死ねなかった少女   作:那菜 御調

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リビルドワールドの二次創作が増えることを願い、拙い部分も多いですが投稿します。


決定的な不自由

 

 ある日、決定的な不自由を感じた。

 

 

 安全な食糧はない。なけなしのオーラム*1を食事に費やすのは嗜好品と変わらない。

 我慢しよう。

 

 住処はない。スラムは弱肉強食。矮小な少女が占拠できる場所などない。大人はおろか、同年代の孤児にすら奪われた。

 我慢しよう。

 

 庇護者はいない。だが、ここでは孤児はありふれている。そのような存在がいる方が稀だ。

 我慢しよう。

 

 力はない。手足は細く、背丈は低く、銃の一つも持っていない。購入に必要なオーラムも不足している。いつかは拾えるかもしれない。

 我慢しよう。

 

 

 我慢に続く我慢。不自由の連続。

 しかし、スラムの路地裏を力なく歩く少女──リィンにとっては許容できる不自由だった。少なくとも、彼女にとってはそうだったのだ。

 

 

 満足に腹も満たせず、拭いきれない疲労を重ねた身体を引き摺るように入り組んだ路地を進んでいく。

 

 ふと、リィンは前方から気配を感じた。

 

「ッ、どけっ!」

 

 と同時に聞こえてくる男の怒鳴り声。反応しリィンは顔を上げようとした。だが、男の行動の方が厭に速かった。

 

 リィンの行動が遅かったのか、あるいは()()()()()()()()()()()()()()を期待してか。

 

 強烈に振り払われた右腕は、容赦なくリィンを壁に打ち付けた。

 

「かはっ……! ぐっ、うぅ……」

 

 強打によって鈍痛を訴える胸部を抑え、痛みに喘ぐ。その間にも、男の足音は瞬時に離れていく。

 

 しかし男が残していった痛みは思っていたよりも重く、華奢なリィンでは直ぐには立ち上がれず蹲ることしか出来なかった。

 

 

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

 胸に残る痛みを逃すように、必死に呼吸する。痛みによって浅く、断続的な呼吸しか行えないが、やらないよりはマシだった。

 

 やがて少しは痛みが落ち着いた時、

 ──そこには影があった。いや、正確には下を見ているリィンからは影しか見えなかっただけであり、そこには間違いなく何かがいた。

 

 

 香る血の匂い。発せられる呼吸は短く。僅かに窺える足は太く強靭でありながら毛に覆われていた。

 

 その時点でリィンは全てを理解した。男が何から逃げていたのか。自分の前にいる者がなんなのか。そして、すぐ後に自分に訪れる末路すら。

 

 ゆっくりと、顔を上げる。恐る恐る、決して受け入れたくはない予想を確かめるように。そうして眼に映った光景は、期待を裏切るように予想と寸分違わなかった。

 

「モンスター……っ!!」

 異様に大きな口、到底自然の摂理では生まれ出でないであろう異形の姿。長い時をかけて、荒野で野生化した旧世界の遺物。

 歪な進化を遂げたその姿を、大きく開かれた口と共にリィンは目にした。

 

 

 やがて逃げることすらできないまま、リィンの意識は瞬時に沈黙した。

 

 

 ──はずだった。

 

 

 目が覚めた。見覚えのある屋根替わりの廃材。

 人気はない。スラムの辺境を意図的に選んだ結果だ。

 

「夢……」

 真に迫りすぎた悪夢。節々が痛む身体を起こし、血の気の引いた頭でそう結論を下す。

 

 目を逸らし、蓋をし続けたリィンの(うち)に潜む希望的観測を排した合理的な答え。

 

 だが、自分の望みを鑑みればこれは(むし)ろ──

 

「……いや、考えるのはよそう。配給が迫ってる」

 

 都市の都合はスラムを省みない。配給は誰も彼もが受け取れるが、定められた時間に居ない者は当然受け取れない。

 

 スラムに多く残されている放棄されたインフラ。その一つである水道を使い、喉を潤し、顔を洗う。

 

 そうして常の準備を終わらせたリィンは狭く入り組んだ路地裏を、悪夢を再現するように歩み始めた。

 

 感情とは理性を阻害する要因の一つである。この劣悪で救いのないスラムを生きる為、リィンが導き出した処世術。

 明確な敵は作らない。誰でもない第三者であらねばならない。──証明しようとしてはならない。

 

