最初に感じたのは、腹部が灼熱のような温度へと変じていく感覚。
次いで、そこを起点にして走る
「ゴ、ボッ」
血を吐き、うずくまるベル。
すぐにでも回復魔法によって治癒しようとする少年を、ローブの存在は嘲笑いながら蹴り飛ばした。───腹部に刺さっているナイフを狙って。
グジュリ、と柄まで腹の中に入るのではないかと錯覚するほどにナイフが深々と刺さり、そのまま後方へと吹っ飛んで行く。
ゴロゴロ、とナイフが刺さったままボールのように転がり、流れ出る血が軌跡を残すかのように地面に赤い斑点を残す。
刃物が地面や衝撃の影響で上下左右や前後に動くたびに彼のうめき声が響き、さらに傷を抉る。
最終的には壁に激突し、再び吐血。命の泉からこぼれ落ちる粘性のある液体が、傷口から絶えず滴り落ちていた。
「あら、可愛くしようとしたのに・・・・・・思ったよりも頑丈なのね?いいわ、後でじっくりと壊してあげるわ!白い兎さん?」
「──ベル・クラネル!?」
ベルが蹴り飛ばされてからようやく事態に気がついたアスフィが叫びを上げるが、すぐに自身に迫る危機を前に身構える。
先程のナイフが唯一の獲物だったのか、ローブの裾から細く小さい手を手刀の形に構え、振り下ろす『影』。アスフィはその一撃を、短剣で迎え撃つ。
手袋に覆われてすらいない素手を平気で振り下ろしてくる相手に刃物で迎え撃つという、常であれば手のほうが傷つき、切断されるものであるが───そんなことはなく。
『影』の手は短剣によって傷一つつかず、むしろアスフィをその溢れ出る膂力によって弾き飛ばした。
「くっ───『爆炸薬』!」
後方へと飛ばされながらも瓶を投げ、それが割れる。そして、内容液が空気に触れた瞬間──爆発が起こる。
並のモンスターであれば致命傷を免れないほどの殺傷性を持つ彼女の魔導具は、しかしローブの存在に届く前に避けられる。
ひらり、と軽い足取りで避けられ、暴風も含めた全てが当たらず。むしろ、またも手刀が飛んでくる。
「───セイン!指揮を任せます!ネリー、ベル・クラネルにポーションを!」
間一髪で避けながら檄を飛ばし、指揮権をエルフの青年に投げ、さらに懸念事項であるベルをサポーターに任せる。
それによってようやく目の前の存在に専念できる、とアスフィが短剣をより強く握りしめる。
そんな彼女を・・・正確にはその視線の先にいる『ベルにポーションを使おうとするネリー』を視界に収め、『影』が嗤う。
「ネリー、どうだ!」
「今ポーションを取り出した、ちょっと待ってて!」
急かすルーイの言葉に極めて冷静に返しながら、ネリーは最初に、少年の腹部に突き刺さるナイフを抜き取る。
ネトリ、とした粘性のある液体が垂れ、鉄の匂いが充満する。
「う、ぐぅ・・・・・・!?」
「まってて、すぐに治すから・・・・・・!」
痛みに呻く少年は、ナイフの痛みか、それとも傷口が空気に触れたことによる痛みか、あるいは両方。
「頑張って」、と声をかけながらポーションを傷口へと振りかける。
高等回復薬の効果によって体中についたかすり傷
───しかし、肝心の切り傷が塞がらない。
「なんで!?ちゃんと回復薬は効いてるはずなのに・・・・・・!?」
驚倒するネリーの声に応えるように、『影』が甲高い声で哄笑を上げる。
引き笑い気味なそれが大空洞内を反響し、もとより不快な二重音声の声が、堪忍袋をギャリギャリと引っ掻くかのような不快感を生む。
「無駄よ!ただのポーションなんかじゃ、その傷は塞がらないわ!!」
「・・・・どういうことですか?」
「あら、知りたいの?知りたいのかしら?──でも教えないわ!だってその方が面白そうなんだもの!!」
キャハハハ!と心底楽しくって仕方がないとでも言うように、ケラケラと笑い声を上げながら手刀を振り回す『影』。
文面だとふざけているのかと問いたくなる程に狂っている『影』は、踊っているかのように凶器を振り回す。その様は、まるで刃物の危険性を教わらずに育った子供のよう。
その実、短剣越しに伝わる力と一切傷つかないふざけた耐久が、相手が『格上』であることだけを雄弁に語っていた。
「ならば、無理矢理にでも聞き出すだけです──!」
力強く宣言するアスフィであったが、その実、あの『現象』についてはあたりがついていた。
