に、怪我をしているところを助けられ。
その事で心を許した二人は、その少年にプレゼントのために手助けをして欲しいと頼んだそうだ。
そうして、二人から母の病状を聞いた少年が、これを用意したというのだ。
驚いた二人は、すぐに目の前の薬品に警戒心を顕にするが、それでも子供たちの熱量に押され。
結局、薬を飲むことになった。
美味しいとは決して言えない味が、母の口内に広がり・・・やがて、その体に巣食っていた『病状』が、薄れていくことがすぐに分かった。
「これは・・・」
「おかあさん、どう?」
「よくなった?」
あり得ざるほどに体が軽くなった母は、驚いた。
効き目が早いこともそうだが、眠気も何も襲ってくることはなく、まさに一瞬で健康体へと早変わりしたのだ。
「二人とも、この薬をどこで・・・?」
母の様子から、病気が治ったことを理解した子供たちが跳ね回る中。母は、薬品の出処を尋ねた。
喜びに包まれた子供たちは、自分達を救ってくれた少年の名と所属を、口にした。
「「【ミアハ・ファミリア】のベル・クラネルおにいちゃんだよ!」」
────
『膝枕講習』
(一章以降の話です)
「あの、アミッド。少し、いいかな?」
「・・・・・?今からですか?はい、構いませんが・・・・・」
時刻は、朝。
その日は休暇を言い渡されていたアミッドが、何時もの治療院の制服とは異なる衣を纏っていた時。
【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者──アイズ・ヴァレンシュタインが自身を訪ねてきたことに、アミッドは驚いた。
自身が休暇中であることはどうでもいいが、今のアミッドは外出中だ。
何時もの治療院のようにポーション類は販売できないし、買取もできない。
常にダンジョンに籠もっているような彼女が自身を訪ねることを不思議に思いながら、アミッドは悩みがありそうなアイズの話を聞くことにし、近くのカフェへと入店した。
適当な飲食物を注文すると、少女たちは話をすることにした・・・のだが。
「その・・・・・え、っと・・・・・」
「はい」
「その・・・・・」
少女はしどろもどろになり、人差し指同士をチョンチョン、と突き合っている。
何かあったのか、とアミッドが心配になると、意を決した様子のアイズがぐっ、と拳を握り込み、アミッドに問いかけた。
「治療師を膝枕する方法、教えて」
「えっ」
少女の言葉を受けた瞬間、アミッドは固まった。
まるで石像のように一切微動だにしない彼女の様子に、アイズは「もしかして聞こえなかったのかな?」と思い、もう一度言うことにした。
「白髪紅眼の治療師を膝枕する方法を、教えて」
「─────〜〜〜〜〜〜ッ!!??」
訂正。より具体的に言った。
その言葉に、アミッドは他派閥にいるとある治療師の姿を思い浮かべた。
その瞬間、アミッドは声にならない悲鳴を上げた。
思ったよりも理解不能な内容であることとか、一体誰にやるつもりなのか、本当に自身が思い浮かべた少年にやるつもりなのか、等々。
処理落ちした彼女は思わず悲鳴を上げてしまったが、すぐに落ち着き。
ひとまず紅茶を飲んで落ち着いて、詳しい状況を聞く。
「・・・・・その、何故そのようなことを?」
「アミッドなら、治療師に膝枕をする方法を、知ってるかと思って・・・・・」
「・・・・頼ってくれるのはありがたいのですが、何分私も経験がないので・・・・・」
「そっか・・・・・どうしよう?」
とある『兎』をどうにか膝枕したい少女と、頼ってくれたのだからなんとか力になりたい少女。
二人がうんうんと頭を悩ませていると、そこに───
「あれ?アミッドさん、おはようございます。あ、ヴァレンシュタインさんも一緒なんですね。おはようございます」
「・・・・・おはよう、ございます・・・」
「!ベル。おはよう・・・買い物中?」
「はい、実はそうなんです。実験に必要な素材があって、それが市場にないかなって探してまして」
あはは、と笑いながら、件の少年───ベル・クラネルは答えた。
アミッドは「何故今現れるのですか・・・」と何処か疲れた様子だった。
逆にアイズは「もふもふ・・・来た!」と内心の幼女がうきうきな様子でぴょんぴょんと跳ねていた。
人懐っこい笑みを浮かべた少年は、挨拶を終えたとばかりにカフェを出ようとして・・・・・二人が何かを悩んでいることに気づいた。