 証明とは認められること。取り留めのない存在ではなくなり、全く違う誰かの脳内に深く記憶されること。

 

 良くも悪くも、目立つ者は狙われる。齎すものが闘争であれ、恩恵であれ、それに終わりは存在しない。いつの日か、違う形を持って人生へと関わってくるのは明白だ。

 

 それが嫌だった。

 

 安全な食事が無かろうと、住処が無かろうと、庇護者が居なかろうと、力が無かろうと、

 

 何時だって、自分には最後の権利が残されている。

 決して肯定できる部分などない自分が誰かの記憶という形で、記録という形で残されると思うと、どうしようもなく虫酸が走った。

 

 

 だから、

 夢の通りに現れた男の姿を見た時、久方ぶりに自然と顔が動くのを感じた。

 

「ッ、女? ……気味が悪いな、なんだって笑ってやがる。クソッ、どけ!」

 

 端から避けるつもりなど無く、そもそも避けられもしないが、リィンは一切の防御反応を見せることなく弾き飛ばされた。

 その様を見て、男は最早新手のモンスターを見たかのような目をしていたが、一歩後ずさった後にリィンの横を抜けていく。

 

 

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

 夢で見た以上の、過剰な拳。悪意でなく、理解の及ばない存在を振り払うための一撃。──恐れが籠められたそれは、リィンをより効果的にダウンさせた(傷つけた)

 

「ふぅッ、ふぅ、ぐッ……っ。ふ、ふふっ……っ」

 

 痛みは強過ぎると笑えてくるのかと、リィンは歪に笑いながらもその気付きに歓喜した。どうせもう幾何の猶予もなく散りゆく命だが、中々どうして、新しい自分を知れる慶びというのは変わらないものだと。

 

「激痛に笑みを浮かべる……これは、どっちだろう」

 

 自分を肯定できる(人とみなせる)か、あるいは否定する(モンスター)か。自分について知るたびに、リィンは何時もこうして答えを出してきた。

 だが、答えはいつも同じだった。

 

 それは、かつてのリィンの庇護者──リィンを人にしてくれていた者の言葉。口癖のように、言い聞かせるように、躾けるように。決して忘れられない程に言われた言葉。

 

 

再構築(リビルド)送り……かな」

 

 東部を統べる五大企業に解体された組織。無残な死よりも恐ろしい末路を迎えられる場所。再構築(リビルド)技研に送られるにふさわしいと、そう再定義したリィンの遺言。

 それを聞いたのは眼前に立つ、二度目の邂逅を果たしたモンスター。広大な荒野の広範にその姿を晒している、野生化した遺物(旧世界の成れ果て)

 

 犬をベースに製造され、今では短期間の世代交代を経て大きく歪んだその口腔を頬の半ほどまで開いた姿。やはり夢と変わりないそれが、自分をやっと死なせて(処分して)くれるのだと確信しながら、

 

 

 ──リィンは絶命した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が、覚めた。

 

 そして、身を起こした。

 

 それから、何を……何を、した?

 

 

「──」

 

 いや、既にリィンはその答えを得ていた。ただそれが到底受け入れられる物ではないが故に、理解の過程において致命的なエラーが生じていただけ。

 

 生じた現象。確定した結果。認識した現実。

 全てが正常にリィンの脳内に統合された結果、導き出された最悪の答え。

 

「死の………巻き戻し」

 

 荒野に吹き荒ぶ強風が生じさせる雑音。常ならば気にならないそれが、やけに大きく聞こえてきた。

 

 つまり、つまりだ。

 私に残された、いや残されたと思っていた権利は始めから存在などしていなかったのか。

 

 呆然と立ち尽くす。どんな生物であっても存在している死の権利。それすら持ちえない私は一体何なのか。

 

「ふ、ふふふ。ふはっ、はははは」

 

 その事実に堪え切れない。最早、リィンは感情の昂ぶり(怒り)を抑えきれない。

 これほどの理不尽があっただろうか。この事実に比べれば、スラムでの不自由など些細なことに過ぎない。

 

 

「──アハハハハハハハハッッッ!!!!」

 

 嗚呼、

 ──これが不自由か。

 

*1
坂下重工が発行している企業通貨。企業通貨の流通範囲がその企業の支配圏を表している。




個人的にやってみたい展開があるのですが、その流れを上手く原作に組み込める自信が無かったため苦渋の決断でオリジナル都市を舞台にしました(敗北宣言)。
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