頬に一筋の汗が流れるのを感じる。
それは酷く冷えていて、まるで現状の張りつめた空気を表しているかのようだった。
目を覚ました時からじっとこちらを見詰める彼女が
──静かに、冷静に騒ぎ立てることなくリィンは待ち続けた。そうして、おもむろに彼女の口が開いた。
「──貴女の戦い、拝見させていただきました。実に素晴らしく、勇猛果敢な動き、評価は期待していただいて構いません」
冷たい声音に似合わない、リィンを褒め称える内容。観察者の如き上から目線の物言いは、人とは違う異質な思考回路を備えている証拠か。
リィンは自身の命の集大成とも呼べる先の行動を勝手に評価対象とされていたことに不快感を覚えた。だが、ここで理性的な行動を起こせないようであれば、目の前の存在は容赦なく自分を殺すだろう。
感情を制御し、理性から生まれた疑問を口にする。
「……ミンタカ工場跡を再稼働させたのは、貴方ですか?」
リィンの疑問に対し、自動人形は僅かに顔を不快気に歪めた。
「ええ。当機の目的を達成するため、一部機能を復旧させました。
そして、これは忠告です。今後私と話をする中で、ミンタカ工場に対して跡とつけるのは控えるように。現地においてそのように認識されていることは把握しています。
故に、一度は見逃しましょう。ですが、次同じ名を口にすれば命の保証は出来かねます。よろしいですか?」
「は、はい。申し訳ございません」
慌てて、謝罪を口にするリィン。
自動人形はその様子を見て表情を戻すと、再び説明を始めた。
「当機は現在、現地における呼称
幾つかの現地武装勢力とも契約し、ファマナリア都市の実働部隊と保有資産の双方に対する継続的な損失の拡大。及び、情報工作による他企業との協力の遅延。また、都市内外における工作員の潜入も進めています」
余りにすらすらと語られたその
自動人形が語った内容は、有り体に言えばファマナリア都市に対する明確な敵対、延いては現文明における秩序を脅かす──
東部統治企業連盟。東部において絶大な力を誇る五大統治企業を筆頭とする統治企業の集合体。国家という明確な統治制度を持たない東部全域における倫理、法、秩序を定めた象徴的組織。
縮めて統企連と呼ばれるこの組織が定めたルールにおいて、この自動人形が語った行動はどう捉えられるか。
──無論、問答無用で
だが死刑となればそれは寧ろ温情であり、建国主義者に代表されるような統企連の敵対者の多くはより惨たらしい末路を迎える。
自動人形は驚愕に固まるリィンを置いていくように、二つの選択肢を提示した。
「そしてこの説明を聞いた貴女に、当機は選択肢を提示します。
一つ、当機と契約を結び、現地協力員としてファマナリア都市、及びその運営を行っているファマナリア社への破壊活動を行うこと。
二つ、当機との契約を結ばず、幾つかの機密情報保持に対するルールを定めた後に、ファマナリア都市から他都市へ移動すること。
以上の二つが、当機から貴方へ提示できる選択肢です。疑問や依頼達成後の報酬については、互いの納得を得られるまで調整を行うつもりですので、どうぞ気負うことなく口にしてください」
そして、自動人形は自分が語るべきことは語り終えたと沈黙した。
無数の瓦礫に囲まれた空間に、再び静寂が訪れる。
一瞬の内に弾幕のように降り注いだ情報の山。それをリィンの脳が整理し、確かな理解へと至るまでには
最初に口にした評価に基づき、目の前の少女に対する
リィンはまず、自分にとって最も重要なことを確かめた。
「少なくとも、この場で私を殺害する意図はないと捉えても?」
「ええ。その意図は全くありません。
当機はこれまでにも何名かの人物に声を掛けましたが、当機に対する直接的な攻撃を行わない限り、そのような行動を起こすつもりはありません」
(……攻撃されれば反撃するのは当然か。そして、この自動人形が企業系か統治系かは不明だけど、恐らくは企業系の管理人格。
ミンタカ工場跡に対する反応と、ここまで大規模な活動を行っている以上、企業系に比べより多くの規約に縛られる統治系であるとは考えずらい)
情報を繋ぎ合わせ、推測による肉付けを行い、更なる状況の把握に努めていく。そして重ねた思考の中で詳細な情報の分類を行うことで、目の前の自動人形へと直接尋ねる前に、その正確な正体をリィンは掴みつつあった。
「評価は期待していいと貴方は言ってたけど、それは何に対して反映される?」