短い時間ではあったが、それでも目の当たりにしたあの"禍々しいナイフ"。
そこから感じた『悪寒』や『生理的嫌悪』から察するに──
(呪武具でしょうね。治らないということは、付与されているのは間違いなく『不治の呪い』)
呪詛を込められた武器──呪術師が生み出す忌み嫌われし武具。魔術師の対となるものが生み出したそれは、『特殊武装』の中でも更に希少。
そして、『不治の呪い』とは
ただでさえ先ほどのダメージで血を流しすぎた彼は、このまま傷がふさがらなければさらに危うくなる。
一刻も早く目の前の存在を打ち倒す方針を固め、アスフィが構える。
けれど、アスフィの判断は
そのことが分かるのは、アスフィ達の戦場とは少し離れた位置に座する、もう一つの『戦場』。
指揮権を譲渡されたセインが次々と指示を投げては『敵』を処理する彼らが、
彼らの敵は、アスフィが戦っている『影』とはまた別のローブ、それも集団。
口元まで覆われた頭巾までも使用して目元以外を隠す敵の正体は知れず、ただ複数の剣戟音が鳴り響く。
それでも、初めの頃は問題なかった。
【ヘルメス・ファミリア】に対して、敵の数は数十人規模。
通常であれば絶望まっしぐらな光景だが、セイン達の怪我人は一切現れなかった。
互いを補い合う彼らの連携を前に、ローブの集団は一切の手傷を負わせることができず、中々攻めきれていなかった。
───しかし。
「──ちっ」
仲間の一人が傷を負った。
交代の時間になるまで放置して、後でポーションを飲む、と────
すなわち、敵の持つ武器すべてが呪武具。
手傷を負えば言えなくなる、『不治の呪い』付きだった。
「───お前ら、一切傷を負うな!恐らく、あいつらが持つ武器全部に呪詛が付与されてる!!」
ファルガーの檄を受け、団員たちの身がより一層引き締まる。
いつもは敵を翻弄するように動き回る者も、今は慎重な動きへと変わる。
より一層、前衛壁役達の重要度が上がる。
「ぐうっ!?」
パーティ内で特に身軽なルルネが、恐らくはヒューマンであろうローブの男の四肢を斬り、さらに後頭部を強く地面に叩きつけた。
それでも意識を失わずにいるのは、その男が手練れだからなのか、それとも恩恵を得た人類だからなのか。
「さて、お前らの主神を見せてもらうぞ」
あくどい顔で彼女が懐から飛び出したのは、一つの小瓶。
透明感のある真紅の液体と結晶が浮かぶそれは──『解錠薬』。
普段は見られないように施錠されている背中に刻まれた恩恵を解錠することで、その所属派閥や真名を暴く道具。
それを見た途端、自身がこのまま捕まっていれば自身の主神の名が白昼の下に晒されることを悟り───決意した。
ガバリ、と男がローブを翻せば、その中身があらわになる。
彼の上半身に巻き付く、真っ赤な紅玉──『火炎石』を。強い発火性と爆発性を有するそれは通常よりも大きく、さらには数珠のようにいくつも繋がり、無数に存在していた。
そして、それに取り付けられた
彼のやりたいことに気づいたルルネは、すぐに男を蹴り飛ばし距離を取った。
「この命、イリスのもとにぃ────!!」
何者かの名前を叫びながら涙を流した男は、そのまま火炎石の爆心地となり───炎上。
焦げ臭い匂いを発しながらドサリ、と地面に崩れ落ちた男は、原型こそとどめているものの、全身に大やけどを負っており、背中に刻まれた恩恵すらも見えないほどに黒焦げとなっていた。
もしも離れずに直撃していれば、自身もああなっていた、という事実にルルネが凍りつく中。
───先ほどの男の絶叫に触発されたかのように、次々と
「愚かなるこの身に祝福をぉ!!」
「咎を許したまえ、ソフィア!」
「レイナ、とうかこの精算をもって───!!」
一人、二人三人──と繰り返し発生する爆発は、【ヘルメスはファミリア】の面々に少なくないダメージを負わせる。
セインが、キークスが、ファルガーが・・・・・・と、次々と重傷を負っていく。
「これは・・・・・・!?」
「あら、もう爆発しちゃったの?綺麗な花火ね!」
あいも変わらず楽しそうにはしゃぐ『敵』が、笑いながらアスフィを蹴り飛ばす。
千切れそうな程に強烈な痛みが発生するが、彼女には遠い出来事のように感じる。思考を回すことができない。
