機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第2巻 プロローグ 「静かな海鳴り」

U.C.0112。

 

地球。

 

早朝。

 

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海は静かだった。

 

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風も弱い。

 

波も穏やかだ。

 

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それなのに。

 

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どこか落ち着かない。

 

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世界の奥で、

まだ何かが軋み続けている。

 

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そんな感覚だけが、

海鳴りに混ざっていた。

 

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■海沿いの屋敷

 

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白い壁。

 

古い石畳。

 

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海を見下ろす高台に建つその屋敷は、

戦争の時代から切り離されたような静けさを保っている。

 

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だが。

 

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その静けさは、

平穏ではない。

 

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長く、

何かを待ち続けている場所の空気だった。

 

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■地下格納庫

 

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薄暗い空間の中央。

 

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白い機体が沈黙している。

 

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フィロメラガンダム。

 

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白銀装甲。

 

静かな輪郭。

 

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兵器というより、

祈りに近いシルエット。

 

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だが。

 

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装甲の隙間から、

赤い光が微かに脈動していた。

 

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規則性はない。

 

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呼吸のようでもあり。

 

鼓動のようでもある。

 

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その光を見上げながら、

男が小さく息を吐く。

 

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「……また反応しておりますな」

 

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マルクは、

静かにフィロメラを見上げた。

 

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「待機状態のはずですが……」

 

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赤いサイコフレームが、

一段深く脈打つ。

 

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まるで、

言葉へ反応したみたいに。

 

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その時。

 

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背後から、

静かな足音が近づいた。

 

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セイラ・マス。

 

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年齢を知る者ほど、

彼女を見て言葉を失う。

 

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金髪は今も美しく整えられ。

 

白い肌にも、

時間の痕跡はほとんどない。

 

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若さではない。

 

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“崩れていない”。

 

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それが彼女の異常だった。

 

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戦争を越え。

 

喪失を越え。

 

十九年という時間を越えてなお。

 

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彼女は、

「再会する日の自分」を

捨てていなかった。

 

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まるで今でも。

 

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アムロ・レイが、

突然この扉を開ける可能性を、

信じ続けているみたいに。

 

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セイラは、

フィロメラを静かに見上げる。

 

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「また海が鳴ってるわね」

 

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マルクは小さく頷いた。

 

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「ええ」

 

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「最近、

特に頻繁です」

 

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短い沈黙。

 

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セイラは、

赤い光を見つめている。

 

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懐かしむように。

 

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そして。

 

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恐れるように。

 

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「……また、

あの時代が近づいているのでしょうか」

 

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マルクの声は静かだった。

 

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セイラは答えない。

 

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答えられなかった。

 

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その時代は、

終わったはずだった。

 

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終わらせなければならなかった。

 

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兄も。

 

アムロも。

 

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全部、

あの光の向こうへ置いてきたはずなのに。

 

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その瞬間。

 

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フィロメラのサイコフレームが、

強く赤く発光した。

 

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格納庫の空気が変わる。

 

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空間が、

ほんの一瞬だけ軋む。

 

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マルクの表情が変わった。

 

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「……これは」

 

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警報は鳴らない。

 

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だが。

 

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機械より先に、

人間の感覚が異常を理解していた。

 

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海鳴りが低く響く。

 

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遠く。

 

深く。

 

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まるで。

 

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世界の底で、

何かが目を覚まし始めたみたいに。

 

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セイラが小さく呟く。

 

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「始まるのね……」

 

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誰へ向けた言葉でもない。

 

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だが。

 

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フィロメラだけが、

静かに応えるように脈動していた。

 

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赤く。

 

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深く。

 

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十九年前の光を、

まだ覚えているみたいに。

 

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