死ねなかった少女   作:那菜 御調

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ミンタカ工場跡 Ⅲ

 

 ファマナリア都市の周囲に新たに出現した遺跡群は、的確に都市の交通網を妨害するように出現した。

 

 何の前触れもなく、前日までは確かに何も存在していなかったはずの場所に、突如として内部から無数のモンスターを放ち周囲の生態系そのものを乗っ取ることで、ファマナリア都市の事業そのものを一時停止に追い込んだ。

 

 勿論(もちろん)、異常を察知した都市の防衛隊は即座に出撃しその対処を行った。

 だが遺跡の中に押しとどめることはできず、彼らの侵略を許してしまった。しかし不幸中の幸いか、そのままファマナリア都市へ攻撃を仕掛けてくると思われていたモンスター達は遺跡の周囲に留まっていた。

 

 こちらから(いたずら)に刺激すればその限りではないが、少なくとも旧世界の遺跡と現世界の都市による互いの存亡をかけた攻防戦までには至らなかった。

 

 そして、未だこの膠着(こうちゃく)状態は解かれていない。その要因は様々だった。利権。威信。戦況。

 

 そもそもファマナリア社が他社や他都市の介入に肯定的ではないこと。

 五大企業たる坂下重工が()()()()()()()()()()()()()()であること。

 加えてオーラム経済圏における建国主義者の活発化。

 

 これら多くのものが複雑に絡み合い、ファマナリア社による遺跡攻略は慎重に進められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識の加速を可能にする加速剤。数分遅れで齎されるという、使いにくいことこの上ない性質を持ってはいるが、それが非常に有用な物であることに違いはなかった。

 

 本来であれば、無数の死と、幾つもの奇跡を積み上げる必要があった部屋の突破。

 しかし、加速された意識が捉えた詳細な情報の数々は、死に戻りによる行動の最適化というリィンだけに許された力を最大化した。

 

 加速剤の発動タイミングを掴み、弾の軌道を捉え、回避行動による姿勢の乱れを制御する。

 

 言うは易く行うは難し。しかし、リィンは自身の死と痛みの一切を顧みない強引なやり直しを経て、驚異的な速さで以て、部屋の攻略に王手を掛けていた。

 

 ──都合、二十回。

 

 何度も何度も。弾丸に撃ち抜かれ、加速した意識と痛みに苦しめられ、鉢合わせたハンターに殺害され。

 スラムの孤児でなくとも、例え数多の修羅場を越えた歴戦のハンターであっても逃げ出す過程を、リィンは覚悟と執念という理由だけで完遂した。

 

 ただ、自らを肯定(人間に)する(ため)に。自分は人間である(モンスターではない)と証明する(ため)に。

 

 

 部屋の中にはハンターの遺体が転がっていた。

 偶然の鉢合わせによる戦闘の回避と、ハンターの死によって生まれる変化が突破に繋がり得ると知ったリィンが、意図的に到着を遅らせた結果だ。

 

 転がる突撃銃は必要ない。あの限られた時間の中に組み込めるほどの猶予(ゆうよ)は存在していなかった。

 必要なものは、ハンターが銃撃されたという固定された結果だけだった。

 

「……大丈夫。後はなぞるだけ」

 

 度重なる死に戻りの中で、拳銃の重さすら行動の邪魔になると判断し、リィンは驚異の丸腰で攻略に臨んでいた。

 

 強化服による外部の補助がない素の肉体で出せる力はたかが知れている。東部の最前線に近付けば、素の肉体のまま人型兵器や山ほどの大きさのモンスターを殴り飛ばせる存在──超人と呼ばれる人体の極致に至った者達もいるだろうが、リィンには遠い話だった。

 

 だが、常識外れの身体能力がなくとも、リィンには魔法と見紛うほどに高度な科学力を誇った旧世界であっても再現不可能な死に戻りがある。

 

 旧世界の通貨であるコロンを用いても決して購入できないこの体がある限り、シミュレーション上ではなく、現実上における無限回の試行を行える。

 

 一息に加速剤を飲み干し、その時を待つ。

 

 研ぎ澄まされる精神。深まる集中。死に戻りによる次、そして自らの感情さえ、思考から(ふる)い落とす。

 

 冷徹に、冷静に、ただ積み重ねた結果をなぞることだけを考え、

 

 

 ──リィンは飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 上半身を喪失したハンターの遺体が転がる一室。

 そして、それを監視する旧世界の高度な情報収集機器。

 (にわ)かに稼働し出した遺跡が再配備した、最も簡易な監視装置。

 ただし、その程度の装置であっても現世界の数千万クラスの情報収集機器ではその装置を見付けることは不可能だった。

 

 魔法の如き高度な科学力を誇った旧世界の技術によって作り出されたそれに実体はなく、壁面内部に埋め込まれていた無数のセンサーを通して情報を収集・統合し、集積した情報を常に何処かへ送信していた。

 

 そして、装置は工場内の防衛設備──高度なステルス機能によって姿を隠したタレットから放たれる弾丸は、必ず対象に命中するという結論を下した。

 

 対象の能力、武装、旧領域接続能力、その他数多の情報を統合し導き出された結論。それが外れることは今までもこれからも無い。──筈だった。

 

 ──放たれる弾丸。

 

 工場内に漂う色なしの霧を物ともせず飛来する旧世界製の特殊な弾丸。特殊な指向性を弾丸に込められたエネルギーへと与えることにより驚異的な威力と速度を持つそれが、脆弱な不法侵入者へと迫る。

 

 ただし、その存在はこれを視認していなかった。認識もしていなかった。

 

 ただ、

 

 ──そこに飛んで来ることだけは知っていた。

 

(──まずは屈むッ!!)