───絶体絶命。
倒れ伏す仲間たちの姿。
そして、明らかに弄ばれている自身。明らかに遊ばれ、けれど反撃の機会など与えぬとばかりに、殺すことはない程度に痛みつけられている。
さらには───
「じゃあ、これでトドメね」
「それ、は・・・・・・もう一つ、持っていたのですか」
「そうよ!あの子ったら酷いのよ!『これ以上壊したら、もうお前にはわたさない』なんてことを言うの!だから、こうしてちゃんと温存しないといけないの!」
プンプン、とでも表現できそうな程度に怒っている『影』が手にしているのは、先ほどベルに使用したナイフと同じように呪詛を付与された、禍々しい短剣。
それを振りかぶりながら、フードの奥にある口が弧を描く。
「大丈夫よ!ちゃんと壊してあげるわ!!」
膝をつきながら、それでも少しは抵抗しよう、と死すらも覚悟したアスフィ。
────その足元に、
「・・・・・・なにこれ?」
「これは・・・・・・魔法円・・・」
その色に覚えのあるアスフィは、その出処であろう少年を見た。
壁に腰掛け、息も絶え絶えでありながらも、白い光を発する短杖を片手に握り締めていた。
その目は一切死んでおらず、むしろ『生きるという意志』と『生かしてみせるという意志』が混ざりあい、さらに燃え上がっていた。
魔法円の範囲を見れば、食料庫の大空洞内全て───否、恐らくはさらに向こう側へと広がっている。
「【アンジェラス】・・・・・・!!」
力の入っていない声で、鐘の魔法を呼んだ。
ゴォォォン、ゴォォォン───、と綺麗で、優しく荘厳な大鐘楼の音が何度も鳴り響く。
一秒を間隔として何度も鳴り響く鐘の音色は、倒れ伏していた【ヘルメス・ファミリア】の面々の傷を癒し───ベルが負っていた呪詛を退け、さらに治癒する。
「───は?」
呆けたように『影』が間抜けな声を出すと、その手に握っていた短剣にも変化が現れた。
誰の目から見ても・・・・・・それこそ、冒険者ですらない一般市民ですら恐ろしさや悪寒を感じるほどに禍々しかった短剣が、今ではそれを失い、ただのどこにでも売っている短剣へと成り果てたた。
『影』が慌てて周囲を見回せば、ローブの者達が持っていた呪武具が達も
───ベルの回復魔法に含まれた、浄化の作用。
無詠唱故に、通常であれば弱く儚い効果しか持たないそれも、『英雄願望』による増幅を行えばあらゆる不浄を浄化する聖なる音へと成り変わる。
それを知り得ないが故に呆然とする『影』を他所に、アスフィは一旦後退して合流する。
「皆、立てますか?」
「なんとか」「ギリギリ・・・」「というかもう痛みがない・・・いつもは治っても痛みはあるのに」「不思議」「ありがとな、クラネル」
「────いえ、大丈夫です。むしろ、少しの間とは言え意識を手放してしまって、申し訳ないです」
猛省するように顔をしかめる少年。
───そう。
蹴り飛ばされた彼は、数秒間──ネリーが近寄ってくる少し前まで気絶していた。
すぐに意識を取り戻したものの、痛みによって体が動かず。
何より、強い呪詛によって通常の回復魔法では上手く治癒できず、仕方なく蓄力していると・・・・・・魔法円越しに感じた、複数の呪詛。
いくらなんでも多すぎるそれらを放置はできず、それらすべてを
それ故に起き上がるのが遅れたのだが・・・・・・可能ならもっと早めに発動したかった、と。
反省しながら、『敵』の動きを観察する。
『影』はそのまま動かず、壁や天井から生まれる食人花は先程までベルがいた魔法円の発生地を目指している。
ローブの者たちは、先程の自爆によってそのほとんどが削られ、何より───
「嗚呼、ユリウス!」
誰かの人命を言いながらこちらへ突っ込んできた彼女は──爆発こそしたが、今も鳴り続ける鐘の音色によって、直ぐ様
「あ、あぁ・・・・・・」
「あれでは、意味など・・・・・・!」
生き残った者たちが現状における自爆の無意味さ、さらには武具の特異性も消えたことに絶望し、膝をついた。
そのまま誰かの名前をブツブツと呟く彼らを尻目に、全員が警戒するべき敵──『影』を見た。
『影』は他のローブ達と同じように何事かを呟いていたが、彼らとは違って、そのローブ越しにも感じるほどの『怒り』を感じさせた。
