機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第1巻 第10章 「海へ降る星」

地球降下。

 

 

大気圏突入の振動が、

降下艇全体を軋ませていた。

 

 

警報。

 

 

火花。

 

 

機体フレームの悲鳴。

 

 

古い降下艇だった。

 

 

本来なら、

まともに地球へ降りられる状態ではない。

 

 

だが。

 

 

レイジは操縦桿を離さなかった。

 

 

「くそっ……!」

 

 

激しい揺れ。

 

 

視界を埋める炎。

 

 

窓の外では、

大気との摩擦光が流れている。

 

 

失速すれば終わり。

 

 

操縦を誤っても終わり。

 

 

それでも。

 

 

レイジは前だけを見ていた。

 

 

頭の中では、

一つの言葉が繰り返されている。

 

 

あなたの出生の事でもあるの。

 

 

あの女の声。

 

 

落ち着いた声。

 

 

だが。

 

 

どこか必死だった。

 

 

出生。

 

 

その言葉だけが、

胸の奥へ引っ掛かっている。

 

 

親の顔を知らない。

 

 

名前も知らない。

 

 

何故捨てられたのかも知らない。

 

 

知っているのは。

 

 

孤児院で育った事だけ。

 

 

だから。

 

 

無視できなかった。

 

 

「あの女……」

 

 

「何者なんだよ……」

 

 

返事はない。

 

 

あるのは。

 

 

機体を揺らし続ける振動だけ。

 

 

その時だった。

 

 

雲の切れ間。

 

 

青い光が見えた。

 

 

海。

 

 

どこまでも続く蒼。

 

 

その景色を見た瞬間。

 

 

レイジの胸がざわつく。

 

 

初めて見るはずだった。

 

 

それなのに。

 

 

懐かしい。

 

 

理由は分からない。

 

 

説明も出来ない。

 

 

だが。

 

 

胸の奥だけが知っていた。

 

 

帰ってきた。

 

 

そんな感覚だった。

 

 

レイジは眉をしかめる。

 

 

「……意味分かんねぇ」

 

 

自分で言いながら。

 

 

視線だけは、

海から離せなかった。

 

 

降下艇は雲を突き抜ける。

 

 

蒼い海。

 

 

白い波。

 

 

光る水平線。

 

 

宇宙から見た地球とは違う。

 

 

生きている星だった。

 

 

レイジは小さく息を吐く。

 

 

答えはまだ分からない。

 

 

ヘカテーで何が起きたのか。

 

 

あの白い機体は何なのか。

 

 

黒い存在は何だったのか。

 

 

そして。

 

 

自分は何者なのか。

 

 

何一つ。

 

 

分からない。

 

 

それでも。

 

 

進むしかなかった。

 

 

降下艇は、

海沿いの空へ向かって落ちていく。

 

 

 

■海辺の基地

 

 

戦闘は終わっていた。

 

 

海は静かだった。

 

 

数時間前までの戦闘が、

嘘のように。

 

 

波だけが、

静かに岸へ打ち寄せている。

 

 

 

■格納庫

 

 

フィロメラガンダムは、

沈黙していた。

 

 

白い装甲。

 

 

傷一つない巨体。

 

 

まるで。

 

 

最初から動いていなかったみたいに。

 

 

だが。

 

 

胸部奥。

 

 

サイコフレームだけは、

微かに脈動を続けている。

 

 

一度。

 

 

二度。

 

 

三度。

 

 

鼓動のように。

 

 

まるで。

 

 

何かを待つように。

 

 

 

■格納庫上層

 

 

セイラは海を見ていた。

 

 

風が強い。

 

 

長い金髪が、

静かに揺れる。

 

 

海の向こう。

 

 

水平線。

 

 

何も見えない。

 

 

だが。

 

 

視線だけは、

そこから離れなかった。

 

 

背後で足音。

 

 

ミライだった。

 

 

「まだ見ているの?」

 

 

セイラは小さく笑う。

 

 

「そうみたい」

 

 

自分でも、

理由は分からなかった。

 

 

黒い艦。

 

 

フィロメラ。

 

 

あの異常現象。

 

 

何一つ説明できない。

 

 

だが。

 

 

胸の奥だけが、

落ち着かなかった。

 

 

ミライが隣へ並ぶ。

 

 

しばらく。

 

 

二人とも何も言わない。

 

 

波音だけが響く。

 

 

やがて。

 

 

ミライが口を開いた。

 

 

「本当に来るの?」

 

 

セイラは答えない。

 

 

少しだけ目を閉じる。

 

 

そして。

 

 

ゆっくり息を吐いた。

 

 

「分からないわ」

 

 

ミライが驚く。

 

 

「分からないの?」

 

 

セイラは頷く。

 

 

「ええ」

 

 

「何も分からない」

 

 

正直な言葉だった。

 

 

黒い艦の正体。

 

 

フィロメラの反応。

 

 

何故今なのか。

 

 

何一つ。

 

 

分からない。

 

 

だが。

 

 

「それでも」

 

 

一拍。

 

 

「来る気がするの」

 

 

ミライは何も言わなかった。

 

 

その言葉の意味を、

理解していたから。

 

 

説明できない確信。

 

 

一年戦争の頃から。

 

 

彼女達は、

何度もそれを見てきた。

 

 

 

その時だった。

 

 

基地全域へ警報が鳴り響く。

 

 

『所属不明機接近』

 

 

『大気圏降下反応確認』

 

 

オペレーター達の声が重なる。

 

 

『降下コース解析中!』

 

 

『海岸線へ接近!』

 

 

『着弾予測地点算出!』

 

 

セイラの瞳が揺れる。

 

 

来た。

 

 

理由はない。

 

 

根拠もない。

 

 

だが。

 

 

そう思った。

 

 

同時に。

 

 

格納庫内部。

 

 

フィロメラガンダムのツインアイが、

独りでに発光する。

 

 

赤い光。

 

 

静かな脈動。

 

 

誰も触れていない。

 

 

誰も起動していない。

 

 

それでも。

 

 

フィロメラは、

確かに反応していた。

 

 

セイラは振り返る。

 

 

赤く輝くツインアイ。

 

 

その光を見つめながら。

 

 

小さく呟く。

 

 

「……来たのね」

 

 

海風だけが、

静かに吹いていた。

 

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