機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第1巻 第11章 「波の音」

夜の海。

 

 

激しい雨が、

浜辺を白く煙らせていた。

 

 

降下艇の残骸が、

砂浜へ深く突き刺さっている。

 

 

白い蒸気。

 

火花。

 

焼けた金属の匂い。

 

 

波だけが、

絶え間なく岸を叩いていた。

 

 

レイジは、

浅い呼吸を繰り返しながら砂浜へ倒れ込んでいた。

 

 

全身が痛む。

 

 

腕も。

 

脚も。

 

感覚が曖昧だった。

 

 

それでも。

 

 

生きている。

 

 

レイジは、

ゆっくり空を見上げた。

 

 

厚い雲。

 

叩きつける雨。

 

 

宇宙とは違う。

 

 

湿った空気。

 

海の匂い。

 

風の冷たさ。

 

 

「……地球」

 

 

その言葉を口にした瞬間だった。

 

 

波音の向こうから、

足音が聞こえる。

 

 

ゆっくり。

 

 

迷いなく。

 

 

レイジが顔を上げる。

 

 

雨の中を、

ひとりの女性が歩いて来る。

 

 

白いコート。

 

美しく整えられた金髪。

 

静かな瞳。

 

 

その姿を見た瞬間。

 

 

レイジの胸が、

強く軋んだ。

 

 

知らない。

 

 

会った事なんてない。

 

 

なのに。

 

 

懐かしい。

 

 

胸の奥が、

どうしようもなく痛い。

 

 

女性は、

レイジの前で立ち止まる。

 

 

しばらく、

何も言わなかった。

 

 

ただ静かに、

彼を見つめている。

 

 

まるで。

 

 

ずっと探していたものを、

ようやく見つけたように。

 

 

レイジが先に口を開く。

 

 

「……アンタかよ」

 

 

女は、

ほんの少しだけ笑った。

 

 

「随分乱暴な挨拶ね」

 

 

その声を聞いた瞬間。

 

 

レイジの頭へ、

激痛が走る。

 

 

「っ……!」

 

 

視界が揺れる。

 

 

ノイズ。

 

 

雨音が遠ざかる。

 

 

代わりに。

 

 

大量の映像が、

一気に流れ込んできた。

 

 

白いモビルスーツ。

 

 

木馬。

 

 

宇宙。

 

 

爆発。

 

怒号。

 

 

笑う少女。

 

怒鳴る男。

 

泣いている誰か。

 

 

そして。

 

 

振り返る、

ひとりの少年。

 

 

黒髪。

 

不器用そうな目。

 

 

孤独そうな横顔。

 

 

レイジは、

思わず頭を押さえる。

 

 

「何で……

アンタ見ると頭が……!」

 

 

呼吸が乱れる。

 

 

知らない。

 

 

全部、

知らない記憶だ。

 

 

なのに。

 

 

涙が出そうになる。

 

 

セイラもまた、

息を呑んでいた。

 

 

似ている。

 

 

あまりにも。

 

 

若い頃の彼に。

 

 

怒った時の目。

 

困った時の眉。

 

 

そして。

 

 

誰にも甘えられない人間の、

孤独な表情。

 

 

胸の奥が、

静かに痛む。

 

 

守れなかった人。

 

 

帰って来なかった人。

 

 

あの日。

 

 

宇宙の光の中へ消えていった、

大切な人。

 

 

その面影が。

 

 

今、

目の前に立っていた。

 

 

セイラは何も言わない。

 

 

言えなかった。

 

 

雨音だけが続く。

 

 

やがて。

 

 

レイジが顔を上げる。

 

 

「……誰なんだよ」

 

 

掠れた声。

 

 

「アンタ」

 

 

「何者なんだ」

 

 

セイラは静かに彼を見る。

 

 

答えは沢山あった。

 

 

だが。

 

 

今伝えるべき答えは、

一つも見つからなかった。

 

 

その時。

 

 

遠くの基地。

 

 

格納庫の奥で、

赤い光が瞬いた。

 

 

フィロメラ。

 

 

白い機体の胸部で、

サイコフレームが脈動している。

 

 

一度。

 

 

二度。

 

 

三度。

 

 

まるで。

 

 

何かを確かめるように。

 

 

何かを迎えるように。

 

 

セイラは、

その光を見つめる。

 

 

嫌な予感がした。

 

 

もう始まっている。

 

 

終わったはずのものが。

 

 

静かに。

 

 

再び動き始めている。

 

 

レイジが、

ふらつきながら立ち上がる。

 

 

「……アンタ、

何者なんだよ」

 

 

今度は。

 

 

逃げなかった。

 

 

セイラは小さく笑う。

 

 

どこか困ったように。

 

 

どこか諦めたように。

 

 

そして。

 

 

静かに答えた。

 

 

「昔……」

 

 

「ガンダムに乗っていた人間の一人よ」

 

 

一拍。

 

 

「それで」

 

 

「沢山のものを失った」

 

 

レイジの瞳が揺れる。

 

 

ガンダム。

 

 

その言葉だけが、

胸の奥へ沈んでいく。

 

 

理由は分からない。

 

 

だが。

 

 

確かに何かが動いた。

 

 

波の音だけが、

静かに続いている。

 

 

まるで。

 

 

遠い時代の残響を、

海がまだ覚えているように。

 

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