海岸沿いの道を、
一台の車が走っていた。
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激しい雨。
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ワイパーの音だけが、
一定のリズムで車内へ響いている。
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窓の外には、
暗い海。
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白波だけが、
時折ヘッドライトへ浮かび上がった。
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後部座席。
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レイジは窓へ額を預けたまま、
黙っていた。
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頭痛はまだ消えない。
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断片的な映像が、
何度も脳裏を過ぎる。
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白いモビルスーツ。
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宇宙。
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誰かの怒鳴り声。
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雨の中で出会った女性。
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そして。
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ガンダム。
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その言葉だけが、
頭の奥へ深く引っ掛かっていた。
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前席では、
セイラが静かに運転している。
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何かを話そうとして、
やめる。
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そんな沈黙が、
車内へ重く積もっていた。
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やがて。
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車がゆっくり止まる。
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海辺の崖上。
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古い白い家。
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雨に濡れながら、
窓の灯りだけが暖かく浮かんでいる。
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レイジは、
その家を見た瞬間、
胸の奥がざわついた。
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初めて来た場所のはずだった。
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なのに。
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“帰って来た”。
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そんな感覚があった。
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理由は分からない。
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だが。
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波の音を聞いているだけで、
涙が出そうになる。
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セイラが静かに振り返る。
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「降りられる?」
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レイジは無言で頷き、
車を降りた。
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潮風。
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湿った空気。
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遠くで砕ける波。
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その全てが、
胸の奥を妙に締め付ける。
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レイジは、
しばらく海を見つめていた。
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暗い海面。
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荒れる波。
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その景色を見ているだけで、
知らない感情が込み上げてくる。
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帰りたい。
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守りたい。
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生きていてほしい。
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でも。
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もう戻れない。
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誰の感情なのか、
分からなかった。
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「……何なんだよ」
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小さく呟く。
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セイラは、
その背中を静かに見ていた。
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若い頃の彼も、
時々こんな目をしていた。
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誰にも理解されず。
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でも。
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誰より、
世界を見てしまう目。
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セイラは、
胸の奥の痛みを押し殺す。
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「中へ入りましょう」
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家の扉が開く。
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暖炉の熱。
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木の匂い。
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静かな灯り。
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そこだけ、
戦争から切り離された場所みたいだった。
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レイジはゆっくり室内を見回す。
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古い本棚。
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レコード。
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写真立て。
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時間そのものが、
ここだけ止まっているようだった。
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その時。
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壁の写真へ、
レイジの視線が止まる。
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若い男女。
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軍服姿。
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知らない顔。
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だが。
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その中の一人だけが、
異様にはっきり見えた。
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黒髪の少年。
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不器用そうな表情。
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その瞬間。
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周囲の音が遠ざかる。
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他の人物が、
視界から薄れていく。
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その少年だけが、
鮮明になる。
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レイジの呼吸が止まる。
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脳裏へ、
映像が流れ込む。
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白いガンダム。
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宇宙。
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振り返る少年。
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誰かが、
その名を呼んでいる。
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だが。
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名前だけが聞こえない。
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ノイズに呑まれて、
消えていく。
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レイジは反射的に、
写真を掴んでいた。
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「これ……
誰だよ」
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セイラの表情が、
僅かに曇る。
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しまった。
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そう思った時には、
もう遅かった。
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「昔の友人よ」
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静かな声。
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だが。
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レイジは鋭く睨み返す。
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「嘘だ」
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空気が止まる。
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「アンタ、
その写真見た時……」
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「知ってる顔してた」
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セイラは答えない。
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答えられなかった。
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その時。
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家の奥から、
足音が聞こえる。
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レイジが振り向く。
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そこにいたのは、
ひとりの女性だった。
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長い髪。
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疲れた瞳。
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だが。
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どこか優しい空気を纏っている。
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彼女は、
レイジを見た瞬間、
その場で立ち止まった。
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持っていたカップが、
指から滑り落ちる。
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乾いた破砕音。
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沈黙。
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女性の唇が、
微かに震える。
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「……」
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声にならない。
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ただ。
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目だけが、
レイジから離れなかった。
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レイジが眉をしかめる。
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まただ。
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この人も。
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自分を見ているのに、
自分を見ていない。
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そんな気がした。
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「だから……」
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掠れた声。
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「誰なんだよ」
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沈黙。
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女性の肩が震える。
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遠くから見ていた時は、
まだ違った。
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似ているだけだと、
思おうとしていた。
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だが。
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こんな近くで見ると。
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怒った時の目。
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呼吸の荒さ。
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不器用な立ち方。
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全部が、
あまりにも似ていた。
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ずっと。
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ずっと待ち続けていた人に。
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「……ごめんなさい」
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掠れた声。
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「本当に……」
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「ごめんなさい……」
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次の瞬間。
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彼女は、
堪え切れずレイジへ駆け寄っていた。
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強く。
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逃がさないように。
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壊れてしまわないように。
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両腕で、
レイジを抱き締める。
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レイジの身体が硬直する。
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暖かい。
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震えている。
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抱き締めているはずの彼女の方が、
泣きそうに震えていた。
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「生きて……」
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「いてくれて……」
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言葉にならない。
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涙だけが零れる。
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レイジは何も言えない。
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初めて会った相手のはずだった。
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なのに。
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胸の奥が、
どうしようもなく苦しい。
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懐かしい。
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泣きそうになる。
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知らない感情が、
胸の奥から溢れてくる。
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帰りたかった。
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会いたかった。
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触れたかった。
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守りたかった。
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知らない。
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こんな感情、
自分のものじゃない。
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なのに。
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気付けば。
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震える手が、
ゆっくり彼女の背へ触れていた。
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その瞬間。
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彼女の涙が、
静かに零れ落ちる。
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「私は……」
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一度。
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息を吸う。
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そして。
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「ベルトーチカ」
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静かな声。
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「ベルトーチカ・イルマよ」
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レイジの瞳が揺れる。
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ベルトーチカ。
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その名前を聞いた瞬間。
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脳裏へ、
白い光が走る。
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暖かな部屋。
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優しい声。
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誰かが待っている。
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ずっと。
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長い時間。
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帰って来ない誰かを。
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声だけが聞こえる。
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『お帰りなさい』
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誰に向けた言葉なのか。
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分からない。
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それでも。
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胸の奥だけが、
その温度を覚えていた。
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レイジの瞳が揺れる。
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知らない。
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知らないはずなのに。
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なぜか。
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涙だけが、
止まらなかった。
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セイラは、
二人を静かに見つめていた。
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何も言わない。
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言えるはずもない。
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この再会は、
救いではない。
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まだ。
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何も終わっていない。
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それでも。
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失われたはずの温もりが、
確かにここに戻ってきた。
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窓の外では、
波の音が静かに響いている。
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まるで。
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遠い時代の残響を、
海がまだ覚えているように。
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■機動戦士ガンダム:残響
第1巻『アクシズの残響』完