機動戦士ガンダム:残響   作:片蔵清優

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■第2巻 第4章 「赤い残響」

■海岸線

 

白い機体が、

黒い海を背に立っている。

 

 

フィロメラ。

 

 

白銀の装甲。

 

赤く脈打つサイコフレーム。

 

 

その姿は、

兵器というより。

 

 

祈りに近かった。

 

 

だが。

 

 

優しくはない。

 

 

そこには、

あまりにも多くの声が残っている。

 

 

レイジは立ち尽くしていた。

 

 

目の前には、

白いガンダム。

 

 

背後には、

炎と悲鳴。

 

 

海の向こうには、

黒い影の群れ。

 

 

「……やめろ」

 

 

声が漏れる。

 

 

誰に向けたものか、

自分でも分からない。

 

 

その時。

 

 

後ろから声がした。

 

 

「レイジ!」

 

 

振り返る。

 

 

ベルトーチカが立っていた。

 

 

雨に濡れた髪。

 

震える指。

 

 

けれど。

 

 

その目だけは、

逸らしていなかった。

 

 

「行かないで」

 

 

レイジは動かない。

 

 

ベルトーチカは続ける。

 

 

「それは、

あなたの戦いじゃない」

 

 

一拍。

 

 

「あなたはアムロじゃない」

 

 

声が震える。

 

 

「だから」

 

 

「アムロの代わりにならなくていい」

 

 

レイジの胸に、

その言葉が刺さる。

 

 

分かっている。

 

 

自分はアムロじゃない。

 

 

英雄でもない。

 

 

誰かの代わりでもない。

 

 

だけど。

 

 

海岸線で爆発が起きた。

 

 

炎。

 

悲鳴。

 

崩れる避難路。

 

 

ジェガンが一機、

砂浜へ叩きつけられる。

 

 

その向こうで、

黒い機体がただ前へ進む。

 

 

殺意もなく。

 

怒りもなく。

 

 

命令だけを残した死者のように。

 

 

レイジの中で、

何かが静かに切れた。

 

 

「じゃあ……」

 

 

声は低かった。

 

 

叫びではない。

 

怒りでもない。

 

 

ただの問いだった。

 

 

「じゃあ誰が守るんだよ」

 

 

ベルトーチカは言葉を失う。

 

 

その沈黙が、

答えになってしまった。

 

 

 

■アマテラス艦橋

 

ミライは、

海岸線を見つめていた。

 

 

レイジ。

 

ベルトーチカ。

 

フィロメラ。

 

赤い海。

 

 

すべてが、

ひとつの場所へ集まり始めている。

 

 

「止められないわね……」

 

 

小さく呟く。

 

 

隣でセラーナが目を細めた。

 

 

「もう選んでいる」

 

 

ミライは短く息を吐く。

 

 

「彼が?」

 

 

セラーナは、

海岸に立つ白い機体を見た。

 

 

「違う」

 

 

一拍。

 

 

「選ぼうとしているの」

 

 

 

■海岸線

 

フィロメラのコクピットハッチは、

開いたまま静止していた。

 

 

中は空。

 

 

だがレイジには分かる。

 

 

呼ばれている。

 

 

いや。

 

 

待たれている。

 

 

ずっと。

 

 

十九年前から。

 

 

あるいは、

もっと前から。

 

 

「ふざけんなよ……」

 

 

レイジは歯を食いしばる。

 

 

「俺は知らねぇ」

 

 

一歩。

 

 

「アムロのことも」

 

 

さらに一歩。

 

 

「戦争のことも」

 

 

赤い光が、

静かに脈打つ。

 

 

「親父の代わりなんか、

できるわけねぇだろ……!」

 

 

頭の奥へ、

深い記憶が流れ込む。

 

 

宇宙。

 

アクシズ。

 

白い光。

 

人々の声。

 

 

そして。

 

 

『守れぇぇぇ!!』

 

 

レイジは息を詰める。

 

 

「……違う」

 

 

涙が落ちる。

 

 

「俺じゃない」

 

 

フィロメラは答えない。

 

 

命令もしない。

 

 

ただ。

 

 

そこにいる。

 

 

待っている。

 

 

ベルトーチカが一歩踏み出す。

 

 

「レイジ……」

 

 

その声は、

母の声だった。

 

 

ようやく届いた声。

 

 

十九年遅れた声。

 

 

レイジは振り返らない。

 

 

振り返れば、

戻ってしまう気がした。

 

 

「ごめん」

 

 

小さく呟く。

 

 

「でも……」

 

 

また爆発が起きる。

 

 

レイジは顔を上げた。

 

 

「もう、

見なかったことにはできない」

 

 

フィロメラのサイコフレームが、

強く赤く輝く。

 

 

その光は救いではない。

 

 

優しさでもない。

 

 

ただ。

 

 

残響だった。

 

 

守れなかった者達の声。

 

 

終われなかった戦争の声。

 

 

帰れなかった人達の声。

 

 

その全てが、

レイジへ向かっていた。

 

 

 

■アマテラス艦橋

 

ミライは目を閉じた。

 

 

かつて。

 

 

何度も若者を戦場へ送り出した。

 

 

その痛みを、

今も身体が覚えている。

 

 

「また私たちは……」

 

 

続きは言葉にならない。

 

 

セラーナが静かに言う。

 

 

「違うわ」

 

 

ミライが見る。

 

 

セラーナは、

海岸のレイジを見ていた。

 

 

「あの子は、

アムロになるために行くんじゃない」

 

 

一拍。

 

 

「あの子自身で、

行こうとしている」

 

 

 

■海岸線

 

レイジは、

フィロメラの足元へ立った。

 

 

見上げる。

 

 

白い装甲。

 

赤い光。

 

開かれたコクピット。

 

 

それは兵器だった。

 

 

同時に、

墓標のようでもあった。

 

 

「お前は……」

 

 

レイジは呟く。

 

 

「俺に何をさせたいんだよ」

 

 

答えはない。

 

 

ただ胸の奥へ、

感覚だけが流れ込む。

 

 

——守れ。

 

 

それは命令ではなかった。

 

 

願いだった。

 

 

レイジは目を閉じる。

 

 

母の声。

 

 

ミライの沈黙。

 

 

セラーナの視線。

 

 

ブライトという知らない名前。

 

 

そして。

 

 

アムロ・レイという、

重すぎる影。

 

 

全部が、

背中にある。

 

 

でも。

 

 

「俺は……」

 

 

レイジは目を開けた。

 

 

「俺は、

アムロじゃない」

 

 

フィロメラの赤い光が、

静かに揺れる。

 

 

「それでも……」

 

 

一歩。

 

 

コクピットへ向かう。

 

 

「今ここで逃げたら」

 

 

さらに一歩。

 

 

「俺は、

俺のままでもいられねぇ」

 

 

ベルトーチカが口元を押さえる。

 

 

もう止められない。

 

 

止める言葉は、

もう届かない。

 

 

レイジは、

コクピットへ手をかける。

 

 

赤い光が、

彼の手を包む。

 

 

熱はない。

 

 

ただ、

悲しかった。

 

 

あまりにも多くの声が、

そこに残っていた。

 

 

レイジは低く呟く。

 

 

「もう……戻れないよ」

 

 

そして。

 

 

フィロメラの中へ、

足を踏み入れた。

 

 

サイコフレームが赤く燃える。

 

 

海が鳴った。

 

 

夜の黒い海が。

 

 

低く。

 

深く。

 

 

十九年前の光へ、

応えるように。

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