死ねなかった少女   作:那菜 御調

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ミンタカ工場跡 Ⅱ

 

「──通らないか」

 

 ミンタカ工場跡、中央部。

 その一室。かつてそこへ置かれていた物はすでに接収され、完全にもぬけの殻となった部屋。

 

 しかしそこへ佇む存在だけは、この部屋に唯一残された物を知っていた(記録していた)

 

 現実上には存在せず、旧領域上でのみ存在している代替システム。ミンタカ工場跡の管理人格、そして管理システム全体が何らかの異常によってその機能を停止した時にのみ使用可能なそれへ、存在はアクセスしていた。

 

 意識を旧領域上へと移し、停止したミンタカ工場跡のシステムを部分的に稼働させることで、特殊な申請を行う。

 

 しかし結果は()()

 

 システムの不具合か、あるいは申請を受信する側か、それとも申請を行う者か。

 

 いずれかの要因、あるいは複数の原因によって何度申請を行おうとそれが通ることはなかった。

 

「原因は不明。しかし取り得る手段は未だ残されている」

 

 存在は新たな情報を、遺跡の管理システムから直接取得した。

 機能を一時的に取り戻した遺跡が収集したリアルタイムの地形情報。現在内部に入り込んでいる生物、稼働する防衛設備、其処から放たれた弾丸の一つ一つすら含めた膨大な情報を、保有する高度な演算能力を以て解析していく。

 

 そしてその情報の中には、工場を駆け抜ける一人の少女の姿も含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 情報収集機器、対モンスター用武器、そして仲間。普通のハンターであればこれらは用意して当然の備えであり、どれか一つがない状態であってもそれは大半が手間のかかった自殺か、過剰な自己評価の表れに過ぎない。

 

 遺跡という場所は決して生半可な装備で挑んでいい場所ではなく、歪な形で生還を果たしたリィンが再び遺跡に訪れることもまた、どれだけ理由を取り繕おうと自殺の域を出ることはなかった。

 

 だが、リィンはその足を迷うことなく遺跡へ向けた。

 自分の目的を達する(ため)に。自分を人間であると肯定する(ため)に。

 

 勿論(もちろん)、この決断を下すまでにリィンも少なからず別の道を模索した。死に戻りによって死という特大の負債が全て清算されるとはいえ、リィンにも痛みを感じる機能は残っている。痛みを伴わずに済むに越したことない。

 

 遺跡の稼働の可能性。断定に至る材料は不足しており、断言することはできない。しかし、決定的な証拠さえ手に入れればファマナリア都市は必ずこれに反応する。

 

 現在の薬品製造事業。商品である回復薬や加速剤の基盤となった遺物群、これを莫大な費用と社運の全てをかけてまで抑えた過去に加え、ファマナリア都市が恒常的に出している依頼の規模と報酬から未だ都市が()()を探していることは明白だった。

 

「だからこそ、この情報を有効に活かしたければ、私が取るべき手段は一つしかないわけだ」

 

 稼働を始めたであろう遺跡が産出した新たな遺物。それも、持ち帰る手間すら惜しんで放置された微妙な遺物ではなく、間違いなくミンタカ工場跡から出土(しゅつど)したと認められる高価な遺物でなければならない。

 

 その遺物を持ち込み、入手手段がミンタカ工場跡からの物であると正式に鑑定によって認められた段階になってようやく、リィンが持ち込んだ情報は意味を持つ。

 

 (もっと)もリィンに鑑定の伝手などあるはずもないが、ファマナリア都市がこれを見落とすことはあり得ない。リィンが自分から鑑定を依頼して証明せずとも、都市が進んで行ってくれるだろう。

 

「まぁ、都市がこの情報に対して金を出すとは限らないけど、そこは私の交渉術の見せどころか」

 

 都市がオーラムを出し渋ろうと、リィンは死に戻りによる強引な交渉で引き出せるだけ引き出すと決めていた。この手間を惜しむと、今後の遺跡探索に大きく影響してくる。

 死は軽くはないが、相対的に軽くなる場面というものは存在していた。

 

 前回同様、リィンはミンタカ工場跡を進んでいた。

 しかしそこには余裕とリラックスが見られた。前回の死因となった中央区から外れた外周部までは、再稼働が及んでいないとリィンは考えていた。

 

 新たに配備されたモンスターや遺物の姿が見られないこと。ミンタカ工場跡の自動修復機能が働いている様子が見られないこと。

 

 簡易的で確証の取れない推測ではあるが、リィンは今後の死に戻りに備え、警戒の必要のない区画を見分ける作業も行っていた。

 判断基準は死ぬかどうか。死ねば危険。死ななければ安全。

 

 勿論(もちろん)、偶々この辺りを巡回していた機械系警備モンスターが別の場所に行っていたという場合も考えられるだろうが、リィンには正確な時間を確かめる術はない。

 

 妥協と諦め。リィンは脳内に浮かんだこの可能性を早々に放棄した。考えるだけ無駄なのは明白だった。

 

 瓦礫(がれき)をよじ登り、正規の入り口とは違う場所からの侵入すら試みながら、自分が通ることができる箇所を広げていく。

 

 そのように前回とは違う道を辿りながらも、導かれるようにリィンは前回のようにハンターの遺体が転がる部屋へ辿り着いた。

 

(……ハンターの遺体が見当たらない。早く来すぎてしまった?)

