24階層の北、食料庫
壁や天井に咲く花が淡い光を放つ空間は、まるで力の入っていない肉のようなものに覆われ、ぶよぶよとした感触を靴裏から感じさせる。
肉壁越しからも感じていた異臭がさらに強まり、もはや獣人もそれ以外の人も鼻が使い物にならない。
そんな不気味で気味が悪い場所を、僕達は警戒心を緩めることなく進む。
天井や壁で淡く光る花が照らす空間、通常は存在しないはずの分かれ道。
元とは違いすぎる食料庫を見たアンドロメダさんの指示で地図作成するルーイさんのペンが走る音が、やけに大きく感じる中。
ここに入ってから感じる『視線』の出処を、僕は警戒していた。
観察するような、あるいは敵を見るような突き刺さる『視線』を感じているのは僕だけなのか、それとも僕が考えすぎているだけなのか。
頬を伝う冷や汗を感じながら進むと、気付けばルーイさんが壁に触れていた。
「もしこの気色悪い壁が全部モンスターだとしたら・・・・・・私達、化け物の腹の中を進んでることになるんじゃないか・・・・・・?」
「おい」「よせ」「やめてくださいっ!」「ははっ、シャレにならないなぁ・・・・・・」
「・・・・・・入口が口腔だとしたら、ここは食道になるんですかね?」
「クラネル!?」「どうして乗るんですか!!」「具体的に言わないで!余計に怖いから!!?」
「騒がないっ!」
独り言を呟いたルルネさんの一言に皆が非難轟々となる。それを聞いて僕も所感を言うと、さらに悲鳴じみた大声になる。
すぐにアンドロメダさんが叱責をして黙ったけれど、皆の肩が少し下りて、強張りが解れた。
それまでは会話もなく緊迫感だけが押し寄せていた空気が変わり、ぽつりぽつりと話し声が聞こえ、警戒は緩めないものの、それでも張りつめすぎない程度に収まっている。
「それにしても・・・・・・ここまでモンスターがいないんじゃあ、リヴィラで買った『血肉』も『隠蔽布』も使いそうにないなぁ・・・・・・」
「そのようですね・・・・・・っ、止まりなさい」
アンドロメダさんが腕を上げて、僕たちを制止する。
彼女が視線を向ける先を見ると、そこには『灰』が積もっていた。
無造作にばら撒かれているそれは、不自然な程に散乱している。
「モンスターの、死骸・・・・・・」
「ええ、間違いなさそうです」
灰を探ってみると、中には『ドロップアイテム』が存在していた。・・・・・・けど、『魔石』は無かった。
まるで
僕が考えていたことを肯定するかのように、アンドロメダさんが短剣を抜き放ちながら言葉を続けた。
「恐らく、例の『門』を突破することの出来たモンスターが、ここまで侵入し・・・・・・そして、
彼女の発言を皮切りに、皆の警戒が強まる。
互いに背中合わせになるように、全ての方向の死角を潰すように一纏めになる。
感覚を研ぎ澄まし、五感の全てで『違和感』を探ろうとするけど、あいも変わらずに向けられる『視線』が邪魔で、中々集中できない。
それでも、と中で、周囲を見回し───ヴァレンシュタインさんが、上を見上げていた。
「───上」
「───【ファイアボルト】!!」
ヴァレンシュタインさんの呟きと同時に炎雷を発動させ、僕は近くにいたメリルさんとドドンさん、ネリーさんの三人を抱えて飛び退く。
交代しながら見た頭上は、無数の『食人花』がそのハエトリグサの捕虫葉のような大口を開き、こちらを見下ろしていた。
アンドロメダさんが迎撃命令を下す中、僕はその花を見てすぐに
(───まずい!あのモンスターは『魔法』──『魔力』に反応する!!)
