U.C.0093――
第二次ネオ・ジオン抗争、最終局面。
⸻
地球へ落下する巨大隕石《アクシズ》。
⸻
その質量は、
文明そのものを終わらせるには十分だった。
⸻
その絶望へ。
たった一機の白いモビルスーツが、
なおも食らいついている。
⸻
Hi-νガンダム。
⸻
搭乗者――
アムロ・レイ。
⸻
全身のフレームが悲鳴を上げていた。
⸻
推力限界。
ジェネレーター飽和。
各部温度、危険域。
⸻
それでも。
⸻
押す。
⸻
ただ、
地球を守るために。
⸻
コクピット内部には、
断続的な警報が鳴り響いている。
⸻
だが、
もう意味を成してはいなかった。
⸻
通信回線の向こうでは、
無数の声が飛び交う。
⸻
怒号。
悲鳴。
祈り。
⸻
人類そのものの叫びだった。
⸻
その中で。
⸻
たった一つの声だけが、
異様なほど鮮明に届く。
⸻
『アムロ!』
⸻
シャア・アズナブル。
⸻
ナイチンゲールを失った男は、
脱出ポッドの中から叫んでいた。
⸻
『貴様ほどの男が、
なぜ分からん!』
⸻
アムロは歯を食いしばる。
⸻
「分かってるさ……!」
⸻
押し返される。
⸻
アクシズの質量。
地球圏そのものの重み。
人類の歴史。
⸻
その全てが、
操縦桿越しに圧し掛かっていた。
⸻
Hi-νガンダムのサイコフレームが、
異常発光を始める。
⸻
緑色の燐光。
⸻
だが。
⸻
その輝きは、
徐々に色を変えていく。
⸻
緑。
金。
そして――
⸻
白。
⸻
見たことのない光だった。
⸻
発光ではない。
⸻
“現実そのものが脈動している”。
⸻
アムロの背筋へ、
説明不能の寒気が走る。
⸻
(なんだ……これは……?)
⸻
その瞬間だった。
⸻
世界から、
音が消える。
⸻
推進音。
警報。
通信。
呼吸。
⸻
全てが停止した。
⸻
時間だけが、
何かに掴まれたように静止する。
⸻
ただ、
光だけが存在している。
⸻
アクシズ全体を包み込む、
巨大な白光現象。
⸻
その中心で。
⸻
アムロは気付く。
⸻
“何か”がいる。
⸻
見えない。
⸻
形もない。
⸻
輪郭すら存在しない。
⸻
それでも。
⸻
確かに。
⸻
こちらを観測している。
⸻
人ではない。
意思ですらない。
⸻
もっと巨大な何か。
⸻
宇宙そのものが、
視線を持ったような感覚。
⸻
アムロは息を呑む。
⸻
(見られている……?)
⸻
次の瞬間。
⸻
サイコフレームが共鳴する。
⸻
Hi-νガンダム内部。
フレームの光が、
鼓動のように明滅を始めた。
⸻
空間座標が揺れる。
⸻
現実の輪郭が、
微かに歪む。
⸻
アクシズ周囲に、
無数の光条が走った。
⸻
それは奇跡ではない。
⸻
“境界”が崩れ始めていた。
⸻
世界と。
世界ならざるものとの境界が。
⸻
『アムロ!』
⸻
再び、
シャアの声。
⸻
だが。
⸻
今度は近い。
近すぎる。
⸻
アムロは振り向く。
⸻
そこにいた。
⸻
シャアが。
⸻
あり得ない。
⸻
脱出ポッドとの距離ではない。
⸻
なのに。
⸻
まるで最初からそこにいたように、
白光の中へ立っている。
⸻
シャアは静かに、
アムロを見ていた。
⸻
怒りもない。
嘲笑もない。
⸻
ただ。
⸻
ひどく疲れた目をしていた。
⸻
「……結局」
⸻
小さな声。
⸻
「人は、自らが生み出したものから逃れられんのだな」
⸻
アムロが目を見開く。
⸻
「シャア……?」
⸻
シャアは答えない。
⸻
その視線は、
さらに遠くを見ていた。
⸻
まるで。
⸻
誰にも見えない何かを。
⸻
その時。
⸻
白光が膨張する。
⸻
境界が消える。
⸻
時間。
記憶。
存在。
因果。
⸻
全てが混ざり始める。
⸻
シャアの姿が遠ざかる。
⸻
「待て、シャア!」
⸻
叫ぶ。
⸻
届かない。
⸻
シャアは、
白光の向こうへ消えていく。
⸻
最後に。
⸻
声だけが残る。
⸻
「……だから人は」
⸻
「同じ過ちを繰り返す」
⸻
悲しそうな声だった。
⸻
そして。
⸻
世界が砕ける。
⸻
白光。
静寂。
⸻
その日。
⸻
地球圏は、
二人の存在を喪失した。
⸻
いや。
⸻
“定義できなくなった”。
⸻
記録は乱れ。
観測は破綻し。
因果だけが歪んだ。
⸻
誰にも知られないまま。
⸻
世界には、
一つの“裂け目”だけが残された。
⸻
後に。
それはこう呼ばれる。
⸻
《アクシズ・ショック》。
⸻
そして――
⸻
深い海の底では。
⸻
まだ。
⸻
誰にも届かない“海鳴り”だけが、
静かに続いていた。
⸻
それが後に。
⸻
“残響の始点”
と呼ばれることを、
この時まだ誰も知らない。