死ねなかった少女   作:那菜 御調

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支援の一環 Ⅰ

 

 リゲルと契約を結んだリィンはその足でスラム街へと戻った。

 そして、その日は眠ることにした。死に戻りを更新する必要があったことに加えて、積み重なった精神的疲労までは回復薬では癒せなかった。

 横になると、リィンは気絶するようにすぐに眠りについた。

 

 

 翌朝。

 リゲルから受け取った首輪型の端末に一つの連絡が届いていた。その内容をリィンは()()()()()()拡張視界として映し出した。

 荒廃したスラムの路地裏という視界の中に、突如として浮かび上がる電子的な画面。

 

「……助っ人を派遣しました?」

 

 添付されていたマップはスラム街全域を捉えたものだった。ネットから情報を収集しただけで作れるようなものではない、徒党ごとの勢力図まで載っている精度の高いマップ。多くの手間と時間を感じさせるそれに示された一つの光点。

 普段のリィンであれば決して近づかない場所が、今回の合流地点となっていた。

 

「下位区画……なるほど、これも支援の一環ってこと。ハンター登録と装備の購入ってところかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっら~~!! 随分小さなカワイ子ちゃん!! リゲルちゃん、いいセンスしてるじゃな~~い!!」

 

 合流地点にたどり着いたリィンを待ち受けていた男は、これまでの人生で見たことがない姿をしていた。

 

 入念に化粧が施され、青く彩られた唇を動かす長身痩躯の奇人。冗談のような姿。

 

「………………ん?」

 

 異常事態の最中にあっても、リィンはその驚異の精神力を遺憾なく発揮した。逃走経路を視認し、冷静に拡張視界を開き、そこに示されている情報を確かめる。

 ──結果。この怪人は助っ人であると証明された。されてしまった。

 

(なんだ……なんだ? この、男? いや、男女? 駄目だ、分からない。私はこの状況に対する正解を持っていない)

 

「あら、困惑させちゃったみたいね。貴女みたいな子を見ると、ついついテンションが上がっちゃうのよ。ごめんなさいね」

「……いえ。お気になさらず」

 

 未だ衝撃の余韻が残るリィンは、無意識に距離を取りながらも非常によそよそしく接する。未知の存在に対する防衛本能が働いていることは否定しきれず、リィンは最適な距離感を計り兼ねていた。

 

「私の名前はマリアンよ。リィンちゃんで合ってるわよね?」

「……まあ、はい。リィンです」

 

「素敵な名前ね。大切にするといいわ♡」

「……そうですね」

 

「んふふふふ! 愛らしいわねぇ~」

 

 よそよそしく接するリィンの態度すら、その男は楽しんでいた。活き活きと、今を全力で謳歌するかのように、非常にご機嫌な様子を見せている。

 

「リゲルちゃんからの頼みでね。貴女のハンター活動の手助けをしにきたの。それについては聞いてるかしら?」

「聞いています」

 

「そう。なら、話は早いわ。さあ、いくわよ!

 

 ──服屋にッ!」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 下位区画でも高級店に属する、最新の流行物まで取り揃えられた洒落た店。

 何故か店員と思しき女性が揉み手をしながらマリアンを迎えていたが、そこにどんな関係が存在しているのかはリィンには分からなかった。というより、知りたくもなかった。

 

「これと、これ。あら、これも悪くないわね。リィンちゃんならいけるわっ!」

 

 手馴れた様子で服を手に取り、簡単なコーディネートをしたマリアン。

 その行動は手慣れており、渋るリィンを強引に押し切って、まずは着てみなさいと試着室にリィンの華奢な体をねじ込んだ。

 

 数分後。

 幾つかの着こなしに関する指摘を受け、リィンはその身に纏っていた薄汚れた服を脱ぎ去り、見違えるほどの可憐さを放っていた。

 しかし、ある一点。未だ幼さを残しているリィンの顔が見事なほどに死んでいることを除けば。

 

「…………」

「あら〜〜!! こーんなに可愛くなっちゃって!! 似合ってるわよ、リィンちゃん♡」

「大変似合っておいでです、お客様」

 

 むすっとしながら出てきたリィン。歓喜の声を上げるマリアン。そして、追従するようにパチパチと拍手をしながら褒め称える店員。

 

 お前は何を握られているんだと、リィンは怪訝そうに店員を見つめた。

 だが、このまま黙っていると着せ替え人形にさせられると予感したリィンは意識を切り替え、マリアンに話を促した。

 

「……それで、どうして私をこんな姿に?」

「ふふ、それはね。貴女のハンターランクを底上げするためよ」

「底上げ? ……ああ、そういうことか」

「あら、知ってたのね。

 そう、今から貴女はスラムの孤児ではなく、ハンターの娘になるわ!」

 

 マリアンが行っていたのは、来歴が不明であり、一切の社会的信用を持たないリィンに公的な身分を与えるものであった。

 リィンのようなスラムの孤児がハンターオフィスに登録すると、まずはランク1に認定される。

 しかし、社員証や市民証によって身分を保証された者であり、かつそれなりの装備を纏った者であれば、ハンターランクを10から始めることが出来る。

 

 勿論 、これをマリアンだけで行うことはできず、多くの人員による協力の下、リィンの身分は巧妙に偽装された。

 

「リィンちゃん遺物収集って柄じゃなさそうじゃない? 可愛い顔してるけど、リゲルちゃんからの評価もやたら高いし。だったら、せこせこ遺物を集めるより、モンスターを倒した方が早いと思わない?」

