ここはキミの新たな家だ。
キミはここで学び、ここで遊ぶ。無論、困難も訪れるだろう。それが山のような課題か、或いは死に至る運命か……それは、神のみぞ知る。
友を得るかもしれない。友を失うかもしれない。泣く日もあるだろうし、笑う日もあるだろう。
だが、それら全てを含めて此処はキミの家となる。
だから今は、ただそのふかふかのベッドでゆっくり眠ればいい。少なくとも今は、君を脅かすモノは無いのだから……。
コンスタンティノープル孤児院宛書簡より抜粋
――聖女と称された教育修道女:エレオノーラ・スミルナ
※ ※ ※
宴会の時間はあっと言う間だった。
今回も〈美少女〉は自身の生い立ちについて嘘を吐いた。今度は、ソビエト連邦のとある工業の街で生まれたと言った。
彼女の父親は教師、母親は図書館司書だったそうだが削除されていた真実と偶然出会ってしまう。
その後、訪れた唐突な父親の死。それは、何かしらの昏い陰謀を模っていたが、彼女は知らないフリをしたらしい。
しかし、知らないフリも長くは続かない。
母親と共に工業の街を抜け出した彼女は数々の国を渡り最後にはドーバー海峡を越えてイギリスに辿り着いたらしい。
そうして、
「……イヴ、それ……嘘。でしょ?」
シルヴィアは静かに問う。そう言えば、〈美少女〉はニコニコ笑顔を浮かべる。
「うん、嘘だよ!」
聴衆は皆、ガタっとズッコケた。
イザベルは困惑の表情を浮かべ、ハンナは苦笑いを浮かべる。スーザナはこの話が最高のジョークであったと笑った。
しかし、これで多くの人は理解する事が出来ただろう。この〈美少女〉は嘘と愉悦、そしてシルヴィア・ベルグワードへの過度な保護欲のみの人間である、と。
その後、シルヴィアはあり得ない事に周囲のハッフルパフ寮生と会話をいくつか重ねた。
まるで、幼馴染のように軽々しくそれでも楽しく会話をした。昨晩迄は自分に友人が出来るのか、
成せばなる、とはこの事であるとシルヴィアは理解する事が出来た。
「エヘン、全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある」
「1年生には注意しておくが、校内にある森には入ってはいけぬ。これは上級生にも、何人かの生徒達に特に注意しておこう」
ダンブルドア校長はキラキラッとした目で、グリフィンドールのテーブルを見た。あの双子の赤毛の双子が背をピッと伸ばした。
「管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で魔法を使わないようにと言う注意があったようじゃ」
「また、今学期は2週目にクィディッチの予選がある。寮のチームに入りたい人はマダム・フーチに連絡してください、との事じゃ」
一息空気を吸い、ダンブルドア校長は再び笑顔で子供達の顔を見た。
「今年より、新たな先生を3人迎える事になっている。まずは、
ターバンを巻いている神経質そうな男はオドオドと立ち上がり、小さく礼をした。教職員は拍手をしていたが、生徒達の拍手はまばらだった。
どうも、あの新任教授は正しく授業が出来るのか推し量っている様子である。きっと、第1回目の授業を成功させないと彼は惨めな1年を送る事になるだろう。
「そして、今年度より新たに設定された科目がある事を皆さんは知っているじゃろうか?」
実は、1週間程度前の日刊予見者新聞の端っこの広告のコーナーにダンブルドアが次に話す内容が載っていた。
しかし、いくら
「今年度より、錬金術学を必修科目として追加する流れとなった。担当なされる教授は、サン・ジェルマン教授。そして助手としてミス・ウェンディ・リードが皆さんの事を見る事に成っている」
時代遅れの滑稽な恰好に身を包んだ男、サン・ジェルマン伯爵が立ち上がる。
その隣には深い赤毛を持ち、金色の瞳。そしてその瞳を覆うように右目には眼帯を取り付けた若い女、ミス・リードが立ち上がっていた。
ミス・リードは軽やかに礼をすると、すぐに座った。
しかし、サン・ジェルマンはそのままでは終わらないつもりで、わざわざダンブルドアの居る壇上の方までゆっくりと移動してきた。
移動する中、自身を見つめる生徒の眼差しを凝視した。特に〈美少女〉の赤い瞳は注視していた。
しかし、在校生の多くは一体どういう風の吹きまわしか分からないだろう。
実を言えば、多くのホグワーツ教職員陣も何故このようになったのかが分からない。
