ファマナリア社は薬剤の製造を行っている企業だ。その販売圏は広く、駆け出しや低位ハンターが多い西側において非常に広いシェアを誇っている。ハンター達が主に購入しているのは回復薬で、その価格帯は数百オーラムから数十万オーラムに渡っており非常に幅広い。
他にもハンター向け保険会社との提携や、販売数は少ないが、意識を短時間だけ加速させる加速剤などで多くの利益を生み出しており、その利益によってファマナリア都市は開発され数ある統治企業の仲間入りを果たした。しかし、現在ファマナリア社の経営状態は赤字が続いている。
ファマナリア都市の統治が順当とは言い難い状況にあるからだ。当初の予定ではファマナリア都市は、遺跡やモンスターの数が少ない環境を活かして流通網の要所を担うことを目的としており、そこには更なる販路拡大と東側領域への新規開拓という狙いがあった。
だがファマナリア都市の運営が開始され暫く経つと、慎重に事前調査を進めて来た筈の場所から未発見の遺跡が続々と発見され出した。それだけであればまだ対処のしようはあった。しかしそこから次々とモンスターが溢れ出し、ファマナリア都市周辺に歪な生態系を構築してしまった。
その結果、ファマナリア都市は今日に至るまで望まない形ではあるが、遺跡の攻略を目指す攻略都市としての側面を抱えることとなった。
◆
スラム辺境。極端なまでに人気がないという理由だけでリィンが住み家としていた場所であり、同時にモンスターと最も早く接敵する危険地帯。
そんな場所で、狂笑をあげる少女。
その異常な場面を男は目撃した。そして、瞬時に身体を翻した。あれは関わったら碌な末路を迎えないと瞬時に悟ったが故に。
「──おい」
がそんな男の背中に突き刺さる、酷く冷たい少女の声。
ゆっくりと振り返ると、先程までの狂った様子は鳴りを潜め、その歳に似つかわしくない冷徹な表情を浮かべた少女がこちらを見詰めていた。
「銃は、持ってるか」
その質問に男は狼狽えながらも、強気に返答した。
「ッ、俺にそれを答える義理はねぇな。それも、こんな辺鄙な場所で笑ってやがるイカれた女には特にな」
男は努めて気丈に振る舞ったが、目の前の貧弱な少女から感じる得体の知れない圧に冷や汗を流す。
スラムには孤児など無数に存在しているが、これほど心に直接訴えかけるような圧は初めてだった。何故、ただの無力な孤児如きが強化服に身を包んだ熟練のハンターの如き圧を放っているのか。
リィンは男の返答に表情を動かすことなく、ある提案をする。
「取引をしよう。私がお前を追っているモンスターを殺す。だから、銃を寄越せ」
「はッ、なんだそのふざけた取引は。俺がああ、わかったとでも言うと思ったのか?」
「思っている。逆に尋ねるが、お前はその負傷した足で逃げ切れると思ってるのか?」
男は負傷している足を庇うように、後ろへ下げた。
スラムに逃げ込むまでに不意打ちで食らった攻撃によって負傷し、引きずるように男はここまで逃げてきた。
道中、所持していた拳銃によって何度か怯ませることでここまで辿り着いたが、残弾は心許なかった。上手く弾が当たりさえすれば拳銃であっても殺せるだろうが、男にはその自信がなかった。
「お前を囮にすれば逃げられるさ」
「いいや、無理だ。その血の匂いがある限りお前は逃げきれない。それに、お前が攻撃を仕掛けたなら、モンスターは必ずお前を排除すべき敵として脅威に思っている筈だ」
リィンは冷静に状況を整理することで、男が頷かざるを得ないように誘導していく。だが、実を言えばリィンが並べた情報は過分に推測が含まれていた。
荒野で野生化して本来の機能からすれば大幅に劣化しているモンスターにそれほど高性能な嗅覚が備わっているかは不明であり、内部の脅威判定については完全な嘘だ。
だが、リィンが発している圧と、ここに至るまで追い込まれたという経緯が男の判断を徐々にリィンの側へと傾けていく。
「……本当に、お前なら倒せるのか」
「倒せる。銃さえあれば。どの道、ここで私に銃を渡さずともお前は追いつかれる。お前には奴を確実に殺せる自信があるのか?」
「…………チッ」
長考の末、男は銃をリィンに手渡した。
リィンがこの場で男を射殺する、というリスクも存在したが貴重な弾を使ってまでここで男を排除するような馬鹿な真似をする女ではないと、これまでの会話で男は判断した。
「……お前が奴に発砲した瞬間、俺はこの場を離れる。お前が勝とうが負けようが、奴の優先順位がお前の排除に変わるからな。俺はお前に銃まで譲ったんだ、いいな?」
「わかった。それで構わない」
男が唯一の対抗手段を手放してまで取引を呑んだという点は、重々リィンも承知していた。
「残弾は三発だ。俺も何発か撃ったが、破れかぶれに撃った弾だからな。真面に狙いも定めてない以上、そこまで効いてない。俺が言えるのはここまでだ」
路地裏の奥へと身を隠しにいく男は、これから戦いに向かうリィンへの餞別として、渡せる限りの情報を渡すとそのまま奥へと消えていった。
そして、それを横目で追っていたリィンは男の姿が見えなくなると笑みを零し呟いた。
「一番の結果だ」
◆
リィンは確実に有効打を見舞えるよう、廃材の裏へと身を隠していた。
幾度かのやり直しを経て、男との交渉は今回の結果を以って最適化された。何回目かの死に戻りでは男をリィンが持っていたナイフで刺し殺したこともあったが、代償として手痛い反撃を貰っていた。