「お二人とも、何かあったんですか?僕でよければ力になりますよ」
「・・・・・いいの?」
「はい!僕でよければ」
「え、っと・・・その・・・ひ、ひざ」
「ひざ?」
「ひざ、まくらを・・・・・」
「膝枕を・・・・・・?」
少女の言葉に何を理解したのか、少年はしばし考え込み。
やがて、アイズとアミッドにとある提案をした。
「それじゃあ、レフィーヤさんを呼んでください。四人で『特訓』しましょう!」
「・・・・・レフィーヤ?」
「・・・・・・特訓?」
────
「それだと脚が痺れちゃいますよ?もっと太腿全体で頭を支えてあげてください。・・・・・こんな感じです」
「なる、ほど・・・・・こう?」
「そうです、そうです!それを土台にして、血行が止まらないように少しずつ、でも寝転がっている人に悟られないように僅かに動くのが大事なんです」
「・・・・・・こう?」
「それだと動きすぎですね。見てください、レフィーヤさんが凄く寝心地が悪そうな顔をしてます!」
「・・・・・いや、そうじゃなくてですね。これは寝心地が悪いとかじゃなくて、ですね。どうして私はアイズさんに膝枕をされてるんですか?アミッドさんはクラネルさんに膝枕されてますし」
───そう。
今現在、四人はバベルにある治療院の医療用ベッドの上にいる。
ベルがアミッドを、アイズがレフィーヤを膝枕しながら、ベルがアイズに助言やコツ、注意点を次々と挙げている。
レフィーヤは何故男性であるベルが膝枕を教えているのか、そもそも何故女性三人にベルが動揺してないのかがよくわからなかった。
普通はもう少し動揺するなり居心地が悪そうにするだろう、という感じで。
「・・・・・・?特訓のため、だよ?」
「はい、特訓のためです。僕は『家族』に膝枕をした経験があるので、アイズさんにその時の知恵をあげようと思いまして」
───しかし、天然二人にはその意図は伝わらない。
首を傾げながら告げられたことは、レフィーヤにとってどうでもいい──本当にどうでもいいわけではないが、重要なことでもない──ことだったせいで、レフィーヤは頭を抱えた。
「何で・・・どうして・・・?これが天然二人による混沌・・・・・?幸せ・・・いや、それ以前に恥ずかしい・・・私はどう反応すればいいんですか・・・・・?」
「寝ても良いんですよ?アミッドさんみたいに」
「逆にどうしてアミッドさんはそんなに幸せそうに寝てるんですか!?私はこんなにも恥ずかしいのに!!??」
「疲れがたまってたんだと思いますよ。ゆっくりさせてあげましょう」
「大丈夫だよ、レフィーヤ。私、頑張るから・・・・・!」
「・・・・・もう、勝手にしてください・・・・・・・・」
考えることが疲れたのか、レフィーヤはもうアイズの膝枕を堪能することにした。
頭に伝わる柔らかい感触と、ベルの指導によってだんだんと寝心地が良くなっていく『変化』を楽しんでいった。
一方、アミッドは最初の数分で寝てしまった自分を恥じ、精神力の修行を始めることになるのだが・・・・・それはまた別の話。
ちなみに、後日に何故レフィーヤを呼んだのかを尋ねると「僕たちの特訓を見ても外部に漏らさなそうだったから」だそう。
その言葉通り、レフィーヤは一切情報を漏らさなかった。
────
『弓の教え〜嫉妬の炎を添えて〜』
(二章以降の話です)
「ベル。私と『狩り』に行かないか?」
「狩り、ですか?」
ああ、と頷く女神に、ベルはその瞳を丸くする。
彼女曰く、『狩り』とはモンスターを討伐することで、かつては【アルテミス・ファミリア】が地上のモンスターの殲滅を担当することがあったのだが、今は彼女たちはいない。
そのため、モンスターが溢れた地域があるのだという。
そのモンスターを殲滅するのを、ベルに手伝ってくれないか、というのが女神の『お願い』だった。
「良いですよ。僕もアルテミス様ともう一度オラリオの外には行ってみたかったですし」
「───!そうか。なら、今すぐに行こう」
ぐいぐい、と腕を引っ張る彼女に連れられ。
ベルは装備を整え──旅装。ヘルメスからお礼の一つとして貰った──、二人はオラリオの外へと出かけた。
────
「こう・・・ですか?」
「いや、もう少し上で構えたほうがいい。顎も引いて、もっと肩に力を入れて・・・・・こうだ」
