機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第1巻 第9章 「降下」

宇宙世紀0110。

 

 

サイド6宙域。

 

 

連邦輸送艦《ヘカテー》。

 

 

艦内は、

異様な静けさに包まれていた。

 

 

数時間前まで、

確かに存在していた人間の気配。

 

 

その半分ほどが、

今は消えている。

 

 

だが艦は通常運航を続けていた。

 

 

警報もない。

 

混乱もない。

 

 

まるで最初から、

“そういう記録”だったかのように。

 

 

処理は既に始まっていた。

 

 

事故処理。

 

 

それが、

公式記録になる。

 

 

存在消失事故。

 

観測障害。

 

精神錯乱。

 

 

連邦は、

今回もそう定義する。

 

 

だが。

 

 

レイジ・イルマだけは理解していた。

 

 

あれは事故じゃない。

 

 

“何か”がいた。

 

 

空間を削る、

黒い存在。

 

 

世界そのものが、

静かに欠落していく光景。

 

 

そして。

 

 

白い光。

 

 

海の向こうに見えた、

白いガンダム。

 

 

 

■医療ブロック

 

 

レイジはベッドへ腰掛けたまま、

黙ってモニターを見ていた。

 

 

包帯だらけの身体。

 

 

火傷の残る頬。

 

 

だが。

 

 

目だけは死んでいない。

 

 

モニターの向こうでは、

連邦士官達が慌ただしく動いている。

 

 

『生存者は以上です』

 

 

『精神汚染検査を開始』

 

 

『共振値異常者を隔離しろ』

 

 

レイジの眉が動く。

 

 

精神汚染。

 

 

その言葉だけが、

妙に耳へ残った。

 

 

またか。

 

 

昔からそうだった。

 

 

問題児。

 

不安定。

 

危険。

 

 

孤児院でも。

 

訓練校でも。

 

現場でも。

 

 

誰も、

自分自身を見ない。

 

 

結果だけを見て、

勝手に決めつける。

 

 

「……クソ」

 

 

小さく吐き捨てた時。

 

 

端末が震えた。

 

 

着信。

 

 

非通知。

 

 

レイジは眉をひそめる。

 

 

こんな時間に。

 

 

しかも非通知。

 

 

嫌な予感しかしない。

 

 

数秒迷い。

 

 

通信を開く。

 

 

『レイジ・イルマね』

 

 

女性の声だった。

 

 

落ち着いた声。

 

 

だが。

 

 

どこか張り詰めている。

 

 

「誰だ」

 

 

『説明している時間はないわ』

 

 

「は?」

 

 

『保安局が向かっている』

 

 

レイジの表情が曇る。

 

 

「何でそんな事——」

 

 

その瞬間。

 

 

病室の扉が開いた。

 

 

黒い制服。

 

 

連邦保安局。

 

 

レイジの背筋が凍る。

 

 

通信の女は、

本当に知っていた。

 

 

『今すぐそこを離れなさい』

 

 

「アンタ誰なんだよ」

 

 

短い沈黙。

 

 

そして。

 

 

『今回の事件は、

あなたにも関係している』

 

 

レイジが眉をひそめる。

 

 

「どういう意味だ」

 

 

『……あなたの出生の事でもあるの』

 

 

世界が止まった。

 

 

出生。

 

 

孤児院育ちの自分にとって。

 

 

その言葉だけは、

無視できなかった。

 

 

「待て」

 

 

「それどういう——」

 

 

通信が切れる。

 

 

同時に。

 

 

保安局員が前へ出た。

 

 

「レイジ・イルマ」

 

 

「君を保護対象として拘束する」

 

 

レイジは答えない。

 

 

頭の中では、

別の言葉が響いていた。

 

 

あなたの出生の事でもあるの。

 

 

 

「……ふざけんな」

 

 

保安局員が近付く。

 

 

腕が伸びる。

 

 

レイジは反射的に振り払った。

 

 

「触んな!!」

 

 

男の身体が壁へ叩きつけられる。

 

 

騒然。

 

 

警報。

 

 

怒号。

 

 

もう止まれなかった。

 

 

 

■艦内通路

 

 

赤色灯。

 

 

警報。

 

 

背後から武装兵が迫る。

 

 

『止まれ!!』

 

 

ビームスタン弾。

 

 

レイジが転がるように回避する。

 

 

考えていない。

 

 

身体が勝手に動く。

 

 

昔からそうだった。

 

 

危険だけは、

何故か先に分かる。

 

 

だが今は違う。

 

 

胸の奥で。

 

 

別の感情が燃えていた。

 

 

知りたい。

 

 

あれは何だった。

 

 

あの白いガンダムは。

 

 

黒い存在は。

 

 

そして。

 

 

自分の出生とは何なのか。

 

 

 

■格納デッキ

 

 

地球降下用シャトル。

 

 

整備途中の旧式機。

 

 

レイジは迷わない。

 

 

飛び込む。

 

 

起動。

 

 

エンジン点火。

 

 

『待て!!』

 

 

警告。

 

 

銃撃。

 

 

火花。

 

 

全てを振り切り。

 

 

降下艇が発進する。

 

 

サイド6が遠ざかる。

 

 

宇宙が遠ざかる。

 

 

そして。

 

 

眼前に。

 

 

青い星が広がった。

 

 

地球。

 

 

レイジは操縦席へ深く座り込む。

 

 

荒い呼吸。

 

 

鼓動。

 

 

静かな宇宙。

 

 

その全ての向こうで。

 

 

答えが待っている気がした。

 

 

「あれは何だったんだ……」

 

 

呟きは誰にも届かない。

 

 

だが。

 

 

降下艇は、

確かに地球へ向かっていた。

 

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