それならば、交渉という手段でモンスターに対して明確な傷を与えられる銃を手に入れた方がよっぽど合理的だと、リィンは交渉を開始した。
最初は素の口調で話し掛けた。だが、圧が足りなかったのか。男を信じ切らせることは出来ず、交渉は失敗した。そして再びリィンに囮という役目を押し付けた。
二回目は口調を変えた。かつて自分の庇護者であった大人の口調を真似たことは、想像以上の成果を発揮した。少なくとも、その時点で男はリィンをただの子供とは扱わなくなった。だが、その内容が良くなかった。必要以上に脅してしまったがために、銃を手に入れることには成功したが、男との交渉が長引いてしまった。残弾を確認する間もなく戦闘は始まってしまい、リィンは雑に撃ち過ぎたが為にあえなく沈黙した。
そして、迎えた三回目。リィンは前回の反省を活かし、男を必要以上に脅すのではなく情報と自信という手段で以て、交渉を成立させた。そのうえこちらは別に無くても良かったが、男は最後に情報を残してくれた。これは明確な成果の向上であり、リィンの採った手段が正解だったことを証明していた。
深く息を吸い込み、逸る精神を落ち着かせ周囲に耳を澄ます。
完全な不意打ちを行えるのは最初の一発のみ。奴がこちらを発見するまでが、こちらが明確な有利を築いている瞬間となる。
「……生物である以上、一部が機械化されていようと生体部分における弱点は変わらないはず」
幾度かの交戦の中で、最も有効に働いたのは頭部の損傷だった。最悪、一撃で絶命させられなくとも感覚器官である目鼻のいずれかを喪失させられれば戦況はこちらへ傾く。
だが、完全な不意打ちを見舞える状況であったとしてもリィンは全く自分を信用していなかった。
銃による戦闘経験の圧倒的な不足。本格的な教えを受けていないが故の不格好な構え。
されど、そのような状況であっても焦りは少なかった。
リィンにとっては業腹だが、この不出来な身体は死を拒絶する。力の限界は未だ測れず、終点の兆候すら感じない。他のハンターには不可能な幾度もの試行を可能とする力が持続する限り、この戦闘は通常よりも痛みを伴う訓練に過ぎないと、リィンはそう定義した。
決して狙いがブレぬよう、そして再現性を高めるため廃材へと身を預けることで姿勢を固定し、ただその瞬間を待ち続ける。
──やがて、路地の先。
遺跡帰りのハンターすら滅多に見かけぬ辺境へと、モンスターは姿を現した。
獲物が動きを止め付近に潜伏していることに気付いているのか、周囲の様子を探るようにこちらへ進んでくる。
だが、路地裏という決して広くはない空間である以上。直ぐに別の存在がいることに気付くのは明白だった。
だからこそ、彼我の差が距離にしておおよそ五歩で踏み込める距離まで近づいた時、
リィンは放った。
弾ける血しぶき、流血により周辺が赤黒く染まる。
──命中。左眼部損傷。
同時刻、後方から聞こえてきた足音。事前の取り決め通りに男が行動を起こしたことを理解した。だが、事ここに至った両者の間にはそのような情報は瞬時に意識から消えていく。
再度放たれる弾丸。
がモンスターの胴体を僅かに掠らせるに留まる。今度は怯むことなく、モンスターは猛然とリィンへと駆けてくる。
それを見て、リィンは瞬時に構えを解き衝突へと備える。
接敵。響く硬質音。
モンスターの異様に肥大化した牙は、華奢な少女の肉体まで届くことはなく、直前に蹴り上げられ挟みこまれた廃材へと突き立てられた。
降りかかる重さにリィンの右手は悲鳴を上げた。
されどモンスターの勢いは衰えない。廃材ごとリィンを喰らおうと、その歪んだ口元を隆起させ迫り来る。
激しく振り乱される頭部。流れる血が顔に掛かる。だがここで焦りを生むことだけは駄目だと、リィンもまた自分をブラすことはなかった。
弾倉に残された最後の一発。それを最も有効に見舞えるのはどこか。その答えをリィンは既に苦痛により厳しく細められた目で見つけていた。
「──ッ!!」
生物であれば誰しもが持つ絶対的な弱点。──脳髄。
左眼部周辺の損傷によって、其処へ至る道は既に崩されていた。だから、あとは全力で脳髄を砕いてやるだけだ。
左手に構えた拳銃。その銃口を強引にめり込ませ、──放つ。
沈黙。直前まで暴れていたその身体を停止させるモンスター。しかし戦闘経験に欠けるリィンは確実に死んだと判断できるまで目を離せなかった。
やがて硬直していたモンスターの身体から力が抜けた後、ゆっくりとリィンはその下から這い出し立ち上がった。
そしてその時になってようやく、リィンは生存の余韻と共に息を吐き出せた。
「はぁぁぁぁぁ…………」
左手の拳銃を見詰め、一瞬疲れからさっさと投げ出すことが過るも、これが今の自分にとって貴重な武装であることを考え丁寧に降ろす。
そして、想定よりもずっと早く終えられたことに軽く笑い、リィンは配給へと向かうため顔を洗い出した。
廃材をも容易に蹴り上げられる身体能力を、強化服もなしに発揮したその異様な事実に気付かぬままに。
なんかイカれた笑いを上げてる女が居たらビビりますよね。リィンも試行中、あれ結構効いてたんじゃねと感じたので取り敢えず笑うことにしたのが今回の周です。
感想、評価ありがとうございます。オリジナル都市を舞台にしているのもあり、内心恐る恐る投稿したのですが反応を頂けて嬉しかったです。失踪だけはしないよう頑張ります。