草喰みの白兎   作:リヴィドーカリェー

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 あとになってから気付くことはありますよね。


後悔

 

 

 24階層の戦いから、早数日。

 綺麗な満月が優しい黄色の輝きを水面に映し出す中。

 僕達【ミアハ・ファミリア】の面々は、リラックスしながらも次々と流れてくるお客さんを捌いていく。

 

 ───今日は、『神月祭』。

 本来は月を神に見立てた祈りの日は、今の僕たちにとっては商機の日でもあった。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「睡眠深度向上薬、ください」

 

「は、はーい!ありがとうございます!!」

 

「・・・・・・いらっしゃい」

 

「睡眠深度向上薬を」

 

「・・・・・・まい、ど」

 

 ───何故か、睡眠深度向上薬が一番売れているけれど。

 先程もアンドロメダさんが買いに来ていたし、思っていた以上にこの都市に住んでいる人たちは寝不足なのかもしれない。

 

 僕達が一番売れる、と確信していた『高等二属性回復薬ハイ・デュアルポーション』は、冒険者達に次々と売れたことにより早々に売り切れ。

 後は他の商品が少しでも売れれば、半年分の借金が返せる・・・という状況であった僕たちからすれば嬉しくはあるけれど、少し複雑な気分にもなってしまう。人々の寝不足によって稼いでいる、とも感じられて。申し訳なくなる。

 

 それでも商品は次々と捌けていき、残すところも極僅かとなる。

 たったの数時間で、何日もかけて作られた商品が次々と売れていく、という現象を前に妙な感覚になりつつも。

 落ち着いてきたのを見計らって、在庫の確認のために後ろの木箱を漁る。

 

「ベル。お客さん」

 

「お客さん・・・・・・?」

 

 木箱を整理している僕は唐突に呼び出されたことに驚きつつも、すぐに天幕から少し離れた位置に移動する。

 

 ───そこにいたのは、綺麗な青い髪を揺らす美しい女性だった。

 そのひとは何時もの青い服装とは異なり、白いワンピースに身を包んでいた。

 何時もの服が戦乙女のような凛とした美しさを感じさせるものなのだとすれば、今回の服装はワンピース特有の柔らかさによって、美しさよりも可愛らしい綺麗さを醸し出していて。

 

「アルテミス様・・・・・・?」

 

「ベル。今朝ぶりだな」

 

 僕が名前を呼ぶと、先程までは屋台を興味深そうに見回していた目がこちらに向けられ、その顔が一気に綻んだ。

 その仕草に思わずドキリ、としながらも、何故ここにいるのか、という疑問が湧いてくる。

 

「こ、こんばんは。その、どうしてここに?」

 

「ミアハに頼まれてな。今日まで貴方は頑張りすぎていたから、暫くしたら迎えに来て連れ出して欲しい、と」

 

 驚きながら後方のミアハ様を見れば、彼はにこやかな笑みを浮かべながら手を振っていた。行って来い、ということなのだろうか。

 ───けれど。いくら商品が少なくなったと言っても、残っている商品はある。

 誘いは嬉しいけれど、やっぱり断ろう。

 そう思っていると───ナァーザさんに、背中を押された。

 唐突に背中に加えられた力によって、そのまま前方へ突き出され、アルテミス様の隣へと辿り着く。

 驚いてナァーザさんを見れば、グッ、とサムズアップをした彼女がいた。

 

「・・・・・・ベル。ぐっどらっく」

 

「・・・・・・何がですか?それよりも、早く戻らないと───」

 

「大丈夫。後は、私たちで何とかする・・・・・・」

 

 頑として譲らない態度のナァーザさん。

 何時もとは違う、何処か気遣うかのような目線が、僕に突き刺さっている。

 

「最近のベルは、頑張りすぎ。ダンジョンに潜れない、私が言うのは筋違いかもしれないけど・・・・・・ちゃんと、休んだほうがいい」

 

 その目は、どこまでも僕を心配そうに細められていた。

 ミアハ様と同じような行動をしているということは、二人はグル・・・・・・いや。

 もしかしたら最近の僕を見ていて、二人は同じ考えに至ったのかもしれない。

 

「・・・・・・わかり、ました」

 

 力なく頷き。僕はアルテミス様と一緒に、お祭りの喧騒の中へと向かっていく。

 ───僕の顔、疲れてるように見えるのかな。

 そんな事を考えながら、僕はナァーザさんが手を振っているのを、背中で越しに感じた。

 

 

 

────

 

 

 

 

「アルテミス様、イカ焼きです」

 

