死ねなかった少女   作:那菜 御調

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遺跡群モンスター迎撃特別依頼 Ⅲ

 

 誰かに肩を叩かれ、リィンは意識が覚醒していくのを感じた。

 

「リィン、そろそろ起きた方がいいわ」

「……約束通りだ。ありがとう」

「結局最後まで起きなかったな。正直どこかしらで起きると思ってたが」

「いつも戦いの前には眠るようにしてるから。体が慣れてるんだよ」

 

 メルシアとタツカワには戦闘前の心構えのようなものだとリィンは誤魔化しておいた。

 (もっと)も死に戻り地点の変更のために寝ているなど、一生誰にも話すことはないだろうが。

 与太話だと一笑に付さない狂人も居るところにはいる。しかし、リィンは自分を人であるとは認めていないが、好き好んで開頭され脳を弄られる趣味はなかった。

 

 今は光学迷彩機能によって見えなくなっている首輪型情報端末──搭載されている簡易人格の名前に則り『アーク』と呼称しているそれをなぞり、リィンはその所在を確かめた。

 もしも死にぞこなってしまった時の保険。リィンの次の生を保証する自死機能(命綱)

 

 それをちゃんと身に着けていることを確認すると、リィンは他ハンターに続くように停止した荒野専用車両から降りていった。

 

 

 

 

 

 

 遺跡群モンスター迎撃特別依頼。

 それはファマナリア都市が定期的に実施している、遺跡内部のモンスターの数を減少させその攻略難易度を引き下げることを目的とした討伐依頼である。

 

 都市の周囲に多数の遺跡が存在しているためこの依頼が出される頻度は高く、同時に数多くの死傷者を出し続けている。そして、その被害は参加したハンターだけではなく都市防衛隊にも及んでいた。

 

 都市防衛隊は真っ先に遺跡から出現してくるモンスターの群れとの交戦を開始し、都市の豊富な資金を用いて用意された人型兵器を駆り、その大きさに比例した巨大な銃弾と近接武装によって多くのモンスターを殲滅する。

 

 しかし時折遺跡から現れる億クラスの強力なモンスターと遭遇した場合は、その対処を行わなくてはならない。そして、このような事態に陥った場合、そのしわ寄せは参加しているハンター達へと集中する。

 

 普段は都市防衛隊が押し留めていた群れが、通常時の数倍もの物量でハンター達へ押し寄せるというしわ寄せが。

 

 そして、その場合の指示は基本的に現場へ派遣されている都市職員の手に委ねられている。普段であればこれらの依頼を監督することも多いハンターオフィス職員は、ファマナリア都市の意向によって現場に出てはいなかった。倒したモンスターの死体や残骸の所有権をファマナリア都市が確保しておきたいという意向によって。

 

 

 しかし都市の思惑に振り回され、実際に現場に出る都市職員からすれば堪ったものではなかった。

 大型の荒野専用車両から降り、荒野に立ち尽くすアキヤマは傍にいたリィンへ愚痴を零していた。

 

「今すぐ都市に戻りたい。そうは思わないかいリィン君」

 

 その声に反応したリィンがアキヤマへ目線を移す。

 アキヤマは私用の情報端末を持っていないために暇を潰すことすらできず、本来であれば既に移動を始めていなければならないリィンを引き留めてまで先程から雑談に興じていた。

 

「僕はね、安全で法と倫理が整えられている壁の内側でぬくぬくと過ごせていればよかったんだ。

 過度な贅沢はせず、毎日三食ちゃんとしたご飯を食べ、健康にも気を遣いながら、偶に外を見たくなった時にはVR機器でも使って景色を眺めてね」

 

 アキヤマが語った日常はスラムの住人であるリィンからすればかなりの贅沢に思えた。防壁内の内情を詳しくは知らないが、それでもこの過酷な東部においてはかなりのゆとりが確保されていると。

 

 しかし、その贅沢の実現可能性がどの程度であれ、リィンから見たアキヤマという男ではそれを達成することは絶対に不可能だった。

 キッパリと、一切の遠慮なくリィンはその理由を言い切った。

 

「それは無理だよ。──だってお前は仕事をしてない」

「……」

 

 リィンから飛んできた痛烈な言葉はアキヤマの軽い口を閉じさせるには充分だった。

 荒野というモンスターが出没する危険地帯に似合わない雑談は唐突に打ち切られた。だが、二人ともその沈黙を気まずいとは感じなかった。(ひとえ)に、相手を尊重する意志がどちらも欠けているからだったが。

 

「……旧世界なら僕でも住みやすかったりすると思う? いや、これはあくまで雑談の一つとしてであって、決して建国主義的な考えはないよ。君はナノガミヤ都市の市民だったらしいけど、何の因果かスラム街に住んでいただろう? なら、この手の話題に対する興味はあるんじゃないかと思ってね」

