夜の海。
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激しい雨が、
浜辺を白く煙らせていた。
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降下艇の残骸が、
砂浜へ深く突き刺さっている。
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白い蒸気。
火花。
焼けた金属の匂い。
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波だけが、
絶え間なく岸を叩いていた。
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レイジは、
浅い呼吸を繰り返しながら砂浜へ倒れ込んでいた。
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全身が痛む。
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腕も。
脚も。
感覚が曖昧だった。
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それでも。
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生きている。
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レイジは、
ゆっくり空を見上げた。
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厚い雲。
叩きつける雨。
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宇宙とは違う。
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湿った空気。
海の匂い。
風の冷たさ。
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「……地球」
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その言葉を口にした瞬間だった。
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波音の向こうから、
足音が聞こえる。
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ゆっくり。
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迷いなく。
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レイジが顔を上げる。
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雨の中を、
ひとりの女性が歩いて来る。
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白いコート。
美しく整えられた金髪。
静かな瞳。
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その姿を見た瞬間。
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レイジの胸が、
強く軋んだ。
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知らない。
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会った事なんてない。
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なのに。
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懐かしい。
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胸の奥が、
どうしようもなく痛い。
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女性は、
レイジの前で立ち止まる。
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しばらく、
何も言わなかった。
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ただ静かに、
彼を見つめている。
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まるで。
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ずっと探していたものを、
ようやく見つけたように。
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レイジが先に口を開く。
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「……アンタかよ」
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女は、
ほんの少しだけ笑った。
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「随分乱暴な挨拶ね」
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その声を聞いた瞬間。
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レイジの頭へ、
激痛が走る。
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「っ……!」
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視界が揺れる。
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ノイズ。
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雨音が遠ざかる。
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代わりに。
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大量の映像が、
一気に流れ込んできた。
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白いモビルスーツ。
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木馬。
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宇宙。
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爆発。
怒号。
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笑う少女。
怒鳴る男。
泣いている誰か。
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そして。
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振り返る、
ひとりの少年。
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黒髪。
不器用そうな目。
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孤独そうな横顔。
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レイジは、
思わず頭を押さえる。
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「何で……
アンタ見ると頭が……!」
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呼吸が乱れる。
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知らない。
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全部、
知らない記憶だ。
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なのに。
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涙が出そうになる。
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セイラもまた、
息を呑んでいた。
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似ている。
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あまりにも。
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若い頃の彼に。
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怒った時の目。
困った時の眉。
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そして。
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誰にも甘えられない人間の、
孤独な表情。
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胸の奥が、
静かに痛む。
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守れなかった人。
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帰って来なかった人。
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あの日。
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宇宙の光の中へ消えていった、
大切な人。
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その面影が。
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今、
目の前に立っていた。
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セイラは何も言わない。
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言えなかった。
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雨音だけが続く。
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やがて。
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レイジが顔を上げる。
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「……誰なんだよ」
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掠れた声。
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「アンタ」
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「何者なんだ」
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セイラは静かに彼を見る。
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答えは沢山あった。
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だが。
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今伝えるべき答えは、
一つも見つからなかった。
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その時。
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遠くの基地。
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格納庫の奥で、
赤い光が瞬いた。
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フィロメラ。
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白い機体の胸部で、
サイコフレームが脈動している。
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一度。
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二度。
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三度。
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まるで。
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何かを確かめるように。
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何かを迎えるように。
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セイラは、
その光を見つめる。
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嫌な予感がした。
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もう始まっている。
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終わったはずのものが。
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静かに。
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再び動き始めている。
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レイジが、
ふらつきながら立ち上がる。
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「……アンタ、
何者なんだよ」
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今度は。
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逃げなかった。
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セイラは小さく笑う。
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どこか困ったように。
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どこか諦めたように。
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そして。
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静かに答えた。
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「昔……」
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「ガンダムに乗っていた人間の一人よ」
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一拍。
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「それで」
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「沢山のものを失った」
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レイジの瞳が揺れる。
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ガンダム。
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その言葉だけが、
胸の奥へ沈んでいく。
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理由は分からない。
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だが。
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確かに何かが動いた。
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波の音だけが、
静かに続いている。
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まるで。
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遠い時代の残響を、
海がまだ覚えているように。
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