付与魔法を発動しているため、今の僕は常に魔力を使用している。
それすなわち───
『─────アァァ!!』
「・・・・・・!すみません、自分たちで着地してください!!」
直ぐ様狙いが僕に集中したのを自覚し、抱えていた三人を少し離れた場所へと投げ飛ばした。
直ぐ様武器を構え、蓄力を開始する。
リン、リン───と鐘の音が鳴り、発生点である短杖に炎雷が集まる。
引きつけるように全力で駆け回りながら、チャージを続ける。
食人花が近づいてきた瞬間に遠すぎない程度に引き離し、離れてきたら少し足を遅くし、近づいたらまた遠くへ───と繰り返し。
ある程度のモンスターが縦に並んだ瞬間、短杖を突き出す。
「ブラスト!!」
15秒の蓄力で強化された炎雷の砲撃は、僕の身体の殆どを覆うほどの大きさになり、進行上に存在する食人花の半数の顔から首の間を貫いていく。
残った食人花が迫る中、僕はナイフを構えて迎撃───
「──ふっ!」
───しようとして。何かが風を切る音を聞いた瞬間、周囲にいた食人花の首が地面に落とされた。
気付けばヴァレンシュタインさんが僕の前に立っており、まるで僕を守るかのように剣を構えていた。
「・・・・・・大丈夫?」
「はい、大丈夫です。・・・・・・すみません、つい付与魔法を使っちゃいました」
「大丈夫だよ。君が離れてくれたおかげで皆無事だし・・・私も、間に合ったから」
瞬間、ヴァレンシュタインさんの姿がブレ、また元いた位置に戻ってくると、残りの食人花全ての首が落ち、灰へと姿を変えていった。
圧倒的すぎる『暴力』を前に暫く呆然として、まだ炎雷を発動中だったことに気づき、慌てて消した。
ポーションを飲みながら【ヘルメス・ファミリア】と合流し、すぐに怪我人がいないか確認し、誰も怪我をしていないことにホッとした。
「・・・・・・大丈夫そうですね。では先程の敵の情報共有をしながらすぐに移動しましょう。先程の戦闘で新手が来る可能性も───」
言葉を切ったアンドロメダさんが、再び警戒の色を濃くした。
それの意味するところは、先程彼女が言っていた
破鐘の咆哮が響き渡り、前方の道からから食人花が現れる。
───通路を埋め尽くすほどに。
「ちょ、多すぎない・・・・・・?どれだけいるんだよ・・・・・・一旦退散する?」
「厳しいでしょうね・・・・・・
後退の案を出すルルネさんの言葉を、アンドロメダさんが切る。
後ろをチラリと見れば、後ろにも無数の食人花が存在し、その大顎から涎を垂らしていた。
───退路を、断たれた。
「剣姫、後ろを頼めますか?正直、私達では貴女についていけない」
「わかりました」
言うが早いか、ヴァレンシュタインさんは直ぐ様後ろの食人花へと突っ込んでいった。
(付与魔法は使えない。使った途端に僕だけが狙われて、皆の動きが乱れる。なら───)
そこまで考えた時だった。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、と大きな音が何度も鳴り響いた。
何かを押し潰すかのように大きな物が落ちる音の発生源は、
慌てて振り返れば、後ろの通路が半分の広さへと変貌していて。
───ヴァレンシュタインさんの姿が、無かった。
「分断!?」
「ヴァレンシュタインさん!!?」
驚き悲鳴を上げる僕達に考える暇を与えないかのように、食人花が次々と襲いかかってくる。
それを『魔法』を使わないようにして迎撃する、けど───
(───いつもと違いすぎる!!)
炎雷使用時なら一歩で避けられる攻撃が、さらに数歩、しかも数秒も
攻撃の威力も足りず、それ以前に炎雷の爆発がない以上は数回にわたって斬りつけなければ断てない。
何より───
「きゃあ!?」
「・・・・・・!くそっ!」
食人花の突進によって吹き飛ばされたサポーターの女性──ネリーさんを、全速力で駆け抜けて助け出す・・・・・・
敏捷では間に合わないことに気づき、直ぐ様牛魔刀を食人花の口めがけて投げ、そのまま
リン、リン──と鳴る鐘の音を、直ぐ様解放する。
「(強い魔力に反応するなら)───【アンジェラス】!!」
たった数秒の蓄力・・・それも
直ぐ様先程投げたナイフが突き刺さっている食人花をそのまま斬り殺して後退し、狙い通りに火へと飛び込む虫の様に魔法円へと食人花が集まる様を横目で見ながら、ネリーさんを救出する。
「大丈夫ですか!?」
「うん、ありがとう。でも・・・・・・」
何を言いたいのか、僕はすぐに理解した。
───ジリ貧だ。
いつ終わるのか分からないほどに出続ける食人花。
今こそ抵抗できているけど、僕は魔法を封じられていつもみたいに戦うことも、治癒することもできない。
もう少し数が少なければ付与魔法を使用した高速戦闘も選択肢に挙がるけど・・・・・・現状だとただ敵を集めるだけ。
───兎にも角にも今は抵抗を・・・・・・
「短剣・・・もしくはナイフをください!」
「え?・・・・・・わかった!」
鞄を漁る彼女を守るように立ちはだかり、襲い来る食人花の触手を次々と切り落とすか左手の短杖で逸らす。
それでも完全には切り落とせず、数個の触手が体をかすめた。
血がにじみ、白い戦闘衣が赤く染まる中。ついにネリーさんが短剣を取り出した。
「はい、これ!」
