はい、「出会い」、です。何も言わなくて結構。
霧が立ち込める、10階層。
ダンジョン・ギミックと呼ばれる、冒険者を仕留めようと、本格的に牙を剥き始める階層にて。
少年──ベル・クラネルはいた。
前方にはオークやインプを始めとする、数々のモンスター。
足元には先程斬り伏せたモンスターの灰。
後方には冒険者。頭から血を流す者、骨が折れているのか腕を固定する者、足を庇うように立つ者。
皆大なり小なり怪我をしていた。
少年は背後を振り返り、そこまで重傷ではないことを確認してはホッと胸をなで下ろし、ナイフを構え、炎雷を纏い──疾走。
「──ふっ!」
『ギィギャ!?』
薄暗いダンジョンの光を鈍く反射するロングナイフを振るい、インプを両断する。
そのまま振り返ることなく左手に握るワンドを背後に突き出し、サンダー、と。
つぶやきとともに放たれた雷により、不意打ちを仕掛けようとしていたインプが、悲鳴を上げることすらできずに灰になる。
そのままステップを踏むように次の敵に接近し、ナイフのグリップで殴り飛ばす。
吹き飛ばされた怪物が、その奥にいたオークにぶつかると共に灰に変わり、それがオークの目と鼻を潰す。
周囲の状況がわからないオークに対して少年は火球を飛ばし、怪物の魔石を爆発させる。
オークが灰になった瞬間にそれをナイフで吹き飛ばし、別のオークの目を潰して隙を作り出す。
「すげぇ・・・・・・」
ダメージを負うことなく次々とモンスターを
──やがて。
モンスターの殲滅が終わると。傷ついた冒険者たちの手当てをするために駆け出した。
───
──モルド・ラトローは狼狽えていた。
今日は、いつもと同じ日常になるはずだった。
万年第三級冒険者のLv2、燻っている中年冒険者。
引退も視野に差し掛かる時分にて、それでも冒険を求めてダンジョンに潜り。
そして、最近調子に乗っていると噂するものもいる、とある冒険者──鐘の兎なる者。
そいつに先輩冒険者としての洗礼を与える。
そんな、いつまでも中層に燻っている自身への鬱憤を一時的にでも晴らす、そんないつもの日常に──なる、はずだった。
頭の中のどこか──否、本能では気づいていたのだ。
いつものダンジョンではない、ということには。
いつもはモンスターの不快な鳴き声がひしめくダンジョンが、驚くほどに静かなことに。
ただ、気付いている、ということに気付けない。頭を回せない。
それほどまでに、気が立っていた。
──だから、ソレの接近に気付かない。
『グゥウウウウウウウ…!』
低い、唸り声。
まるで地の底より響いているかのような声を、自身の耳が拾う。
その時になって、ようやく気付いた。
自身よりも下の者を蹴落とさんと躍起になっていた者たちが、さらにそれよりも上の存在によって駆逐される。
──これは、ただソレだけのお話。
「・・・・・・ミノ、タウロス・・・?」
呆然と呟かれた言葉は、一体誰のものだったか。
頭の中でようやく鳴り響く警告音は、しかし遅い。遅すぎた。
──ダンジョン、11階層。
そこに、ミノタウロス。
本来の出現階層を超えた怪物はLv2にカテゴライズされている。
しかし、それは冒険者のランクがLv2であれば戦えるというわけではない。Lv2の冒険者がパーティとして束になってようやく倒せる、という指標。
しかし、どう見ても目前のソレは異常事態。
漆黒の肌が、まるで体内が熱を持っているかのように 赤く、暗く光を反射する。
頭部にて輝く双角は、血を浴びたかのように鮮血色。
その手には、モンスターが階層から取り出した天然武器ではなく。冒険者の遺品だろう斧。
そして何より、こちらを睨みつけるその瞳の、濃密な殺意。
──強化種。
他のモンスターの魔石を取り込んで通常種よりも、より強力な存在となった怪物。
──自分たちに勝てる相手じゃない。
「・・・・・・に、にげろぉぉおおぉおお!!!!」
「「うわぁぁああぁああ!!!」」
情けなく喚きながらも、全力で走る。
──ここは11階層、それならこのまま地上に向かって逃げるほうが早い!