「ああ、ありがとう」

 

 噴水広場のベンチに腰掛け、二人並んでイカ焼きを口に運ぶ。

 出来立て特有の熱、そしてそれにより濃く感じる味と匂いを味わいながら、二人は天を仰ぎ見た。

 その先には綺麗な満月と無数の星々が並べ立てられ、ベル達を見下ろしていた。

 

 月の下にいることにより、スキルが発動しているベルの瞳は何時もの深紅ルベライトではなく。アルテミスのもののように、綺麗な蒼い瞳をしている。

 それを見るたびに、彼女はベルとお揃いなものが増えて嬉しいやら、彼の綺麗な瞳が見えなくなって寂しいやらで複雑な心境になる。

 

 ジッ、とベルのことを見つめている彼女の視線に気がついたのだろう。

 アルテミスよりも早くイカ焼きを食べ終えたベルは、彼女目を見つめ返し、少し首を傾げながら微笑む。

 慈愛のこもった目に射抜かれ、少し照れた彼女はフイ、と顔を背けてしまう。

 

 ───会話は少ない。

 別に仲が悪くなったわけでもない。

 むしろ、アルテミスは先程のようなやり取りを何度も繰り返しながらも、彼のことを見つめる程に、ベルの事が好きだ。

 ベルもまた、彼女とは方向性こそ違うものの、彼女のことを大事に思っている。

 それでも会話がないのは、二人がその静寂を好んでいるからだろう。

 

 何も言わずとも目線や動作で会話をする。そんな普通であれば難しいことを、二人は容易くこなしている。

 それは以前に『オリオンの矢』を通じて想いを通わせ合った故のものか、それともまた別の要因か。

 いずれにしても、二人は心が通じ合いながら、今の時間を楽しんでいた。

 

 

 アルテミスがイカ焼きを食べ終えると、二人は立ち上がった。

 屋台を回り始めた当初から、既にお祭りが始まってから数時間が経っていたために、もう殆どの出店は撤収作業を開始している。

 魔石灯の数もポツリポツリと減っていき、暗がりが増えるとともに、月明かりが照らす範囲も増えていく。

 そろそろ家に帰ろう、と思ったベルが帰路を歩み出そうとし───アルテミスが彼の手を握り、引き止めた。

 

「アルテミス様?」

 

「・・・・・・」

 

 その綺麗な蒼い双眼はベルの事を射抜いており、ほんのりと眉が垂れ下がり、心配の色を乗せていた。

 

「ベル。貴方は、何処か行きたい場所があるのだろう?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 女神の質問に、少年は答えない。

 先程までのゆったりとした優しい静寂とは異なる、緊張を孕んだ静寂。

 ベルは内心を隠そうとし、目を伏せる。その心の中に渦巻く感情を吐露してしまえば、以前の時のように叫び散らしてしまいそうだったから。

 ───目を閉じても無駄なのだと、理解していながら。

 

「貴方が行きたい場所に、私も行きたい」

 

 

「・・・・・・お祭りの余韻が台無しになっちゃいますよ。だから、止めておいたほうがいいと思います」

 

 言い訳を口にして、ようやくしまった、と気づく。

 これでは、まるで行きたい場所自体はあると言っているようではないか。

 後悔をしても既に遅く。アルテミスは薄く微笑みを浮かべながら、ベルに先を促す。

 

「私は構わない。貴方と共にいるのなら、何処へでも行きたい」

 

「・・・・・・わかりました。ついてきてください」

 

 観念し、ベルは先を行く。

 人通りの少なくなってきた道を歩いていると、先のアルテミスの発言を思い出して『まるで告白みたいだったな』、と考え。そんな安易な考えに行き着いた思考を、ベルはすぐに引っ込める。

 

 そんなはずがない、恐れ多い、勘違い。

 様々な思考を巡らせ、先の考えを奥底へと沈めていく。

 ───その考えこそが事実なのだと、ついぞ気づかぬまま。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 暫く通りを歩いた二人は、一つの小さなお店に辿り着く。

 儚い月光に照らされたそこはガラスが張り巡らされ、差し込む光を活かし、店内や花台に乗せられた花を、より一層綺麗に魅せる。

 無数に咲き誇る花々が飾られたそこは───

 

「ここは・・・・・・花屋、か?」

 

「はい。あそこ(・・・)に行くには、まずは花が必要なんです」

 

 言いながら、彼は店内へと進む。

 暗く静まったお店は、普段であれば閉まっている時間なのにも関わらずに開いているのは、今日が『神月祭』だからだろう。

 店内をキョロキョロ、と辺りを見回すと、その一角にいる栗色の髪をした小人族パルゥムを見つけた。

 