「こう、です?」
「そうだ。貴方は筋がいいな、ベル」
「いえ。アルテミス様の教えがいいからです、よ!」
ビュン!という風を切る音と共に、少年が持つ
矢は風の影響を受けながらも進み、やがて標的に突き刺さり、怪物の体を灰に変化させた。
──そう。少年は今、弓の扱い方を教わっていた。
女神曰く「【月女神の英雄】がある以上、弓を使えておいて損はないだろう」とのこと。
そうして始まった『狩猟の女神による弓教室』なのだが・・・これが思ったよりも順調に進んでいた。
『スキル』による裏効果か、それとも少年には思った以上に弓の才能があるのか。
始めは不格好極まりなく、矢もちゃんと射ることが出来ていなかったが、時間が経つにつれて次々と課題をクリアし、最終的には矢の連射などができるようになっていた。
───それどころか。
「ん?」
「どうした?」
「いえ、その・・・あそこに飛竜がいたので・・・」
「・・・何処だ?私には貴方が指差す先には木しか見えないが」
「え?うんと・・・ちょっと射てみますね」
そう言うと、ベルは弓を構える。すると、リン、リン──という鐘の音が鳴り、矢へと白い燐光が集まる。
十数秒が経ち、矢を射れば。それは空気を泳ぎ───やがて、空を飛んでいた『飛竜』に当たった。
腹に矢が命中した飛竜は、そのまま空中で息絶え。
バキバキッ!という音を立てて、木へと落下していった。
───彼我の距離は、とても肉眼で見えるような距離ではなかったが。
「当たりました」
「・・・なるほど。貴方が言っていたのはあの粒のようなもののことだったか。よく見えたな」
「そうですね・・・僕も、なんだか視界が凄く広いというか・・・とても遠くまで見える感じがするんです。多分、スキルの副次効果ですね」
弓を装備した途端に見えるようになりました、と告げるベルに、アルテミスは何処か嬉しそうだった。
片想い中のアルテミス──ベルに恋愛感情がないことは分かっている──だが、『恋愛模様』といっても、生憎と肉体的接触は自身の司る事物的に厳しい。
それでもこうして互いの共通点──弓、というのは些か物騒ではあったが──を増やしていくことは、彼女にとって、とても喜ばしいものだった。
───人によっては、少年を自分好みに育てている、と言えるのかもしれないが。
「今後もこうして二人で・・・」と女神が何処か暗い悦びの感情に飲まれそうになっていると、ガサガサッ、と近くの草むらが揺れた。
それを見た瞬間、少年が炎雷を纏って女神と草むらの間に立った。
守るかのようにナイフを構える少年と、守られていることに少しの不満と、同量の喜びを胸中に浮かべる女神が見守る中。
草むらから現れたのは───
「・・・・・狼?」
鈍色のフワフワとした毛なみに、鋭い眼。
何処か気高さや恐ろしさを感じさせる狼が、草むらから現れた。
モンスターではないことを確認し、ベルがナイフをしまうと。
狼は茂みをかきわけ、ベルに悠然とした足取りで近づき。そのまま、ベルに甘えるように頬ずりしだした。
「・・・・・・・・?」
「────何をしている」
ベルはわけも分からず、『何故か聞こえてくる声』に従い、その狼のことを撫でた。
すると、狼は気持ちよさそうに喉を鳴らし、少年が聞こえる『声』も喜びの声を上げていた。
そんな状況下で、アルテミスはその狼・・・否、
ベルにはただ嬉しそうにしているように聞こえる『声』は、『恋を知った女神』からすると、それは卑しい狼の『声』にしか聞こえなかった。
───どうやら、ベルはアルテミス同様、動物の声が聞こえるようだ。
恐らくは【月女神の英雄】の副次効果であろう初対面時の好感度と、同時に聞こえる『声』に従うことでベルはどんどん狼に気に入られ。その度にアルテミスの『殺意』が膨れ上がる。
もはや『狩り』のことすら忘れ、そのまま目の前の狼を射殺しそうなほどに殺意を募らせた女神に対し、狼は───
「・・・・・・・・・・・・・・・フン」
───まるで「お前にはこんな事できないだろ」、とでも言うように、女神を見て鼻を鳴らした。
もはや『動物たちの守り神』たる側面を持つ女神に対する不敬とも取れるその態度に───アルテミスは、わかりやすいほどに激怒した。
───それでも、まだ抑えられている。