冒険に出ることよりも生き延びることに命をかけた彼らは、しかしだからこそこんな場面では生き残るのだ。
たとえ卑怯、卑劣、愚物と言われようが、これこそが自分たちの道なのだと。
だからこそ『怪物進呈』は平気でやるし、セリなんかにも手を出す。
──それも、ここまでだったのだろう。
『───ヴゥオォオオオオオオ!!!』
『咆哮』。
凄まじい大音声のそれにより、モルドたちの顔は青ざめ、および腰にさせる。
なにより、致命的だったのは。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、足が止まったこと。
──だから、モルドたちは。
──気づけば、自分たちの作る、血溜まりの中にいた。
──
───
──モンスターとの戦闘後に、パーティの治療をし。
治療を行ったベルに感謝を告げ、お礼を差し出そうとする冒険者たちに、少年は待ったをかける。
──それは、貴方たちが地上へ帰ったあとの治療費に使ってください。
そう遠慮する少年に、それでも、と。
このままでは引き下がれない、とはエルフの青年の言葉。誇り高い彼だからこそ、自分たちに献身を捧げた少年に報いたい、と食い下がらせる。
引き下がらない冒険者を前に、少年は苦笑する。
──それじゃあ、僕達のファミリア──薬舗に来てください。そこでポーション等を買ってくれれば、それで終わりってことで。
少々納得のいかなそうな顔をした彼らはしかし、少年が一歩も引かないことを悟り。
自分たちのファミリアの名前とホームの場所を伝え、もしも自分たちが件の薬舗に来なければ、尋ねてほしいと告げ。
地上への道を歩みながら少年に頭を下げる彼らを見送った後。
ベルは、下の階層への道を進んでいた。
11階層。
薄暗いダンジョンの中は静寂に包まれていた。
そう、静寂に包まれていたのだ。
──たった一つの、『音』を除いて。
『─────オォオォォォオオ!!』
「!?」
遠くから聞こえる、モンスターの声。
──知らない。
──僕は、知らない。
──僕は、こんな声を、聞いたことがない──!!??
心臓が早鐘を打つ。
汗が噴き出て、顔から血の気が引く。
明らかな異常事態の前兆を前に、少年は一歩、後ずさ───
「誰か、たすけてくれぇええぇえ!!!」
「!!!」
──る、事は出来ず。
「──【ファイアボルト】」
炎雷を纏う。
一度に5回発動したソレは、少年の周囲で渦を巻く。
そして、ロングナイフを右手に、左手に短杖を。
準備を整えた後、疾走する。
目まぐるしく変遷する景色など気にもとめず、走る。
──やっぱり、モンスターがいない。
それはおかしい。
いつもならば、10階層以降には『怪物の宴』とも呼ばれる怪物の大量発生が発生するのだ。
次から次へと、まるで雪崩の時のように出てくるときすら存在する。
それなのに。
モンスターがいない。
焦燥感が、少年の心を削る。
──やがて。
少し広めの『ルーム』にて、ソレはいた。
『──ヴゥゥゥゥ・・・・・・!!』
そこにいたのは、漆黒。
薄暗い光を浴びて映し出されるのは、紅。
時間を経るごとに黒く染まるソレは、血。
見れば、その足元には、先ほどまで叫んでいたのだろう冒険者達の姿が。
血溜まりに、沈んで、いた。
その、姿に。
─────血溜まりに沈む、義母の姿が─────
『ヴォオオオ!!!』
「──ッ」
視線を上げる。敵を、見据える。
思わず、息を呑む。
ねじれる双角をもち、強靭な肉体を持つ、雄牛。
その名は──
「──ミノタウロス」
勝てる存在じゃない。
相手の潜在能力は、本来Lv2。
強化種だろうその姿から、さらにソレ以上。
認識からグングンと上がる危険度を前に、けれど少年は怯まない。
──知っている。
(あの人たちが戦っていた相手より、弱い)
お義母さんとおじさんが戦っていた竜よりも、ずっと、と。
鼓舞する。
そして、目標を定める。
倒さなくてもいい。
ただ、足元にいる彼らは、必ず救う。
──顔も知らない彼らを救う必要はあるのか、相手がこちらに恩を感じるとは限らないだろう。
そう訴えてくる声に、しかし少年は迷わない。
──見捨てるなどという選択肢は、もとよりないのだから。
「──いくぞ!!」
雄牛と、治療師。
本来よりも早く成長した少年に対し、それに呼応するかのように現れた怪物。