 

 アキヤマから振られた話題に、リィンの目は一瞬だけ細められた。

 ナノガミヤ都市の市民であったという経歴を手に入れた私を怪しんでいるのではないかと。しかしアキヤマはいつも通り飄々(ひょうひょう)としており、いつも通りのやる気のなさを見せていた。

 そのため気にするほどではないだろうと考え、リィンは自分の意見を口にした。

 

「少なくとも、人としての最低レベルは今よりも遥かに高かったと思うよ。自動人形も普及してたらしいから、そこに労働の必要性があったかは知らないけど。だから、今と比べれば住みやすかったんじゃない。……こんな答えでいい?」

「充分充分。いやー、まあ僕は今みたいに命の危険さえなければいいかな。

 ……さて、僕としてはこのまま雑談をしていたいところではあるんだけど、そろそろ仕事をしないと不味そうだ。引き留めて悪かったねリィン君。持ち場に移動してくれ」

「襲われても一人で逃げることだけはしないでね」

「ははは! そんなことをすれば僕はどの道生きていけないさ。その時は他のハンターに期待しながら震えてるよ」

 

 

 

 

 

 

 ようやく持ち場にやってきたリィンをメルシアとタツカワの二人が迎えた。

 どうやらこの場を担当していた他ハンターとも協力して既に力場装甲(フォースフィールドアーマー)を展開可能な簡易防壁の設置を終えたようだった。

 

 本来であればハンターランク10のリィンはもっと外側に配置されていた。しかし、アキヤマがリィンの装備を(かんが)みて、簡易防壁の後ろから撃っているだけでも仕事を果たすことができると判断し、都市職員の権限を使い持ち場を変更していた。リィンがその事実を知ったのはアキヤマに呼ばれた後だった。

 

 その事実を知ったリィンは内心キレていた。多くの成果を得て成り上がりたいとは欠片も考えていない。今回の依頼が通常通りにいかないことも、リゲルを通して知ってしまっていた。

 

 図らずも死地に飛び込まされたリィンの怒りは尋常(じんじょう)ではなかった。更に依頼中の話し相手が欲しいというふざけた理由もあったのではないかと、リィンはアキヤマとの会話に死んだ顔で応じている中で察してしまっていた。

 

 しかし、自分の気持ちを他のハンターにぶつけることはあってはならないと、リィンは合流するまでになんとか心を静めていた。

 最後まで戦闘陣地の構築を手伝えなかったため、リィンは申し訳なさそうにメルシアに謝罪をした。

 

「ごめん。準備を手伝えなかった」

「それぐらいなら気にしないわ。それより、大丈夫? ここは都市防衛隊もいる中心部にだいぶ近いから、モンスターの量も質もかなり高くなるわよ」

「……大丈夫ではない。私の実力はこの場にそぐわない」

「そう。まあ、それがわかってるだけでもいいわ。お互い頑張りましょう」

 

 この討伐依頼は敵寄せ機を用いて意図的に荒野にモンスターを引きずり出すことで、開始の合図としている。

 依頼に参加したハンター達は、それまでは散発的に荒野に点在しているモンスターとの戦闘を行いながら、都市防衛隊による敵寄せ機の起動を待っていた。

 

 モンスターを討伐した数が依頼終了後の報酬の算定に関係しているため、ハンター達のやる気も相応に高く、それぞれが各車両ごとの担当区域内のモンスターの討伐に乗り出している。

 

 そして、リィンもまた射撃訓練を兼ねて、こちらへ近づいてくるモンスターを迎え撃つことにした。

 六脚の歪な足を生やし、複数の多連装ロケット砲を備えた皮膚を失ったウェポンドッグ。かつてスラム街で遭遇したものよりも大きく、そして生物としての正しい姿を喪失した異常な姿。

 

 しかし、リィンはその姿に恐れを抱くことなく冷静に構えた。

 強化服から補佐を受け、拡張視界を通して相手の弱点部位を可視化する。

 

(簡易防壁も数は多くない。撃たれる前に片づけよう)

 

 情報支援能力には期待するなとリゲルは言っていたが、それはあくまでも旧世界基準での話だった。

 真面(まとも)な射撃訓練を行っていないリィンの命中率は控えめに言ってゴミだ。AAH突撃銃より命中精度に優れたA2D突撃銃という姉妹銃を与えられてなお、数メートル離れた的へ完全に動きを止めた状態でようやく当てられる状態だった。

 