いつの間にか、サン・ジェルマンと言う有名人がホグワーツに上がり込んでおり、錬金術学を全生徒の必修科目にしろ、自身を錬金術学の教授にしろ。と主張したのだ。
錬金術学自体、ホグワーツに存在しなかった訳では無かった。
しかし、授業が開講されるのは非常に優秀な生徒が数名存在し、その生徒達が開講を求めた時のみである。ダンブルドアの記憶の中でも両手で数えられる程度の回数しか開講された事が無い。
そして、サン・ジェルマンはその数回開講された錬金術学の受講生としてそこそこ有名だったミス・リードをホグワーツに呼び寄せて助手と言う役目を与えた。
ミス・リードの評判はあまり良く無い。危ない実験や禁忌を超えるような事を何度も試みたらしい。
「やぁ、ホグワーツの紳士淑女の皆さん。どうも、初めまして……しかし、わたしの声を聞くのは初めてではない生徒も居るのかも知れない」
伯爵が言葉を発すると、途端大広間に騒めきが訪れる。英国魔法界育ちの子供ならば必ず聞く、ウィザーディング・ワイヤレス・ネットワークのパーソナリティーの男の声である事は明白だった。
「わたしは、サン・ジェルマン伯爵。実に数千年と生きている、伝説的な魔法使いだ」
大広間の誰もが思っただろう。「それ、自分で言うんだ……」と。しかし、伯爵はそんな冷笑的な雰囲気すら自分の物にした。
「君達は錬金術を知らない、実に知らない! 錬金術こそが魔法を深く理解するに当たって、重要な学問であるというのに!」
「何故、錬金術は特別講義として開講されていた? 何故、錬金術を英国魔法使いは触れて来なかった? 私にはそれが謎で謎で堪らない!」
勝手に演説が始まった。
ただ、ある程度の理解者は得られたそうだ。特に、〈美少女〉は少し同意を示すような唸り声を上げていたし、他のテーブルでもその問いについて考える者が居た。
「錬金術に於いて重視される四大元素。それは、現象界の基本構造である。故に魔法そのものを多く理解するには、四大元素を正しく理解し正しく運行する事が重要である」
「しかし、英国魔法界はその事を拒否した。何故か、わたしには理解出来ない」
伯爵は、大きく息を吸って大広間の目と言う目全てに合わせる。
「わたしは、長く生きている。それ故に、人の多様性は知っている。であるからして、わたしは君達に問いたい。魔法とは何か?」
新学期を祝う歓迎の宴に問いかける内容としては、あまりにも難しくて、あまりにも抽象的な問いだった。この問いを答える人が果たしているのだろうか?
「聞きはしない。君たちような、うら若き子供達にはまだ何も理解出来ないだろう。しかし、この問いについてよく考えると良い。もちろん、教授殿も」
そう言うと、伯爵は自身の座っていた席に戻っていた。あまりにも自由が行き過ぎている。
「コホン、コホン。教育者らしい素晴らしい演説をありがとう。サン・ジェルマン教授」
「最後じゃが……、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい4階の右側の廊下に入ってはならぬぞ」
近くを見れば、スーザナは笑った。他に数名の生徒が笑っていた。
しかし、多くの生徒は笑っていなかった。それよりも、困惑を覚えた。何故、校舎内に〝とても痛い死に方〟をする可能性のある場所があるのか理解出来なかったのだ。
「では、寝る前に校歌を歌おう!」
生徒達は湧きたち、教授席の空気が凍りついた。
唯一、小柄な教授は嬉しそうな満面の笑みを浮かべている。また、リード教授助手は不適な笑みを浮かべていた。
ダンブルドアは魔法の杖をまるで、杖先にとまったハエを振り払うようにヒョイと動かすと、金色のリボンが長々と流れ出て、テーブルの上高く昇り、蛇のようにクネクネと曲がって文字を書いた。
「みんな自分の好きなメロディーで。では、さん、し、はい!」
学校中が大声で唸った。
シルヴィアは一体、自分が何をすべきなのかが分からなかった。しかし、周りの人達は口を開けようとしている。
みんなバラバラに歌っていた。〈美少女〉はオペラ調に歌い上げたし、その隣のスーザナは3拍子だった。シルヴィアはリズム感覚が無かったので、歌詞の朗読をしていた。
飛び切り遅い葬送行進曲で歌っていた双子のウィーズリー兄弟が最後まで残った。ダンブルドアはそれに合わせて最後の何小節かを魔法の杖で指揮し、2人が歌い終わったときには、誰にも負けないぐらい大きな拍手をした。