 

 ──引き延ばされる視界。狙い通りに、加速剤はその効果を十全に発揮した。

 

 そして何度も試行を重ねた果てに刻まれた記憶。身体へ刻まれた経験は無くとも、死を伴う強烈な記憶が蓄積した常識外れの負荷(ストレス)

 

 この全てを火種とし、脆弱な体がなし得る最高値。火事場の馬鹿力とも呼称される、秒単位の命の燃焼。それより生み出される常識外れの膂力。

 

 結果。

 

 少女は本当にほんの僅か、越えられるはずのない()を乗り越えた。

 

(初撃。屈んで回避。次、右のタンク裏へ飛び込み二秒待機。そしてタンクが壊れる瞬間奥へ身を投げるッ!!)

 

 降り注ぐ銃撃によって砕かれた旧世界製のタンク。その破片は当然飛散した。そう──()()()()()()()()()()()

 

 軌道を曲げられ、逸らされ、まるで魔法のように外れていく。

 

「──ッ」

 

 だが、少女が作り上げた奇跡(成果)はここまでだった。

 

 運否天賦。これより先は新たな奇跡が訪れるのを祈る事しか、体感でおよそ数日もの期間、この遺跡に囚われ続けた少女に出来ることはなかった。

 

 意識が途絶えるか(死ぬか)痛みに悶えるか(生きるか)

 

 飛来する破片。裂ける柔肌。迸る鮮血。

 

 されど、──少女は()()()

 

 タレットから放たれる弾丸。その一発が僅かに掠り、わき腹が抉れようと。その体が既に奥の開かれた空間へと滑り込んだ(死線を越えた)ことを理解した瞬間、

 

 通った(生きた)。少女はその確信に笑みを浮かべる。

 

 そして、受け身を取ることも(まま)ならないまま無様に奥へ転げ込み、

 

 

 ──そのまま中心に開かれた穴へと落下した。

 

 

「はっ?」

 

 

 呆然と、望んでいた遺物ではなく、浮遊感に全身を包まれながらも少女──リィンが落下していく様子さえ、

 

 旧世界の監視装置は克明に記録し、その全てを送信し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛みを感じた。僅かな酩酊感さえ感じる中、リィンは無数の瓦礫の中で目を覚ました。

 

 だが、すぐに身を起こすことはできなかった。

 

 脳内に走る鈍い痛み。頭を回すことさえ億劫に感じるほどの尋常でない虚脱感。そして体中に迸る鋭い痛み。

 

 火事場の馬鹿力によって本来は制限されていたリミッターを外した反動が、リィンの体を襲っていた。

 

(あぁ、からだがおもい……あたまがうまくはたらかない……)

 

 体を起こすべきだと分かってはいたが、恐らくは粗悪な加速剤の反動であろうか。滲むように掠れていく考えと、鉛のように重たい体が思うように結びつかなかった。

 

 意識を失ったことで、死に戻り地点が更新された可能性は高い。一度死んでみなければその真偽は確かめられないが、睡眠と意識の喪失を的確に判別できるほど便利な力であるとは考えない。

 

 状況は悪化している。もしもこの状況でモンスターに襲われた時、そこから生還を果たすのはさっきの攻略とは比較にならないほど至難の業になるだろう。

 

 ここから更なる死を積み重ねることすら、未だ満足に音すら拾えないリィンが覚悟し始めた時、

 

 

 ──近くに何者かが近付いてくるのを感じた。

 

 

 掠れた視界に、何者かが映りこむ。しかし限界を超えすぎた体では、その存在の姿をおぼろげに捉えることしかできなかった。

 

 

「治療が必要のようですね」

 

 

 傍らに立つ存在が何かを発する。

 そして一つのカプセルを取り出し、リィンの負傷した脇腹へとその中身を直接振りかけた。

 

 途端、リィンを激痛が襲う。

 

「ぐッ」

 

 痛みに悶え、歯を食い縛る。しかし、痛みは一瞬だった。そして、その効果もまた驚異的だった。

 

 靄がかかったようにぼんやりとしていた思考が澄んでいき、全身の痛みが嘘のように消えていく。爽快な朝の目覚めを迎えた時のように、疲労を全く感じない体にリィンは驚愕した。

 

 そして、治療を施した者を見て、

 

 

 ──更に激しく驚愕した

 

 

 感情の熱とも呼ぶべき欲望を感じさせない冷たい相貌。まるで人形のように寸分の狂いなく整えられた顔。

 目の前に立つ、凡そ人間味というものを感じさせない存在。

 

 超文明の遺産。ハンター達が自分の命を、企業が膨大な資金を投資してでも欲する旧世界の宝。

 

 

 ──()()()()。そう呼称される存在が、今リィンの目の前で稼働していた。





 感想、評価いつもありがとうございます。とても励みになっています。

 そして、なるべく止まらないようにしますと言ったばかりで心苦しいのですがこれから少々忙しくなるため、二日ほど投稿を休ませていただきます。
 また、これは私の力不足が原因なのですが、今後の展開について考える時間の確保という意味もあります。
 
 申し訳ございません。
 謝罪も兼ねて、今日はこの後もう一話投稿いたします。
 
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