既に担当区域内の全てのハンターが戦闘陣地に戻っていた。しかし一向に連絡されない依頼開始によって、この場には不穏な雰囲気が広がっていた。
「おい、流石に遅くねえか? もう二十分以上過ぎてるぞ」
「ああ。こんな事態は初めてだ。俺も何度もこの依頼に参加しているが、遅れたことすら初めてだ。……これ以上開始が遅れると、他の依頼にも差し支えてくるんだが。クソッ、これで報酬に補填がなかったら許さねぇ」
悪態を吐くハンター。
ファマナリア都市が何度も実施してきた依頼で起きた不手際。
一度アキヤマが乗る荒野専用車両へ行き現在の状況を確認するべきだと主張し、戦闘陣地を離れる者も現れている。都市から追加の指示が無い以上、それぞれが独自の判断で動くしかないのも事実だったからだ。
リィンもその様子を見て、タツカワとメルシアに確認する。
「二人はどうするの。このまま残り続ける?」
リィンの言葉にドラゴンリバーの判断役のメルシアが顔を悩ましげにする。
「……残るわ。まだこの場を離れるような段階じゃない。それに私達はファマナリア都市のやり方を良く知らない。早計な判断は下せない」
「そう。タツカワは? メルシアが残るって言ったなら残るんだろうけど、個人的にはどうなの?」
自分も聞かれるとは思っていなかったのか意外そうな表情を浮かべるタツカワ。
そして別に隠すようなことでもないと素直に意見を口にする。
「俺はこのまま待機で文句は無いぜ。他のハンターが離れてるなら、その分倒せるモンスターも多くなるしな」
一切の不安を見せること無く、いっそ清々しささえ感じさせるほど豪胆に言い切ったタツカワ。
メルシアはそれに頭を手を当てて痛みを
そして、同じようにリィンもこの場を離れるつもりはなかった。
「二人が残るなら私も残るよ。それに、待ってればアキヤマの方に向かったハンター達も戻ってくる。離れる理由はないかな」
この場にはリィンと同じように考えるハンターも多かったのだろう。
彼らもまた今すぐにここを離れる必要はないと考え、僅かに
だが、
リィンの脳内に響く電子的な声。
簡易人格であるアークからは初めての念話が行われた。
『──前方から無数のモンスターの熱源を探知。周囲に満ちる色無しの霧の影響により詳細は不明。迎撃体制に移ることを推奨』
アークから告げられたある単語にリィンが疑問を浮かべる。
「
無意識の内にリィンはそれを口にしていた。
メルシアとタツカワの二人はリィンが唐突に呟いた言葉に
しかし、リィンはそれを無視しアークに更なる情報を要求した。
『アーク、色無しの霧による視界の歪みは見られない。それは本当に色無しの霧なのか?』
『広範の定義に当て嵌めれば色無しの霧となります。しかし厳密な定義の上では異なっています』
厳密な定義の上では異なるが、東部に漂う色無しの霧の一種。リィンはそんな情報を見た事も聞いた事もなかった。だが、そんな物を扱えても不思議では無い存在は知っていた。
『これもリゲルが用意した物?』
『旧領域との接続を確立出来ない
『これは答えられないのか。……なら、その色無しの霧は何処から来ているかは分かる?』
『──
それを聞いたリィンは戦闘陣地の端に積み重ねられたモンスターの死体の山を見詰めた。
だが、いくら見詰めてもやはり従来の光の屈折に代表される光学的な歪みは見られない。
遠くからでは駄目かと近寄り、その死体を掴み顔を近づける。
そして、──見付けた。
モンスターの損傷部から、微かに
直ぐに周囲へ
眉間に皺を寄せ、リィンは現在の連絡遅延の原因を理解した。
「……なるほどね。これは分からないわけだ」
このリゲルが用意したであろう物質が本当に色無しの霧に属するのであれば、この辺り一帯は情報的に隔離されていると見ていい。
恐らく、それは都市防衛隊や他の荒野専用車両の担当区域にも及んでいる筈だ。
リゲルが語っていたファマナリア都市により多くの損害を与えられる策。
──色無しの霧による情報の分断。それに伴う戦況の混乱。
情報収集機器に頼り切り、色無しの霧に対する明確な対処法を見つけられていない現世界に対しては確かに有効な策だった。
