ここのベル君は、『世界的英雄』ではありません。
彼の活躍はもっと局所的で、世界ではなく『怪我人や病人のための英雄』、もしくは『家族のための英雄』です。
そんな彼の弱点は、勿論─────
ダンスを終えた二人が、ダンスホールより逃げるかのように抜け出していく。
曲が終わった途端に、つい抱き合う形になってしまったことで、周囲の者達に揶揄された。
二人は、彼らから送られる好奇の視線や拍手、微笑ましいものを見るような優しい笑みを前に、恥ずかしさが限界を超えたがために、こうして抜け出している。
ベルは最後の方はレフィーヤにリードを握られたままだったことを内心で悔やみながら、彼女を元の場所──ロキとアイズが居る場所へと送り届ける。
何処か誇らしげな顔をしながら悠然と歩む妖精に微笑みを称えていた彼と彼女を迎えたのは───少年に敵意を向ける道化の神と、二人へと嘆きの涙を流し続けるアイズの姿だった。
「え?・・・・・・え?一体何が────」
「クソガキ!お前、何時までうちの子の手ェ掴んでんのやァ!?」
「え?」
「はあ?」
ダンスホールで心地良い『熱』を受け取って気持ち良くなっていた少女に冷水をぶちまけるかのように叫び散らす女神の姿に、ベルは困惑を、レフィーヤは本当に何をやってるんだ、と言いたげに目を細め、怪訝な顔になる。
折角の余韻が台無しだ、と妖精が内心でプンプン、と怒っていると───金髪金眼の少女が、二人へとフラフラとした足取りで近寄る。
「レ、フィーヤ・・・・・・ベル・・・・・・捨てない、で・・・・・・」
「な、何が・・・・・・いや、それ以前に捨てるって何ですか!?」
「だ、大丈夫ですかアイズさん!その、私たち、アイズさんに何かしましたか!?」
騒ぎつつもアイズを何とか慰めようとしても、ロキが邪魔をして。
かと思えば、ロキにばかり構うようになった、と勘違いした少女がさらに涙をダバリ、とこぼし。
どうすればこの場が収まるのか、と二人の思いが揃った、その時───
「───諸君。宴は楽しんでいるかな?」
───その声を聞いた途端。少年の目が、ほんの一瞬だけ。
───■意を、帯びた。
────
「───諸君。宴は楽しんでいるかな?」
月桂冠を被った今回の宴の主催、神アポロンが、ホールの中心───正確には、そこに居る神ミアハの元へと向かう。
「盛り上がっているようなら何より。こちらとしても、開いた甲斐があるというものだ」
招待客が自然と集まり、アポロンとミアハを中心に円が出来る。
適当な言葉を並び終えた、と判断したミアハが、男神へと向けて何時もは細められている瞳を開き、睨みつける。
明らかな『敵意』を含むそれを受けても男神は怯まず、恐れず。真正面から、二柱の男神が向き合う。
「久しいな、アポロン。どうもそなたは、我がファミリアのことが気になっているようだな?」
「・・・・・・何のことだい?ミアハ。先ほど君が口にしたように、私と君は、こうして顔を合わせること自体が久しいというのに」
惚けたように言い訳を口にするアポロンに対し、しかしミアハは一切引かない。
それだけ、彼も今回の出来事に対してご立腹なのだ。
「しらばっくれなくとも良い。既に、そなた達の『悪行』に対する証拠は手に入っているのだから」
「・・・・・・証拠?」
『証拠』、という言葉にようやくアポロンの顔色に変化が現れる。
それを見逃すことなく、ミアハは自然な動作で指を鳴らし──直ぐに一人の赤い髪の女性と、彼女に連れられている小人族が姿を現した。
───神アポロンは、その小人族の事をよく知っていた。
先日任せた『頼み事』を最後に、今日まで帰って来なかった──
「ルアン・・・・・・!」
