何だかこれまで濃厚な執筆時間を過ごした気がしますが、まだ一ヶ月経ってないんですよね。
ベル君も序章の一話から二週間前後しか経ってないですし。・・・だよね?
ズレと依頼
ダンジョン、10階層。
そこは霧に覆われ、視界が制限される───だけでなく。この階層からは、『怪物の宴』と呼ばれるモンスターの大量発生が起こりやすい。
その特性上、怪我人や重傷者───下手すれば死者が発生しやすい、そんな階層で。
僕は、ランクアップのズレを解消していた。
ランクアップ後は急激なステイタスの上昇に、体や心の間に
例えば、ナイフを強く振りすぎてモンスターを粉砕してしまったり、疲れやすくなったり。あるいは踏み込みを行ったら大きく移動しすぎたり、魔法がある人は火力を強くしすぎたりと、ズレというのはダンジョンに潜るに置いて、無くしておいたほうがいいもの。
本来なら『中層』に行きたい──『アンタレス』の討伐で得た報酬だと、借金のあてには足りなかった──けれど、このズレや、ヴェルフやリリは用事があったり等の理由で、現在はこうして上層にいた。
「───【ファイアボルト】」
左手に短杖を構えながら、意識を集中させて炎雷を呼ぶ。
すると短杖に純白の魔法円が一瞬現れ、直後──轟ッ!!という音と共に、炎雷が吹き荒れた。
(───強、過ぎる!!??)
以前にランクアップした時よりも大きな魔法の威力の
すぐに気を取り直して、暴れる炎雷を『整える』。
無駄に空中へと消えていく炎雷を見ながらも、短杖を強く握りしめながら、『魔法』へと意識を集中さる。
───急激な『魔力』の能力値の上昇と、ランクアップ。さらには、発展アビリティ『魔導』の習得。
ここに来る前にミアハ様とお義祖父ちゃんに言われた通り、中々『魔法』の調整が上手くいかない。
精神力の消費がかなり減っていることに、素直に喜ぶ暇もない。
それでも許容範囲と言える程度までの調整が済んだあたりで──
『───がアァ・・・・』
生まれたのは、オーク。
醜悪な豚頭に肥えた体、口腔から垂れる涎。
それを捉えた途端、僕は
──してしまった。
「──あっ」
気づいた時には遅く、僕はそのまま『Lv3ではあり得ないほどの速さ』で加速し、そのままオークへと突っ込み──
幸い血は炎の勢いで被ることこそなかったけど、かわりにバラバラになった肉片が目に映り、少し気分が悪くなった。
そんな可哀想なような、そうでもないような何とも言えない状況にため息をつくと、背後から声をかけられた。
「・・・・先生?」
「あ、ヴァレンシュタインさん。・・・・・・・先生は辞めてください。僕はそこまで凄くないので」
「・・・・・?でも、ベルは膝枕の──」
「わー!わー!こんな誰が聞いてるのか分からないところで言わないでください!?バレたら不味いですよ!?」
「・・・・ごめん、なさい・・・」
「あ、いえ、僕も強く言い過ぎました・・・ごめんなさい」
どちらも謝り合うという珍妙な事になってしまい、僕達は顔を見合わせて笑った。
世間からは『人形姫』と言われているらしいヴァレンシュタインさんだけど、こうして見ると、お義母さんを見て育った僕からしたら表情豊かだ。
「ベルは、何をしてたの・・・?オークに、突っ込んでた気がしたけど・・・」
「あ、『ランクアップのズレ』を直してたんです。魔法で加速しようとしたら、思ったより早すぎて・・・」
「・・・そっか・・・でも、それなら、もっと上の方がいいと思う・・・よ?」
「そうなんですけどね・・・ちょっと入り用で、少しでも稼がなきゃいけなくて・・・・だから、ここに来たんです。本当は『中層』にまで行きたいんですけど、仲間が捕まらなくて・・・・・」
「そうなんだ・・・」
───ここで、二人の認識の差を説明しよう。
アイズはベルがLv2に上がったという情報しか知らない。
通常時の彼女であれば、以前の『リヴィラでの戦い』の際にズレが直った、と考えるはずであるのだが・・・彼女は気付かない。
早いランクアップの秘訣やらコツやらを知れないかな?と思っていること、それ以前に彼の髪に触れる方法を画策している彼女は、その違和感に気付かない。
ベルも、アイズがそんな勘違いをしていることを知らない。
そもそもが今の彼はズレのことで精一杯なので、そのことにまで気を回せていないのだ。
閑話休題。
「・・・なら、私と行く?」
「え?良いんですか?」