「当機から貴女に対する直接的、間接的な支援。そして依頼に関わる詳細情報の開示です。
評価の低い者には、先程貴方へ説明した工作活動についての情報を制限し、小規模の協力に留めています。また、この場合は当機が用意する報酬の量も相応に変化しています」
「……なるほど。じゃあ次。ミンタカ工場の再稼働範囲は非常に小規模だったけど、どうしてあの部屋だけ防衛設備を復旧させた?」
「それについては当機が意図した所ではありません。
工場内の通信設備の復旧にともない、自動修復機能が当機の要求外の動作を引き起こしたと思われます」
「……不慮の事故って訳ね。分かった。じゃあ最後の疑問。貴方は私を評価したって言ってたけど、私のどこをそこまで評価した?」
リィンが最後の疑問を口にすると、自動人形は薄く笑みを浮かべた。
そして、
「──私が出した
◆
「報酬はそれでよろしいですか?」
「それでいい」
「分かりました。今後の連絡については、こちらの端末を通して行う予定です」
自動人形がこちらへ携帯型の情報端末を差し出してくる。しかし、リィンはそれをすぐには受け取らなかった。
死に戻りに気づいた当初から抱いていた懸念を解消する、ある
「その端末について、一つ相談がある。
可能であれば、その端末に
「…………端末の形は変わりますが、実装することは可能です。
しかし、それを求めるのは何故ですか? 貴女からしてみれば、そのような機能は無い方が良いはずですが」
自動人形はリィンの奇妙な要望に対して、当然の如く困惑を示した。
だが、リィンはすでにその答えを持ち合わせていた。
「契約を
私に都市の尋問に耐えられる自信があればそんな機能は不要だけど、断言はできない」
語られた理由に、自動人形は僅かな驚愕と微かな好意を滲ませた。
現世界の人間の中でも一際珍しい異常とも言えるその考え方は、自動人形がリィンに対する評価を改めるには充分だった。
機嫌を良くした自動人形が笑みを浮かべる。
「……非常に好ましい考え方です。分かりました、その理由であれば当機から言うことはありません。手配します」
──数分後。
リィンは新たに用意された首輪型の情報端末を受け取り、そのまま身に付けた。
すると、端末は皮膚と同化するように見えなくなり、着用している感覚すら消失していく。
この旧世界由来の機能性に、リィンは思わず首に手を当てて感心していた。
「その端末には簡易的ではありますが、人格が搭載されています。ですが、情報支援能力については余り期待をしないように。
また、自死機能については貴女の意思で起動させられるようにし、当機はその権限を手放しました」
「……いいの?」
「ええ。これは当機から貴女に対する信頼です」
そして、自動人形はリィンに向けて深々とその頭を下げた。
「今回は当機と契約を結んでくださりありがとうございます。今後の活躍に期待しています──リィン」
「貴方がちゃんと報酬を用意してくれるなら、最善は尽くす。
…………ああそうだ、最後に一つだけ。今後、私は貴方をどう呼べばいい?」
「どうぞご自由に。ですが、悩むのであれば、
──リゲルと、そうお呼びください」
そして、この言葉を最後にリゲルは光学迷彩を起動させ、リィンの前からその姿を消した。
◆
「はい。あぁ、──ですか」
『その名は大義の為に捧げられた。今はアルゴだ』
「名前を変えましたか。では、今後はそのように呼びましょう」
『配慮に感謝する。
契約に従い、ファマナリア都市から送信された情報の部分的な
「そうですか。では、大流通に関しては?」
『当初の懸念通り、ファマナリア都市は今年の大流通に参加することを決定した。
大流通が行われれば、我々の情報工作は意味をなさなくなる。その時に計画の実現が困難と判断すれば、我々は引き上げさせてもらう』
「ええ。そうなった際には遠慮は不要です」
『そうか。此方からの報告は以上だ。
同志の目的が果たされることを祈っている』
私がオリジナル都市を舞台にした理由の全てがここに詰まっていました。
何とか原作の流れの中に整合性を取りながら混ぜられないかと考えもしましたが、私には無理でした。
ちょっと周辺勢力が強すぎです。
何とか完結まで漕ぎ着けられるように足掻きますので、応援していただけると嬉しいです。
そして、リビルドワールドの二次創作なのに原作キャラが未だに出てないのは如何なものかと思ったので、同志を添えておきました。
以上です。