「リリ、久しぶり」

 

「・・・・・・ベル様?お久しぶりです」

 

 半月ぶりともなる、サポーターの少女との再会だった。

 ───ここは、リリルカがお世話になっている花屋。

 【ソーマ・ファミリア】の所属である彼女は、現在はたまにサポーターの仕事をしながら──主にベルとヴェルフと組んでいる──、この『家』での日々を過ごしている。

 そんな場所へとベルが足を運んだのは、再会を喜ぶためではない。

 

「それでは、ベル様。本日はどのような花をお求めですか?」

 

「ええと・・・・・・菊と百合リリイ、カーネーションの花束を、何個か見繕ってほしいんだ」

 

「・・・・・・わかりました。・・・・・・また、行くんですね」

 

 少女の呟きに苦笑いで返す少年に、少女は少し目を細めながらため息を吐いて。すぐに花束を作る作業に移る。

 綺麗な紙を取り出し、先程の注文通りの花の不必要な葉や茎、そしておしべを切り落とし、それを紙に並べていく。

 テキパキとした動きに反し、切るときに力が入っているためかジャキッ、ジャキッ!、と大きな音が響く。

 人通りの少なくなっている都市内にて、その音は思いの外大きく。たまに道を行き交う人々が、店内をのぞき込んでいた。

 

 そうして整えた花達を紙で包み込み、複数の花束を作り出す。

 綺麗な花々は、切られたというのにエネルギーに溢れていて。それぞれが月の光を受けていて、瑞々しく輝いているようにも見える。

 

 お金を払い、包み終えた花束を受け取った少年は、都市の南東部へと足を向けた。

 

「ベル様・・・・・・」

 

「なあに?」

 

「・・・・・・いえ。なんでもありません」

 

 一度ベルを引き止めたリリルカは何事かを言いかけ、すぐにそれを取りやめた。

 その瞳には、やるせない感情が込められていた。

 以前彼女に言われた言葉を思い出し、少年は胸内で申し訳なく思いながらも、アルテミスを連れて目的地───『第一墓地』へと、向かった。

 

 

 

────

 

 

 

 ───『第一墓地』。

 『冒険者墓地』とも言われるそこは、広大な共同墓地であり、数多の冒険者の魂が眠る場所。

 お祭りの喧騒とは正反対の、痛々しいほどの静寂が包むこの場所が、ベルの目的地。

 

 彼は、『教えられた』通りに墓地の入り口から歩いていき、ある墓に辿り着く。

 そこには目的の人物の名前が墓石に刻まれており、その下に眠るものが誰なのかを、少年は理解していた。

 

 その手に持っていた花束を一つ置き、ベルとアルテミスは祈りを捧げる。

 およそ一分ほどの祈りを終え、次のお墓へと向かう。

 

「・・・・・・ベル。何故ここに来たのか、聞いてもいいか?」

 

 「そうですね・・・・・・」とベルは少し考え込む。

 しばし思考を巡らせたベルは、すぐに首を横に振る。

 

「今は、駄目です。目的のお墓全部に手向け終わったら、教えます」

 

 後ろめたさを感じさせる暗い笑みを浮かべながら、ベルは歩む。

 ───そうして。二人は花を手向けては祈り、手向けては祈るを繰り返す。

 普段の様子とは異なるベルの様子が気になったものの、本人がああ言っている以上は今は詮索するべきではない、と判断し、アルテミスは彼について行く。

 

 持ってきていた花束も残すところあと数束。

 最初に来た時よりもゆったりとした足取りで歩む少年の視界の先に、人影が一つ。

 

「お前は・・・・・・『鐘兎』」

 

「・・・・・・お久しぶりです」

 

 厳つい顔や背丈、そして格好をした人物だった。

 彼は神妙な面持ちでベルを見て───すぐに、目を逸らした。

 嫌われているんだろうな、と読み取ったベルは彼の横を通り過ぎようとし───直ぐに、腕を掴まれた。

 

「お前、まだ来てたのか。もう来なくてもいいんだぞ」

 

「・・・・・・今回は別件でここに来たんです」

 

「嘘つけ。お前の持ってる花束と同じものが、仲間の墓に置いてあったぞ」

 

「・・・・・・・・・」

 

 ベルは黙り込んだ。

 それでも彼からは目をそらさず、ジッと見続ける。

 暫くして、彼の腕を振りほどいて、ベルは歩き出した。

 

「それでも。忘れちゃ、いけないんです」

 

