機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第1巻 第7章 「亡霊の名」

フィロメラは静かだった。

 

 

白い巨体。

 

 

赤く脈打つ胸部サイコフレーム。

 

 

まるで。

 

 

長い眠りから、

ゆっくり呼吸を始めた生き物のように。

 

 

セイラはコックピットの中で、

その鼓動を聞いていた。

 

 

聞き慣れた音ではない。

 

 

だが。

 

 

忘れた事のない音だった。

 

 

サイコフレーム。

 

 

アクシズ。

 

 

あの日の光。

 

 

セイラは小さく目を閉じる。

 

 

フィロメラは、

最初から自分のために作らせた機体だった。

 

 

誰かのためではない。

 

 

いつか。

 

 

本当に必要になった時。

 

 

自分自身が乗るための機体。

 

 

兄の残したもの。

 

 

アムロの残したもの。

 

 

その両方を抱えたまま、

前へ進むための機体。

 

 

だからこそ。

 

 

使わずに済めば、

それが一番良かった。

 

 

必要にならない未来を、

ずっと願っていた。

 

 

孤児院を作った。

 

 

支援施設を作った。

 

 

帰る場所を作った。

 

 

戦わなくて済む世界を、

少しでも残したかった。

 

 

だが。

 

 

願いだけでは、

守れない日が来る。

 

 

その事を。

 

 

セイラは誰より知っていた。

 

 

警報が鳴る。

 

 

モニターには、

崩壊する沿岸防衛線。

 

 

消えていく施設。

 

 

そして。

 

 

海の向こうに浮かぶ黒い影。

 

 

目的は分からない。

 

 

正体も分からない。

 

 

だが。

 

 

危険だけは分かった。

 

 

ミライ。

 

 

マルク。

 

 

基地職員。

 

 

孤児達。

 

 

守るべき人達の顔が、

次々と脳裏をよぎる。

 

 

その瞬間。

 

 

セイラは気付いていた。

 

 

もう。

 

 

操縦桿へ手を伸ばしている事に。

 

 

自分で考えるより先に。

 

 

身体が動いていた。

 

 

指先が震える。

 

 

怖かった。

 

 

敵が。

 

 

戦場が。

 

 

ではない。

 

 

自分自身が。

 

 

忘れたと思っていた。

 

 

遠ざかったと思っていた。

 

 

それでも。

 

 

あの日の自分は、

まだどこかに残っている。

 

 

「本当に……」

 

 

小さな呟き。

 

 

「使わずに済めば良かったのだけれど」

 

 

返事はない。

 

 

だが。

 

 

フィロメラの胸部フレームが、

一度だけ静かに脈動した。

 

 

まるで。

 

 

それで良かったと言うように。

 

 

その時。

 

 

モニターの一角へ、

海上監視映像が映し出される。

 

 

荒れる海。

 

 

崩壊した沿岸防衛施設。

 

 

そして。

 

 

海上に浮かぶ黒い影。

 

 

艦に見える。

 

 

だが。

 

 

見ていると、

輪郭が揺らぐ。

 

 

大きさすら分からない。

 

 

距離感も狂う。

 

 

まるで。

 

 

そこだけ現実と噛み合っていない。

 

 

セイラの胸がざわつく。

 

 

敵。

 

 

そう呼ぶには違和感があった。

 

 

兵器とも違う。

 

 

艦とも違う。

 

 

もっと曖昧で。

 

 

もっと理解の外側にある何か。

 

 

ニュータイプとしての感覚が、

警鐘を鳴らしていた。

 

 

近付いてはいけない。

 

 

見てはいけない。

 

 

そんな感覚。

 

 

だが同時に。

 

 

目を逸らしてはいけないとも感じる。

 

 

「……何なの」

 

 

答える者はいない。

 

 

その時。

 

 

通信回線が開く。

 

 

■マルク

 

「セイラ様」

 

 

■セイラ

 

「何かしら」

 

 

■マルク

 

「発進準備が整いました」

 

 

短い報告。

 

 

そして。

 

 

わずかな沈黙。

 

 

■マルク

 

「お気を付けて」

 

 

それだけだった。

 

 

セイラは少しだけ微笑む。

 

 

■セイラ

 

「ありがとう」

 

 

通信が切れる。

 

 

『海上ルート確保』

 

 

『全隔壁開放』

 

 

『フィロメラ発進準備完了』

 

 

格納庫全体が低く振動する。

 

 

海底ドック。

 

 

巨大隔壁が、

ゆっくりと開き始めた。

 

 

深い蒼。

 

 

長い年月、

誰にも知られる事なく眠っていた海。

 

 

白い泡が舞う。

 

 

海流が流れ込む。

 

 

そして。

 

 

フィロメラが前へ出る。

 

 

静かな足取り。

 

 

まるで。

 

 

最初からそこへ向かう事が決まっていたように。

 

 

次の瞬間。

 

 

海面が割れた。

 

 

轟音。

 

 

白い飛沫が空へ舞い上がる。

 

 

朝日。

 

 

蒼い海。

 

 

白い機体。

 

 

そして。

 

 

赤い燐光。

 

 

フィロメラは、

十七年ぶりの空へ姿を現した。

 

 

警報。

 

 

海上モニターへ、

複数の敵影が表示される。

 

 

黒い特殊部隊MS。

 

 

既に基地周辺へ侵入している。

 

 

■管制

 

『敵機接近!』

 

 

『迎撃距離到達!』

 

 

セイラは操縦桿を握る。

 

 

嫌な感覚だった。

 

 

手が覚えている。

 

 

身体が覚えている。

 

 

忘れたはずなのに。

 

 

フィロメラが旋回する。

 

 

照準が合う。

 

 

敵機の動きが見える。

 

 

自然だった。

 

 

自然過ぎた。

 

 

■セイラ

 

「……嫌ね」

 

 

小さな呟き。

 

 

その時。

 

 

敵機が発砲した。

 

 

紫色の閃光。

 

 

フィロメラが動く。

 

 

白い機体が横へ滑る。

 

 

攻撃回避。

 

 

続いて二射。

 

 

三射。

 

 

全て外れる。

 

 

■敵通信

 

『馬鹿な……!』

 

 

『何だあの機体は!?』

 

 

セイラは答えない。

 

 

ただ。

 

 

海の向こう。

 

 

黒い影だけを見ていた。

 

 

何かが始まっている。

 

 

それだけは確かだった。

 

 

フィロメラの胸部フレームが、

静かに脈動する。

 

 

白い機体は前へ出る。

 

 

まるで。

 

 

その答えを探すように。

 

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