アキヤマの雑談に付き合うリィン。
「だから、配給所の仕事は一見スラム街まで出ているから危険そうに見えるけど、案外危険はないんだ。でも、積極的にやりたがる人は少ないから僕の中では当たり枠だったんだ」
「へえ」
至極どうでもいい話を聞き流し、リィンはこの困難を乗り越える為には何が必要かを考えていた。
技術。当然必要だ。射撃技術、強化服の制御技術、少なくともこれを身に着けないことには話は始まらない。
戦力。これはまだ分からない。第一陣までは問題なく迎撃出来ていた。ハンター達も余力を残しているように見えた。恐らく、第二陣に備えて残している物がある筈だ。
情報。不足している。但し、現時点で急いで知る必要のある情報は定まっていない。この状況を突破する
「あ、携帯食食べる? 僕の一押しなんだ。中のフルーツが良い感じに不足してる甘未を満たしてくれるんだよ。周りのクッキー生地もしっとりしててね、そこがまた良いんだ」
「食べる」
受け取った携帯食をもそもそと頬張る。そして、思っていたよりも美味かったことに感動した。思い返してみれば、配給以外で
最早思い出せないほど昔に味わった甘味が、リィンの抱えていたストレスを少しだけ氷解させた。
「もう一つくれない?」
「いいとも」
リィンが相談すると、アキヤマは気前よく分け与えた。
久々の嗜好品を食べ進める。
口が乾けば片手に持った回復薬で口の中を潤す。事前に服用しておけばいいと気付けた
だからといって飲まないという選択肢は無かった。うんうんとアキヤマの話を全肯定しながら、合間合間に回復薬を体へ流し込んでいく。
ぺらぺらと回り続けるアキヤマの口は止まる様子を見せない。携帯食は美味しかったが、この男に付き合い続けることほど無駄なことはない。
この辺りで切り上げようとリィンはアキヤマの口を止めることにした。
「アキヤマ」
「最近は都市幹部も物騒で──、っと。なにかな?」
「周辺のモンスターの掃討に参加したいから、私はもう行くよ」
「おや、そうか。残念だ。けど君がそうしたいなら仕方ないね。僕は仮眠でも取るとするよ」
ひらひらと手を振りながらアキヤマは与えられた荒野専用車両へ戻っていく。
本当にやる気がないなと半目でそれを見送ると、リィンは意識を切り替えた。
「仮眠ね……。私はまだ眠る必要はないか。色々と試したいこともあるし、可能性を狭める必要はない」
リィンは脳内に意識を集中させ、アークに念話を行った。
『アーク。マリアンに通話を繋いで』
『了解』
「さて、繋がるといいけど」
前回の情報から考えてモンスターの掃討が本格化する前であれば、通信妨害はまだ発生していないはず。懸念点は相手がリィンの通話に応じてくれるか。
だが、幸運にも三回目のコールの後、目的の人物との通話は繋がった。
相変わらず、上機嫌な声が通話先から聞こえてくる。
『んふふ、そっちから掛けてくるとは思ってなかったわ。リィンちゃん』
『私も自分から掛けることは想定してなかったよ。今日も機嫌がよさそうだねマリアン』
リィンが通話を掛けたのはつい先日一緒に行動していたマリアンだった。
必要とはいえ、またこの声を聞かなければならないのかとリィンは若干げんなりとしながらも、今は彼が通話に出てくれたことに感謝した。
『それで、早速だけど要件を聞かせてくれるかしら?
あなたの為ならいくらでも時間を取ってあげたいところだけど、そういうわけにもいかない状況なのよね。なるべく手短にしてくれると助かるわ』
『わかった。なら、余計な前置きは言わない。知覚間隔加速調整剤による体感時間の歪み。それは
問いかけた後、マリアンは少しの間沈黙した。そして、再び上機嫌な声で、
『あなたが何を考えてそんな質問をしたのかはわからないけど、結論から言えば出来るわ。でも、それは一般的ではないわ。特殊な訓練に経験が必要だもの』
『それは何?』
リィンは尋ねながらも、その答えについては過去の経験から推測していた。欲しかったのは確信だった。体感時間操作に詳しい第三者からの明確な答え。それを得られるかもしれない人物との伝手は幸運にも手に入っていた。
加速剤によって
そして、あれほど強力な効果なのだ。加速剤に頼らずともよい方法が模索されていないはずがない。
そう考えたリィンは手始めにそれを確かめることにした。そして、それは正しかった。
『
どちらでも構わないわ。人によってそこは変わってくる。でも、そういう状況の時に、
『……死地』
リィンの脳裏に幾つもの死の瞬間が想起された。その中でもあの力場装甲すら破壊され殺された瞬間が最も鮮明に想起された。マリアンが言う意識の暴走。その感覚は間違いなくあの瞬間にも訪れていた。
『経験はありそう?』
『そうだね。意識の暴走にも覚えがある。うん、私なら出来そうだ。参考になったよ』
『あら、そうなの? 正直、私はあなたにはまだ早いと思いながら話したわ。けど、あなたがそう思うなら案外直ぐに身に着けちゃうかもしれないわね。これは期待しちゃってもいいのかしらっ!?』