 

 通路から顔を覗かせて確認するが、前回からの変化はハンターの遺体の不在と、未だハンターに対する銃撃が行われていないことによるタンクの損傷の少なさだけだった。

 

 さて、どうしたものかとリィンは頭を悩ませた。暫くここから離れ、ハンターが死亡するのを待つか、或いはハンター不在という状況下での突貫を一度行ってみるか。

 

 ここで一人で悩める時間も有限だ。時が経てばハンターと鉢合わせ、場合によっては問答無用で殺害されるケースも考慮しなければならない。

 

 確かめておきたいことはないか。そう考えたリィンは、ふとあの()()()の存在を思い出した。

 

 アキヤマと名乗っていた軽薄な職員から渡されたあの効能不明な回復薬。その効果を確かめる機会にするのも悪くないのではないかと、リィンは取り出した回復薬を見詰め考えた。

 

 この回復薬の効果とその即効性。効果に期待はしていない。どちらかと言えば、正常な効果よりも副作用の方が大きくとも可笑しくはない。

 

(回復薬の副作用によって後遺症が残ったとしても、それを持ち越したくなければ即座に目の前の部屋へ飛び込めば(自殺すれば)いい。完璧だ)

 

 そうと決まれば行動は早かった。回復薬の蓋を開け、ぐいっと一息で飲み干す。

 

「……不味っ」

 

 さて、どうなるか。回復薬内部の生体ナノマシンの暴走によって人ではない存在へ変貌するか、過剰な効果によって臓器が機能不全を起こすか。

 

 何れの場合であっても最悪ではあり、尋常ではない痛みを伴うことは想像に難くない。

 

 覚悟を決め、身構えるリィン。

 

 一分。二分。刻々と時間が経過する。だが、リィンの体には特筆すべき変化は見られなかった。

 

 回復薬としての効能、怪我の治癒という面で見てもリィンの体に刻まれていた軽傷が治癒される様子は見られない。

 

(……不良品、か?)

 

 品質の保証がされていない正体不明の回復薬とはいえ、流石にここまで効果が見られないのは最早この回復薬には端から効果がなかったと見るのが良い。

 

 早々に見切りを付けたリィンは、見えない部分に副作用を及ぼしているかもしれない可能性を除くため、部屋へ突撃する構えを取る。

 

 目的は、部屋の突破。奥に存在する暗がりへ進むこと。そして、そこに配備されているであろう遺物を都市へ持ち帰ること。

 

 静かに、前回遺体が転がっていた箇所を見据え、

 

 ──リィンは全力で走り出した。

 

 華奢な少女の肉体。そこから生み出される純粋な脚力で突破できるほど(やわ)な警備システムである可能性は低い。

 

 当然、そのようなことは百も承知だった。だが、挑戦する前から見切りを付けるよりは死ぬ覚悟で一度確かめるのも悪くはないのは確かだった。

 

 自分が出しうる全速力。身を屈めることすらせず、目にかかる髪すら気にすることなく、リィンは死線(デッドライン)を強烈に踏み抜いた。

 

(──さあ、どこからくるッ!?)

 

 モンスターによる銃撃がどこから行われているか。それを見つけ出して見せると、周囲に目を走らせた。

 

 

 しかし、

 

 

 ──不意に、()()()()()()()()()()()()があった。

 

 音も、景色も、全てが後ろへ流れていく。引き延ばされた感覚、それが空気にあるはずもない粘性を感じさせた。

 

 左上、搭載された銃火器から放たれた弾丸の閃光と衝撃が、光学迷彩機能によって隠されていたその姿を露わにさせた。小型の、タレットのような機械系モンスター。

 そこから放たれる弾丸。リィンはその過程の全てを、引き延ばされた視界で捉えていた。自分の体の動きすら、粘性の液体の中にいるかのように遅々とした動きを見せる中、弾丸の動きは非常にスムーズだった。

 

 そして、それは弾丸の驚異的な速度の証明に他ならなかった。避ける時間は存在していない。最初から、そこから放たれると想定し動いていれば、まだ微かな可能性が見えるかもしれない。そういった次元の話だった。

 だが、今のリィンにそれはない。

 

 ただ、空を裂きながらこちらへ迫り来る弾丸の軌跡を見る事しか、できはしなかった。

 

 弾丸がリィンに着弾し、めり込み、僅かに走り始めた痛みが駆け巡る前に、

 

 ──意識は消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めた。

 一切の痛みも怪我も残すことなく、いつものように人気のないスラムの辺境の路地でゆっくりと体を起こす。

 

 そして、あのアキヤマとかいう適当な野郎に貰った物を見て、リィンは呟いた。

 

 

「──うん。回復薬じゃなくて加速剤だこれ」





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