冷や汗を流し始めたアポロンの様子に何を思ったのか、赤い髪の女性がホール内全体に響き渡るほどの大きな声で、何故彼が彼女に連れられていて───少々装備が傷だらけなのか、について説明してくれる。
「日に日に顔色が悪くなっていくベル君を見て、我慢できなくなっちゃって・・・・・・あの子の専属鍛冶師君のお店から出てきた彼を少し連行して、ボコ───『お話』したら、素直に『全部』話してくれたわ!!」
余計な部分を言いかけ、慌てて修正するが、察しの良いものなどは『お話』の内容を理解した。
───つまり、無理やり吐かせたのだ、と。
招待客の中にいたエルフなどは、その野蛮な方法に少々顔を顰めたが───しかし、もうすでに『調査』は終わっている。
【アポロン・ファミリア】への処遇も、追ってギルドから出されるだろう。
「少々あっけなくはあるのだが・・・・・・終わりだ、アポロン。いい加減に、己の罪を認めろ」
「・・・・・・フ、フフフフフフ・・・・・・」
追い詰められているというのに笑い声を零すアポロンに、愉快そうに見ていた神々やその眷属たちも、怪訝な顔をする。
『気でも狂ったか?』『ついに頭が・・・・・・』などと漏らす神々を他所に、アポロンは俯いていた顔を上げ───その端正な顔を、気持ちの悪いほどの笑みに歪めていた。
「ミアハ!君も、アストレアの眷属も気づいているのだろう?私からすれば、所詮、ギルドの罰則など痛くも痒くもないのだと!」
それは───事実だ。
過去に、神アポロンは何度もギルドから注意を受け、さらには罰則を受けてきた。
それは大金だったり、あるいは『強制任務』であったり等々様々な方法で神アポロンを戒めようとした。
しかし───いくら罰則を与えようと、彼の神はびくともせず。
むしろ、彼の中では『お金を払えば何をしても良い』などと言う犯罪───あるいは『闇派閥』一歩手前の思想が芽生えていた。
「私は彼───ベル・クラネルを見初めた!彼は素晴らしい、可愛らしくも優しく、誰かを慮る慈愛に満ちた、まさに天使のような存在だ!!それを───」
ズビシッ!とミアハを指差しながら顔を歪めるアポロンの顔は、端正なそれであるはずなのに醜悪としか言いようがないほどに生理的嫌悪感を煽る。
「ミアハ!君が彼を独占しようなどと、恥ずかしい事だとは思わないのか!?」
勝手な言い分だ。傲慢だ。
様々な言葉が神アポロンに当てはめられていたが、神々は面白がり、殆どの連れられた眷属は逆に彼の神の精神の醜悪さに顔を歪めていた。
そんな混沌とした場に───白髪紅眼の少年が、入ってきた。
彼は少々俯き気味に、神アポロンの顔を見ないようにしながら質問を投げかける。
「───なら、アポロン様。僕に教えてもらえませんか」
声は、様々な感情を抑え込んでいるためか、少々震えている。
その声を聞き、質問を投げかけられた太陽神は笑みを浮かべていた。いっそ、綺麗すぎるほどに。
「どうして、わざわざあんなことをしたんですか?」
思い起こすは彼の目に焼きついた惨状。
襲われ、汚れた本拠。
ダンジョンで数々の妨害を働いてきた彼らの、命すらも奪いかねない醜悪で陰湿な行動。
彼らが侵入させてきた鼠によって食い荒らされた、薬草。
そして───『仲間』のお店の商品を荒らした、冒険者の風上にも置けない行動。
それらに感情を引っ張られない様にしようとして、けれどやはり声は震えていて。
ひび割れてしまいそうな『自制心』でなんとか抑え込みながら、男神を半ば睨む。
「どうして・・・・・・僕の知り合いを、仲間を・・・・・・ファミリアを。傷つけたんですか」
「───答えは簡単だよ、『癒しの兎』きゅん」