マリアンの言葉にリィンは微かに口角を上げながら、その期待に応えてみせると約束した。
『いいよ。どこかのマリアンに報告してあげる』
『? どういう意味かしら』
『気にしないで。こっちの話』
◆
戦闘陣地には寄らずに、リィンは一人で荒野を
情報収集機器の精度はそこまで低下していない。つまり、ハンター達はモンスターの掃討を終わらせてはいない。まだまだ多くのモンスターが荒野には残されているだろう。
リィンのこの不可解な行動に、アークは一度だけ確認を行った。しかし、リィンがこの行動には意味があると言えば沈黙した。
簡易人格という名称ではあるが、彼あるいは彼女は、あくまでもリィンの活動の補助という目的しか与えられていないのか、前回のような危機的状況ではない限り自発的に声を掛けてくることはない。それでもなお、リィンのこの行動がアークの中では不可解だったということだ。
アークを通して拡張視界に表示された前方から迫り来る複数のモンスター。消耗品を詰めたバッグを地面に置く。A2D突撃銃を両手で握り締め、死地に飛び込む覚悟を決める。
息を吐き、アークに命令を下す。
『アーク。私の補助は最低限でいい。強化服が本来の可動域を越えそうになった時だけ抑えて』
『了解』
タツカワ達の前で見せた神懸かり的な射撃はこの場においては必要ない。リィンが身に着けるべき技術はそれではなく、自力で再現できる範囲でなければならない。
力場装甲を目の前で破られたあの時、リィンは自身の無力さに打ちひしがれていた。アークという旧世界製の装備の補助に依存し、命の危機が迫った時でさえ自分に出来ることはなかった。
だからこそ、今はまだ、死と同義である命令をアークに下してまで、リィンは踏み込まなければならない。
「……よし、やろうか」
強化服の制御に意識の殆どを割き、リィンはA2D突撃銃による銃撃を敢行しながら駆け出した。
◆
強化服によって強化された身体能力を活かし、素の肉体では為せない驚異的な脚力で荒野を大地を駆け抜けるリィン。
細かな動作や周囲の警戒は行わず、リィンは速度を落とさずに走り続け、かつモンスターへの銃撃を途絶えさせないことに集中した。
リゲルから与えられた強化服──ゼファーと名付けられたそれはリィンが行った僅かな動作であっても、それを瞬時に最大化する。読み取った動作に対する反応が極端に優れている反面、そこには優れすぎているが故に激しい動作を要求される戦闘中には常に姿勢を崩すリスクが付き纏っていた。
しかし、設計者はこれを許容した。振り切った性能の先にこそ、
最低限の身体保護に割り振り、その身体が強化服の中で引き千切られることだけは防ぐことで製品としての体面を整えたのがこのイロモノ強化服だった。
だが、それは放たれた全ての弾丸が致命傷になりうるということだ。
着用者はその速さで
速攻で脱ぎ捨てて売却したり、荒野で死体と化す者も絶えないこの悪名高い強化服。だが、リゲルはリィンならばこれを扱えると判断してしまった。
ならばリィンに出来るのは、それを信じて命を賭け続けるだけだった。
リィンから放たれた弾丸の多くはモンスターには微塵も当たらず、見当違いの方向へと着弾した。
だが、
加速度的に増え続けるエネルギー消費に応えるように、瞬く間に後ろへ流れる景色。拡張視界に表示されたリィンの現在位置を示す光点が信じられない速度で移動していく。
スラムの孤児であったリィンでは考えられない速さ。恐怖を感じ、身体を凍り付かせるに足る恐ろしい状況。だが、そんな状況に置かれてなお、リィンのコンディションはかつてないほどに高まっていた。
一度でも転倒すれば確実に絶命する。その極限状態がリィンをかつてない境地に導いていた。高まり続ける集中と興奮。激しく脈動する心臓に追い縋るように、リィンの身体は回復薬による再生と破壊を行いながらも止まらない。
──だが、
モンスターから放たれたミサイルに気を取られ、リィンはその足をほんの一瞬──竦ませてしまった。そして、強化服はその動作もまた、自身の優れた性能を発揮するように即座に反応した。
リィンの足が本来の可動域を越えて外側に曲がり切る──寸前にアークは即座に強化服に干渉し部分的に硬化させることで、強化服ごと破損しかねない事態を防いだ。
しかし、リィンの身体は派手に宙空へと投げ出された。全身が浮遊感に包まれる。天地が逆さまになり、踏みしめる地面がないことに意識を向ける間もなく、こちらへ飛来するミサイルが視界に映る。
そして、その
リィンはやっと、自分の世界が既に加速していたことに気付いた。
◆
「リィン、そろそろ起きた方がいいわ」
いつものように掛けられたメルシアの声にリィンは目を開けた。
疲労を感じさせないパッチリと開かれた目でメルシアの姿を認識し、リィンは前回は言えなかった感謝を告げた。
「約束通りだね。ありがとう」
あの強化服が
感想、評価ありがとうございます。
死に戻りという能力の性質上、体感時間操作だけならリィンは誰よりも身に付けるのが早いんじゃないかと思いました。