ベル君の撫で心地ってどんな感じなんでしょうね。リアルにいたら撫でてみたいものです。
時刻は正午を過ぎ。
満腹になるほどに昼食を食べ過ぎたものは眠気に誘われ。休憩中に仲間たちと賑やかな時間を過ごしたものが、仕事を前に逃げ出したくなる、そんな時間帯の中。
ベル達【ミアハ・ファミリア】は、半年分もの借金の返済終え、現在は再び資金集めのために『調合』を───
『兎を出せ──!!』『卑怯者を出せ──!!』『日の下へ真実を晒せ──!!』『ベルきゅ──ん!!笑顔をくれ───!!!』『ミアハ様───!!貴方の愛をくださ────い!!!』
「・・・・・・・・・うわぁ・・・・・・・・・・・・・あと最後の奴は潰す・・・・・」
「あのこれ・・・・・・全部僕のせい、なんですよね・・・・・・?」
「いや、これはそなただけのせいではない。して言えば・・・・・・私たちとあやつらのせい、だな。死ぬ時は共に死のう」
「すごく物騒ですね!?まだ死にたくありませんよ!?」
眼科に広がる阿鼻叫喚の嵐を前に、少年は頬が引きつるのを止められなかった。
普段は客が居らず、静謐に包まれている──別にもう悲しくなんかない──『青の薬舗』が、現在はガヤガヤとした騒がしさに包まれている。
近くの家からはバタンッ!!と大きな音を立てて扉や窓が閉まる音が聞こえ、やはりうるさかったのだろう、と察する。
うじゃうじゃと、悪しざまに言うのであれば『虫のように』溢れている人々の姿に、ナァーザなどは吐き気を催しており、その多さに辟易としていた。
彼ら全員が『客』として来ているのであれば、それこそ言うことはないのだが・・・・・・残念ながら、目的は先の叫び声の通りのようだ。
───そう、ベルである。
「どうしますか?」
「どうもしない・・・・・・って言うより、できない、が正しいかな。私達が何かする度に、向こうが反発する・・・と、思う」
「ガネーシャの眷属かアストレアの眷属が来るまでの辛抱だな・・・・・・それまでは"静かに"『調合』をしていよう」
無視することを選択した彼らは、ギリギリで店内にいることを知られていないことを理解しているため、物音を立てないよう静かに『調合』を始める。
彼らの調合室は奥の方にあるのだが、それでも外からの野次が聞こえてくるのは如何なものか。
明らかな近所迷惑に営業妨害を重ねた悪辣なものに、ナァーザは殺意すら抱いた──彼女が犬人である事も関係しているのだろうが──が、それでも一人と一柱に迷惑をかけないように鎮める。
「それにしても、どうしてあの人たちは店内に入らないんですかね?」
「・・・・・・あれは、本当に悪辣なもの。店内に入って、ああやって騒ぎ立てると・・・・・・すぐに、通報されて捕まっちゃうし・・・・・・営業妨害に当てはまる場合があるから・・・・・・だからああして、外で騒いでいるの」
「うむ。故にああして店外で騒がれると、私達が営業妨害を叫んでも聞き入れられない場合があるのだ。・・・・・・【ミアハ・ファミリア】」のような『弱小ファミリア』の場合は特に、な」
「それは・・・・・・酷い、ですね」
悪辣、卑怯とも言える彼らの行動に、ベルは胸の中に泥が湧き出たかのように気持ち悪くなる。
彼は村の穏やかな空気と人々に囲まれ、助け助けられての関係が構築された中で育ってきた。
仕事をサボればお叱りを受けることこそあったが、それでも村の人々は優しく、助けてくれることこそあれど、凡そ人の悪意と呼べるものを向けてくることがなかった。
強いて言えば少年の義母の性格が
ほんの一瞬だけ嫌だな、と思う瞬間こそあれど、それを受け入れられないほどのものではない程度に抑えられていた。
だからこそ・・・・・・今回のような人の悪意と呼べるものに対する接し方が、彼には分からなかった。
「アストレアもガネーシャも注意はするのだが・・・・・・大半の神は中々曲者揃い故な」
「私たちには関係のない話だと思ってたんだけどな・・・・・・まさかこうなるなんて」
そうこうしていると、いつの間にか外の喧騒が止み何時もの静寂が訪れた。
先の二つのファミリアの内のどちらか、もしくは両者が収めたのだろう。すぐに何者かが入店し───元気な声が、燃えるような赤い髪とともに店内へと入ってきた。
「こんにちは!!愛と正義の使者たる美少女!アリーゼちゃんが騒動を収めてやってきたわよ!!!」
「・・・・・・うるさい・・・・あと、貴女は美女であって、美少女じゃない・・・・・・」