 しかし、ここにアークによる強化服を通しての射撃補正を加えれば話は変わる。

 口頭による会話でなく、旧領域接続能力を媒体(ばいたい)にした脳内での会話──念話を用いてアークに指示を送るリィン。

 

『アーク。射撃補正を』

『了解』

 

 対象との距離を測定。周囲の環境情報を入力。アークが強化服を通して強制的に姿勢を制御させ、狙いを定める。

 拡張視界に表示された弾道予測に合わせ、A2D突撃銃の有効射程に入るのを待つ。そして、充分に対象が近付いたのを見て──リィンは引き金を引いた。

 

 打ち出された弾丸は空を裂きながらモンスターへと飛来した。

 そしてモンスターは勢いを維持したまま、まるで自ら弾丸に飛び込んで行ったように寸分違わずその眉間を撃ち抜かれた。荒野に派手にミサイル砲を擦りながら崩れ落ちるモンスター。

 

 確実に絶命させたことを拡張視界を通して確認する。そして、無事に仕留められたことに安堵するリィン。しかし、射撃に伴う反動によって僅かに痛む腕に顔を(しか)める。

 

 今回の担当場所の変更に伴い、事前に装填する弾丸を通常弾から強装弾に変えたのが功を(そう)した。

 ハンターとして活動をしていれば、誰であれ必然的にそれに耐えられるよう体は鍛えられる。それにはリィンも含めた人々がかつて、旧世界における身体拡張処理を受けた者達の末裔(まつえい)であることに由来すると考えられているが、そのような理由もあり東部の人間は中部や西部の人間と比較して成長しやすい。

 

 しかし、リィンのハンターとしての活動歴は非常に少ない。いくら死線に踏み込み、命を燃やすような無茶をしたところで、この華奢(きゃしゃ)な体に刻まれる経験値は死に戻りによって回帰する以上最後の一度だけ。

 それが今のリィンに出せる最高の結果であり、それによって体が驚異的な成長を見せたとしても、その伸び幅は現在の能力に比例する。

 スラムの孤児が出した驚異的な成果による成長よりも、強化服を身に纏っただけの少年が人型兵器と死闘を繰り広げたという結果の方がより成長するのは当たり前だった。

 

 まだまだハンターとしては脆弱(ぜいじゃく)な肉体に不安を覚えるリィン。

 本来であれば何発も撃つ必要があったところを一発で抑えられたのは、体への負担も考えると正解だった。

 射撃姿勢を解除し立ち上がるリィンにタツカワが声をかける。

 

「凄えな、一発で当てたのか。これがハンターランク10の腕前か?」

「装備が良かっただけ。知り合いが良い調整を施してくれた」

「そうか。まあ、でも。その装備を使ってモンスターを一撃で倒したのはお前なんだから今は誇ってればいいさ。そういう自信を持ってれば、窮地の時も意外と乗り越えられるぜ?」

 

 タツカワは装備のおかげだとしても今は喜んでおけと、将来有望なハンターであるリィンに先輩ハンターとしてのアドバイスを送った。

 しかし、そのアドバイスを聞いてなおリィンは誇らしげにすることはなかった。

 

 それは自分が受けている射撃補正が現代基準であれば非常に優れており、まさしくただ引き金を引いただけと言える状況であったからだ。

 そこにリィン自身の技術が介在する余地は余りなく、()いて言えば強化服の補正通りに体を正しく運用することができるよう努めていた部分しか影響していない。

 

 ()れど、それをズルであるとはリィンは考えない。成果を誇ることはないが、同時に他のハンターにはないバックアップを受けていることに対する負い目も存在していない。

 絶対に、技術ではなく自分だけにしかない能力が必要となる場面が訪れることを確信しているが故に。

 

 ハンターランク10である自分を心配してくれて声をかけてくれたのだろうと考え、タツカワへと感謝するリィン。

 

「参考にする。ありがとう」

「おう! あ、でも感謝してるっていうならドラゴンリバーに加入することを検討しておいてくれ。入ってくれたら俺達も出来る限りお前を守るぜ」

 

 メルシアではなくタツカワから勧誘されたことに、意外そうな顔をするリィン。

 タツカワの性格的に自分からチームを増やすようには思えなかった。自分なら成り上がれると信じて、無茶な依頼であってもその先に相応しい報酬が用意されている限り突き進んでいく向こう見ずな性格から出るような言葉ではない。

 だとすれば、考えられる理由は一つだけだった。

 

「もしかしてメルシアに勧誘しておけって言われた?」

「……言われたな。俺はまだ二人で活動してもいいとは思うんだが、あいつ的には仲間を増やしておきたいらしい」

「そう。でも、悪いけど私はチームにも徒党にも入る気はないよ」

「そうか。じゃあ、しょうがないな。また気が変わったら遠慮なく声をかけてくれ」

「わかった」

 