「・・・うん。私も、ズレを直しに来たから」
「ズレ・・・それじゃあ!Lv6になったんですか!?おめでとうございます!!」
オラリオとして見ても、冒険者として見てもおめでたいことに、僕はつい自分のことのように喜んでしまう。
褒められるのが恥ずかしいのか、ヴァレンシュタインさんは少し照れくさそうにしている。
何か贈り物でも贈ろうかな、と僕が思っていると──『何か』の、視線が。
「ッ!」
直ぐ様ナイフと短杖を構えて、周囲を警戒する。
ヴァレンシュタインさんは既に剣を抜き放っていて、周囲を見回している。
僕は自然とヴァレンシュタインさんの背中合わせになるようにゆっくりと移動して───
『なるほど。これが『剣姫』、そして『鐘兎』・・・お見逸れする』
──見るからに怪しい黒衣のローブで全身を覆った人物が、霧の中からゆったりと現れ。まるで複数の人物の声を重ねたような変な声で、話しかけてきた。
それまでは『視線』は感じても明確な『気配』までは感じられなかった僕は、目を見開いた。
けれどすぐに意識を切り替えて、いつでも炎雷を使えるように構えを強くする。
ヴァレンシュタインさんも、僕の前に現れた黒衣の人物に警戒を露わにし、剣を向けている。
「何か御用ですか・・・それとも、ヴァレンシュタインさんに御用ですか・・・」
『そうだな・・・・・『両方』、と言わせていただこう。だか、その前に───どちらも『武器』を下ろしてくれ。こちらは危害を加える気はない』
「・・・・・それを、信用しろと?」
目を細めて可能な限りの威嚇をする僕に、ヴァレンシュタインさんは僕の頭を撫でた。
・・・・・撫でた?
───なんで撫でたんですか?
びっくりして、ついヴァレンシュタインさんを見れば、彼女は既に剣を鞘に納めていた。
「害意は感じないから、大丈夫、だと思う・・・」
「でも・・・」
「何かあったら、私が切るから」
大丈夫、と言うヴァレンシュタインさんに従って、僕は装備を仕舞った。
───まだ撫でてる。
(・・・何だかアイズさんの撫で方、初対面の頃のお義母さんみたいにちょっとぎこちないな・・・今度撫で方を教えよう)
そんな僕の思考は誰にも漏れないまま、黒衣の人物は話し始めた。
『私はしがない魔術師でね。以前ルルネ・ルーイに接触した人物、と言えば貴女には伝わるかな?『剣姫』』
「・・・!」
ルルネ・ルーイ?この前の旅の時に見た、ヘルメス様の眷属・・・?
──そもそも、依頼ってなんだろう・・・?
よくわからない僕を置いて、話が進んでいく。
『単刀直入に言おう・・・君たちに冒険者依頼を託したい』
「冒険者依頼を?」
『ああ。24階層でモンスターの大量発生・・・異常事態が起こっている。これを調査、ないし鎮圧してほしい』
「・・・・それが、依頼の内容ですか?」
コクリ、と頷く黒衣の人物。
その仕草に、僕は『違和感』を感じた。
まるで、軽いというか、『あるべきものがない』。あるいは、『ないのに動いている』とでも言える、変な感覚。
それに、冒険者依頼の内容もおかしい。
僕は24階層に行ったことはないし、そもそもが医療系所属。
ヴァレンシュタインさんはともかく、僕まで声をかけるのはどう考えても不自然だ。
僕はまだLv2になったことが発表されたばかりで、あまり知らない人も多い。治療師であることを知ってる人だって。
それなのに、こうして僕にも依頼をするってことは・・・・・僕のことを知っている?
「生憎ですけど、僕は所詮はいち治療師です。なにより僕はランクアップしたてですし、24階層には行ったことがありません。ご期待には沿えないと思いますけど」
『それなら問題ない。君が優秀な治療師であることは確認済みだ。故に、私はこうして声をかけた』
「・・・・・」
怪しい。凄く怪しい。
そもそも、なによりも怪しいのは
当然行く前にギルドで軽く情報収集はしたし、そんな事を話している人も見てない。
となると、嘘である可能性もある。
でも───
「怪我人がいる、ということで間違いないですか?」
『そうだ。その認識で間違いない』
───なら、僕の答えは決まった。
「行きます。怪我人がいるというのなら、僕は見捨てることはできません」
「じゃあ、私も行く」
僕と黒衣の人物の視線がヴァレンシュタインさんに向けられる。
───相変わらず、僕の頭を撫でているけど。
(何だかご機嫌だし・・・・・どうして?)