だが、リゲルにはまだ他の狙いがあるのではないか。
自動人形という旧世界の叡智の結晶であるリゲルならその先を見据えていても
しかし、その先を考える時間はなかった。
「お、おい、なんだあの数! まだ連絡は来てないぞ!?」
リゲルが用意した色無しの霧の影響によって、ハンター達の情報収集機器の精度は大きく低下していた。だが、流石に肉眼で目視できる距離まで来れば機器に頼らずともその姿を捉えることが出来る。
予想外の事態に慌てた様子を見せるハンター達だったが、彼らにも一瞬の迷いが命取りとなるハンターとしての経験がある。
その対応は早かった。
「簡易防壁の後ろに構えろ! 狙撃銃を持ってる奴らは後ろに!」
自然と声を上げた者の指示に従い、行動を開始する。その指示が正しいかどうかを瞬時に判断しながら、淀みなく準備を整えていく。
波のように大地を埋め尽くし、咆哮を轟かせ、多くの
それに対してある者は膨大な銃弾を一瞬の内に撃ち尽くせる個人用機銃を。
ある者は昔から愛用している改造済みのAAH突撃銃を。
ある者は専用弾を装填可能な圧倒的な射程距離を誇る狙撃銃を。
この場に残された者達はそれぞれが信じる己の武器を構え、簡易防壁の後ろへ迎撃態勢を構築した。
そして、モンスターの中でも足が速い個体によって形成された第一陣。リィンが倒した多連装ミサイル砲を生やしたウェポンドッグのような個体はその重さによって後ろから追従する形になっている
だが、
合図は要らなかった。一部例外はあれど、この場に配置されたのは都市から見ても優秀と判断された歴戦のハンターだけ。
より激しく響き渡る地響きにも怯むことなく、武器の有効射程に入ったと判断した者から、──銃撃を開始した。
◆
「──撃て撃て撃て!! ありったけぶっ放せ!! 弾薬費は全部都市に請求してやるつもりで撃ち尽くせ!!」
散らばる肉片。絶えずモンスターへと降りしきる血の雨。充満する血臭。流された膨大な血によって、付近には血の池が形成されていた。
この場に集められた十数名のハンター達による銃火器の火力を活かした面制圧によって、一瞬の内に数百体以上ものモンスターが肉を引き裂かれ、骨を砕かれ、付近に内臓を零しながら死に絶えた。
だが、いくら銃撃を行おうとモンスター達はその動きの一切を乱すことなく、肉塊と化した同胞を踏み付け、まるで恐れを知らない機械のように空いた空間を直ぐに埋め尽くした。
それを数多の銃火器から放たれる高価な銃弾の面によって埋まった傍から粉砕し続ける。
そしてリィンもまた必死の形相で、A2D突撃銃から強装弾を撃ち続けていた。
止めることなく撃ち続け、弾倉が空になった傍から瞬時に次の弾倉を装填する。その動きは狙いを付ける必要が無いほどにモンスターが密集していた
しかし、それでもなおリィンの表情は険しいままだった。
銃撃による反動、それが徐々にリィンの腕を内部から破壊していた
痛みによって顔から大量の汗を流しながらも、決して銃撃は止めない。だが強化服の中で完全に腕が粉砕されるのも時間の問題である。
生き地獄の如き激痛を耐え続けるリィン。
しかし──アークから念話が届けられた。
『──間もなくモンスターの勢いが一時的に弱まります。第二陣が本格的に到着するまでの猶予に回復薬を摂取することを推奨』
その言葉に目を見開いたリィンが、常に表示されていた拡張視界上のマップを見れば、確かにモンスターの密度が薄れている箇所がある。
足の速いモンスターによって形成された第一陣から比較的足の遅いモンスターによって形成された第二陣への移り変わり。そこには僅かだが、絶えず襲い掛かってくる現在の状況に比べれば確かな猶予が存在していた。
この時間にマリアンから渡された回復薬を摂取すれば、その効果によって完全に治癒とまでは行かずとも継続的な回復効果を得ることが出来る。
そこまで考えた時、リィンは自分が取るべきだった方法を見出した。
(──そうか、戦闘前に回復薬を摂取しておけばこの反動も軽減できたのか)