「あぁ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ」
感激の涙を拭いながらダンブルドアは言った。
「さぁ、諸君、就寝時間。駆け足!」
ハッフルパフの新入生は、監督生であるトゥルーマンに続いて、地下へ続く階段を下りて行く。
厨房が見え隠れするところで、トゥルーマンは足を止めた。そこは、廊下右手の陰にある樽の山の目の前だった。新入生達は一体、ここにどんな仕掛けがあるのか、不安げな表情で見ていた。
「この樽の2つ目の列の真ん中にある樽の底を杖で2回叩くの。これはハッフルパフ・リズムって言って寮に入る為には、習得必須のリズムだから。さ、みんなも杖を出して」
トゥルーマンに言われるがままに1年生は杖を取り出した。
「さぁ、皆も一緒に『ヘルガ・ハッフルパフ』」
ヘルガ・ハッフルパフのリズムに合わせて杖を動かした。みんな、不器用ながらもリズムを刻んだ。
「そうそう、それでいいわ! じゃあ、寮に入りましょう!」
そう言うとトゥルーマンは樽をハッフルパフ・リズムに合わせて叩いた。すると、忽ち樽は退いて談話室への扉が開いた。1年生は各々に歓声を上げた。
「このハッフルパフ・リズムを間違えたり、違う樽を叩いたりすると熱~いビネガーをかけられるから、注意してね」
その言葉に1年生の歓声も途絶えたが、トゥルーマンはそこまで気にしていない様子だった。
「大丈夫大丈夫、すぐにみんな覚えちゃうし、もしダメだったら私達を探して。ハッフルパフ生なる者ならば、困っている人は必ず助けるから!」
トゥルーマンは誇らしげに語った。
しかし、シルヴィアは決して安心できなかった。既に、自分が熱いビネガーが頭から落ちてきて大火傷を覆う光景を想像して、ブルっと震えていたのだ。
そんなシルヴィアの恐怖とは裏腹に談話室は暖かな、自然の香りに覆われていた。
寮内は、木を基調とした作りで、尚且つ至るところに自然の物が置かれていた。また、地下だと言うのに、日の光が入る設計になっているようで、夜でも月光が差し込んで明るかった。
天井に吊るされたランプはアラブ風でステンドグラスはアール・ヌーヴォー風。家具にはゴシックのようで、
「大切なお知らせは、全部掲示板に張り出されているから少なくとも3日に1回は確認して。今回は、部屋割りが張り出されてるから、みんな順番に見てベッドルームへ上がってね」
トゥルーマンのその言葉で、掲示板へ新入生の全視線が向けられる。そして、順番に部屋割りをじっくりと見た。
女子は大まかに2つのグループに分けられたいた。シルヴィアと同じグループには〈美少女〉の名前があり、シルヴィアは静かに胸を撫で下ろした。
「さぁ、部屋へ向かって休みなさい。明日から早速授業なんだからね!」
トゥルーマンはそう促し、新入生はのそのそと自分が割り当てられた部屋へと向かった。ベッドルームもまた温かく温もりがあるように見える。
シルヴィアは、ベッドに飛び込むなり早々に眠ってしまった。その眠りは湖の底を見ているように穏やかで、泥のように静かなものであった。
※ ※ ※
夢を見た。
私は、図鑑で読んだドラゴンのように大きくなったオリビアの背に乗り、ホグワーツ城を飛び出し自然豊かなスコットランド上空を周遊していた。
隣にはいつもの通り、キャッキャッと騒ぐイヴが居た。シュレディンガー卿も彼女の腕に抱かれている。
本当の事を言えば、オリビアはきっとイヴを振り落として大地の染みにでもしたかったんだと思う。
しかし、オリビアは良識のあるフクロウでそんな事をすれば私が悲しむ事を知っていたらしい。嫌々ながらイヴを自身の背に乗せ、飛んでいた。
オリビアの飛行速度は随分と早いらしく、暫くしてしまえばロンドン上空にまでやって来る。
英国随一の観光地である時計塔、ビック・ベン。赤い制服を身に着けた近衛兵が小さく見えるバッキンガム宮殿。イングランド国教会の教会、ウェストミンスター寺院。よく目を凝らせば、キングス・クロス駅だってしっかり見る事が叶った。
私はこの空中散歩を大いに楽しんでいた。イヴもまた楽しんでいた。
『如何して、人間ってここまで残酷なのかしら?』
オリビアはそう私に問いかけて来た。
いいや、この声は確かにオリビアであったけれどオリビアでは無い。あなたは誰?