名前を呼ばれた途端、背筋に冷たいものが入り込んだかのような不快感と気持ち悪さが、ベルの『内側』より出ずる。
それを自覚しながらも、少年は彼の神の言葉の続きを待つ。
そして───
「全ては『愛』故だ!愛ゆえに、私は君を求めた!例え君を手に入れるその道が険しいとしても、私はその『道』を我が太陽で照らし、枯らし、壊してでも!押し通ってみせる!」
───ミシッ。
少年の拳から、鳴ってはならないはずの音が響く。
月桂冠を被る男神は奇っ怪な踊りをしながら、何処までもベルへの『愛』を語る。
男神の声以外の音が止んでいるホールに響く拳が軋む音は、アポロンには聞こておらず。彼の男神以外の───太陽の眷属を含めた、全ての人や神に聞こえた。
そして、その音を響かせた少年はというと・・・・・・その顔から、笑みが消えていた。
手から響く軋む音。無となった顔。
それはまるで、先日の食料庫にて怒りを抑え込もうとした少女───義祖母のそれと同じ動作。
人や神に怒ったことなどない彼からすれば、身近、かつ直近で怒りの感情を発する方法の見本として扱える存在は、彼女しかいなかった。
アルフィアはやり過ぎる。
ザルドはそもそも怒りにまで行く所を見たことがなく。
フォスもまた、自身はともかく『身内』のこととなれば、やりすぎる。
アルテミスは怒り以前に病みであるため論外──となれば。
怒りのモデルが、少年と同じく自身──の手──に向けているフィルヴィスになることも、無理はないのだろう。
そんな彼の様子に気づいた様子もなく、男神は言葉を連ねることばかりに勤しむ。
「───故に、故にだ!私は君を求めるためなら、なんだってしよう!我が光の寵愛を受けてくれるまで、何処までも!それこそ、君達の本拠、いや───『家』を壊してでも!!私は、君を手に入れてみせよう!!!」
「────────────────」
ミシミシミシ────バキリッ!!
───砕けた。
固く握られた拳が、力に耐えきれずに。
ベルの自己嫌悪や連日の襲撃によってガリガリと削られ、消耗していた心が。アポロンの語る『理解のできない愛』によって、その根本が折れ────その奥底に閉じ込めていた、殺■を引き出す。
───アポロンとベルとでは、『愛』の概念が違う。
アポロンは『己の内より滲み出る独善的なもの』。
ベルのそれは、『何処までも他者のために尽くす奉仕的なもの』。
神と子とでは異なる価値観。さらに、生まれ育った環境から『家族の愛』を失うことを恐れているベルからすれば。
───アポロンの言うそれは、『愛』などではない。
他者を害してでも手に入れようとするものなど、ベルからすれば愛ではない。ただの───『病気』だ。
何より、そのベルにとって大切な『家』を、彼の男神は『壊してでも』少年を手に入れると言った。
言って、しまった。
───故に。少年のアポロンを見る目が、完全に
「─────は?」
自分でも驚くくらいに鬱屈としていて、空虚に響き渡る声だった。けれど、そのことに意識を割くことができない。余裕が、ない。
───何て言った?
目の前の存在が、害悪にしか見えなくなる。
彼に類するモノ全ての貌が、不遜にも病魔を振りまく『病原菌』にしか見えない。
───何て言ってた?
光?寵愛?────『愛』??
相手のことを慮る訳でもなく、ただただ、己の手元に置くことこそが幸せだなんて『妄言』を撒き散らす、彼の口にする『愛』という言葉には。
死者の皮膚へと這い上がってくる蛭にすら劣るほどの醜悪さしか感じられない。
───何より。
───そんなものの為に、僕の『仲間』は、『家族』は。傷ついた?
僕は、彼に敬意を抱く必要が・・・・・・そもそもあるのか?
