海は荒れていた。
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波が高いわけではない。
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嵐でもない。
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だが。
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海そのものが、
落ち着きを失っていた。
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白い飛沫が舞う。
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その中心。
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フィロメラガンダムが、
静かに海上を見据えている。
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白い装甲。
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胸部では、
赤いサイコフレームが脈動していた。
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鼓動のように。
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まるで。
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生きているみたいに。
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■コックピット
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セイラは荒い呼吸を整えていた。
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操縦桿を握る両手が、
微かに震えている。
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怖かった。
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敵が。
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戦場が。
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ではない。
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自分自身が。
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何故。
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乗ったのだろう。
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何故。
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今も操縦桿を握っているのだろう。
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使わずに済めば良かった。
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本当に。
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そのために、
アマテラスを作った。
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そのために、
ノアズアークを準備した。
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そのために、
戦場から離れて生きてきた。
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なのに。
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気付けば、
再びコックピットに座っている。
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セイラは目を閉じる。
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答えは出ない。
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ただ。
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目の前の現実だけが存在していた。
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警報。
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『敵機接近』
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『迎撃距離到達』
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敵影接近。
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黒い特殊部隊MS。
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四機。
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隊列を維持したまま、
海上を滑るように迫ってくる。
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『対象確認』
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『フィロメラ回収を優先』
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無機質な通信。
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セイラは眉をひそめる。
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回収。
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その言葉だけが、
妙に胸へ引っ掛かった。
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何故。
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この機体を。
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何故。
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今なのか。
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問いは尽きない。
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だが。
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考える時間は与えられなかった。
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敵機が発砲する。
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ビーム。
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ミサイル。
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連続攻撃。
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セイラが反応するより早く、
フィロメラが動いた。
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白い機体が横へ流れる。
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回避。
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続く連続の射撃。
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全て外れる。
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セイラの目が見開かれる。
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自分で避けた。
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確かに。
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だが。
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あまりにも自然だった。
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まるで。
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機体の方が先に知っていたように。
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『何だあの反応は!?』
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敵通信。
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動揺が混じる。
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フィロメラが前へ出る。
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白い残光。
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距離が消える。
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次の瞬間。
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敵機の側面へ回り込んでいた。
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セイラ自身が驚く。
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速い。
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速過ぎる。
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こんな機体ではなかったはずだ。
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拳が振り上がる。
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敵コックピットへ向かう。
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あと僅か。
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その瞬間。
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止まる。
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フィロメラの拳が。
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敵機寸前で。
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沈黙。
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敵も動かない。
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セイラも動けない。
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殺せない。
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違う。
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そうではない。
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何故、
こんな事になっているのか。
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それが分からなかった。
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敵パイロットの荒い呼吸が聞こえる。
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セイラの呼吸も乱れていた。
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その時。
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海が揺れた。
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小さく。
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だが確かに。
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全てのモニターへ、
異常警告が走る。
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『高エネルギー反応!』
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『発生源不明!』
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『海上対象反応増大!』
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セイラが顔を上げる。
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海の向こう。
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黒い艦。
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その輪郭が、
一瞬だけ歪んで見えた。
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敵部隊にも動揺が走る。
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『何だこれは!?』
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『聞いていないぞ!』
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『隊長!!』
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通信が乱れる。
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やがて。
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敵隊長の声。
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『全機後退』
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一拍。
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『回収作戦を中止する』
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敵機群が離脱を始める。
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セイラは追わない。
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追う気になれなかった。
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視線は。
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ただ一つ。
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海の向こうへ向いていた。
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黒い艦。
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見ているだけで、
胸の奥がざわつく。
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敵なのか。
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味方なのか。
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それすら分からない。
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ただ。
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あれを見た瞬間。
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フィロメラが応えた。
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それだけは確かだった。
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フィロメラ胸部で、
サイコフレームが脈動する。
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一度。
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二度。
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三度。
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まるで。
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何かへ応えるように。
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セイラは小さく呟く。
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「……何なの」
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答えはない。
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ただ。
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海鳴りだけが、
静かに響いていた。
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