リィンの酷く冷徹な眼差しか、あるいはマリアンの非常に高い職務意識によってか。
しかしリィンはそれに喜ぶ様子を見せることなく、その場で軽く飛び跳ね、トレーラーの周囲を回ってみることで、強化服と自身の体の動きのズレを確かめていた。
初めての強化服を扱う際に重要となる細かい力の調整や、その強化服を通した場合に発揮できうる身体能力の限界。そういったリミットテストも、瞬間的な加速や細かい方向転換を動作の中に含めることで把握していく。
だが、やはりリィン自身の身体能力の低さが影響してか細かい動作はぎこちなく、転倒することも少なくなかった。
思うように動かない体に、ふつふつと苛立ちが湧いてくる。
不出来な体。飲み込みの悪さ。スラムの孤児となった自分にふさわしい姿だと、曖昧な笑みを浮かべ
一通りの確認を終えると、リィンはトレーラーに戻り始めた。
道すがら、強化服の動作について考えを巡らせる。
(……私の動きに対する強化服の馴染み具合が想定以上に良い。それに、強化服自体の出力も今の私が扱いやすいようシステム側で抑えられてる。マリアン、ただの怪人じゃなかったんだ)
戻ってきたリィンをマリアンが幾つかの商品を持って明るく出迎えた。
「おかえりなさい。調子はどう? なにか違和感があればすぐに調整しちゃうわよ?」
「今のところは問題ない。ありがとう、いい調整だった」
「あらっ!? リィンちゃんからありがとうを貰っちゃった!! 頑張ってよかったわ……っ!」
「……それぐらいで騒がないで。私だって感謝ぐらいする」
だからこの男に感謝をするのはあまり乗り気ではなかったと、リィンはげんなりとした。
マリアンはひとしきり余韻を味わうと、周囲に聞かれないよう素早く接続状態が良好かを聞き出した。
「リゲルちゃんからの要望でね、強化服と貴女の情報端末を連携させておいたわ。それなりにシステムを書き換えちゃったけどね」
「そう。ただ、一つだけ気になってることがある。妙な機能が追加されてるんだけど」
「それもリゲルちゃんの頼みよ。『貴女は安定よりもこちらを求めるでしょう』って。酷い言葉よね、リィンちゃんは必ず
強化服を着こんだ時から、接続された情報端末を通してリィンは明らかに後から付け足された異常な機能に気付いていた。
強化服を
「ならないよ。多分ね」
「……そ。なら、私から言うことはなさそうね? 弾薬とか回復薬とか、色々消耗品の類はもう送っちゃったから、最後の場所に向かっちゃいましょ!」
◆
ハンターオフィスとしての役割も持つ、この辺りで最も治安が良い建物。
遺物の買取りや依頼を受けに来た数多のハンターが集うここに、常とは違う妙な空気が漂っていた。
受付へ派手に身を乗り出している奇抜な男と、それに
そして、またかよと肩を落としている少女。
「な、なるほど。ナノガミヤ都市からここまで」
「そうなのよぉ! 両親をどっちも亡くしちゃってね。でも、見た通り彼女にハンターを続ける意思はあるのよ! 心機一転、遥々ここまで来たってわけ!」
「……」
デケぇ。リィンの思っていたことはそれだけだった。
明らかに声量がイカれている。
こいつは注目を集めなくては気が済まないのか。
何故、ただのハンター登録で周囲のイカついハンター達の視線を集めなくてはならないのか。
ここは場末の寂れたハンターオフィスじゃないんだぞ。
都市の外壁と一体化するように建てられたファマナリアビル1階で、リィンは天を仰いでいた。
しかし、その目に映るのは無情にも白く綺麗な天井だけだった。
「で、では、お名前は市民証の通り、リィンでよろしいでしょうか?」
「……はい。いいですよ」
じろじろと、嫌な注目を集めてしまっていることを自覚したリィンの返事はおざなりだった。
さっさとここから離れたい。その一心で、オフィス職員の話をひたすら肯定していく。
「こちらがハンター証になります。それと、こちらの冊子を。何か分からないことがあれば、そちらを読んでみてください」
「どうも」
受け取った硬質なプラスチック製のハンター証と分厚い冊子を抱えるリィン。
そして、途中から席を外したあの男はどこにいったと周囲を見渡すと、ちょうど用事を済ませて戻ってくる途中だった。
「そっちも登録が終わったみたいね」
「マリアンが外れてからは早かったよ。凄くね」