狼は知らないが、アルテミスはベルとの『約束事』によって『膝枕』を日頃『好きな時に』求めることができる。
それ故に、まだ心の奥底では平静を───
「?いいよ。はい、膝に頭を乗せて」
「─────♫」
「────────────」
───失った。今、この瞬間で。
「ベル、今すぐそこを退け。そいつころせない」
「アルテミス様!?どうしたんですか!!?何があったんですか!!??」
「いいから退け。その雌狼は射殺しなければならない」
「口調も可笑しくなってますよ!?や、やめてください!!」
悲鳴を上げる少年を他所に、狼は楽しそうに嗤った。
それを受け、さらに女神は憤怒をし、さらなる少年の悲鳴を。
まさに負の無限ループとも言える状況は、狼がしれっと森へ帰るまで続いた。
────
『弓の教室 verナァーザ』
(第二章以降の話です)
作者のコメント:ベル君と言えば師匠への不敬ですよね
「・・・・・ベル。アルテミス様に弓を習ったんだってね・・・凄かった?」
「え?ああ、はい。とってもすごかったです。まさに『神技』!って感じで」
突然話題を振られて、一瞬混乱したベルは、すぐに意味を理解して答えた。
本来であれば『調合』の作業中に話をするのはあまり良くないのだが、そもそも二人の『調合』の練度は達人の域。
回復薬の調合をミスするような事はないだろう。
「どうしたんですか?急に弓の話なんて初めて」
「ううん・・・ただ、弓なら私でも教えられたな・・・って思って」
「そうなんですか?じゃあ、ナァーザさんは弓使いだったんですね」
コクリ、と頷くナァーザの気配を感じながら、ベルは鍋での加熱作業中に、粗熱を取っていたポーションを必要量だけピペットで試験官へと移していく。
粗熱を取ったとはいえ、まだ少々の熱を持った液体は試験管内を曇らせる。
ちょっと早かったかな、と思いながらも、ベルは話題を続けることに決めた。
「でも、まだ数日しか使ってないからそこまででもないと思いますよ?」
「そう、なの・・・?アルテミス様が、ベルは筋がいい、って言ってたけど・・・」
「本当ですか?」
ゆったりとした口調で教えてくれるナァーザの言葉に、ベルはシンプルに嬉しかった。
「なら・・・私も教えよう、か?」
「え?」
「アルテミス様には、劣るだろうけど・・・私も、弓は使うから・・・」
「良いんですか?お願いします!」
ファミリアの先輩からの提案が嬉しく、ベルは笑みを浮かべてそれを了承した。
・・・・・それが、後の悲劇につながるとは、まだ知らないまま。
────
とは言え、モンスターへのトラウマがあるナァーザさんが弓を教えるためには、ダンジョンも、例え郊外であってもモンスターが存在する以上は適さない。
となると───
「まあ、こうなるわけだな。神アルテミスがいなくてよかったな」
「?お義祖父ちゃん、どうしたの?」
「・・・・・いや、何でもない。恐らくこのまま行けば、すぐに分かるはずだ」
「・・・・ベル、違う・・・矢を複数番えるときは、精密に狙うんじゃなくて・・・・・『面』で狙ったほうが、いい・・・」
「・・・・・こう、ですかね?」
「ちょっと、違う・・・・・うん、こうだよ・・・」
「ありがとうございます。射てみますね」
僕の身体に触れて調整してくれたナァーザさんにお礼を言って、僕はすぐに複数の『氷の的』に『面』で狙いをつけて──射た。
ビュン!という複数の風を切る音が重なって響き、続いて硬いもの同士がぶつかり合う音が響いた。
複数の矢に力が分散されたことで貫通力が落ちた矢は、単射の時とは異なり、的を貫通することはなく、表面に傷をつけるに留まった。
「む、難しいですね・・・」
「しょうが、ないよ・・・こればっかりは、経験を積むしかない・・・」
「はい!」
ナァーザさんはそのまま構え方や射るときの注意点等の説明を挟みつつ、弓の使い方を教えてくれた。
アルテミス様の時は弓の基礎を教えてくれたみたいなんだけど、ナァーザさんは応用やさらに上手くなるコツみたいなものを中心に教えてくれる。
改めてファミリアの先輩に尊敬の念を持っていると──
「戻ったぞ。・・・・・うん?この『氷の結界』は・・・・・?」
アルテミス様が帰ってきたみたいだ。
確か今日は古い神友のもとに会いに行く、って言ってたんだけど・・・・・。
(そうだ!アルテミス様に見せたら褒められるかも!!)