「いらっしゃいませ!」
ビリビリ、と建物が揺れそうなほどの大きな声を出すアリーゼ──戸棚に置いてある試験官内の液体がゆらゆらと揺れた──にナァーザは辟易とし、ベルは笑顔で応対する。
どうやら彼女が外の騒ぎを収めてくれたようで、店内の窓から見える範囲では人だかりの姿など何処にもなく、居たとしても、早くもダンジョンから出戻りしてきた冒険者くらいのものだった。
「ありがとうございます、アリーゼさん。助かりました」
「大丈夫よ。私も騒がしいと思っていたし。何より───久しぶりにベル君にも合いたかったしね!」
「わぶっ」
アリーゼはカウンターに近づくと、キョトン、とした顔で首をかしげるベルの頭や顔をワシャワシャー、と撫でる。
女性として嫉妬しそうになるほどのふわふわサラサラな髪質ときめ細かく柔らかい肌の感触を楽しみ、ベルはベルで撫でられること自体は好きなので、恥ずかしそうにしつつもはにかみんでおり、『よいではないか、よいではないか〜』状態だった。
その撫で具合は手の大きさこそ違えども、ベルの頭を撫でる際の子供たち──ベルの髪を触りたがる子供たちは多い──の撫で方に似ている気がする。
有り体に言えば下手なのだが、それだけではなく・・・・・・元気が出るような。そんな不思議な魅力に溢れていた。
「ひしゃしぶりぃっちぇ・・・・・・あにょ、まぢゃしゅうじつしかちゃっちぇいにゃいひゃずでぇすよにぇ(久しぶりって・・・・・・あの、まだ数日しか経ってないはずですよね)」
「やっぱりこの撫で具合は良いわね〜・・・・・・【アストレア・ファミリア】に来ない?私も一緒に、皆を説得するわよ?」
「きいちぇみゃしゅ?あちょ、いゃあです(聞いてます?あと、嫌です)」
「・・・・・・ちょっと。うちの後輩を勝手に勧誘しないで。せっかく火急の問題が片付いたのに。・・・・・・それに、アルテミス様も怖いし」
「?最後、何て?」
「・・・・・・なんでもない」
グニャグニャと頬を撫でられていることによりベルの言葉が変になっていることにも構わず、アリーゼはそのまま感触を堪能しつつ、彼を勧誘してしまう。
それは流石に感化できないナァーザが──アルテミスへの若干の恐怖心を最後にこぼしつつ──それに反対しつつ、ベルを取り上げる。
それを受け、今度はアリーゼがベルを取りに行こう、と手を伸ばし───カウンターに阻まれ、グエッ、とカエルが潰れる際の絶命の声を喉から漏らした。
苦しそうに鳩尾を押さえる彼女を呆れた顔で見て、ナァーザはベルを解放し、回復するよう指示する。
以前受けた時よりもすぐに痛みが消え、さらには『魔導』の証───魔法円が出現しているのを見てアリーゼは驚くも、すぐに納得する。
そういえば少年は、Lv3にランクアップしたのだったな、と。
「ベル君は成長が早いわね〜!」
「そうですか?身長はあんまり伸びてないですよ?」
手を頭の天辺に添える彼に「違う違う」、と頭を振る。
「もうLv3なんだな、って思ってね。Lv2になったのも最近なんでしょ?」
「はい。流石に『ミノタウロスとの戦闘』や『アンタレスの討伐』があればランクアップする・・・・・・んじゃないですかね?」
「まあ、そうよねぇ・・・・・・」
二人はしみじみとそれぞれの記憶の中にある『アンタレス』との戦いを思い出していたが、すぐにナァーザが置いてけぼりになっていることに気づいた。
二人同時に咳払いをして強引に話を戻しつつ、ベルは気になっていたことを尋ねた。
「アリーゼさん、そういえばどうしてここに?騒動を収めたことは嬉しいんですけど、それだけならこうして入店する必要は無いんじゃ・・・・・・巡回もあるでしょうし」
「・・・・・・・・・・・・ああ!忘れてたわ!」
ポンッ、と右拳で手のひらを叩く彼女を、ナァーザはシラーッ、とした目で見る。
それに気づかないふりをしつつ、アリーゼは先程までの・・・・・・言ってしまえば『忠告』をする。
「ベル君。貴方と【ヘルメス・ファミリア】、あとは「ロキ・ファミリア」が捕まえたこの前のローブの集団の事、覚えているわね?」
「・・・・・・・・・・・・はい。良く・・・・・・・・・っ、覚えてます」
ローブの集団と言われ、捕まえた者達と、そして───焼死した死体がフラッシュバックし、一瞬だけ目眩がする。
それを僅かに頭を振って飛ばし、もう一度聞く姿勢になる。