「・・・え、・・・前、お前、お前ぇ!!お前のせいで、怒られて、殴られて、罰される!!全部全部、お前のせいでぇぇ!!」
突然の怒気を当てられた少年は、突然のことに驚く。
周囲の者たちも情緒不安定なまでに怒り狂う『影』の様子に戸惑い、警戒を強める。
「【ファイアボルト】!」
ナイフと短剣を携え、炎雷を纏い、雷によって動体視力と身体能力を強化する。
広域の回復魔法の効果が残留している今なら、それよりも少ない魔力を込めた魔法に、食人花は群がってこない。
いつでも迎え撃つ準備を整えていると───『影』の姿を、一瞬見失う。
「───!」
「殺すわ!」
殺意を言動からも垂れ流す『影』を前に、先ほどとは異なり炎雷を纏う少年はなんとか食らいつく。
振り下ろし、切り上げ、回し蹴り。
怒りに燃えながらも流れるように繰り出される攻撃を、両手に握る武器によってなんとかギリギリで反らし続ける。
それでも流しきれない衝撃によって骨にヒビが入り、筋繊維もブチブチッ、と千切れる音がするが───今もまだ鳴り響いている大鐘楼によって、それらすべてが癒える。
致命傷を一切負っていないベルを見て、さらに『影』の攻撃が苛烈さを増していく。
当然【ヘルメス・ファミリア】の面々も黙って見ているわけではなく、何度か助け出そうとするけれど。
「食人花!」
───それも、『影』が彼らに向かって手を翳すだけで、食人花が魔法を無視して、【ヘルメス・ファミリア】の面々を襲い出す。
(調教師!?)
『魔力』を優先して襲う食人花が・・・・・・それも、
「【喰らえ、始門。あらゆる希望を絶望に塗り変え】」
「!ウォー───」
ル、と炎雷の盾を形成しようとしたが間に合わない。
敵の魔法が完成し、無数の闇色の火球が形成される。
例え炎雷の盾を形成できたとしても受け切れないだろう、と悟らせるそれらが術者の命に従い、ベルに殺到する。
当然避けることも、受けきることもできない魔法を前に少年ができることはなく。
そのまま連鎖する炎に飲まれ、朽ち果てていくだろう。
「【盾となれ、破邪の聖杯】」
───そのままであれば。
突然ベルの目の前に姿を現した、一人の妖精。
白い戦闘衣に身を包んだ彼女は、その手に握る短杖を握りしめていた。
切れ長の目をさらにつり上げながら、己の魔法を行使する。
「【ディオ・グレイル】!!」
円形の障壁が、少女と火球の間に形成される。
文字通り盾となった障壁と火球が衝突。通常であれば吹き飛ばされているであろうほどの衝撃を前に、大地を踏みしめて踏ん張る。
やがて、少々の後退こそしたものの、そのエルフは全ての火球を受けきった。
「───なに、貴女」
突如姿を現した少女に、『影』は狼狽えた。
自身の魔法を受けきったこともそうだが、その魔法が
少女は答えず、振り返ってベルの姿を見る。
体の欠損はない。
けれど、ぼろぼろになった戦闘衣に血が滲んでいる。
そして、何よりも目立つ───赤黒く染まった、腹部。
双眸に怒りを滲ませながら、少女は『影』を睨む。
「貴様か。この子をここまでボロボロにしたのは」
「・・・・・・だとしたら、どうするのかしら?」
フードに隠れて見えていないが、未だに憤怒に顔を歪ませる『影』。
そんな存在を前にし───少女の拳が、ミシミシッ、という骨の軋む音を響かせる。
「退かないのなら・・・・・・貴女も一緒に、殺してあげるわよ?」
瞬間───バキリッ!と砕ける音が響く。
少女に渦巻く激憤が渦を巻き、赤黒いオーラのようなものを幻視させる。
それまでは荘厳に鳴り響いていた大鐘楼の音も、まるで彼女を怖がるかのように小さな音を響かせ、消えた。
ふぅ~・・・と目を伏せながら、深く息を吐いて────眦を決する。
怒りによってか、赤緋色の瞳に紅蓮の炎を燃やしながら少女は叫んだ。
「私は!ベルのお義祖母ちゃんだぞ!!!!」
「なら貴女と一緒に、あの兎を殺してあげるわ!」
互いに憤怒を燃やしながら、二つの存在は激突する。
「──────?????????」
────この世の全ての情報を流し込まれた猫のような状態になった少年を置いて。
フィルヴィスさんがベル君のお義祖母ちゃんになるのはこの小説内だけ!!
皆も一緒に、フィルヴィスさんを応援しよう!!
ごめんなさい。