僕はそう思ってお義祖父ちゃんに結界を開けてもらうためにお願いをしようとして───そのお義祖父ちゃんの顔が『あ、やばい。終わった・・・・・・』とでも言いたげな顔をしていた。
そんな顔を見るのが『お義母さんにいい相手は居ないのか?っておじさんが言っちゃった時』くらいしか見たことがない僕は戸惑った。
けど、僕がお願いをする前に、お義祖父ちゃんは結界を解いた。
───何処かその顔に、深い諦観の念を醸し出しながら。
「フォスと、ベルに・・・・・ナァーザ?珍しいな、貴女もここにいるなど」
「アルテミス、様・・・・こんにちは」
「おかえりなさい、アルテミス様!」
褒めて欲しい気持ちが溢れて、つい声を張ってしまう。
そんな僕の様子に、アルテミス様は少し首を傾げていた。
「アルテミス様!少し弓を見てくれませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・弓?」
「はい!」
そう言いつつ、弓を構えた。
複数の矢を番え、構えを取る僕は、気付かない。
───そんな僕を見るアルテミス様の目が、『ドス黒い』ものに染まっていることなど。
そんな事に気付かない僕はそのまま複数の的を狙い、中心に当てた瞬間に後ろを振り返って───『それ』を、見た。
表情は変わらない。
その筋肉は一切動いていないし、口元にも先ほどと同じく笑みはない。
それは良い。僕はお義母さんに育てられたから、微かな筋肉の動きで、感情や表情の細かい変化に気付けるから。
そんな僕がその顔に感じたのは────圧倒的な、『病み』だった。
「ベル・・・・『私の英雄』。なぜ、
「え・・・・?」
「私が教えるだけでは足りないか?私では、貴女に弓を教えるのは不足だと?」
「ち、違います!少しは上手になった状態になったら、
───この時、ベルは複数のミスをした。
一つ、アルテミス以外から弓を教わったこと。
二つ、その際にベタベタと体が触れ合っていたであろうこと。
三つ────アルテミスとの時間を減らそうとしたこと。
その結果に待ち受けるものは───
「なら・・・・
「・・・・・・・え?」
何を言われたのか理解出来ない僕は、もう一度尋ねようとして・・・・頬を、ナニカが横切った。
目の前には、いつの間に構えたのか弓に矢を番えたアルテミス様が───
「アルテミス様!?どうしたんですか!!??」
「五月蝿い。貴方に弓を教えるのは、私だけでいい────!!!!」
「何だか怖いです、アルテミス様ぁ!!??」
悲鳴をあげる僕に、『神技的』な狙いと正確さを持つアルテミス様。
ナイフでそれを切り落とすのに精一杯の僕は、何度か被弾しそうになりながらも、説得をして。
『今後弓を教わるのはアルテミス様にだけ』『今後は短剣及びナイフの扱い方もお義祖父ちゃん以外にもアルテミス様から教わる教わる』という約束を取り付ける事で、ようやく収まった。
───なんで、怒ってたんだろう?
ベル君は普段こんな感じなんだよ、という話を頭に置きました。
こんなのがいたら、中には初恋を盗られた子が沢山いそうですね・・・・・現状でも『アルテミス様の後続』になるというかなりの不利なのに。
もはやこの小説内のベル君の代名詞が膝枕になってる気が・・・書いていて楽しいのが悪い気がします。
本当に膝枕の練習台にレフィーヤさんを選んだのは本編の通りです。
そもそもベル君からしたら【ロキ・ファミリア】で知り合いと言える人が少ないですし・・・・。
ヒリュテ姉妹は口外しそうで論外、リヴェリア様は副団長だし、なにより不敬だから論外、フィンさんは団長だから論外。
こう考えると酷いですね。
ちなみに、アミッドさんはベル君の膝枕を『天上に昇るかのような寝心地』と言ってました。
日々進化してるんですよ、彼の膝枕は。
一応、アルテミス様は通常時であればそこまで暗黒面に落ちません。
・・・・・落ちる理由?今回みたいに
『ベル君を盗られた』『ベル君が自分との時間を蔑ろにしようとした』時等ですよ。ベル君に何もなければ何時もの彼女ですよ。
恋に狂った女神って怖いなー。『原典』でも、話によってはオリオンを殺すのは彼女ですからね。
現状のベル君の弓の腕前は『単射で、かつチャージ可能なら森の中から山の天辺にいる飛竜を射殺す事ができる』くらいです。怖いですね。