───そんな少年の様子に、アリーゼは自身の懸念が間違っていなかったことを確信した。
「悪いことは言わない。貴方、もうこの件には関わらないほうがいいわ」
「・・・・・・彼らの所属がわかったんですか?」
真っ直ぐに問うてくる少年に、アリーゼは首を横に振って
無論、分かった事自体はあるのだ。それこそ、『闇派閥』の残党がいるかどうかが分かった、程度のものだが。
───しかし、そんな彼らの『結末』が、あまりにも微妙で、かなり胸糞悪いものだからだ。
目の前の純粋で影響を受けやすい彼には伝えられないだろう。───彼らが全員
「貴方が知る必要はない。このまま人を助けるために回復薬の調合や治療師の仕事をするのはいい。でも、この件に関わるのはお勧めしないわ」
「・・・・・・・・・・・・でも」
「でも、じゃない。これ以上は貴方が危険よ」
「わかってちょうだい」と説得してくる彼女から発せられる、何時もの明るい雰囲気とは異なる、有無を言わせぬ圧。あるいは怒気や殺意のようなものを放つ彼女から、ベルは『焦り』と『心配』の感情を読み取った。
『アンタレス』との戦いの際には果敢に斬りかかり、ベルに喝を入れてくれた彼女とは一致しない様相にただならぬものを感じ取った少年は───素直に頷くことしか、できなかった。
もとより、関わろうにも彼には『闇派閥』のことや彼らの目的はなど一切わからないし、自身にできることがあるとは欠片も思えない。
あるとしても────それは、治療師、あるいは薬師としてだろう。
「・・・・・・・・・そう。納得してくれたのなら、いいわ」
ごめんなさいね、と謝りながら圧を解いた彼女は、元の明るい顔に戻った。
それでも、恐らく圧をかける方法はあまりやりたくなかったのだろう。そう察せられるくらいには、いい顔色をしていない。
迷った末に、ベルは『癒しになるなら・・・・・・』と、自身の髪を差し出し。彼女は彼の意図を察し、顔を綻ばせながら先程のように撫で回した。
「まあ、言いたいのはそういうことよ。ナァーザちゃんならわかるわよね?」
「・・・・・・・・・・・・今は、『暗黒期』じゃない」
コクリ、と重々しく頷きながら、改めてアリーゼは手を止めてベルの顔を覗き込み、緑と紅の瞳が交差する。
「いい?ベル君。今は私たちがいる。貴方は『アンタレス』と『食料庫』の時に十分すぎるほどに頑張ったわ。だから、あとは大人が何とかする。分かった?」
「・・・・・・・・・はい」
少々自信なさげに頷いた彼の『本当は力になりたい』、という思いを感じ取ったのだろう。
嬉しさと申し訳無さ、あとは自身への不甲斐なさに苛まれながら、アリーゼは再びベルを撫で回して『青の薬舗』を去っていった。
最初は騒がしかった店内も、今はそれを寂しがるかのように痛い静寂に包まれた。
「ナァーザさん。『暗黒期』って、どんな感じだったんですか?」
「・・・・・・・・・地獄、かな。当時の『紅の正花』とか、私をを含めて・・・・・・若い冒険者も皆、戦ってたから・・・・・・」
昔を懐かしむような、あるいは無くしてしまったものを惜しむようなナァーザの顔に、ベルは何と言えばいいのか分からない。
少年が知っていることは少ない。
コレまでの人生を『薬学』に捧げてきた彼は、有望な冒険者の特徴や名前こそ教わることはあったが、それ以上のことは学べなかった。
だからこそ───
「教えて、くれませんか?その・・・・・・僕はオラリオの常識とか、価値観とか。まだよく分かってなくて・・・・・・」
「良いよ。ただ、まずは・・・・・・」
言いつつ外を指さされ、その先に目を向けた少年が見たものは───
「今後とも我がファミリアを贔屓に」
「あ、ありがとうございます!!」
───あいも変わらず、女性を口説くかのようにサービスしていた自身の主神の姿だった。
少年達がアリーゼと話している間に『調合』を終えたのであろうが、せめて一声かけてほしいと思う。
何故なら───
「あの女、あとで締める」
「や、止めておいたほうがいいんじゃないですかね?ほ、ほら!ミアハ様を迎えに行きましょう!!ね!?」
───『闇派閥』がどうこうの前に、嫉妬したナァーザの怒りがいつか爆発するのではないか。
そう思えてしまうほどに、彼女の心を煽りに煽るものだったからだ。
まあ『暗黒期』を終えて、人員が原作よりもマシならアリーゼさんはこう言うかなって。ベル君は医療系だし。
でも狙われてるんですよね、彼。いろんなものに。