『恩に着る。だが、できれば今すぐ向かってほしい。いいだろうか?』
僕とヴァレンシュタインさんが頷くと、黒衣の人物はそのまま詳しい話に移ろうとする──前に。ヴァレンシュタインさんが「あの・・・」と言って引き止めた。
その顔には、何処か後ろめたいものがあるような色があった。
「伝言をしてもらってもいいですか?私の【ファミリア】に・・・」
『ん?ああ・・・なるほど。わかった、それくらいは引き受けよう。そちらの少年は?』
「・・・お願い、します」
ダメ元だったんだろう。引き受けられたときに少し驚いた顔をしたヴァレンシュタインさんは、すぐに小鞄から羽根ペンと羊皮紙を飛び出して、文字を書き込んでいく。
僕も同じように紙に簡潔に要件を書いて、最後にお義祖父ちゃんに伝えるようにも記す。
それを僕とヴァレンシュタインは差し出された相手の手袋に置いて、話の続きを聞く。
『まず、リヴィラに向かってくれ。『協力者』が既にいる』
「わかりました」
そして『合言葉』を教えてもらう。
これを特定の酒場で告げることで、『協力者』のことがすぐに分かるらしい。
話は終わりだ、とでも言うように黒衣の人物は霧の中へとすぐに消えていった。
僕とヴァレンシュタインは頷くと、そのまま18階層へと走り出した。
───なんで今も頭を撫でているんだろう?走り辛くないのかな?と思いながら。
────
「首尾はどうだ、フェルズ」
『ああ、新たな『協力者』を送り出した。治療師に加え『剣姫』もいるし、そうそう変なことがなければ鎮圧されるはずだ』
「だと、いいのだがな・・・」
とある祭壇の間。
篝火が揺れながら照らす中、二人の人物──一人と一柱がいた。
一人は先程の黒衣の人物。
もう一人は、今のダンジョンへと祈祷を捧げている神──ウラノス。
彼らは先程送り出した人物について話していた。
「それで、もう一人は誰だ?」
『ベル・クラネル。たった一ヶ月と十日でLv1からLv3へと至った人物だ。優秀な治療師であることは前の『リヴィラでの戦い』で観察済みだ』
「そうか・・・」
目を閉じた老神は、暫く逡巡した。ベル・クラネルという名前に聞き覚えがあったからだ。
やがてウラノスは記憶の中から
まるで、あってはならないことが起きた、とでも言うように。
「フェルズ。その者は【ミアハ・ファミリア】に所属しているか?」
『・・・?そうだが』
瞬間、老神の心は諦観に包まれた。
できることなら今すぐにでも辞めさせたいが、もはや手遅れだろう。
少年はそろそろリヴィラを出た頃だろうし、それ以前に『彼』に知られる方が早いに決まっている。
先程のベル・クラネルが書いたであろう手紙から『嫌な予感』がしたのをスルーするべきではなかった、と今更に後悔しながら。
老神は、フェルズに『残酷な現実』を教えなければならない。
「フェルズ。ベル・クラネルはフォスの義孫だ」
『──────』
黒衣の人物の動きが、止まった。
時でも止められたかのようにピクリとも動かなくなったフェルズに、ウラノスは同情する。
───しれっと自分は主犯じゃないと考えているのが、酷い話だが。
『フォス・・・フォス?フォスとは、『
「おそらく、お前が考えている通りだ」
『子どもエルフ爺の?』
「そうだ」
『『紫氷の森』の店主の?』
「そうだ」
『スゥ────・・・』と何処か諦めの境地に至った者特有の投げやり気味な空気を醸し出しながら、黒衣の人物は現実を受け入れた。
『私は今からフォスへ魔導具を渡してくる。さもないと死ぬからな。私はまだ消えるわけには行かないだから何が起きても貴方が何とかしてくれウラノス』
「・・・・・わかった」
息継ぎをする暇も無く出ていく黒衣の人物を、老神は見送った。
静かになった祭壇にて、老神はポツリと呟いた。
「私にはどうしようもないぞ、フェルズ」
哀愁を滲ませる老人の言葉は、空気に溶け、松明へと吸い込まれて消えていった。
フェルズさん、ウラノスさん、どうして怖がっていたんですかね?
ちっとも分かりません(すっとぼけ)。
さて、冗談はここまでにして。
お義祖父ちゃんは終わりよければ──生きていてくれれば何でもいい主義です。
なのでベル君が五体満足ならそこまで酷くなりません。精々がフェルズとウラノスの依頼を一年間受けたくない、って言い出すくらいです。
アイズさんはベル君の頭をようやく撫でられたんです。そのままにしてあげてね、ベル君。