夜の海が揺れていた。
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風はない。
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波も静かだ。
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それなのに。
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どこか深い場所で。
何かが軋んでいる。
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そんな気がした。
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■海岸線
レイジ・イルマは、
防波堤へ腰掛けていた。
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一人だった。
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別に考え事がある訳じゃない。
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帰りたくない訳でもない。
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ただ最近は。
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こうして海を見ている時間が増えた。
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理由は分からない。
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分からないまま。
身体だけが海を探していた。
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「……なんなんだよ」
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小さく呟く。
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返事はない。
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波音だけが続いている。
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だが。
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時々。
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その波音の奥に。
別の音が混ざる。
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金属音。
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爆発音。
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誰かの叫び。
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知らないはずの音。
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知らないはずなのに。
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胸だけが痛む。
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レイジは眉をしかめた。
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「またか……」
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最近ずっとだった。
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夢じゃない。
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幻覚でもない。
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海を見る度に。
知らない景色が混ざる。
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白い光。
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赤い光。
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宇宙。
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そして。
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誰かを守ろうとする強い感情。
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理由もなく。
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胸が締め付けられる。
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「……っ」
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息が止まる。
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その瞬間だった。
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海の向こうで。
空が揺れた。
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■海沿いの屋敷
セイラ・マスは、
静かに窓の外を見ていた。
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夜の海。
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その水面が。
微かに赤く揺れている。
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マルクが低く言う。
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「始まりましたな」
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セイラは答えない。
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ただ海を見る。
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長い時間だった。
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あまりにも。
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失った人達を見送り。
帰れなかった人達を見送り。
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それでも。
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待ち続けた。
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終わらせるためじゃない。
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帰って来てもらうために。
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「……海が鳴ってる」
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小さな声だった。
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だが。
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その声は三十年分の時間を抱いていた。
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沖合。
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海が持ち上がる。
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巨大な水柱。
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轟音。
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そして。
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白い艦首。
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長い眠りから目覚めるように。
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巨艦が海を割って現れる。
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アマテラス。
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誰にも知られず。
誰にも見つからず。
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ただこの日を待ち続けていた艦。
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■レイジ
言葉を失う。
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月光を浴びた白い船体。
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巨大な艦影。
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現実感がない。
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それでも。
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目を離せなかった。
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「……なんだよ」
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掠れた声。
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「なんなんだよ、あれ……」
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逃げた方がいい。
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そう思った。
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だが。
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胸の奥の何かだけが。
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あの艦を見失うなと叫んでいた。
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■セイラ
静かに微笑む。
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「おかえりなさい」
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それは発艦の言葉じゃない。
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帰る場所を失った人達へ向けた。
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最初の帰港の言葉だった。
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夜空が脈動する。
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まるで。
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その帰還を待っていたかのように。
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海鳴りだけが続いていた。
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静かに…とても静かに…