『人間は殺し合い、侵し合い、憾みを連ねていく……。その憾みの焔は消える事は無い。私は……一体、いつまで苦しめばいいの?』
眼下の世界は先ほどまでの自然豊かな様相を失っていた。
剣を振るい、そのたびに緋色が飛び散る。銃弾の雨が何も知らない市民の頭上へと降り注ぐ。そして、大地は幾多の哀しみと憎しみの雫を受け止め、緋色に染まる。
『私は怒っている。殺された者達の、未来を奪われた者達の憾みを抱え、焼かれている』
『私の身体は、名もなき人類最初の殺人者が人を殺した時点から燃え続けている。何万年と燃え続けている』
「あなたは……一体、誰?」
私の問いは向かい風に容易に掠り取られてしまった。言葉は、その誰かの耳に入る事は無いままに霧散した。
オリビアだった筈の巨鳥は突然大旋回をし、私は意図も簡単に振り落とされてしまう。ロンドンの夜景へと私は堕ちていく。ロンドンは燃えている。
隣に居た筈のイヴの手を掴もうと、手を宙に振る。しかし、彼女の温かい手は見つからなかった。
その代わりに黒猫のシュレディンガー卿の赤い瞳が私の目を捕えた。いや、彼の瞳は赤では無かった筈。それなのに、イヴと瓜二つの赤色になっている。
大地へと堕ちていくその最中、彼のその赤は何かを暗示しているらしく、背筋が凍った。
『其方は、此の醜い世界を滅ぼす者となるだろう』
老若男女どの声とも判別着かない声でシュレディンガー卿は確かにそう静かに呟く。
その声は落下中の私の耳にしっかりと入り込んでいた。ともかく、不気味で気味の悪い声だった。
『運命は残酷だ。されども、其の運命に従う義理は我等には無い。抗う者のみに明日は与えられる。人類はその事をすっかり忘れてしまっている』
「シュレディンガー卿は……何者なの……?」
私の口も運がいい事に滑らかに動いた。言葉も発せた。彼の耳に入ったのかは分からない。
『……わたしは、イヴリン・スミスがまだ1人だった時のイヴリン・スミス。イヴリン・スミスの基盤になる存在。そして、忘れ去られた
何を言っているのかサッパリだった。
私の友人、イヴリン・スミスは凡庸とは言えない人物であるが確かに1人の少女である筈だ。それなのに、まるで複数人の彼女が居るような言い方をする。
『目覚めて。奴等が見せる、貴女を誘惑するような夢から。この深く酷い悪夢から……』
私の宙に放り出された手は遂にシュレディンガー卿のモフモフな脚に触れる。
※ ※ ※
「っ!?」
静かなベッドルームで私は1人目覚めた。
暗闇の中で、枕元に置かれている時計を手探りで探し出し、現在時刻を確認する。時計の彼が言うには、現在時刻は午前3時らしい。
不思議な夢を見た。あれは恐らく、悪夢に分類される夢だ。
夜が明ければ、授業だ。
今寝なければ、授業中に眠る非常に不真面目で無礼なハッフルパフ生になってしまう。私は無理矢理瞳を閉じて眠り込む。
この時には、既に悪夢の内容は忘れていた。
ジョゼフ・ポールター:
オリジナルキャラ。原作では去年のDADA教授の名前・辞めた理由は言っていなかったと思う。
ウェンディ・リード:
オリジナルキャラ。自分用の年表を見たら34歳らしい。