「ありがとうございます!!」
短杖を仕舞いながら、投げ渡される短剣の柄を左手で握る。
───ナイフと短剣の二刀流。
剣も大剣も十全に扱えない僕が、魔法なしで行える最善の物理手段。
「───行くぞ!」
何時もの回転を主体とした斬撃を、
紅と鋼色の剣閃が連続できらめき、一刀だけだと何度も斬りつけなければ断てない食人花を、一回転で切り落とす。
まさに剣閃の嵐に身を変じることによって敵を灰へと変えていると、アンドロメダさんの声が響き渡る。
「全員!道を確保でき次第この場から移動します!!」
「『剣姫』を置いていくのか!?」
「彼女を危ぶむのは結構ですが、今は自分たちの身を心配するべきです!それに、彼女は『剣姫』だ!」
アンドロメダさんの反論にルーイさんは悔しげに歯噛みし、すぐに先へ続く道へと走り出した。
他の人たちもそれに続き、僕も駆け出した。
「『魔石』をばらまきなさい!」
「!はっ!」
何故そんな事をするのか、と考えたがすぐにやめ、小鞄に入っていた『魔石』を投げ飛ばした。
すると、それまでは僕達を狙っていた食人花の狙いが『魔石』へと移った。
「これは・・・・・・」
「やはり、相手は魔力・・・・・・いえ、強化種のように『魔石』の味を覚えたモンスターでしたか・・・・・・ネリー!魔剣を!」
「はい!」
何事かを呟いているアンドロメダさんが殿を勤めながら、僕達は全力で駆ける。
続いて背後で爆発音が轟き、爆風が僕たちの背中を押す。
多分、『アンタレスの時』に見た爆発する瓶と魔剣の合わせ技なのだろう。
「このまま食料庫まで走り抜けます!」
目まぐるしく指示を送るアンドロメダさんの声に従い、僕達は駆ける。
先方からモンスターが迫りくるけど、それも僕が対処する前に【ヘルメス・ファミリア】の面々が連携して倒す。
現状特に役立っていない事実にため息が出なさそうになるのを堪え、前を急ぐと───急にモンスターの数が激減した。
前後から際限なく現れたモンスターの波は消え失せ。その変わりに、空間を照らす光源が変わった。
不気味な花が淡く照らしていた空間が、赤い光が漏れ出しているのが見えた。
それは24階層の食料庫を照らす石英の放つ光。最奥の空洞を照らす石英はモンスターの栄養源となる液体を生む柱に存在しており、その神秘的な光で大空洞を常に照らしている。
つまり───食料庫が近い。
「・・・・・・モンスターはもういませんね。ネリー、ドドン、ポーションを配布。確実三本は手元にストックするように」
大きな鞄を背負う二人からポーション──多分僕が調合した物──が配られる。
美味しいとは言えない味が口内に広がり、続いて体力と精神力が回復する何とも言えない感覚を味わいながら、周囲を見渡す。
皆息を切らしてこそいるけど、重傷と言えるほどの怪我もなく、今飲んでいるポーションが効けば治る程度のものに収まっている。
その事に安堵しつつ、予備のポーションを小鞄に詰め込んだ。
「行きましょう」
皆の補給が終わったことを確認したアンドロメダの言葉に連れられるように、僕達は食料庫の大空洞へと───入り込んだ。
視界に入り込んだのは、ここまでの道中と同じように『肉壁』に包まれた広大な空間。
そして───その至る所に生えている、蕾のようなもの。
暫くそれを注視すれば、そこから
「『アンタレス』の眷属と同じ・・・・・・?」
つい最近見たものと似たような現象を目にして、内心で複雑な感情の嵐が渦巻く。
あまり思い出したくない出来事にすぐに蓋をして、明らかに目立つそれ───中央にそびえ立つ、大主柱を見る。
常であれば奇妙ながら美しいと思うであろう水晶の柱は、そこに巻き付くかのように寄生する
通常の十倍以上もする食人花が、そこにはいた。
「宿り木・・・・・・?」
その声に反応するかのように、ドクン、と目の前の植物が蠕動する。それに連動するかのように、何かを吸い取るような音が響く。
石英から滲み出る液体を吸い取る植物の根元には、奇妙な球体が取り付いていた。
まるで胎児をその球体閉じ込めたかのような悍ましさを感じるそれをみた瞬間、ルーイさんが驚きの声を上げた。
「あの時の『宝玉』・・・・・・?」
『宝玉』・・・・・・?と疑問に思う僕を置いていくかのように、謎のローブに包まれた集団が現れた。
「あら、もう来ちゃったの?逃げ足だけは速いのね」
感心するわ、と零す周囲のローブ達の中でも特に背の低い存在。
「レヴィスにも困っちゃうわ。いくら『アリア』がいたからって、勝手に行っちゃうなんて。お仕置きされたいのかしら」
「・・・・・・・・・『アリア』・・・・・・?」
迷宮神聖譚の・・・・・・?
いきなり物語上の存在の名前が出た事に困惑していると、先のローブの存在がフード越しに鋭い視線で僕を射抜いた。
「なら・・・・・・レヴィスが言っていた通り、まずは
いきなり睨見つけられて強張りそうになる体を押さえ、ナイフと短剣を構えていると────
「────え?」
「さようなら」
気付けば、目の前に先程まで遠くに立っていたローブの存在が。
彼──彼女?はその手に持つナイフを───
───僕に、突き刺した。
今のところ(フィルヴィスさんを除いて)殆ど原作通りなの、凄く申し訳ないですね・・・・・・