銃撃による反動すら耐えられない脆弱な体で長期的な戦闘を行いたければ、壊れた傍から治せばいいという画期的な考え。高い治癒効果を誇る高価な回復薬による瞬間的な治療によって無理矢理体を維持し続ければ、少なくとも再生不可能なほどに崩れることはない。大量に摂取しておけば、その後の摂取の手間すら省ける。
豊富な資金力を背景にした贅沢な戦い方。
希望を見出すリィン。
だが、──それが油断となった。
イロモノという評価を押されるに余りある扱い辛さの強化服の制御にアークの演算領域を割り振っている
面で迫って来ているからと言って、絶えず倒すべき優先順位を更新し続けなければならない。
半端な銃撃によって倒し切れない場合もあってはならない。
──銃撃から漏れた一匹のモンスターが力場装甲に衝突する。
硬質のガラスのような衝突音が響き、青い衝撃変換光がリィンの前で激しく
──力場装甲は破られなかった。安堵するリィン。
だが、不運は重なった。
偶然にも、このモンスターは口中に銃火器を備えているタイプだった。
開かれた口腔内から覗く銃口は正確にこちらを捉えていた。
リィンの目が限界まで見開かれる。
積み重ねられた死によって鋭敏に研ぎ澄まされた特殊な第六感。リィンだけに備わった死への予感が激しく警鐘を鳴らす。
しかし、今のリィンにはそれに対応する余力はなかった。
明確に差し迫る死によって感覚が暴走し、世界がほんの僅かにゆっくりと流れる中で、リィンは力場装甲が破られる瞬間を垣間見た。
◆
「リィン、そろそろ起きた方がいいわ」
聞き覚えのある声。
優しく叩かれる肩によって、眠りに落ちていたリィンの意識は覚醒を迎えていく。
そして、そんなリィンの寝覚めを見た二人は──心配そうに声を掛けた。
「ねぇ、大丈夫? 随分と酷い顔だけど」
「ああ。さっきまで眠ってたのに、なんでもっと疲れ気味の顔になってるんだよ。普通逆じゃないか?」
リィンの顔は顔は酷くやつれていた。まるで夜勤を乗り越えた労働者のように、まるで上司と顧客の板挟みにされた交渉役のように、純粋な戦闘の疲れ以上の精神的な疲労が深く滲み出ていた。
今すぐにでもリゲルの中の自分への評価を変えるよう要求したい、でもそれは出来ない。勝手に担当区域を変更しやがったアキヤマは絶対に許さない。というかこの強化服は何なんだ、扱い辛すぎる。
等々の恨み辛みが籠められたリィンの声からは、それはもう生気が抜け落ちていた。
「…………滅茶苦茶酷い悪夢を見たからね。
凄く申し訳ないんだけど、後から合流する。どうせこの後私はアキヤマに呼びだされるから……」
依頼が始まる前から既に限界を迎えているリィンに困惑するも、タツカワは持ち前の面倒見の良さを発揮して回復薬を置いていくことにした。
「そ、そうか。一応、回復薬を置いておくから辛かったら飲んでみてくれ。精神高揚作用も含まれてるから、元気になる筈だ」
「……ありがとう」
傍に置かれた回復薬を抱え込みながら、リィンは掠れるような感謝を告げた。
そして、メルシアもリィンが合流しやすいように言葉を残しておくことにした。
「ハンターになったばかりなら気にすることは無いわよリィン。依頼の前に不安になるのは新米なら誰でもあることだから。
急げとは言わないわ。でも、依頼が始まるまでには持ち直してね」
「……分かった。私も依頼にまで持ち越すつもりはないよ。合流するまでには整えておく」
「そう。何度も言うようだけど、新米ハンターにはよくあることだから気にしないで」
リィンの顔が余程酷かった
残されたリィン。
暫くすると、外で待っていたのだろうアキヤマが車両に乗り込んできて、その相も変わらず気楽な声で話し掛けてきた。
「やあやあリィン君。中々降りて来ないから見に来てみれば、何だかもう疲れ果ててない? まあ、君にとっては初依頼にもなるし仕方ないか。
さて、提案なんだけどちょっと話さない? もう暇で暇で、なにか退屈を紛らわす手段がないとやってられないんだよね」
「………………いいよ」
何かを非常に言いたげにしながらも、リィンはその全てを呑み込み、ただ一言了承の返事をした。
そして、その様子を見ていたアキヤマは不思議そうにそれを見詰めていた。
感想、評価ありがとうございます。