──歴史の転換点は、早くも訪れた。
────
「受け流せよ?」
「ゥ゙ッ!!??」
木剣を手にする大男の攻撃に反応できず、頭に直撃する。
頭の中がスパークするかのように真っ白に染まり、何も考えられなくなる。
遅れてやってくる痛みに、思わず頭を押さえながら、目の前の存在を見つめる。
獣のひっかき傷を目元に宿す男は、苦笑いを浮かべた。
「弱いな」
「ヒグッ」
目尻に涙を溜める少年に、男は慌てる。
ポーションを垂らしてたんこぶを消しながら、男は考える。
──受け流しと、回避。
男は、それだけを教えるつもりだった。
少年の目標は、治療師。
前に出る存在ではない。
だから、最低限の護身術を叩き込むつもりだったのだ。
──それだけだったのに。
それがこうも才能のない子どもに教えるのが難しいとは。
ハァ、と。思わずため息を吐く。
そんな男の様子に気付かない少年は、持っていた木剣を放り捨てた。
「おいおい、ベル。それじゃ特訓にならないぞ?」
「──いいもん!だって、僕を守るのだっておじさんたちが居ればいいんだもん!ずっと、ずっと一緒に居るって言ったもん!」
「・・・・・ベル」
少年の駄々に、男は嬉しいような、けれど悲しいような、微妙な表情を浮かべる。
──少年は、治療師として、もしくは薬師として大成するだろう。
それは、どんな手を尽くしてもジクジクと己の身が腐るのを待つ男と、年々咳の数を増やし、顔色を悪くする魔女の二人を蝕む病魔を、毒を。
──齢11になったばかりの少年が、すべて消し去ったのだ。
──少年は、すでに彼らにとっての■■だった。
だから、男たちにとっても離れがたかった。
そうだろう?
──家族と離れたがるものが、いるものか。
しかし、少年の才を、この村で潰すのは惜しい。
恩恵を得ていない時点で、己等を救ったのだ。
その才をここで終わらせたくない、というのも、また親心だろう。
「──だが、ベル。約束したんだろう?」
「・・・・・うぅ・・・・」
「■■を■■■■になる。そう言ってただろ?」
「・・・・・・でも、だからって。離れるなんて・・・」
「仕方ないだろう?俺たちはオラリオには行けない。これはどうしょうもないことなんだ」
「でも!でも・・・」
尚もぐずる少年を、男は肩に乗せた。
悲鳴を上げる少年に笑いながら、男は言う。
「大丈夫だ、ベル」
「?」
「お前は、俺たちにとって──」
───
「───フッ!」
『ヴォ!?』
斧を振り被ってくる雄牛を前に、走馬灯のようにかつての記憶が蘇る。
それを振り払うかのように、ナイフでそれを滑らせながら、雷を斧を通してミノタウロスに流し込む。
雷に腕を痺れさせ、硬直するミノタウロスに対し。
ベルもまた、腕を痺れさせていた。
(受け流しただけで、この衝撃!完璧にできたとしても、これか!)
ベルの受け流しの腕前は一級品だ。
どんな姿勢であっても受け流しが行えるよう、ミッチリと絞られたが故。──家族が、最低でも防御が一級品になるまでは、オラリオには絶対に行かせなかったがために。
それを持ってしても流しきれない、ミノタウロスの膂力。
旋律を感じながらもそのまま転がり込み、ミノタウロスの足元にいる冒険者達の元へ滑り込む。
そして、冒険者達の襟を3人分掴むと、炎雷での加速でもって、かつ衝撃を与えないように速攻で離れる。
ミノタウロスがベルを見失う中、今のうちに冒険者達の状態を確認する。
幸い息があるのを確認すると、折れた腕等に添え木を当てたりポーションをかけたりしながら処置を進める。
「【アンジェラス】」
控えめな鈴の音が鳴り響き、冒険者達の応急処置が完了する。
それと同時に、ベル達の位置にミノタウロスが気づく。
猛る殺意を向けてくるミノタウロスに対し、少年はロングナイフを構える。
冒険者達の意識はない。
そして、彼らを抱えて逃げるのは不可能。
このまま放置すれば、ミノタウロスが彼らを襲うのは確実──
スゥッ、と。
浅く、けれど深く、落ち着くように息を吸う。
早鐘を打つ心臓の鼓動を感じながらも、戦意を無理やりひねり出す。
潰されないように、殺されないように。
──生き残るために。
──助けるために、守るために。
──そうして。
雄牛と少年は、激突した。
実はこのミノタウロス、普通にイレギュラーです。
斧は既に殺した冒険者の遺品。多分ドワーフ。