 可能な限り感情を排そうとしている、重々しい声が響く。

 その内心を完全に推し量れずとも、彼の仲間を助けられなかったあの時のように、少年が深い後悔と悲しみを抱いていることは、男性にはわかった。

 ───同時に、自分が何を言っても意味がないことも理解した。

 何も言わない男性を置いて、少年は歩を進める。

 

 先を歩く少年に、アルテミスが追いすがる。

 そうして彼女がベルの隣に立ったのと同時に、二人は目的の墓へと辿り着く。

 ───そこは、アルテミスの眷属たちが眠る場所だった。

 『アンタレス』の討伐後。オラリオへとたどり着いた彼女達の遺体はここへ埋葬され、アルテミスも折を見てはここに足を運ぶ事がある。

 

 ───ベルは、果たして何度ここに足を運んでいるのだろうか。

 先の男性の言葉から、ベルがここ──墓地に、何度も足を運んでいることは理解できた。

 しかし、少年はオラリオに来てから一ヶ月と半分しか過ごしていない。

 それなのに、顔を覚えられるほどにここへ来ているということは───いったいどれほどの頻度で、そしてどんな気持ちでここへ来ているのか。

 

「ベル・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 ベルは一つ一つの墓に花束を添えて、祈りを捧げていく。

 アルテミスも彼に続き、祈りを捧げる。

 ───どうか、安らかに。そして、彼女達の『魂』が、より良い新たな人生へと生まれ変わりますように。

 『神』らしい『魂』そのものの『来世』の幸せを願う祈りを終え、アルテミスが目を開いたのと同時に。

 ベルは、ポツリポツリ、と先の彼女の疑問に答えていく。

 

「ここには、アルテミス様の眷属の方々・・・・・・そして24階層で亡くなった冒険者達に、花束を手向けるために来たんです」

 

 淡々と告げる彼の目が───自身と同じ蒼い目が、深い悲しみの色に染まっていき、何処か遠くへと行ってしまうのではないか、と錯覚を引き起こす。

 それほどまでに、今の彼は危うい雰囲気をまとっていた。

 ───以前の『アンタレス』討伐の旅の際に起こった、あの弱みを吐露した時のように。

 彼が消えてなくならないように、と手を握るアルテミスに気づいた様子もなく。ベルは深い悔恨を吐き出していく。

 

「助けられたかもしれない、治してあげられたかもしれない、って。自分でも分かってるんです。そんなのは傲慢な想いなんだ、って。でも・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・それは、貴方が優しいからこそだろう」

 

「その『優しさ』があっても、こうして救うことができない人がいるんです」

 

 アルテミスの慰めの言葉も、今のベルには届かない。

 辛気臭い雰囲気を纏う少年は自身の顔が深い苦しみに染まっていることにも気付かず。内心の『膿』を、吐き出し続ける。

 

「僕じゃ救えない命もある。『治療師ヒーラー』と『薬師ハーバリスト』になったときに理解して、納得して・・・・・・覚悟いたはずなんです。でも・・・・・・・それでも・・・・・だめでした」

 

 から笑いをして、少年の顔に笑みが張り付けられる。

 

「止まらないんです。後悔も、悲しみも。人を助けるためにいろんなことを学んできたのに。実際には助けられずに、取りこぼした命も多くあって」

 

「確かに、助けられた命もたくさんあると思うんです。それでも、どうしても亡くなっていった命の方にばかり気がいってしまって。・・・・・・不義理ですよね」

 

 ここまで吐き出したというのに、一切心が軽くならないことに、少年はさらなる悲しみを抱く。

 それほどまでに『膿』がたまっていたのか、それともその悲しみには永遠に終わりがないのか。

 答えのない疑問が、ずっとベルの心を蝕み続ける。

 

「・・・・・・『闇派閥イヴィルス』らしき人物たちを捕まえた、って話はしましたよね」

 

「・・・・・・ああ。そして、彼らが所属していたファミリアがわかった、ともアストレアから聞いた」

 

「はい・・・・・・彼らの中にも、犠牲者がいたんです」

 

「・・・・・・」

 

 普通の冒険者であれば、気にすることではない事柄だろう。

 ましてや、相手は自身の命を奪うかもしれない『敵』。気にすれば、奪われる命は自身であることを理解している冒険者は、気にする暇もないのだ。

 ───だからこそ。こうして、いつまでも後悔が胸を押しつぶそうと、ベルを蝕む。

 

「彼らは、火炎石を利用して、自爆をしたんです。多分、大切な人の名前を叫んで。まるで、僕たちを殺せば、死後にその人のもとに行ける、だなんて勘違いをしているかのように」