「辛辣!! ごめんなさいねぇ。私、ついつい喋りすぎちゃうタイプだから!」
「……まぁ、いいよ。それで、そっちは何をしてたの」
「んふふ、私からリィンちゃんへの、個人的なプレゼントの用意よっ♡」
「いらない」
「あーん、嘘嘘! 冗談よ、冗談! そんなに離れなくてもいいじゃなーい! 普通の情報端末よ。貴女、まだ持ってないでしょ?」
手渡された情報端末は言葉通り、この辺りで購入可能な物だった。
旧領域への接続能力を有しているわけでもない、安価な端末。
「ハンター登録と同時に口座を開いたはずよね? 教えてくれる?」
「わかった」
指示に従い、マリアンへ口座番号を端末のメール機能を通して伝える。
すると、マリアンからオーラムがリィンへ送金された。
──2000万オーラム。
リィンは口座に振り込まれた金額に僅かに目を見開いた。強化服と突撃銃を渡された時から、その資金力を薄々察してはいた。
しかし、弾薬、エネルギーパック、更に強化服の整備費用まで含めたにしても、少々多すぎるのではないか。
まだ私はミンタカ工場跡で死を乗り越えただけ。直接的な成果は上げていない。
リィンの認識では、これを受け取るには未だ値していなかった。
「ま、貰っておきなさい。リゲルちゃんも、貴女にはそれだけ期待してるってことよ。
「……荷が重い。私はそんなに優秀じゃない」
「いいえ、自信を持ちなさい。貴女はリゲルちゃんに認められた。それって、凄いことなのよ? 誰にでもできることじゃないわ」
「マリアンも強いでしょ。なんでこんな都市にいるのかわからないぐらいには」
「アハハー!! やぁねえ! 乙女の秘密の探るのはやめてちょうだい!
……うーん、私はほら、強いには強いけど、絶体絶命のピンチを乗り越えられるタイプじゃないの。それこそ、リィンちゃんも言ってたでしょ? 求められてるものが違うって」
「そういうものか」
「ええ、そういうものよ」
そして、今日の支援はここまでだと、二人はファマナリアビルを出た。
「それじゃ、お互い頑張りましょーーっ!! アデューー!!」
そう言って、わしゃわしゃとリィンの頭を撫で回した後に、マリアンは
一人残されたリィンはポツリと呟いた。
「最後までやかましい人だった」
◆
「え? 居なくなったの、あいつ」
その足でマリアンから譲り渡された新居に歩いている時、そういえばとリィンはある依頼を思い出した。
色々とありすぎて忘れかけてはいたが、確かアキヤマという適当な男に回復薬のデータを求められていた。
あの男の依頼を
だが、今になって思えばあの適当さには助けられた。
故に、あの男の依頼を満たすぐらいはしてもいいだろうと、リィンはもう利用することもない都市の配給所へと向かった。
しかし、居ない。
リィンがこの場に来たところで、あの男は既に左遷された後だった。
「ああ、お前も飲んだなら分かるだろうが、こっちでも加速剤が配給品に混入していたのが判明したんだ。それで貴重な加速剤を配給に使うとは何事だと、上もお怒りでな。今は遺跡から出てきたモンスター共の討伐依頼の現場責任者をやらされてるらしいぞ」
「あいつ…………」
軽薄だ適当だと思ってはいたが、そこまでだったのかとリィンはある意味で驚いていた。
「あーなんだ。見た目からしてお前もハンターだろう? あいつに用があるなら討伐依頼を調整してやるが、どうする?」
別にわざわざ依頼を受けてまで会いに行く義理はないが、今の所はやることがないのも事実だった。
与えられた装備に慣れるための訓練を行ってもいい。しかし、成長したいならば実戦に勝るものはないとリィンは考えていた。
「じゃあお願い」
「そうか、じゃあ明日の枠にお前を入れておく。時間までにそこへ向かってくれ」
感想、評価ありがとうございます。うーん、ストックが溜まらない。自転車操業です。
そして、時間軸についての描写が足りていなかったようです。
一応、私が想定していた時系列を明示しておくと、坂下重工とツバキの間で交わされた最初の契約がまだ破られていない頃です。
そのため、アルファはまだ主任との契約を続けていると思われます。
勘違いをさせてしまい申し訳ございませんでした。
原作の坂下重工の様子を見ていると、まだ攻略にかかりきりと描写できるほど力を入れているようには見えなかったので、このような時間軸になりました。