「まともに遺物を拾ったことがないからわからない。でも、私に求められてるものは知ってる。そっちの方が早くていい」

 

 ひらひらとした、過分に男の趣味が反映された服を身に纏ったリィン。

 先程の説明を受け、なるほどそういうことであればと大人しく指示に従う。

 

 だが──

 

 ──ある重大な事実に、リィンは気が付いてしまった。

 

「ねぇ」

「なぁに、リィンちゃん?」

「 一応、聞いておくんだけどさ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………さ、いきましょ」

「おい」

 

 

 

 

 

 

 その後、購入した服をリィンの住まいに送る話となり、リィンがスラムの辺境で寝ていることが判明した。

 そして押し問答の末、マリアンがこの辺りに幾つか所有していた物件の一つをリィンに譲り渡すことになった。

 

 次に二人が向かったのは下位区画の外れに止められたトレーラー。

 マリアンは後部扉を派手に開け放ち、中に居る者へ届くよう声を張り上げた。

 

()()()()ちゃ~ん!! 来たわよーー!?」

 

 リィンがその音圧に耳を抑える。そして、そのまま待機すること一分。

 目的の人物は一向にその姿を表さなかった。

 

「出ないわね」

「居ないのでは?」

「面白い冗談ね、リィンちゃん。

 流石にそんなお間抜けさんはいないわよ。ちょっと奥に行ってみましょう」

 

 一目で見渡せるよう機能的に並ぶ多様な銃器に弾薬、更には回復薬などの雑多な物まで取り揃えられている車内をずかずかと無遠慮に進む二人。

 そして、奥の仕切られていた仮眠スぺ―スを覗くと、そこにはくたびれた恰幅の良い男が寝そべっていた。

 随分と疲れ切っているようであり、その顔は酷く憔悴していた。

 

「あら、見ない間に少し瘦せたんじゃない? カツラギちゃん」

 

 頬に手を当てて呟くマリアン。

 そして酷く疲れた様子の男──カツラギは酷く恨み節が籠められた悪態を吐いた。

 

「あァ……無茶苦茶な依頼の所為で一夜で二つの都市を往復させられたからなァ……っ」

「でも、結局引き受けたのはカツラギちゃんじゃない。私は貴方に依頼しただけよ?」

「クソッ、その通りだから何も言えねぇ……っ! 次からはもっとふんだくってやるッ! これじゃ全然割に合わねぇよ……」

 

 げんなりとするカツラギ。

 しかしそのような様子を見せようとカツラギもまた壮大な野望を抱く一人の武器商人。傍に置いていた回復薬を豪快に飲み干し、接客のため立ち上がる。

 そして、奥の保管場所へ向かうと依頼の品を持って戻ってきた。

 

「ご依頼の強化服一着と新品のA2D突撃銃だ。依頼通り、どちらもナノガミヤ都市で購入した物だ」

 

 ドンと床に置かれる二つのケース。

 黒く硬質なケースと、縦に伸びた透明なケースの中に立てられている強化服──LWA系1型強化服 - ゼファー。

 一般的な強化服よりも装甲板が少なく、全体的に細身で流線型のライン。

 東部でも有名な走り屋による基本設計思想が組み込まれたイロモノ強化服。同価格帯の強化服の中でも特化された機動性、装備の損耗を度外視した無茶な動作を可能とするイカれた(壊れた)リミッター。

 新品であろうとも、その性能を十全に発揮すれば遠からず故障することが目に見えている問題作。

 金食い虫の悪評で有名なそれが、今回リィンに渡されたものだった。

 

 マリアンは物の確認を手早く終わらせると、情報端末を通してカツラギへと約束の報酬を渡した。

 送金されたオーラムを見て、カツラギが渋い表情をする。

 

「はぁぁ……もうこんな依頼はこりごりだ。次はもっと余裕を持たせた契約期間を結ぼう」

「──いや、カツラギちゃんには無理でしょ。だって貴方、生粋の勝負師じゃない。どうせ毎回、ダリスちゃんにも止められてるんでしょ?」

「…………いや、まあ、そうではあるが」

 

 自分でもそういった節があることを薄々察しているのか、苦い表情を浮かべながらも否定しきれないカツラギ。

 その二人の会話を聞きながらも、強化服をケースから取り出し身に着けていくリィン。

 そして、身に着けた強化服の個人設定を済ませるため、リィンは強化服にアクセスするための情報端末を二人に要求した。

 

「ねえ、調整のために情報端末を貸してくれない?」

 

 リィンは既にリゲルから旧世界製の首輪型情報端末を受け取っているが、それを持っていることを周りに明かすつもりはなかった。

 ただのスラムの孤児が入手できるようなものではないのは明白であり、情報収集機器としての機能も備えていることまで知られれば、どんな厄介事が舞い込んでくるか分かったものではない。

 

 故に、リィンはカツラギなどのリゲルとの協力関係にない者がいる場では情報端末を持っていないように振る舞わねばならなかった。

 

「それぐらいなら軽く私がやってあげるわよ。任せて、リィンちゃん専用にとびきり可愛くカスタマイズしてあげるわっ!!」

「可愛くは()らない。余計な設定はしないで」





 お久しぶりです。なんとか書き上げられました。
 私が投稿を休んでいる間も感想を送ってくださり、ありがとうございます。

 投稿前に地の文を追加していたら、なんだかんだ時間がかかってしまいました。
 これを投稿したら、明日も投稿できるよう引き続き画面の前で唸る作業に戻りたいと思います。
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