 

「もしかしたら、まだその人を大切に思っている他者だれかが、この世界には居るかもしれないのに、それに一切目を向けずに。あの人たちは、死んだんです」

 

 彼らを慮る少年の胸中に浮かび上がる、もしかしたら義母を失っていたかもしれない時に抱いた、悲しみと、後悔と───怒り。

 虫食いの被害に遭ったかのように、少年の心の防波堤は穴だらけで、ぼろぼろになっていた。

 それほどまでに、自死を厭わない彼らの行動は知らず知らずの内に、少年の心を壊していった。

 

「────僕は。自分が、嫌いになりそうです」

 

 言葉を締めくくり、沈黙が場を包む。

 ここまで来て、やはりベルの心には、後悔だけが湧き上がってきた。

 アルテミスにとって大切な娘達が眠る場所でする話ではなかったな、と。

 再び浮かび上がるベルの想いを・・・・・・アルテミスが、押さえつける。

 

「これは、私の想いだ。貴方からしたら、迷惑な想いかもしれないが・・・・・・・・・」

 

 言いながら、ベルを抱きしめた。かつての夜のように。

 ベルが泣き出しても、問題がないように。

 彼の内心が、何時も泣きそうになっていることを。彼女は、よくわかっていたから。

 

「───私は。貴方が無事に、生きて帰ってきてくれて。心の底から、嬉しく思うぞ」

 

 ───生きて帰ってくる。

 その言葉を聞いた途端、少年の瞳に涙があふれ出した。

 

 無事に生きている喜び。人が死んでいるのに、今を生きている引け目。

 人が死んだ悲しみ。勝手に悲しんでいるのは、逆に彼らへの侮辱だ、という怒り。

 相反するいくつもの想いが、少年の胸中で交錯していき。

 アルテミスの服を、涙で濡らしていく。

 

 嗚咽が漏れる。けれど、泣き言はもう出てこなかった。

 ───少年は、優しいのだろう。

 人の命を尊び、それを救うことを目標にしている彼は、亡くなった命と、その命と関わってきた人々の悲しみを受け止めてしまう。

 24階層でも、治療する彼らの暴力をも受け止めたのは、そうすることで、彼らの飲み込むことができない溜飲を下げさせるため。

 

 ───ベルは、人を救うためならば。自身の身体も、命すらも賭して、助けようとするだろう。

 ミノタウロスの時のように。アンタレスの時のように。

 だからこそ。

 ───ある意味では。この少年は、誰よりも医師に向いていない。

 

「貴方は、優しい子だな」

 

 優しく撫でるアルテミスの言葉に、少年は答えることができない。

 こぼれ落ちる後悔の破片が、足元へと落ちては恨みを持つ亡霊のごとく少年を包んでいく。

 ───いつの日か、少年はこの後悔や悲しみへの向き合い方を知るのだろう。

 それは、慣れたと言えるものではない。命を軽んじるようになるわけでもない。

 ただ、生き方を知るだけ。それを、ある意味では誰よりも少年は理解していた。

 だから───

 

「ごめん、なさい。ごめんなさい・・・・・・」

 

「ああ、大丈夫だ。貴方の想いを、私にも分けて欲しい」

 

 ───今は。

 この後悔を、心に刻んでいこう。・・・・・・決して、忘れないように。

 そんな願いを、ベルは抱いた。





 ベル君は優しいです。それは原作からも変わりありません。
 だからこそ、医療系であることもあって人の『死』に敏感に──それこそ、原作以上に反応してしまうんです。

 24階層で見つけた冒険者の遺体。そして、ローブの集団の自爆特攻。
 その時には気づかなくても、あとからになって心が落ち着いてきてから、ようやく心が傷ついていることに気がつくんです。
 人は、あとになってから気付く生き物ですからね。少しずつでもいいから頑張って成長してね、ベル君。

 次回以降なのですが、以前のような短編系を出したいと思います。作者としては結構好きなんです、これ系を書くのは。こう、キャラの解像度を上げつつ、その日常がわかるので。
 よく読む二次創作系でも──もちろん本編も大事ですが──、そういったものを書いていてくれると嬉しいんですよね。

 内容はちょっとした小話系(例:現在の家兼お店での日常や、ベル君の日常系)、フォスの好感度調整奮闘記とか、後はフォスとフィルヴィスさんの昔話とかとか。ふわっとした、ちょっとゆるい内容になります。
 以前よりも長く、多くなるかもしれません。お付き合い頂けると幸いです。
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