 リィンに勧誘を断られても、タツカワは機嫌を損ねることなく気の良い先輩ハンターとしての振る舞いを変えなかった。

 そして、他のハンター達が積極的に働いたおかげでこの辺りに元から居たモンスターはあらかた掃討されていた。その結果徐々に戦闘陣地に戻って来ているハンターも増えていた。

 

 故に、二人は都市防衛隊による戦闘が始まるまで途中からメルシアが合流しても雑談に(きょう)じていた。

 

 

 

 

 

 

 周囲を護衛のハンターに囲まれた荒野専用車両。

 その中でアキヤマは、戦闘陣地に居るリィン達と同じように連絡がくるのを待っていた。

 しかし、いくら待てども一向に連絡が届く様子がない。何か問題が生じて遅延しているのかと、依頼開始時刻を過ぎてもアキヤマは退屈そうに待ち続けていた。

 

 だが、流石にこれは遅すぎないかと、途中からその退屈も消え失せていた。

 手に持った情報端末を見詰めながら、いつもなら如何(いか)にして仕事を怠けるかを考えるアキヤマらしくなく、顎に手を添えながら真面目に思案する。

 

「……既に予告されていた依頼開始時刻を二十分も過ぎている。どれほどの遅れであれ、そこに遅延が生じているなら連絡をするのが企業だ。そして、ファマナリア社は都市を保有する統治企業。そこを(おろそ)かにするとは思えない。…………面倒だけど、確認を入れないと不味いか」

 

 非常に気は進まないが、サボリ魔のアキヤマと言えど自分の命にも関わってくるなら動かない訳にはいかなかった。

 現場を主導している都市防衛隊に対してメールで確認を入れる。

 

 しかし、──それは届かなかった。

 都市防衛隊からの返信ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 眉を(ひそ)めたアキヤマ。メールの送信が終わらないのを見るや否や、瞬時に都市専用回線からプライベート回線などの複数の回線に切り替えてメールを送信していく。

 だが、いくら回線を切り換えようと送信は終わらなかった。メールでは駄目かと通話も行ってみるが繋がらない。

 

 そして、その段階に至った時点でアキヤマは既に状況が逼迫(ひっぱく)していることを確信した。

 外で車両を護衛しているハンターに気さくに声を掛ける。

 

「やあ、そこのハンター君。悪いんだけどさ、何でも良いから連絡をファマナリア都市に飛ばしてみてくれる? ちょっと端末の調子が悪いみたいでさ」

「あ? ああ、それぐらいならいいが。ちょっと待ってくれ」

「そう? 悪いね」

 

 護衛していたハンターが情報端末を取り出し連絡を送るのを真剣な表情で見つめるアキヤマ。

 そして、アキヤマの予想通りと言うべきか、ハンターは顔を困惑させた。

 

「なんだ? 全然連絡が届かねぇ。可笑(おか)しいな」

 

 ハンターが慌てたように何度も連絡を入れる。だが、アキヤマはそれを静止した。

 

「いや、連絡はもういいよ。ありがとう。引き続き護衛を続けてくれ」

「そ、そうか? わかった」

 

 未だに困惑をしながらも現場責任者であるアキヤマの言葉に従い護衛に戻るハンター。

 そして、アキヤマもまた自分の仕事を果たすべくこの車両に搭載されている情報収集機能を最大化し、探知範囲を拡大させていく。

 本来であればこの行動は車両から発される信号を増大させ、荒野のモンスターを(いたずら)に誘引してしまうため安易に使用するなと厳しく伝えられていたが、今回に限ってアキヤマはそれを完全に無視した。

 

 探知範囲の拡大に伴い、細かな情報は振り落とされ情報の精度は低下するが、より広範囲に渡って周囲の情報が車両へと届けられる。

 レーダーに表示される結果。

 

 そして、それは楽観主義なアキヤマをして焦りを表情に(にじ)ませるに足る恐ろしい結果だった。

 声を震わせながらも、冷静さを失わないよう出来る限り普段通りの口調で結果を呟く。

 

「おいおい、これは聞いてないよ。流石に誘引しすぎたんじゃない? 僕以上のやらかしは左遷じゃ済まなくなっちゃうぜ……?」

 

 アキヤマが乗る荒野専用車両の情報収集機器の最大探知範囲──おおよそ半径5キロ。その中心に位置する車両へ群がるように無数の赤い光点──モンスターの群れが迫ってきていた。





 感想、評価ありがとうございます。

 今回はキリが良いところまで進めたかったのでいつもより長めにしました。暫く更新を空けてしまいすみません。
 今後も書き上がり次第投稿します。
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