「───ふぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無駄に入っている力を可能な限り抜くために、空気を吐き出す。
体内が怒りによって自然と熱を持っているせいか、吐き出す度にほんの僅かずつ体温が下がり、唇に感じる息が熱い。
そして───出来る限りにこやかに、穏やかに。怖がらせないように。
───逃げないように。
綺麗で、魅力的に映るだろう笑顔を、浮かべる。
「戦争をしましょう」
気付けば、そんな事を唇が呟いていた。
その言葉の意味。
その言葉の理由。
それらをようやく自身でベルが飲み込んだ途端、愚か者を見るかのように唇を三日月型に曲げ、目を細めた男神が、ベルを見下ろす。
「・・・・・・・・・正気かな?君一人で、私の眷属たちに叶うと?」
ベルの意図をすぐに理解したのだろう。男神は少年の正気を疑う。
───戦争。その言葉の意味するところは、つまり『戦争遊戯』。
対戦対象の間で規則を定めて行われる、派閥同士の決闘。対立する神々が己の神意を通すためぶつかり合う総力戦。
要は神々の『代理戦争』。
無論、子にはそれを挑む権限などない───が、それはミアハに頼めば済むことで。
さらには【アポロン・ファミリア】の総数は百を超えているのに対し、【ミアハ・ファミリア】にはベルと冒険者を辞めて久しいナァーザ。わざわざアポロンが彼の挑戦を受ける必要はないが、そもそも受けない必要もない程度の戦力差。故に、彼の神は断らないだろう。
けれど、少年は恐れない。負ける気がしていない。
神アポロン達を、許すつもりはない。
何より───
「当然、一人ではないぞ?私達がいる」
「私達は、お前達に負けない・・・・・・!」
常の少年であれば『巻き込んでしまった』として、引け目を感じたであろう二人への助力も。初めに神アポロンが手を出したせいで彼女達の怒りを目の当たりにしたことにより、『手を貸せない怒り』について理解している少年は、拒否しない。むしろ、助力を頼むつもりだった。
三人で力を合わせれば、例え半年分の借金だろうと、重症の患者の治療だろうと。負けるつもりはなかった。
「僕達と貴方達で戦争をしましょう。例え神々にとって、これから行う『戦争』がお遊びなのだとしても───」
自身を指差し、相手方には手を翳す。
敵意や殺意は可能な限り向けない。油断させるために。
ミアハ様達と、アイコンタクトを行う。今後の予定を、この場で即座に決める。
───『戦争』は、もう始まっている。
「───僕たちと、紛れもない本気で。『戦争遊戯』をしましょう」
●ベル
・ブチギレ〜殺意マシマシ風味〜
・容赦はしない・・・・・・が、誰も殺しはしないつもり
・なお、ここまで来たらナァーザよりも怖い。Lv3だし
●ミアハ
・ここに来る前日に、『ヴェルフが襲撃を受けた時に居たルアンを捕まえたよ〜』、と言われてガッツポーズをした
・実はベル君のブチギレを見て一番怖いと感じた神
●アイズ
・まだ現実を見えてない
・これが何度も続けば、多分癖になっちゃうかも。だからこれ以上はやめてあげてね、ベル君
●レフィーヤ
・ベル君を助けに行きたかったのに、ロキに止められた
・アポロンがちゃんと助っ人を許さないようにしないと、彼女も参戦します。だから頑張れ、アポロン
●アリーゼ
・怒ってる。でもベル君がキレたのが怖過ぎて、逆に冷静になった
・ルアンを一発だけ殴って逃走できなくしたが、怒りを抑えきれなくて、地面に少しめり込んでしまったらしい。ちゃんと床は弁償した
●フィルヴィス
・実はベルに駆け寄り、守ろうとした───が、ディオニュソスに止められた
・ベル君が自分の真似をしだしたのを見て、『これが育ての親の責任か・・・・・・』と自身の過去の行いを悔いていた
●ヘファイストス
・実は最初からいた・・・・・・が、ベル君と特別交流があるわけでもないため、話に入れず
・隙を見て乱入する腹積もりだったけど、先にベル君がキレた
●ヘルメス
・『英雄候補』じゃないベル君に絡む理由はない・・・・・・というわけではなく。単純に、ベル君が次々といろんな人や神に話しかけるものだから、タイミングを失っていた
・好ましい女性がいるのなら、原作のようにダンスへの誘いを手伝う気だった(アルテミスに射殺されるかもしれないけど)
・アルテミスだけでなく、食料庫で眷属達を助けてくれたことの恩義があるため、可能なら彼に助力したい・・・・・・が、できることが少なすぎる
●アポロン
・地雷原でタップタップタップ!ダンスダンスダンス!
・疫病を司るからね、ベル君からしたら敵だよね!
・ベル君にとっての最大の地雷、家族に手を出そうとする!
・『愛』の価値観の違いからの嫌悪感もマシマシに!
・そもそも、相手はファミリアと仲間にも手を出してる!
・ベル君から怒りどころか殺意を引き出しました。それでも可能な限り本人に向けないようにしてるの、甘いねベル君